吐瀉物の匂いと共に   作:山田木耳

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7月中に投稿するって言ってたのに思っていたよりリアルが忙しくなってしまってこんなギリギリになってしまい申し訳ないです。良かったら読んで下さると嬉しいです。



21.『説教バイオレンス』

 

 俺と廣井さんはSTARRYに来ていた。用件は勿論、長らく続いた問題に終止符を打つことである。

 

 事前に星歌さんに今日廣井さんを連れてくると伝えてあるのですれ違いになることは無い。泣いても笑っても俺と廣井さんは星歌さんの説教を乗り越えなければならない。

 

「覚悟はいいですか廣井さん」

 

「ん〜〜? まかせといてよ。あははははは!」

 

「……出来れば今日だけでもシラフで来て欲しかったんですけど」

 

 一応、ダメ元でお酒飲まないで来てくださいとお願いはしていたのだが結局飲んでしまったようだ。廣井さんらしいと言えばらしいのだが。

 

 酔っ払っている姿が火に油を注ぐ結果になる気もすれば、案外いつもの姿として呆れながらも受け入れてくれそうな気もする。

 

「それにしても、俺が言うのもなんですが落ち着いてますね……」

 

 STARRYに近づいていけば廣井さんは徐々に落ち着きがなくなってくると思っていたが、そんなことは無く落ち着いている(酔っ払ってはいるが)ように見える。

 

 俺のそんな問い掛けに彼女は笑いながら答える。

 

「ははは。私には共犯者がいるからね」

 

「……」

 

 共犯者というのは俺のことだろう。廣井さんが有利になるように証言するよう約束している。彼女にはそれ以上の意味は無い言葉だろうが、なんだかこそばゆい気持ちになる。

 

 ともかく、過度に星歌さんを恐れてる様子は無く、雰囲気がいつも通りなのは良い事だろう。案外、すんなり解決するかもしれない。

 

「それじゃ、いこっか〜〜健治くん」

 

「廣井さん、そっちはSTARRYじゃないです。ただの壁です」

 

 本当に大丈夫だろうか。少しだけ感じていた頼もしさが一瞬で瓦解したのを感じながら、俺と廣井さんはSTARRYの中へと入っていくのだった。

 

 ■■■■■■■

 

「──学生っていうのはまだ責任が取れないんだから大人の私達がしっかりしといてやらないと…………おい、聞いてるか?」

 

「いだたたたたた!! き、聞いてます! 聞いてます! 聞いてるんで出来ればもう少し力を緩めてくれるとっ……あああ!!」

 

 STARRYに入った瞬間、廣井さんは星歌さんに関節をキメられた。そして、そのまま説教に入ってしまった。

 

 ライブハウスに入る直前までは余裕そうだった廣井さんは何処かに行ってしまったのだろう。早く戻ってきて欲しいものである。

 

 話し合いの手札として、意外とバイオレンスな手段に出るところが姉妹そっくりだ。別にここはそっくりであって欲しくなかったが。

 

「す、すごい光景ですね……」

 

「よく目に焼き付けときな、ぼっち。虹夏もキレるとあんな感じだから」

 

「えっ、えぇ……!?」

 

「ちょっと! ぼっちちゃんに変な事言わないでよ!」

 

 バイトでやって来ていた結束バンドのメンバーは皆、困惑した様子で廣井さん達の様子を見ていた。無理も無い。大の大人が関節をキメられながら説教されているのだ。その異様な光景に言葉を失ってもおかしくないだろう。

 

 しかし……多分……おそらく…………いや、絶対にこれから何度もみる光景になると思うので早めに慣れて欲しい。

 

 伊地知も俺になにか言おうとしていたようだが初っ端から自身の姉が関節をキメ始めたので出端を挫かれてしまったようだ。

 

 ところで……さっきから後藤さんがゴミ箱の中に入りながら会話してるんだけど何故誰も触れないんだろうか。ひょっとして、これが結束バンドの普段通りなのか? 狂ってないか? 

