結束バンドのライブと打ち上げが終わった次の日。俺はリビングで朝食を取っていた。
朝食の内容はベーコンエッグとサラダと味噌汁。
普段は栄養機能食品やゼリー飲料で済ませているが、昨日の夜連れてきた廣井さんが寝室で寝たままなので彼女の朝食を作るついでに俺の分も作ったのだ。
結局、昨日は廣井さんに急かされたこともあってツケを払いに行けなかった。
あの後、なんで伊地知達の反応が急におかしくなったのか、廣井さんに詳しく聞きたかったので俺がシャワー浴び終わるまで起きてるように頼んでいたのだが……風呂場から出る頃には廣井さんは泥酔してしまっていた。
机の散乱状態を見るに『幸せスパイラル』を発動したようだ。それがトドメとなり泥酔に至ったようである。
……俺がシャワー浴びてる時くらい、酒を飲まないでいられなかったのかと思ったが、そういえばこの人演奏中でも酔っ払っているんだった。
そんな廣井さんが酒を飲む手を止める訳が無い。そこまで考えの至らなかった俺が迂闊だった。嘔吐はぶちまけていないようだし、風呂上がりで吐瀉物の処理をしなくて済んだと思えば成長といえるだろう。
もうこの際、廣井さんが我が家に持ってきて放置している酒、今度からどっかに隠してた方が良いかもしれない。これではまともに話も聞けない。多分、少しくらい無くなってても気づかないだろうし。
兎に角、昨日の事は後で聞くとして、まずは学校に行ったら後藤さんにライブに誘ってくれたことへのお礼をしっかり伝えるつもりである。
彼女のあの勇気のおかげで俺は伊地知達と再会できたのだから。
そんなことを考えつつ朝食の残りを口の中に運んで、食器を片付ける。廣井さんの分をラップでくるんで置き手紙を置いたり、歯磨きしたり、諸々の準備をして玄関へと向かう。
「いってきます」
叔父は出張、廣井さんは寝てるので別に返事が返ってくる訳でも無いのについ言ってしまう。静寂に背を向けながら学校に向かおうとして……。
「…………い゛ってらっしゃ〜い」
寝室の方から呻き声のような返事が返ってきて足を止める。いつの間に廣井さんが起きていたようである。
だが、あの声の様子だと絶賛二日酔いの真っ最中のようだ。俺は今から学校に行くので介抱出来ないが、味噌汁は用意してあるのでそれを飲んで体を休めて欲しい。
(……それにしても)
俺が『いってきます』と言って誰かが『いってらっしゃい』と返してくれるのは、なんだか嬉しい。別に返事が返ってくることなど期待していなかったのに。叔父が出張でいなくなって暫く経つから少し寂しくなっていたのだろうか。
俺は少し照れ臭くなりながら、玄関のドアを開けて学校へと向かうのだった。
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俺は昼休みに一年生の教室までやって来ていた。周りの一年生は怖がっていたり、舎弟のような話し方で話しかけてきたりしている。
普段は舎弟のような話し方をしてくる人達のことは軽く流すところだが今日はちょうど人と話したかった。
何故なら俺は後藤さんに話があるからだ。彼女の所属するクラスを俺は知らないが、これだけ一年生がいるなら誰かしら後藤さんについて知ってるだろう。
俺は適当に周りにいた兵隊のように敬礼をする一年生に話しかける。
「ちょっといい?」
「はいっ! 暇です! 遠坂先輩からお昼を誘ってくれるなんて感激です!」
「うーん。そんなこと言ってないかな。ちょっと聞きたいことがあってね……」
昼休みに一年生教室にやってきて話しかけたものだから『一緒にお昼を食べよう』という誘いと勘違いしたらしい。
昼食の誘いでは無いと知った一年生はあからさまに落胆した顔をしていた。悪いとは思いつつ、本題に入る。
「後藤さんっている? ちょっと用があるんだけど……」
「……後藤さん? 自分はその人知らないです」
知らなかったか。まぁ後藤さんは自己主張が激しくなさそうだし、別クラスの人とかだと名前を覚えてられてないとかもあるだろう。
「そっか。わかった、ありがとう」
俺は礼を言って、他の一年生にも話しかけていく。何度か話していけば同じクラスの人とかに当たって後藤さんの情報が聞けるだろうと思っていた。
──この時はすぐに、後藤さんが見つかると考えていたがそう簡単ではなかった。
「後藤……確か4組……いや、1組だったような……」
「後藤さんってあれですよね? めっちゃキラキラしててカッコイイ陽キャの……え? 絶対違う? 人違い?」
「後藤さん……? すみません、聞いたことないです……ところで私の名前は『伊藤』なんですけどもしかして後藤と伊藤を勘違いしてませんか……? ランチの予定なら私空いてま……ってちょっとー! どこ行くんですかー!」
何人かに話しかけたが一向に『後藤さん』の情報にたどり着けない。幽霊部員とかそういうレベルじゃない陰の薄さである。
(……いっ、一体後藤さんって何者……!?)
