吐瀉物の匂いと共に   作:山田木耳

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2.『放っておけない』

 

 バイトからの帰り道。今日はいつもより遅くなってしまったので近道として飲み屋街を通り抜けている。道中にいるキャッチの誘いをやんわりと断りながら歩を進めていると突然自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。

 

「あ! 健治く♯☆/&♪:~」

 

「うわぁ。既に出来上がってますね」

 

 偶然町で出会った廣井さんの酔っ払い振りに思わず引き攣った顔をしてしまう。ここまで会話が成り立たないほど呂律が回っていないのも珍しい。いつもはなんやかんや酒に酔っててもある程度会話は出来るのだが。

 

「大丈夫ですか? 指何本に見えます?」

 

全然大丈夫(れんれんらいようふ)! 6本(ろほん)!」

 

「全然大丈夫じゃなさそうですね。立てたのは1本ですよ」

 

 俺はリュックサックの中に入れていた水とエチケット袋を取り出す。どこかの酔っ払いと街中で出くわすことが増えてるので常に常備するようになってしまったのだ。

 

「ほら水です。吐きたくなったらエチケット袋に吐いてください」

 

ありがとね〜(らいはとね〜)

 

 この酔っ払いをどうしようか考えていると、廣井さんが震える手でポケットからスマホを取り出す。おぼつかない操作で誰かに連絡しようとしているようだ。

 

 誤って変な操作しないかハラハラしながら見ていたが、なんとか操作に成功したようで誰かとの通話が開始される。

 

もしもし──わたしだけど──(もひおひ〜〜わはしらへほ〜〜)

 

『〜〜〜〜〜!?』

 

 かすかに電話相手の声が聞こえるが、困惑してるのが何となく分かる。無理も無い。今日の廣井さんの呂律は常軌を逸している。

 

「あ──廣井さん。俺が代わりに話しましょうか? 多分迎えに来て貰えば良いんですよね?」

 

大丈夫大丈夫。伝わる伝わる(らいようふらいようふ。ふたるるひたるる)

 

「すみません何言ってるか全然分からないです」

 

 俺がそういうと廣井さんは『仕方ないな〜〜』という顔をしながら俺にスマホを預けてくる。俺は『ありがとうございます』と言って彼女のスマホを受け取り耳に当てる。

 

「もしもし。電話代わりました。廣井さんを介抱している遠坂と申します」

 

『! 君が噂の遠坂くんか……。私は岩下 志麻だ。いつも廣井がお世話になってしまって申し訳ない』

 

 噂だって? 廣井さんは俺の事を一体どんな風に言ってるのか気になるが……とりあえず今はこの酔っ払いを一刻も早く片付けて貰うのが先だろう。

 

「廣井さんが酔いつぶれてしまって……下北沢三丁目の飲み屋街って来れますか?」

 

『あー廣井か。うん。私は行けないからそのまま放置しててくれ』

 

「えぇっ!? いや、そんな訳には行かないですよ。誰か他に迎えに来れる人は居ないんですか?」

 

 俺の問いかけに岩下さんは考える素振りを……いや、全然考える素振りを見せずに答える。

 

『悪いけど居ないなぁ。居ても多分適当な理由つけて皆断ると思うよ』

 

「ええ……」

 

 一体どんな滅茶苦茶な素行だったらここまでなるんだ。目の前の廣井さんを酔っ払い振りを見ていると大体予想つくけど。

 

『大丈夫。何度放置してても生きてるから問題無いよ。それよりもう遅いから気をつけて帰るんだよ』

 

 そこで通話が切れる。迷いの無い、思い切った見捨てぶりだった。おそらく何度も見捨ててきたのだろう。むしろ、酔っ払いの廣井さんより俺の事を心配されてしまった。

 

 どう考えても心配すべきなのは廣井さんの方なのに……多分廣井さんならなんやかんやしぶとく生きてるだろうという信頼があるのだろう。もしかしたら電話に出てくれた岩下さんは廣井さんが以前に言っていたバンドメンバーの一人だったりするのだろうか。

 

 チラリと廣井さんの方を見る。彼女も視線に気づいた様で緩みきった顔で俺に問いかけてくる。

 

志麻ちゃん何て言ってた〜〜(すあはんはんていってら〜〜?)?」

 

 岩下さんには放置しても良いって言われたが、流石にこんな状況の人を放置出来ないよなぁ……。俺は屈んで、座る廣井さんの視線に合わせる。

 

「岩下さんは来れないみたいです。一旦俺の家に行きましょうか」

 

了解〜(りおはい〜)ありがとうね(ありはほうへ)

 

 俺の言葉に反応して廣井さんが立ち上がる。だが、酒のせいで彼女の体幹は産まれたての小鹿よりも安定感が無い。なんなら俺の家とは逆方向に進んでいる。

 

「……おんぶしましょうか?」

 

 そう言うと廣井さんは立ち止まり腕を前に広げてくる。おんぶしてくれということだろう。背負っていたリュックサックを胸側に付けてから彼女の前に回り込む。

 

「それじゃあ失礼して……ん!?」

 

 思わず声が出る。

 廣井さんがあまりにも軽すぎて驚いたからだ。以前も彼女を運んだ時はあったが、短い距離だったのでそこまで気にならなかった。

 

 だが、今回は家まで距離があるので背中の異常な軽さが非常に気になる。本当に背負っているか時々後ろを見て確認しないと不安になるくらいは軽すぎる。それに腕も見てて心配になるほど細い。

 

