吐瀉物の匂いと共に   作:山田木耳

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19.『大人の魅力』

 喜多さんの提案通り、俺は放課後になった瞬間急いで外に出て校門の前に来ていた。

 

 喜多さんと別れた後に残った昼休みの時間で『ダンゴムシが隠れてそうな場所』を探してみたが結局見つけることは出来なかった。

 

 途中で人間を探してるのかダンゴムシを探してるのかよく分からなくなったので、出来ればもう後藤さんのことは探したくない。

 

 俺が校門の前で立っていると見覚えのある二人がやってくる。

 

「ほら後藤さん! 遠坂先輩待ってるよ!」

 

「あっ、いや。ちょ、ちょっとまってください喜多さん、まだ心の準備がっ……!?」

 

 前に『陽』の喜多さんと『陰』の後藤さんが並んでいるところを見たいと冗談で考えたりしたが、まさかこんなに早く叶うとは。

 

 俺は近づいてくる2人に挨拶しようとして……思わず固まる。

 

「……後藤さん? なんで財布からお金を取り出そうとしているの?」

 

「きゅ、急に呼び出されたのでカツアゲだと思って……い、今これしか持ってないんですけど足りますか……」

 

 後藤さんはそう言いながらビクビクした姿で校門のど真ん前で財布から金を取り出そうとしている。確かに傍から見ると後藤さんの萎縮した姿もあいまってカツアゲにしか見えないかもしれない。

 

 周りの生徒達が『一年生にカツアゲ!? やっぱり番長なのか……?』とか『俺も遠坂先輩にカツアゲされたい……』とか言ってる声も聞こえてくる。

 

 また誤解が強まったことに頭を抱えそうになるが……ここで本当にそうしてしまったら後藤さんが気にしてしまうだろう。それで身体が物理的に崩壊でもしてしまったら彼女達のバイトの時間に間に合わなくなってしまうかもしれない。

 

「……カツアゲとかじゃないから安心して。その財布お願いだからしまって」

 

 表情に出さないように気をつけながら俺はそう言葉を紡ぐ。

 

「それより……今日呼んだのは後藤さんにお礼が言いたかったからなんだ」

 

「お礼、ですか……?」

 

 後藤さんがきょとんとしている。

 

「うん。あの時、俺の事をライブに誘ってくれてありがとう。お陰で山田達に再会出来たから」

 

「あ、い、いえ……別に私は大したことはしていないので……」

 

 嘘だ。確かに客観的に見れば彼女がした事は、俺をライブに誘ったことだけで『大したことでは無い』かもしれない。

 

 だが、他者とのコミュニケーションが苦手な彼女が俺をライブに誘うことにどれほど勇気を振り絞ってくれたのかは想像も出来ない。彼女は俺を怖がってすらいたというのに。

 

 それに、俺はあの時ライブ会場で伊地知や山田を見た時、俺の頭には不安のあまり『二人に会わずにライブハウスから出ていく』という考えが過ぎっていた。

 

 その考えを断ち切って、二人に会いにいく勇気を振り絞れたのは、紛れも無く後藤さんの演奏のお陰なのだ。

 

 だから、これは全然『大したことでは無い』なんて言葉で片付けて良い事では無い。彼女は俺にとっての恩人なのだから。

 

「いやいや。本当に有難かったんだよ。だから、しっかりお礼は伝えたかったんだ」

 

「は、はい……どういたしまして……」

 

 なんやかんや時間がかかってしまったが、ようやく言えた。

 

「さてと、それじゃあSTARRYに行こうか」

 

「はい! 行きましょう!」

 

 そうして、俺達は歩き出す。STARRYに着くまでの間にこのメンバーで何を話そうか俺は迷っていたが……。

 

「そういえば……遠坂先輩、昼休みの後大変だったんですからね!」

 

「あはは……ごめんね。俺が戻ったら更に拗れることになると思って……」

 