 

「けっ、健治くん……み、見てないで、はやくあのことを先輩に伝えて……! 私の身体がまだ人間の形を保ってる間にいいい!」

 

 廣井さんからのSOS信号に応えるために、俺は『グギギギ』だとか『ミシミシミシ』とか鳴る廣井さんを小脇に抱えた星歌さんの元に近づく。

 

「……あ──星歌さん、ちょっと聞いて欲しいことがあるんですけど」

 

「……なんだ?」

 

 廣井さんの関節をキメたまま、星歌さんが俺に視線を向ける。

 STARRYに入った瞬間、止める間もなく廣井さんが関節をキメられてしまったので言いそびれてしまったが、今日の俺は廣井さんを弁護しに来たのだ。

 

「……どうやら廣井さんは俺の事を成人済みだと誤解していたみたいなんですよ」

 

「……なんだって? いや、どう見ても健治は高校生だろ」

 

 星歌さんがきょとんとした顔でそう言うと、横で聞いていたPAさんが言葉を紡ぐ。

 

「いや〜〜傍から見たら結構大人びて見えますよ。店長が昔から健治君を知ってるから高校生って分かるだけじゃないですか〜?」

 

 PAさんが横から助け舟をくれた。助かったが、俺ってそんなに高校生に見えないのだろうか。散々言われてきたが、どうにも自分からすれば違和感がある。

 

「廣井さんは俺が学生だと知ってて家に入り浸ってた訳じゃ無いんです。どうかここは情状酌量の余地を……」

 

 嘘は言っていない。

 正確には、俺の事を学生だと知ったあとでも廣井さんは星歌さん達に内緒で俺の家にやってくるのだが……そこまでは彼女達には言わない。

 

 俺は誤魔化したり嘘は吐いたりするとすぐに顔に出てしまうらしい。だから嘘は吐かない、誤魔化しもしない。最初からそこまで聞かれないように誘導してしまえば良い。

 

「いや、だけど流石に無理が……」

 

 星歌さんが半信半疑そうに此方を見てくる。俺がさらに言葉を紡ごうとした時、恐る恐るといった様子で後藤さん(何故かゴミ箱に入っている)が言葉を紡ぐ。

 

「あ、あの……私も最初に会った時高校生って気づかなかったです……」

 

「そうか、ぼっちちゃんがそう言うなら……」

 

 先程まで疑り深く廣井さんを見ていた星歌さんだったが、後藤さんの言葉を聞いた途端、やけにすんなりと受け入れて廣井さんにキメていた関節技を緩めてくれた。

 

 廣井さんは『ぐへぇっ』と呻き声を上げながら床に倒れ込む。良かった、まだ人の形は保っている。それ自体は良いのだが、星歌さんと後藤さんのやり取りに少し違和感を感じる。

 

「…………………………なんか後藤さんに甘くないですか?」

 

「気の所為だ」

 

「気の所為ですか」

 

 その割には星歌さんが後藤さんに向ける視線が妙に優しいというか、生暖かいというか、粘度があるというか……俺がそう思っていると後藤さんも星歌さんの視線に気づいたようだ。

 

(……あ、後藤さん目逸らした)

 

 どういうリアクションを取るのか気になっていたが後藤さんは目を逸らすことを選択したようだ。

 

 逸らされた側である星歌さんを見てみると、なんだかしょんぼりしてるように見える。その表情が『好きな子の気を引きたいけど中々上手くいかなくて落ち込んでいる』ように見えたのは気のせいだろうか。

 

 ……いや、流石に気のせいだろう。俺と廣井さんに成人済みと未成年について散々説いてきた星歌さんが、未成年である後藤さんに対して過度な好意を持つ筈が無い。

 

 普通に怖がられたのがショックなだけだろう。意外と可愛いところがあるのだ。星歌さんは。

 

「コホン。とにかくお前は借りた金を一刻も早く返せ。それと健治は強く断ることを覚えろ……いいな?」

 

