吐瀉物の匂いと共に   作:山田木耳

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特に毎回のように『再会』を『再開』と打ち込んでしまってて本当に申し訳無い。





17.『労いと酩酊』

 

「かんぱーい!」

 

 グラスがぶつかり合う音が店内に響く。飲み物や料理が次々と運ばれてくる。遂に『結束バンド』の初ライブの打ち上げが始まった。

 

「今日はよく頑張った。私の奢りだから飲め」

 

「お姉ちゃんありがと〜! 私たち飲めないけど」

 

 気前が良い。流石、大人は違う。どこかの酔っ払いもこれくらいの金銭的余裕を持ち合わせて欲しいものである。

 

「先輩好き〜」

 

「お前は自腹だよ。くっつくな、死ね!」

 

 廣井さん……まさか、伊地知のお姉さんが奢ってくれることを見越してお金持ってきてないとかじゃないですよね……? 

 

 彼女の分も払うことを覚悟しておいた方が良いかもしれない。俺がそう思っていると喜多さんが不思議そうな顔をして言葉を紡ぐ。 

 

「ところでこの人誰です?」

 

 どうやら後藤さん以外の『結束バンド』のメンバーとは初対面であるようだ。廣井さんが酔いで緩みきった表情のまま自己紹介に入る。

 

「誰よりもベースを愛する天才ベーシスト廣井で〜す。ベースは昨日飲み屋に忘れました〜どこの飲み屋かもわかんな〜い」

 

「一瞬で矛盾したんですけど……」

 

 喜多さんがますます困惑の表情になってしまった。

 

 というかこの人またベース無くしたのか……。打ち上げ参加してる場合じゃないでしょう。一体、月何回無くせば気が済むんですか。

 

 俺が呆れているといつの間にか近づいてきていた山田が、少しそわそわした様子で廣井さんに話しかける。

 

「私、よくライブ行ってました」

 

「え、山田も『SICK HACK』のライブ見てたのか?」

 

 思わず声に漏らして反応した俺に山田が小さく頷いて肯定する。

 

 どうやら山田は『SICK HACK』の演奏を聞きに行ったことがあるらしい。それも口ぶりからして複数回。

 

 確かに言われてみれば、彼女達の演奏は素人である俺の耳でもハイレベルなものだと分かる程なのでバンドを組んでる山田が知っていてもおかしくないだろう。

 

 俺もあのクリスマスの夜のライブ以降、彼女達のライブを追うようになっていたから、もしかしたら気づいてないだけで同じタイミングに同じ場所に居たのかもしれない……と思っていたが。

 

「観客に酒吹きかけたり、泥酔しながらのライブ最高です! 顔面踏んでもらったのも良い思い出です!」

 

 なにそれ。知らない。怖い……。そんな暴走、俺には覚えがない。

 

 俺の知ってる『SICK HACK』のライブは廣井さんが泥酔してるのは確かにデフォルトだが、観客に酒吹きかけたり顔面踏んだりしてないんだが……と思いつつ、廣井さんの方を見る。

 

「ひ、廣井さん? 俺がライブ見に行ってる時はそんなことしてなくないですか?」

 

「あーそれがぁ、志麻ちゃんに止められててさ〜」

 

「岩下さんに?」

 

 詳しく聞いてみると俺がライブに来る時は岩下さんが廣井さんに『過度なライブパフォーマンス禁止令』を出すらしい。

 

 観客に酒を吹きかけたり、顔面を踏むことが本当にライブパフォーマンスで済む話なのかは別として……とりあえず俺がライブに来る時は前述した言動を控えるように岩下さんから通達されるらしい。

 

 当然、酒も没収(そもそもライブ中に酒を飲むなという話だが)されて六割酔いくらいで演奏しているのだとか。

 

 何故そんなことを……と思ったが、ふと心当たりがあることを思い出す。

 

(そういえば岩下さん……俺に廣井さんを養わせようとしていたな……)

 

 ひょっとして俺がライブに来る時の『過度なライブパフォーマンス禁止令』は、顔を踏んだり酒を吹きかけてる姿を見て俺が引いてライブに来なくなることを危惧しているのだろうか。

 

 本人に直接聞いた訳じゃないから確信が持てないが……仮にそうだとすると行動の辻褄が合うような気がする。

 