「確かにそうかもしれませんけど置いていかなくてもいいじゃないですか!あの後、皆から質問攻めされたんですから!遠坂先輩薄情ですよ!後藤さんもそう思わない?」

 

「あ、はい」

 

 俺が迷っている暇など無く、喜多さんがどんどん話題を提供しまくってくれていた。流石喜多さんである。この物怖じしない感じは少し見習いたい。

 

 後藤さんは俺のことに徐々に慣れてきたのか、前よりも普通に会話できていて成長を感じた。

 

 ……まぁ、3人で歩いてるのに後藤さんは喜多さんの影に隠れるような位置にピッタリとくっ付いて、俺と直接顔を合わせないようにしてるのが気になったが。

 

 ……俺ってそんなに顔怖いだろうか。あとで笑顔の練習でもしといた方が良いだろうか。

 

「そういえば……廣井さんとはどうなんですか〜? 遠坂先輩」

 

「どう、って?」

 

「とぼけないでくださいよ〜!」

 

 喜多さんはそう言いながらニマニマした表情で俺の顔を覗き込んでくるが何でそんな反応をするのか分からない。別に廣井さんとはいつも通りだが……そう思っていると後藤さんが苦い顔をしながら言葉を呟く。

 

「あ、えっと……そ、それは……き、喜多さんのか、勘違いなのでは……」

 

「後藤さん何か知ってるの?」

 

「あっはい、あ、あの……健治さんに教えて欲しいことがあるんですけど……」

 

 後藤さんは少し目を泳がせながら言葉を続ける。

 

「健治さんって廣井さん(お姉さん)と交際、してるんですか?」

 

「……なんでそんな話に? してないけど……」

 

 俺がそう言うと横で喜多さん『え〜〜〜!? そうなんですかっ!?』と声を上げる。どうやら喜多さんは俺と廣井さんが交際していると勘違いしていたらしい。

 

「一体どうしてそんな話に……?」

 

「ほ、ほら……打ち上げ終わりに健治さん言ってたじゃないですか……」

 

 喜多さんが震えた声で言葉を零す。打ち上げ終わり……一体なにかあっただろうかと考えて…………思い出す。

 

「あっ、もしかして……あれのこと?」

 

「た、多分。そ、それです」

 

 そうだ。俺はあの時『廣井さんをいつも通り家に連れていく』と言ったんだった。男子高校生の家に成人済み女性がいつも泊まっているという状況は今更だがあまり良くないだろう。

 

 廣井さんが家に泊まるのがあまりにもいつも通りの日常になっていたせいでそれが一般的におかしなことであると気づくのに遅れてしまった。

 

 それで喜多さんが……昨日の反応を思い出す限り、伊地知達までもが俺と廣井さんが交際してると思っているのだろう。

 

 どうりで逃げた訳だ廣井さん……。星歌さん達に囲まれた状態で詰められたら確かに逃げたくなる気持ちは分かるが。帰宅後にしっかり幸せスパイラルもキメてるし、二重の意味で逃げてるのがなんとも情けないところである。

 

 実際廣井さんは未成年の家に入り浸っていたし、俺からお金もしょっちゅう借りていたから長く激しい説教になるのは確実だろう。

 

 俺としても廣井さんにはもう少しマトモな生活を送って欲しいと思っていたところだ。今度、廣井さんを羽交い締めにして星歌さんに献上するとしよう。

 

 しかし、廣井さんと一緒に居るのがなんだかんだ居心地が好くて強く拒絶しなかった俺にも否はある。少しは擁護しておこう。

 

「……廣井さんは未成年に手を出すような人じゃないよ。確かに酔っ払いで未成年からお金借りて、昨日の記憶が酒のせいで無くなってるような人だけど」

 

「……? な、なんで急に怪しいところを全部言ったんですか?」

 

「あ、あれ……? 擁護のつもりだったんだけど……」

 