まさかこんなにかかると思っていたなかった。昼休みが半分経過しても有益な情報が手に入らないとは。
腹の虫が空腹を知らせてくる。すぐに見つかると思って昼飯を食べてこなかったのが仇となった。
俺も昼飯を食べたいし、一旦仕切り直そうかと思っていると後ろから声をかけられる。
「あの! 遠坂先輩!」
かけられた声に俺は聞き覚えがあった。後ろを振り返ると、そこに居たのは結束バンドのメンバーとして見覚えのある少女だった。
「君は……喜多さん?」
「はい! 昨日ぶりですね! 遠坂先輩!」
そう言う喜多さんは後光でも指してるんじゃないかと思うくらい光り輝いている。勿論、物理的に輝いてる訳では無く、輝いて見えるというやつだ。何故か聞こえてきた『キタ──ン』という効果音もただの幻聴である。
溢れ出る『陽』のエネルギーが可視化されているようだ。後藤さんは溢れ出る『陰』のエネルギーが可視化されて見える時もあったが、この2人が同時に加入している結束バンドという組織はなんとも面白いものである。
どういう経緯で結成したのか大変気になるところだが……それよりも喜多さんの『昨日ぶり』という言葉に反応して周囲がざわめきだす。
周りから好奇の目で見られるのはいつまで経っても慣れない。ましてや喜多さんは俺より慣れていないだろう。俺の前に出てきたはいいものの、少し居心地悪そうにしていた。
「ははは……。相変わらず凄い盛況っぷりですね」
「なんだかごめんね。こんな目立ってて……」
「いえいえ! そんな! 私から話しかけたんですから気にしないで下さい!」
そう言うと喜多さんは笑みを浮かべる。こちらを安心させる為なのだろう。
可憐だ。人懐っこい雰囲気が出ている。喜多さんは他の人と違って俺の事を怖がらず、舎弟のような言葉遣いもしなくて心が洗われる。
「ありがとう。ところで今日はどうしたの?」
「実は遠坂先輩が『後藤さん』を探しているって話を聞いて……ひょっとして『後藤さん』って結束バンドの『後藤さん』のことですか?」
どうやら何時までも後藤さんを見つけられない俺を見かねて喜多さんがやって来てくれたようだ。この様子だと待ち伏せでもしないと後藤さんに会えなさそうだったので実に助かる。
「うん。ちょっと用があって……どこにいるか知ってる?」
「後藤さんは2組なんですけど、昼休みになると居なくなっちゃって……私の友達と一緒にご飯食べようって誘ったんですけど……」
後藤さん逃げたのか。確かにこの滅茶苦茶『陽』のエネルギーで光り輝いている喜多さんと一緒にご飯を食べるのは後藤さんには少し厳しいだろう。
ましてや、喜多さんと二人きりの昼食なら兎も角、喜多さんの友達は別に後藤さんの友達では無い。喜多さんは良かれと思って誘ってそうだが、後藤さんにとっては気まずいことこの上ないだろう。
「……どこに行ったか心当たりはある?」
俺が真っ先に思いつくのはトイレである。隠れて食べる時に古来より使い古されてきた方法……便所飯を後藤さんも実践しているのでは無いかと思っている。
「後藤さんがいなくなる時は……」
喜多さんが分析するように顎に手を当てて話す。
彼女の話によると、後藤さんはこういう時、頻繁に人が来ない場所に居るらしい。
そうなるとトイレは頻繁に人が来る場所と言えるかもしれない。ならば一体何処に……? と思っていると喜多さんが胸を張って答える。
「学校で一番ジメジメしてて薄暗い場所に居ます! ダンゴムシが隠れてそうな場所です!」
「ダンゴムシが隠れてそうな場所って言葉、人探してる時に聞くの初めてだよ」
後藤さんは確かに人間なのか疑わしい身体構造をしているが、流石にダンゴムシが隠れてそうな場所に居るとは……と否定出来ないのが困る。
まだ彼女と少ししか喋ってないのに石の下にダンゴムシ化して隠れている後藤さんが想像出来てしまう。なにせ頻繁に全身が崩壊する少女だ。昨日見た時は人の形をしていても次の日にはダンゴムシになっていたって不思議じゃないだろう。
「うーん。でも今から石の下を手当り次第に探すわけには行かないからなあ……仕方ない。今日のところは諦めるよ」
「そうですか……あ! それなら放課後に校門の前に立ってて貰えれば私が後藤さんのこと連れてきますよ!」