「はい……気をつけます……」

 

「わ、わ、わ、分かりまし、た……」

 

 俺と廣井さんは星歌さんの言葉に力強く頷いて反省の色を示す。廣井さんの場合、関節技のダメージで仰向けに倒れながらだが。

 

 星歌さんはまだ少し、こちらを怪訝そうな目で見てきたが……後藤さんの方をチラリと見た後に、踵を返してカウンター席に座った。

 

 どうやら、とりあえず後藤さんの証言を信じることにしたらしい。

 

 後藤さんは相変わらずゴミ箱に入ったままというのはなかなかシュールだったが。

 

「ありがとうね後藤さん。おかげで助かったよ」

 

「い、いえ! 別に大したことはしてないですし……」

 

 後藤さんはいつもそう言うが、俺は本当にいつも助かっている。廣井さんが人間の形をギリギリ保てているし、俺に飛び火して来なかった。

 

 これも後藤さんがとりもってくれたおかげである。人間の形を失わずにすんで本当に良かった。俺がそう思っていると伊地知が膨れっ面で話しかけてくる。

 

「健治くんがあの人を家に上げなければそんな恐れることも無かったのに……」

 

「ははは……」

 

 彼女の訴えに苦笑いで返す。

 実際は俺から誘ってるし、説教の後も普通に通い続けようと廣井さんとは協定を結んでいるのだが……言わぬが仏ならぬ言わぬが伊地知だろう。

 

 この状況で口を滑らしたら、伊地知姉妹のコンビネーションアタックを喰らうことになりかねない。

 

 せっかく関節技から免れたのに、墓穴を掘って人間の形を失いたくない。そう思っていると今度は山田が話しかけてくる。

 

「その通り。相手が成人だから問題。だから未成年が未成年に貢ぐ場合には問題は無い。ということでお金貸して健治」

 

「……別に誰かに貢ぎたいわけじゃないからね?」

 

 山田の家って確かお金持ちだったような……とも思いつつ、本当に困っているならお金を貸そうと自然と財布に手を伸ばしかけて……伊地知に掴まれて止められる。

 

「ちょっと! 早速お金貸そうとするんじゃないの! リョウもお金借りようとするのやめなよ」

 

 俺の方はと言うと、伊地知に止められたことで自分の身体が無意識に財布を開こうとしていたことに気づく。

 

「しまった。いつもの癖で」

 

 財布を再びポケットにしまっていると、後藤さんが小声で『養い精神が身体に染み付いてる……』と呟いたのが耳に届く。後藤さん、意外と遠慮が無いな。

 

 それと喜多さん。俺が財布取り出したのを困惑した表情で見ていたが、多分君もそのうち似たようなことをする気がする。完全な勘なので根拠は言えないが某ベーシストに貢いでる姿が想像出来てしまう。

 

 そんな風に思いつつ、伊地知達にずっと話そうと思っていた話題を切り出す。

 

「そういえば……伊地知、山田。前に話すって言ってたあの件なんだけど……」

 

「それって……黙って引っ越した理由のこと、だよね?」

 

 伊地知の問いかけに俺は無言で首を縦に振る。それを見て山田も口を開く。

 

「おお、ついに。忘れたのかと思ってたよ」

 

「忘れるわけないよ。ちゃんと言うとも。ただ、私的な話だから他の人がいる場所では極力言いたくないんだ」

 

 理由を話す上ではどうしても…………俺の家庭環境について話をしなければならない。今は、気持ちの整理がついているが大っぴらに広げる話でもない。

 

 俺がそう思っていると、伊地知が少し考えてから口を開く。

 

「……今度の土日って、健治くん暇?」

 

「暇だよ」

 

「なら、健治くんの家で……とか、どうかな?」

 

「………………別に良いけど」

 

「ダメな時の間のとり方じゃん! 別に無理なら無理って言ってくれて良いんだからね!」

 