 思えば借金があると言っていたし、いつも安酒ばかり飲んでいるし……ひょっとして……。

 

「廣井さん……毎日ちゃんとごはん食べてますか?」

 

「…………」

 

「……もしかして寝ました?」

 

 飲み屋街の喧騒で聞き取りづらいが、よくよく耳を凝らすと彼女の寝息が聞こえる。やはり既に限界だったようだ。

 

「……お願いですから、長生きして一緒にお酒飲みましょうよ。こんな生活続けないでください」

 

 俺の小さく呟いた独り言は酔っ払いの騒ぎ声によって掻き消される。例え、廣井さんが起きていても彼女の耳には届かなかっただろう。俺は溜息を吐きながら帰路を急ぐのだった。

 

 ■■■■■■■■■■

 

「い゛っ、たぁ…………」

 

 凄まじい頭痛で廣井きくりは目を覚ます。昨日の記憶が朧気だ。確か、酒飲んでたら誰かにおんぶされて運ばれて……駄目だ。良く思い出せない。二日酔いを迎え酒で抑えつつ、辺りを見渡す。

 

 見慣れた天井。見慣れたベッド。見慣れた扉。何度もお世話になった彼の家の寝室で私は寝ていた。昨日のことはあまり覚えていないが彼がまた道端で拾ってくれたのだろう。

 

 以前に『なんで私を何度も拾って介抱してくれるの?』と聞いたことがある。彼は何ともなさそうに『なんとなく放っておけないので』とだけ答えた。

 

 それだけ? と聞いた時は思ったが、本当にそれだけなのだろう。長い間……それこそ今年の四月に出会って彼の学校が冬休み期間に入る程度には長い間介抱され続けて、彼がどういう人間なのか少しだけ分かった。

 

 彼は困ってる人を放っておけない。それは美点になる時もあれば、彼を苦しめることもあるだろう。今回だってバイト帰りで疲れているだろうに酔っ払い(わたし)の世話をしている。

 

 置時計を見ると時刻は午前10時。冬休み期間だと語っていた彼は既にバイトに行っている時間帯だ。

 

 彼にこれ以上迷惑かける訳にもいかないので水だけ飲ませて貰ってからさっさと帰ろう。そう思って立ち上がり、リビングに向かう。

 

 相変わらず最低限の物しかないリビング。まるでモデルハウスに来たみたいだった。彼の趣味が分かる物や私物らしき物も見当たらない。バイトばかりしているせいで趣味に使える時間が無いんじゃないだろうかと心配になる。

 

「……ん?」

 

 ひとつだけ普段は見ないものがテーブルに並べられているのが見える。ラップで覆われた皿に電気ポットと置き手紙。

 

 置き手紙には綺麗な文字で『廣井さんへ。おはようございます。お腹減ってたら食べてください。食べれなかったら俺が食べるので残してて大丈夫です』と簡潔に書かれていた。

 

 皿にはおにぎりが置かれ、電気ポットの近くにはインスタント味噌汁やお茶漬けの素が置かれていた。二日酔いでも食べやすいように配慮しているのだろう。

 

 本当に気を使いすぎである。人を放っておけないにも程がある。あまり覚えていないが昨日運ばれた時に体の細さを心配されたのだろう。

 

「……こんな綺麗な字書けたんだ」

 

 私は思わず呟きながら壁に掛けられたカレンダーを見る。そこには近づいて読めばなんとか分かるレベルの乱雑な文字が書かれている。

 

 このカレンダーに書かれた乱雑な文字こそ私が知ってる健治くんの文字だ。置き手紙の文字は私に分かりやすいように丁寧に書いたのだろう。だとしても普段の字を知ってる身としては綺麗すぎるけど。

 

 台所で水を飲もうとして歩を進めると、ダンボールに入った買い溜めされた栄養機能食品(カロリーメトイ)が。冷蔵庫には大量のゼリー飲料が買い溜めされている。

 

 災害が起きた時の為の保存食という訳では無く、どちらにもしっかり最近取り出した形跡がある。多分今日の彼の朝ご飯だったのだろう。私は溜息を吐く。

 

「私のご飯の心配より自分の心配もしなよぉ……」

 

 これが健治くんという人間だ。

 他人のことは放っておけない癖に、自分のことは雑に放っておく。彼にどのような事情があってこんな風に成長してしまったのか分からないけど、彼はこのままで本当に良いのだろうか。

 

 毎日朝から夜までバイトをかけ持ちして遅くになって帰ってくる。週に休日が一日しかない時もあったのを知っている。このままでは体を壊さないか心配だ。

 

 だが、私の思い違いで無ければ最初に私を介抱したあの時と比べて、彼の表情は少しずつ柔らかくなっている。この私との会話が彼にとって少し息抜きになってくれているのかもしれない。

 

 だから私は悪いとは思いつつ、彼の家周辺で酔い潰れて彼に拾われている……まぁ、下北沢周辺にお気に入りの店を見つけたというのも理由にあるけどね。

 

 最近は酔っ払ってる私の前で愚痴を言うようになってきてくれた。それが私はとても嬉しい。あとは肉体的な疲れにも気を使って休日を増やして、趣味を作ってくれれば良いんだけど……。

 

 彼は私を放っておけないというが、私もまた彼を放っておけないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはそれとして、いつも私の吐き出した吐瀉物の処理させてごめんね。今後ともお世話になると思います。

 私は置き手紙の端に『ご馳走様! 美味しかった!』と書いて彼の家を後にした。





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