吐瀉物の匂いと共に   作:山田木耳

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15.『再開バイオレンス』

 

 遂に俺は山田や伊地知と再会することになる。

 

 この扉の先に彼女達が居ると思うと自然と体が緊張してくる。例え二人にどんな反応をされたとしても、直接会って話をするのだ。 

 

 不安じゃないと言えば嘘になる。だが、それでも勇気を出してやるのだ。後藤さんのように。

 

 何度かドアをノックしようとして、やめて、またノックしようとして、やめてを繰り返す。こんなんでは駄目だと思い、一度深呼吸してからドアをノックしようとして……。

 

「きゃっ」

 

「あっ」

 

 扉から出てきた一人の少女とぶつかった。

 しまった。緊張しすぎてノックするタイミングが遅れたせいで少女が部屋から出るタイミングとかち合ってしまった。

 

「すみません……大丈夫で……」

 

 俺がそう言いながらぶつかったか人物が誰か確認しようとして……止まる。

 

「あ、すみません大丈夫で…………えっ、健治くん……?」

 

 そこに居たのは紛れも無く、中学の頃に別れの挨拶も無しに離れることになってしまった友人……伊地知虹夏だった。

 

「……あぁ、えっと、その……」

 

 頭の中で何を言おうか考えていた筈なのに、いざ会ってみるとそういった思考が全部弾け飛んだ。

 

 伊地知も俺を見て固まっているようだった。当然だろう。今まで会ってなかったのに急に目の前に現れたのだから。負の感情を持っていてもそうじゃなくても驚愕するだろう。

 

 それでも、これだけは言っておかないといけないと思って。

 

「……久しぶり。伊地知」

 

 俺は絞り出すように声を出した。俺の声に反応してようやく固まっていた伊地知も声を続ける。

 

「……ほ、ほんとに? ほんとに健治くんなの?」

 

「……うん。3年前は別れの挨拶も無しに居なくなって……本当に、ごめんなさい」

 

 俺はそう言って頭を下げる。

 

 これだけは。この謝罪の言葉だけは例え彼女が俺の事を既に嫌っていたとしても直接言うべきだと思っていた。俺の言葉に伊地知が声を漏らす。

 

「いや、その! それについては色々詳しく聞きたいんだけど……! 今は、えっと、その……!」

 

 伊地知が混乱したように言葉を続けて……何かを思い出したようで顔を上げる。

 

「ちょ、ちょっと待って、リョウ呼んでくるから!」

 

 彼女はそう言うと部屋の中へと蜻蛉返りして行った。

 

「りょ、りょりょりょ! りょ、リョーウ!!!」

 

 声の動揺っぷりが気になって扉の隙間から中を確認する。山田や秀華高校の一年生赤髪の子、ライブの疲れで物理的に真っ白になってる後藤さんが見えた。

 

 伊地知は慌てすぎて何度か転びそうになりながらも、山田の腕を掴んで声を上げる。

 

「と、とりあえずこっち来て!」

 

「ちょ、どうしたの虹夏。そんなに慌てて……」

 

 困惑してた山田だったが、何かを思い出したのか『ハッ』と声を上げて顔を青ざめていく。

 

「ちょ、ちょっとぼっち! 約束してたよね。説教は一緒に受けるって」

 

 どうやら山田が何かをやらかしてたらしい。伊地知からの呼び出しはその説教の事だと勘違いしたようだ。そういう所が変わっていないことに安心したような、呆れたような気持ちになる。

 

 伊地知が山田を連れていこうと右腕を掴んで引っ張ろうするが、山田は左腕で後藤さんの腕を掴んで一緒に連れていこうとしている。

 

「違うから! 今回は説教じゃないから! とりあえずぼっちちゃん置いてこっち来て!」

 

 伊地知がそう言って後藤さんを離すように促すが、山田は手を緩めるどころか後藤さんの腕を離してなるものかとさらに力を込めて握る。

 

「信じられない! そうやって騙そうとしてるに決まっている! ねぇぼっち!」

 

「えっ、あ、はい……」

 

 ライブ疲れで物理的に真っ白になった後藤さんが山田の圧に負けて声を漏らす。それを横で見ていたもう1人のメンバーが慌てて声を上げる。

 

「りょ、リョウ先輩!? 説教なら私も付いていきます!」

 