 それにしても、いくら普段から介抱しているからといって俺が彼女のことを養うように見えるのだろうか。

 

 そんな風に考えていると山田が驚愕した表情で言葉を紡ぐ。

 

「そういえば、最近ライブパフォーマンスが比較的激しくないって噂になってたけど……まさか健治が原因だったとはね」

 

「え!? ひょっとしてファンの人怒ってたりする?」

 

 俺にはあまり理解出来ない世界だが、廣井さんのライブパフォーマンス込みでファンになってる人も居るかもしれない。そうなれば頻度が減ったのはマズいんじゃ……と心配になっていると山田が首を横に振って答える。

 

「いや、そんなことは無いと思うよ。頻度は確かに減ったけどそれでも時々酒吹きかけたりとかはやってるし」

 

 どうやら俺がバイト等でライブに来ていない日は積極的に酒吹きかけまくってるらしい。安心したような、結局あんまり安心出来ないような……。

 

(まぁ、ファンの人が喜んでるなら良い……のか?)

 

 そう俺が思ってる間に料理が次々と運ばれてきている。どれも美味しそうで、どれから食べようか迷ってしまう。

 

 俺が視線を動かしていると、視界の端で後藤さんが真っ白になって燃え尽きているのが見えた。その姿はどこか哀愁を漂わせ、とても打ち上げを楽しめるような状態には見えなかった。

 

 後藤さんの()()演奏で悪い空気を断ち切ってなければ、今回のライブの成功は無かっただろう。どうにか早く色を取り戻して、せっかくの打ち上げを楽しんで欲しいものである。

 

 俺の場合は打ち上げに参加すると言ってもあくまで部外者なので、あまり食い意地を張って食べ過ぎないようにしよう……と思っていたのだが。

 

「ほ〜ら健治くん。唐揚げ食べな」

 

「ど、どうも」

 

「ほら健治。焼き鳥だぞ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 さっきから廣井さんと伊地知のお姉さんに交互に次々と食べ物を渡されていく。皿が空になったと思ったら別の料理が乗った皿に入れ替えられる。

 

 何故こんなに俺に食べさせに来るのだろう。そんなに腹減ってるように見えたのだろうか。俺が困惑しながら箸を進めていると、横で見ていたPAさんが呆れながら言葉を紡ぐ。

 

「ちょっと二人とも……そんなに渡しまくっても健治くんだって食べきれないですよ」

 

 本当そうですよ。もっと言ってやってくださいPAさん! と思っていると、それに対して伊地知のお姉さんは言葉を返す。

 

「いいんだよこれで。健治は私達の方から渡さないと遠慮して全然食べないタイプだからな」

 

「うっ」

 

 図星だ。思わず変な声が出てしまった。山田と伊地知もうんうんと頷いているのが見えた。廣井さんはなんも考えずにただ絡んでるだけっぽいけど。

 

「お、俺ってそんなにわかりやすいですかね。伊地知のお姉さん」

 

「おう。凄い表情に出るからな」

 

 俺と彼女の会話を聞いていたPAさんが、不思議そうな顔をしながら聞いてくる。

 

「そういえば『伊地知のお姉さん』って呼び方変わってますね? 普通に『星歌さん』じゃ駄目なんですか?」

 

「あ、それ私も気になってました!」

 

 PAさんの疑問の声に喜多さんが賛同の声を上げる。別にそんな大した理由では無いのだが……と思っていると伊地知のお姉さんが俺の代わりに話し出す。

 

「遠坂は昔から人の名前を上の名前でしか呼ばないんだ。『山田』とか『伊地知』とかな」

 

 そう語る伊地知のお姉さんの表情はどこか懐かしそうだった。酒を飲みつつ話を続ける。

 

「でもそれだと私と虹夏がどっちがどっちか分からなくなるだろ? だから私のことは昔『星歌さん』って下の名前で呼んでたんだけど……」

 

 そうだ。人のことは『苗字』に『さん付け』して呼ぶようにと親に教えられてきたんだ。その後、伊地知達に言われてから若干口調は丁寧じゃなくなったが。

 

 口調を崩し始めた時は本当にこれで良いのか不安になったが彼女達が嬉しそうにしているのを見て、その考えが杞憂であることを悟った。

 

 丁寧な敬語だけがコミュニケーションとして正解とは限らない事を俺は彼女達から学んだんだ。

 

