吐瀉物の匂いと共に   作:山田木耳

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3.『酔っ払いとチケット』

 

 バイト強化月間である冬休みシーズンは俺にとって最高の期間だったが、今日だけは憂鬱だった。

 

「奇遇ですね!! 遠坂さん! まさか冬休み中に会えるなんて!! あ、荷物持ちましょうか」

 

「あぁ、うん……いや、大丈夫」

 

「ちょっと、遠坂さんが困ってるでしょうが!! あんまひっつきすぎないでよっ!」

 

「ああ、いや大丈夫だようん」

 

 両隣に数人の男性と数人の女性が、俺を囲むようにして共に歩いている。バイトに行こうとした矢先に知り合いである彼らに囲まれてしまったのだ。

 

 友人同士で遊んでいた彼らと町で偶然遭遇して少し会話をした。その会話の中で『バイトに行くところだ』と伝えたら何故か『じゃあ俺達もついて行きます!』と言い出したのだ。

 

 そしたら別のグループも合流して俺を囲んで言い争いし始めた。

 

「あ〜〜ちょっと家に忘れ物したから戻るよ」

 

「じゃあ私達もついて行きます!」

 

「いやいや、バイト先まで通り道だったからついて行くって話だったじゃないか。先に行ってて良いよ」

 

「……そうおっしゃるなら」

 

 俺の説得に渋々同意して離れていく面々を見送りながらため息を吐く。

 時間まで余裕あるし、彼らと再び出会わないようにゆっくりバイト先に向かおうとしているとする俺の視界の端に見慣れた姿がうつる。

 

「あははは! うま〜〜い!!」

 

「………………」

 

 見慣れた姿と言ったが別に見慣れたくて見慣れた訳では無い酔っ払いの姿が視界の端で超主張してくる。

 バイトもあるし酔い潰れてる訳でも無さそうなので放置しようかと悩み、チラリと彼女の方を見た時にちょうど視線が合ってしまった。

 

「げ」

 

「あっ健治くんだー! あはは! ちょっと来てくれない?」

 

 周りの視線が痛い。夕方から路上で飲んでいる人間が居れば当然か。声をかけられて無視するのも悪いし、仕方なく俺は廣井さんの前まで来る。

 

「……どうかしました?」

 

「そんな嫌そうな顔しないでよー! 電車賃貸して!」

 

 またか。先月のもまだ返してもらっていないぞ。でもこの人にお金貸さなかったらどっかで野垂れ死んでそうなんだよなぁ。

 

「またですか。飲むんだったら帰りの電車賃まで計算して下さいよ。はい、どうぞ。後で先月の分も返してくださいよ」

 

「あはは。ごめんごめん。ありがとね必ず返すから」

 

 そう言いながら歩く廣井さんの足は見事な千鳥足であり、とても一人で帰れるようには思えなかった。

 

「はぁ……大丈夫ですか?」

 

「大丈夫大丈夫! うおっ、とっとっ……」

 

 どう見ても大丈夫そうじゃない。俺はスマホを操作して『すみません今日バイト休んでも良いですか?』とバイト先のグループRAINに送る。休憩中だったのかすぐに店長が反応して許可が降りる。今日はシフトの人数が多くてラッキーだった。

 

「付いていきますよ廣井さん」

 

「あれ。いいの? でもバイトは?」

 

「今日は無いんですよ。たまたま」

 

「そっか。ならお言葉に甘えようかな。よろしくね健治くん」

 

「廣井さん。それは俺じゃないです。電柱です」

 

 そう言いながら廣井さんの手を引いて駅まで連れていく。

 駅までの道はそう遠くは無いが、人通りが多い道なので夕方からべろんべろんに出来上がってる酔っ払いが隣に居ると嫌でも目を引いてしまうのが残念だ。

 

 廣井さんはそんなこと意にも介していないようで、俺に楽しげに話しかけてくる。

 

「さっきの子達、すごい健治くん慕ってる感じだったよね。後輩?」

 

「……見てたんですか」

 

「うん。あんまり会話は聞こえなかったけどね。たまに周りの子が大きな声出す時に聞こえるくらいかな」

 

「……そうですか。実はあれ後輩じゃなくてクラスメイトなんですよ」

 

「え? クラスメイト? あの言動で……?」

 

 廣井さんが怪訝そうな顔でこちらを見る。いや、ほんと、そういう反応になりますよね……。

 

「ひょっとして遠坂さんって番長なんでスか?」

 

「違いますよ。なんでいきなり敬語になるんですか」

 