 そう言うと彼女は後藤さんのあいた腕を掴み始める。

 

 何故、彼女が説教に嬉々として付いてくるのか分からない。説教好きなのだろうか。中々『ロック』な趣味である。

 

 伊地知からすれば山田だけを連れて行くつもりが、かなりの大所帯になってしまったようだ。どうするつもりなのだろう……と思っていると伊地知が声を上げる。

 

「もー! ならこのまま全員連れて行くからね!」

 

 伊地知はそう言ってリョウ達を引っ張っる。

 

「ちょ、虹夏? 力強くない? 私達3人なんだけど……」

 

 山田は顔を青ざめながらもずるずると引きづられていく。凄いパワーだ。伊地知がこんなに力持ちだったイメージは無いが……ひょっとしてドラムをやって鍛えられたりしたのだろうか。

 

 中々に『ロック』である。

 

 そうして遂に俺は山田とも……というか何故かくっついて来た『結束バンド』のメンバー全員と顔を合わせることとなる。

 

「説教じゃなかったら一体なんな……って」

 

 文句を言いながら抵抗し続けていた山田だったが……俺の姿を見た瞬間、表情が驚愕に染まって固まった。

 

「えっと……久しぶり山田」

 

「け、健治……?」

 

 絞り出すように山田が言葉を放つ。俺と山田がお互いに何を話せば良いか分からず、固まっているとその横で俺に気づいた赤髪の少女が声を上げる。

 

「あれ? 遠坂先輩じゃないですか! なんでここに!?」

 

 俺は彼女の名前を知らないが、どうやら俺の名前は彼女に知られているらしい。

 

 彼女と俺が知り合いな事に山田と伊地知は表情を驚愕に染める。

 

「え、喜多ちゃん。健治くんのこと知ってるの?」

 

 赤髪の少女の名前は『喜多さん』と言うらしい。話しかけた新入生の中で唯一怖がらず、舎弟言葉も使わないでくれた彼女の名前をようやく知ることが出来た。

 

 俺がそう思っていると、喜多さんが言葉を続ける。

 

「はい! 有名人ですよ! 溢れ出る魔性の色気で数々の男女を魅了したって! 秀華高校のストーカーメーカー、駄目男・駄目女製造機なんてって言われてるんですから!」

 

 始めて聞いた。なんだその不名誉すぎる二つ名みたいな俗称は。どうせ付けれるならもっとカッコイイのが良かった。

 

 喜多さんの言葉を聞いた後藤さんが驚愕の表情を浮かべながら言葉を漏らす。よく聞いてみると『お、同じ高校だったんだ……というか……や、やっぱり女の人殴ってるのかな……』と言ってるのが聞こえた。

 

 そうか。俺は彼女が高校デビューに失敗したらしき様子を見てたから彼女のことを一方的に知っていたが、彼女は俺が秀華高校二年生ということも知らないのか。

 

 というか『やっぱり』ってなんだ。誰も殴ったこと無いんだが。

 

 そう思っていると今度は伊地知と山田が哀れみの視線を向けてきていることに気づく。

 

「う、うわぁ……相変わらずの男女運の無さだね……」

 

「健治って成長しても変わってないね……いや、寧ろ悪化してる?」

 

 久しぶりに再開する時にはこんな悪運無くなって居る状態で会話したかったがそうはいかないようだ。俺はわざとらしく咳払いして話を変える。

 

「そ、それよりも、伝えときたいことがあるんだけど……山田と……伊地知にはさっきも言ったけど改めて」

 

 近くには後藤さんや喜多さんも居るが関係無い。最優先で2人には言わねばならない。

 

「……あの時、別れの挨拶もせずに去ってしまってごめんなさい」

 

 俺はそう言って頭を下げる。長い時間かかってしまったが、ようやく2人に言う事が出来た。

 

 彼女達が俺の謝罪に対して一体どんな反応をするのか分からない。頬に冷や汗が垂れる。恐怖で頭を上げることが出来ないでいると山田が言葉を放つ。

 

「頭上げなよ健治。あの時居なくなったのが、健治も予期して無かったことだってくらい私達には分かってる」

 

「え……」

 

 山田の言葉に驚愕して顔を上げる。なんで知っているんだ。それを知ってる人は俺の身内くらいしか居ないのに……と疑問に思っていると山田が答えを続ける。

 