「いや、そういうのじゃなくて。ただ、ちょっと部屋に物多いから片付けなきゃなって思っただけだよ」

 

 口ではそう言いつつも思い出すのは廣井さんの飲みかけの酒瓶や飲む予定で置かれてるパック酒等が置かれてる部屋の惨状である。

 

 リビング等に置かれたゴミは俺がこまめに片付けていたが、普段彼女が寝泊まりすることが多い元俺の寝室はあまり片付けれていなかった。

 

 俺の家とはいえ、普段女性が寝泊まりする部屋に許可無く入るのを躊躇った為である。別に寝室に入れる予定は無いが部屋の中を見られでもしたらまた小言を言われてしまうかもしれない。片付けた方が良いだろう。

 

「健治サボり癖あるもんね」

 

「そう、だね」

 

 気を張り続けるのは大変だ。プライベートな時くらいは気を休める事が必要だ。こういうのは……山田から学んだんだったな。

 

俺が少しだけ過去のことを思い出していると、伊地知が口を開く。

 

「健治くんの新しい家知らないし、いつでも遊びに行けるようについでに知っときたくて」

 

 伊地知の話しからなんとなく察する。多分、引っ越しのことを話しつつ家で遊びたいということだろう。引っ越しの理由を話すだけなら態々俺の家に来る必要は無い。

 

 それでも俺の家と指定して来たのは他の用があるからに違いない。確かに折角再会したのだから話すだけで終わるのは勿体ないだろう。

 

「確かにね。いつでも遊びに来て大丈夫だけどアポは取ってね? 俺、バイト入れること多いから」

 

 廣井さんが家に来てる時に鉢合わせるとまずいので、さりげなくアポは欲しいことを伝える。

 

 後は詳しい日程を決めようと考えていると……横から声が上がった。

 

「えっ!? リョウ先輩、男の家に行くんですか!?」

 

「語弊を招く言い方やめてくれないかい? 別に何も間違っては無いけど」

 

 そうだ。この子が居たんだった。

 山田の娘希望である狂気の女子高生、喜多さんが。

 

「えっと……確かに喜多さんにとって山田が異性の家に行くのは歓迎できないことかもしれないけど、俺は山田達に対してやましい気持ちは無いよ」

 

「それは分かってるんですけど、だとしても万が一、億が一のことを考えるとリョウ先輩が異性の家に行くってのが耐えられなくて……!!」

 

「そっかぁ……」

 

 別に無視しても良いが、喜多さんに後から恨み節を言われるのも気が引ける。なんとか折衷案を探したいところである。

 

「えっーと、喜多さんはどうすれば納得してくれる? 出来るだけその通りにしたいと思うけど……」

 

「変なことしないようにリョウ先輩達と一緒に家に居る間はイソスタライブしてて下さい!」

 

「ごめんどうか別の案で」

 

 自他ともに認める恥ずかしがり屋の俺がイソスタライブなんて出来る筈が無い。というか、真っ先に出る案がそれか。流石喜多さんである。

 

「というか、仮に何かあったとしても俺より伊地知の方が力強いからね」

 

「あ、確かにそうですね。安心しました!」

 

 良かった。なんとか喜多さんが納得してくれた。

 

 当の伊地知は『流石に健治くんとは体格差があってキツイんじゃないかな!?』と困惑していたが、結束バンドの初ライブ後の控え室で俺にしっかり関節技をキメた癖に何を言っているんだと思う。

 

 あの時は反省の色を示すために抵抗はしなかったが、仮に抵抗していても抜け出したりとかはできなかったと思う。

 

 なんとか喜多さんも宥めることが出来たし、後は日時を決めるだけ……と思った時に、いつの間にか復活していた廣井さんが視界に入る。酒で緩んでいるが、どこか真剣そうな表情で星歌さんと何か話している。

 

 一体何の話をしているのか気にならないのかと言われれば嘘になるが、今は伊地知達と話している最中なので俺はあまり考えないようにするのだった。

 





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