 俺が過去のことを思い出していると伊地知のお姉さんが言葉を続ける。

 

「そしたら、虹夏が『お姉ちゃんだけずるい! 私の名前も呼んで!』って言い出してさ。困った健治は『伊地知のお姉さん』っていう長い呼び方をするようになったんだよ」

 

 そう言うと彼女は伊地知の方に視線を移してニヤリと笑う。

 

「虹夏は呼び方を変えた後も不満そうだったけどな」

 

「ちょ、そ、そこまで言わなくて良いから!」

 

 伊地知のお姉さんの言葉に恥ずかしそうにする伊地知……当時は違和感無かったが改めてこうして並べて言ってみると分かりづらいし言いにくい。

 

 再会してこれから話す事も増えるだろうし、いつまでもこんな長い呼び方をするべきでは無いだろう。

 

「今思うと『伊地知のお姉さん』って呼び方は長くて違和感ありまくりですね……やっぱり星歌さんのことは星歌さんって呼びますね」

 

「え!?」

 

 俺が何気なくそう言うと急に伊地知が声を上げて俺の方を勢い良く見てくる。視界の端で山田もこちらをすごい顔で見てるのが目に入る。

 

 何故そんな驚くのだろうかと、困惑しながら俺は口を開く。

 

「ど、どうかした? 伊地知、俺何か変なこと言った?」

 

「いや、お姉ちゃんのこと名前で呼ぶなら私の事も名前で呼べば良いじゃん!」

 

 伊地知が不満そうに声を上げる。見ると山田も『うんうん』と頷いて同意している。

 

「いや、それとこれとは話が別じゃないかな? 判別に困るから変えるってだけだし……」

 

 上の名前だと距離感を感じると言うやつだろうか。だが今更下の名前で呼ぶのは違和感があるというか、少し照れくさいというか……そう思っていると横で会話を聞いていた廣井さんが声を上げる。

 

「え〜〜! 妹ちゃんのこと下の名前で呼ぶなら私の事も名前で呼んでいいよ〜〜! 恥ずかしがらないで! ほら、遠慮しないで!」

 

 彼女はそう言うと俺の体に覆いかぶさってくる。強い酒の匂いが俺の鼻の下を通った。

 

「別に呼ぶって言ってませんよ……どんどん話がめちゃくちゃに……って!? 顔赤すぎませんか廣井さん!!」

 

 俺にのしかかってきた廣井さんの顔を見てみると茹で蛸のように真っ赤に染まっている。呂律も回らなくなってきている。

 

「うあぁ遂に健治くんが私の名前を……かんろうらな〜〜」

 

「まだ下の名前言ってませんよ……相当酔ってますね廣井さん……ほら水飲んで……ちょっと夜風に当たりに行きましょう」

 

「う〜〜ん? へーきへーき大丈夫」

 

「大丈夫な人は会話してる人の顔を見ながら話せますよ。そっちは俺じゃなくて星歌さんです……ちょ──っと廣井さんのこと外に連れていきますね……」

 

「ちょっと! 逃げないでよ! まだ話は終わってないから!」

 

 変な空気になってきたので廣井さんを理由にして逃げようかと思ったが伊地知に捕まってしまった。

 

 結局、この後なんとか宥めて伊地知のお姉さんのことを下の名前で呼ぶのは誰のことを言ってるのか分かりやすいようにする為であることを納得して貰った。

 

 これからは伊地知のお姉さんのことは『星歌さん』と呼び、山田と伊地知の変わらず上の名前で呼ぶことになるだろう。廣井さんは途中で寝ていた。

 

 

 ■■■■■■■

 

 

 

 打ち上げ会も色々お開きの時間だ。久しぶりの山田や伊地知との会話は俺にとっても凄く楽しいものだった。

 

 途中で後藤さんの顔が物理的に崩壊し、結束バンドのメンバーが紙やすりやノコギリで直し始めた時は本当に現実か怪しくなったが。

 

 俺が会計の為に財布を取り出そうとすると、星歌さんが既に支払いを終えてくれているのが目に入る。

 

「ここは私が奢るから気にしなくて良いぞ」

 

「え、いやでも悪いですよ」

 

「遠慮するな。まだまだお前は子供なんだから大人しく奢られてろって」

 

 星歌さん。やっぱり大人になったというか……元々俺から見れば十分大人っぽかったけど、さらに頼りになるようになったというか……。

 