 しまった。俺の持ってるカードでは全然擁護できない。すまない廣井さん。大人しく説教を受けてくれ。俺と後藤さんがそんなやり取りをしていると、喜多さんが横から声を上げる。

 

「それなら! 遠坂先輩はやっぱりリョウ先輩のことが好きなんですか!?」

 

「やっぱり? それに、なんで山田?」

 

「あ、えっと……き、喜多さんは健治さんがリョウさんと付き合うんじゃないかってう、疑ってるんです。き、喜多さんはリョウさんに憧れてバンドに入ったので……」

 

 嗚呼、成程。そう言われてみると打ち上げ会前に感じた妙な圧力や俺の事を『ライバルになるかもしれない』と言っていたことに合点がいく。

 

 だから、喜多さんからすれば俺と廣井さんの交際は山田と俺が付き合う可能性が消えるという点で歓迎すべきことだったのだろう。

 

「山田とはそういうのじゃないよ。詳しく聞けば本人もそう言うと思う」

 

「そうだったんですね……」

 

 喜多さんの視線が俺の顔をしばらく疑わしそうにじっと見つめ……そして、表情が柔らかくなる。どうやら分かってくれたようだ。

 

「すみません色々勘違いしてて……」

 

「いいんだよ。俺も色々と紛らわしかったし」

 

 喜多さんはこれで大丈夫。後は伊地知達の誤解を解かないと……と思っていると喜多さんが何かを思いついたかのように元気に声を上げる。

 

「でもやっぱり不安なので早めに廣井さんと交際してください!!」

 

「一応俺は未成年で廣井さんは成人済みなんだけど」

 

「関係ありません! ロックですよ! ロック!」

 

「……未成年と成人済みの交際って本当にロックって言えるのかなぁ」

 

 そもそも『ロック』という言葉自体ふわふわしていて具体的に何を指すのか分からない。バンドを長いことやってる人なら『ロック』がなんなのか分かるのだろうか。

 

「というか……喜多さんって山田と恋人になりたいってことなの?」

 

「少し違います。私、先輩の娘になりたいんです」

 

 ヤバい子だなぁこの子。後藤さんもドン引きしている。恋人になりたいというのであれば素直に応援していたが娘になりたいと言われると……。

 

 素直に応援して良いものか迷っているといつの間にか目的地であるSTARRYまで来ていた。

 

 良かった。正直、喜多さんになんて言葉を返せば良いか分からなくなっていたのでタイミング良くSTARRYに着いて本当に良かった。

 

 先頭から喜多さん、後藤さん、俺の順番で店に入っていく。

 

「お疲れ様でーす!」

 

「お、お疲れ様です……」

 

 元気一杯な喜多さんと控えめな後藤さんの挨拶がそれぞれライブハウスの中に響く。その声に反応して店の裏に居た伊地知が顔を出してくる。

 

「あ、二人ともお疲れ様ーって、健治くん!?」

 

 俺の事に気づいた伊地知が慌てた様子でこちらにやってくる。

 

「だ、大丈夫!? あの人になにかされてない!?」

 

「それって、もしかしなくても……」

 

「そう! 前に打ち上げに来てた廣井さん!」

 

 やっぱりそうか、伊地知達も俺が廣井さんと交際していると勘違いしてるようだ。あまりの勢いに押されていると、後ろから山田もやってくる。

 

「落ち着きなよ虹夏……それより健治、廣井さんとどこまでいったのか教えてよ」

 

 そう言う瞳はどこかキラキラしていて期待に満ちていた。横から伊地知がジト目で抗議の声を上げる。

 

「ちょっとリョウ……流石に冷静すぎない?」

 

「健治が知らない間に『ロック』になってて私は嬉しいから。それに面白そうだし」

 

 山田はウィッグやアクセサリーをどこからともなく取り出して俺の前に突き出してくる。

 

「私が『ロック』の先輩として健治に色々教えてあげよう。まずはマッシュヘアにして耳にピアスをつけて」

 

「……それって本当に『ロック』なの?」

 

「うん。男性ベーシストは皆この格好をしている」

 

 本当だろうか。ロックについて俺は全然知らないがこれって本当にロックなのか? 