「いや……それは申し訳ないよ。わざわざ放課後に……」
「気にしないでください! 私達バイト先のSTARRYまで一緒に行ってるので普段とあんまり変わらないんです!」
反射的に出た遠慮の言葉を喜多さんに元気良く遮られる。なるほど……。確かにそれならあまり負担にならなそうだ。
なにより、毎日毎日昼休みに石の下を確認する生活をせずに済みそうである。
「そっか……ありがとう。それなら是非それでお願いしたいよ」
「はい! まかせてください!」
一時はどうなる事かと思ったがなんとかなりそうである。別れの挨拶をして教室に戻ろうとした時に喜多さんが『あっ』と何かを思いついたように言葉を零す。
「……遠坂先輩って今日の放課後バイトですか?」
「バイトは今日休みだけど……なにかあった?」
そういえば結束バンドのライブの時に人生で初めてバイトサボったけど店長怒ってるだろうか。怒ってるだろうな。ドタキャンだもんな。
後で言い訳を考えておくか……と、そんなことが頭に過ぎっていると喜多さんが言葉を続ける。
「なら一緒にSTARRYに遊びに来てくださいよ! きっとリョウ先輩達も喜びます!」
STARRYか……確かに今日は暇だし、良いかもしれない。伊地知達とも話したかったし。
「じゃあ、そうさせてもらうよ」
俺がそう言うと喜多さんの表情がパッと明るくなる。可憐だが後光も増すので目がくらみそうになる。
そういえばリョウ達と言えば……昨日の山田達の様子がおかしかったのを思い出す。廣井さんに聞こうと思っていたが、彼女だと酔っ払って記憶が吹っ飛んでる可能性があるので喜多さんに聞いた方が確実だろう。
「そういえば……昨日の最後の方、伊地知達の様子おかしくなかった? 喜多さん、何か知ってる?」
俺がそう言うと喜多さんは『あ〜〜』と呟いた後に優しい笑顔を浮かべ始める。
……何故、このタイミングでそんな笑顔を浮かべるんだ? 違和感を感じると同時に何故か無意識に身体が身構えていると、喜多さんが言葉を紡ぐ。
「実は私、遠坂先輩のこと最初は警戒してたんです」
「え」
唐突だ。それに質問の答えになっていない。俺が困惑していることに気づいてない喜多さんはそのまま言葉を続けていく。
「この人はライバルになるんじゃないかって……でも違いました。私達はそれぞれの道を歩む仲間なんだって……!」
「な、何の話……?」
なんだ。その生暖かい目は、なんでそんな目を向ける。まるで同族か同志を見つけたかのような、その瞳はなんだ。
「ふふふ、お互い頑張りましょうね!」
「いやだから、何が!?」
さっきから全然質問の答えになってないぞ!? だが、当の喜多さんは『これで話は終わりですね! 大丈夫です! 遠坂先輩の言いたいことは分かってます!』と言わんばかりの雰囲気を醸し出している。
俺としては全然終わって欲しくないし、全然大丈夫じゃないし、全然分からないのだが。
詳しく聞こうと思ったが、そろそろ昼飯を食わないと午後の授業に間に合わなくなりそうだ。仕方無い。喜多さんに聞くのは諦めて伊地知達に直接聞くとしよう。
「……よく分からないけど、とりあえず俺は教室戻るから。何かあったら連絡してね」
「はい! 分かりました!」
俺達がそう会話していると、周りの視線が急に痛くなったのを感じる。耳を澄ませて聞いてみると『遠坂先輩の連絡先!?』とか『俺も話しかけたら貰えるかも……』という会話が聞こえてくる。
しまった……。連絡先を交換していたことは言わない方が良かったようだ。
押しに弱い俺は大勢に囲まれて連絡先をねだられたら渋々渡してしまうかもしれない。早めに離れるとしよう。
「そ、それじゃあ俺はこれで」
俺はそれだけ言うと足早に一年生教室から離れた。後ろから俺の連絡先を聞こうと喜多さんにむらがる声が聞こえる。喜多さんに申し訳なく思いつつも、巻き込まれたくないので俺は無視して歩を進めるのだった。
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その頃、健治家にて。
「ああああ……頭痛いい……け、健治くん、早く帰ってきて……」
悲しき酔っ払いが深酒のツケを払っていた。