 上手く言葉に言い表せないけど、そんな感じがする。

 

「ならこれは廣井さんが飲んだ代金ってことで……どうせお金持ってないでしょうし、ここは俺が立て替えておきますよ」

 

「……………………そいつの分も私が払うよ。一旦な……あくまで一旦……」

 

 星歌さんがげんなりとした表情で俺の肩に身体を預ける廣井さんを見ている。

 

「うわ〜〜ぃいぃ、せんはいらいすき〜〜〜」

 

 呂律がふにゃふにゃになって千鳥足になっているし、先程から俺が何か話してもあまり聞こえてないようだ。とても一人で帰れるとは思えない。

 

 彼女にも星歌さんの大人らしさを少しは見習って欲しいものである。

 

 分かっていた事だが、飲む量を制限して飲んだり出来ないのだろうかこの人は……と思いつつも、この状況に慣れてきてる自分が居るのもまた事実だった。

 

「そういえば、そいつどうするかな……志麻に持っててもらうにしても時間が時間だしな……」

 

 星歌さんはそう言ってスマホで連絡先を確認しながら考え始める。だが、この時間に酔っ払いを迎えに行くのは色々面倒だろう。なら、やっぱりここは……。

 

「あぁ、気にしないでください。いつもの事なので……()()()()()()()()()()()()

 

 星歌さんには奢ってもらった礼があるし、ここから俺の家まではそこまで遠くないので俺の家に泊めるのが一番だろう……そう思っての提案だったのだか……。

 

「そうか……なら、安心………………は? 今なんて?」

 

 俺の言葉を聞いた星歌さんが何故か固まった。聞こえなかったのだろうか? と思い、再度言葉を紡ぐ。

 

「えっと、いつものことな……ので……」

 

 言葉を続けようとして……思わず言葉に詰まる。先程まで和やかな雰囲気だったのが一転し、辺りは静まり返っていた。この場にいる全員から針のような視線を向けられていた。

 

「あの……どうかしましたか? 俺なんか変なこと言っちゃいましたか?」

 

 俺がそう聞いても誰も何も答えない。それぞれの表情には『困惑』や『驚愕』が浮かんでいる。静寂に耐えきれず、俺は再び言葉を紡ぐ。

 

「な、何も無いならもう俺は帰りますけど……帰りに廣井さんがツケてる店にお金払いに行かないとなので……今日はありがとうございました……?」

 

 俺がそう言った後も静寂はしばらく続いていたが……誰かが口火を切ったことをきっかけに全員が一言ずつ口を開き始めた。

 

「……うーん。先越されてましたかぁ……」

 PAさんは残念そうに小さな声で。

 

「や、やっぱり貢いでるんだ……!」

 後藤さんは納得したように頷き。

 

「大人と高校生の恋愛……!? これがロック……!?」

 喜多さんは赤面しながらもじもじし始めて。

 

「健治、しばらく見てない間に中々『ロック』になったね」

 山田は目を輝かせなら面白そうに。

 

「け、健治くんが……本当に悪い女に騙されて貢いでた──!?」

 伊地知は涙目になりながら絶叫して。

 

「お前ええええええええ!! 未成年にいいいいいい!!!!」

 そして、星歌さんは般若の顔で怒り狂った。

 

 各々の反応を見て酒で火照っていた廣井さんの顔がみるみる青白くなっていく。彼女は『ひぃぃい!』と、か細い悲鳴を上げながら飛び上がって俺の体にしがみついてくる。

 

「け、健治くん! 私を担いで今すぐ逃げて! 走って!」

 

「えっ? いや、あの……一体どういう……?」

 

「い、いいから早く! 急いで! こ、このままだと、私の命の危機なんだよぉ〜〜!」

 

「は、はいぃ!!」

 

 言われるがままに夜の下北沢を酔っ払いを担ぎながら走っていく。何故か怒りに震える星歌さんの叫びを背中に浴びながら俺は帰路へと走るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ、うぷ、揺れが凄くて吐き気が……」

 

「廣井さんが走れって行ったんですよね!? この状況で吐いたら本当に置いてきますよ!!」

 

 俺の叫びもついでに夜の下北沢に響いたのだった。

 





最近また忙しくなってきたりしてますが、頑張って投稿していくので読んでくれると有難いです。
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