 

 俺はそう思いつつも両手を軽くあげて言葉を零す。

 

「……山田が期待してるところ悪いけど、何もしてないよ。全部誤解なんだ」

 

「……本当に?」

 

「ああ。俺と廣井さんの関係にやましいことなんて少しもない。信じてくれ」

 

 訝しんでる様子の山田の視線に俺は真っ直ぐ視線を返して答える。疑われてる時は誠実に、真摯に受け答えすればこちらにやましい事など無いと分かってくれる筈だ。

 

「なら、廣井さんが頻繁に健治の家行ってるって話も誤解?」

 

「……ごめんそれは本当」

 

 ──山田のその一言で俺の真っ直ぐだった視線は即座に逸れることになった。

 

 伊地知が悲鳴じみた声を上げて俺に詰め寄ってくる。

 

「健治くんっ!? 目を覚まして! ああいうタイプを好きになっちゃうと人生終わるよ!!」

 

「い、いや……確かに家には来てるけど、それだけだよ。一線は越えてない」

 

「おいコラ!? 目を合わせて答えろ!!」

 

 しまった。別に本当に一線を越えてないのに伊地知のあまりの圧に押されて目を合わせず答えてしてしまった。これ以上、疑惑が強まる前に誤解を解こうとしていると……更に店の奥から音が聞こえる。

 

「おい! 健治!」

 

「あ、星歌さん、こんにち……うっ!」

 

 俺が伊地知と話していると店の奥から怖い顔をした星歌さんがやってきた。挨拶しようと思ったが、その前に肩を勢い良く掴まれて遮られる。

 

「いいか健治……大切なことを言うからよく聞けよ……」

 

「は、はい……」

 

 あまりの剣幕に呑まれて大人しく従う。

 

「確かに年上っていうのは頼りがいがあって、お金があって、車を運転してどこにでも連れてってくれるから同年代より魅力的に見えるかもしれないが……未成年に手を出してる時点でろくでもない奴なんだぞ!」

 

「廣井さんの場合は頼りがいは微妙で、お金が無くて、常に飲酒してるせいで車なんて運転できませんけど……」

 

 改めて口に出してみると悲しいほどにろくでもない大人だ。ライブの演奏でギリギリプラマイゼロくらいになっているが、それでも普段の言動が足を引っ張りすぎている。こんな大人にはなりたくないものだ。

 

「そもそも手出されてないですって。誤解です、誤解」

 

「……本当か?」

 

 俺が冷静に返したのが良かったのだろう。熱くなっていた星歌さんが少しだけ落ち着き、俺の肩から手を離す。それでもまだまだ疑惑の表情を浮かべているが。

 

「……じゃあ昨日言ってたツケ払いに行くとかは?」

 

「ああ。あれはそのまんまの意味です」

 

「やっぱり貢いではいるのかよっ……!」

 

「いや、落ち着いて下さい。貢いでるとかじゃなくて貸してるだけというか」

 

 廣井さんは懐が寂しいを通り越して懐が空なので、見とかないと何処かで飢えてそうな感じがして怖いのだ。

 

「そうか、貸してるだけか…………それで今、総額何円貸してるんだ?」

 

「…………………………まぁ、そこはプライベートなんで」

 

「おい、今の間は何だ!? おい!?」

 

 その後も、質問攻めと疑惑の視線に晒されながらSTARRYで過ごすことになる。今更だが、今日STARRYに来てしまったことを後悔する。

 

 今度来る時は絶対廣井さんを連れて行って質問攻めを一身に受けてもらおうと俺は心に誓うのだった。

 





いつも感想・評価・お気に入り登録等々ありがとうございます。ここすき機能今まで確認してなかったんですけど、今見てみたら色々ここすきしてくれてる人多くて嬉しかったです。
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