「だって健治、顔に出やすくて寂しがり屋だし。私達に内緒で居なくなるなんて出来ないよ」

 

 山田がそう言うと伊地知が『うんうん』と首を縦に振る。廣井さんにも言われたことがあるがそんなに顔に出やすいのだろうか。

 

 というか、それよりも聞いておかなければならない事がある。

 

「……怒ってないの?」

 

 俺がそう聞くと伊地知が答え、それに山田が続く。

 

「まぁ、当時は結構ショックだったよ。でも、それよりもまた会えて良かった。嬉しいよ」

 

「そうだね。まぁその辺の詳しいところはおいおい説明して貰うとして、とりあえず今は……」

 

 2人は俺の目を見ながら言葉を紡ぐ。

 

「おかえりなさい。健治くん」

 

「おかえり。健治」

 

 彼女達の言葉に俺は思わず固まってしまった。

 

 会う前は2人から罵られることも覚悟のうえだったのに、いざ蓋を開けてみるとそこに居たのは俺の知ってる変わらない2人だった。

 

 俺がだらだらと悩み続けていた事は俺が思っていたよりもすんなり解決してしまった。

 

 俺には自信が無かったのだ。伊地知と山田が今でも俺の事を友達と言ってくれる自信が無かった。伊地知と山田がそんな人じゃないって始めから分かっていた筈なのに。

 

「ありがとう……ただいま。伊地知、山田」

 

 俺は二人から差し出された手に握手を返した。

 

「……正直、2人ともう友達に戻れないかもって思ってた。ライブの途中で帰ろうかと……」

 

 思わず口にから出たその言葉に後から『しまった』と頭によぎる。

 

「えっ?」

 

「ん?」

 

 俺の言葉を聞いた虹夏と山田が一瞬呆然とした顔をした後に……怖い顔をしながらにじり寄ってくる。

 

「健治く〜ん?」

 

「健治……」

 

 思わず目を逸らしながら後ずさる。

 

 しまった。蛇足だった。墓穴を掘った。こういうの伊地知は怒るのだった。逃げようかと思ったが……足を止めて2人を見る。

 

 俺は自信の無さ故に2人との『友情』を疑ってしまったのだ。このまま『友人』のままでいる為にも俺は逃げるべきでは無いだろう。仮に逃げようと思っても手を握られてるから逃げられないのだが。

 

 そうしてそのまま俺の身体は床に倒されて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いだだだだだだだだだだだッ!!!」

 

 伊地知に関節技をキメられた。後から調べて分かったがこれは『腕挫十字固』という柔道の関節技らしい。

 

「ええ!? 伊地知先輩、何故急に関節技を!?」

 

 困惑している喜多さんに山田が言葉を放つ。

 

「大丈夫。これは私達なりのコミュニケーション。昔は日常茶飯事だった」

 

「そ、そうなんですか……あれ? ということは……ひょっとして遠坂先輩がリョウ先輩の……」

 

 喜多さんが納得しかけてるが別に関節技が日常茶飯事だったという訳では無い。そんな小学生嫌すぎる。

 

 一緒に居た山田も関節技をキメようとしていたが……やり方が分からなかったようで諦めて腕を組んで後方で見ている。痛みに悶えていると伊地知が声を上げる。

 

「もう! 私達が健治くんのこと友達じゃないって言う筈無いじゃん!」

 

 そう言ってくれてることは嬉しいのだが、そう言いながら伊地知は姉譲りの関節技で俺の身体を締め上げていく。別に伊地知のお姉さんは柔道部とかでは無い筈だが、絶対に姉譲りの関節技だろうという確信がある。

 

 俺が呻き声を上げていると件の伊地知のお姉さん達が後ろからやって来る。

 

「おーいそろそろ打ち上げ行くぞ……って何してんだ?」

 

 困惑する伊地知のお姉さんに山田が説明する。

 

「健治が私達ともう友達になれないかもって思ってたみたいで虹夏の怒りの関節技が炸裂した」

 

「あぁ、そうか……私はてっきりもっと『感動の再会」みたいになってると思ってんだが……」

 

 伊地知のお姉さんが楽屋の惨状を見ながら言葉を零す。今も尚、俺の呻き声がライブハウスの中で反響し、横で廣井さんがそれを見ながら『弱ってる健治くん面白〜い!』と爆笑するのだった。

 





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