『冗談冗談』と廣井さんが笑うが心臓に悪いから辞めて欲しい。あんな言動の人達を増やしてたまるか。

 

「でも番長じゃないなら本当になんで?」

 

「自分でも分からないんです。昔からこうなんですよ。仲良くなろうとしたらどんどん俺に過剰に構うようになってくるんです……」

 

 嗚呼。これまでの人生で平穏な学生生活を送れた事などほとんど無いのでは無いだろうか。小学校の頃に友達に指摘されたが俺は『男運』と『女運』が壊滅的に終わってるらしい。

 

「小学校の頃、バレンタインに女の子から毛髪入りのチョコ貰ったあたりから『何かおかしいな?』と思ってたんですけど成長していくにつれてどんどん周りの様子がおかしくなってて……中学の頃に俺の水着盗んだ犯人はクラスメイトの男子でしたし……」

 

「あはは〜暗くなってる健治くん珍しくて面白いね! お酒飲む?」

 

「飲みませんよ」

 

 普段は人にこんな話しないのだが、廣井さんは酒に酔って暫くしたら愚痴の内容を忘れてくれるので言いやすく、ついつい愚痴ってしまう。

 

「でも、健治くんって確かに顔カッコ良いけど怖くもあるからそんなにモテるの意外だなぁ」

 

「……顔怖いですか?」

 

「うん」

 

「例えばどんなところが?」

 

 廣井さんは改めて俺の体を頭から足まで見回す。

 

「……黒くて少し長い前髪、深淵を覗いてるかのような死んだ瞳、サメみたいなギザギザした歯、そして高身長……どう見てもやさぐれてて彼女にDVしてる大学生にしか見えない!」

 

「なんですかその偏見。というかそんな風に思ってたんですか」

 

 まさか廣井さんにそんな風に思われていたとは。ひょっとして俺に友達が少ないのも俺の容姿が相手を怖がらせていたりするのが理由の一つだったりするのだろうか。

 

「彼女……大学……うぅ……」

 

 そういう廣井さんはキラキラした青春を脳内に思い浮かべて勝手にダメージを受けて新しいパック酒にストローを通す。

 現実逃避にすぐ酒を使う彼女に呆れながらも、彼女と共に駅に向かって歩を進めた。

 

 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 目的の駅に着いたことを知らせるアナウンスがホームに鳴り響く。

 

 部活もバイトもしない学生達が集まる時間帯だった為、帰宅ラッシュに巻き込まれるが、なんとか隣の酔っぱらいを連れながら人の波を掻き分けることが出来た。

 

「廣井さん。電車降りましたよ。どうします? 家に帰りますか?」

 

「ここからなら私の家より、君の家の方が近いし今日のところは一旦泊めて」

 

「最近家に帰ってなくないですか?」

 

「ん? そうだっけ、まぁ細かいことは気にしなーい! 気にしない!」

 

 廣井さんがあっけらかんと笑う。忘れたフリをしているのか、本当に忘れているのか酔っ払いだと分からない。

 

「はぁ……了解です。じゃあ、行きますよ」

 

「うぃ〜〜」

 

 返事なのか呻き声なのか分からない声を出す廣井さんの手を引いて我が家に向かう。我が家は駅から徒歩5分程度で着く立地の良い場所に立てられている。お陰で廣井さんを引きずるのが苦になる前に到着することが出来た。

 

「ほら着きましたよ。ソファ座っててください。水持ってくるんで」

 

「ありがとねぇ」

 

 ついでに酒を取上げたら恨めしそうな目で見られたがそんな目をしても返さないぞ。また吐かれたらたまったもんじゃない。

 

「どうぞ水です」

 

 俺から受けとった水を廣井さんはちょびちょび飲み始める。

 

「あ、そういえばそろそろクリスマスだけど予定ってある?」

 

「いきなりですね。予定は……無いです」

 

 ロインを確認しながら俺は答える。

 

「お。健治くんなんやかんやモテそうなタイプだから意外だね! なら私達のバンドの……って、めっちゃRAIN来てるじゃん!!」

 

 横から俺のスマートフォンを覗き込んだ廣井さんの表情が驚愕に染まる。

 

「クリスマスの日予定ありますか? って内容のメッセージが一人二人……五十人近くから来てない? えっ流石に多すぎないー? しかも、男も女も関係無しじゃん」

 

「でも、このメッセージ全部『ホテルで二人きりで過ごしたい』とかその時間から遊んだら確実に終電逃す時間を指定してくるのばっかなんですよ。嫌になるんで既読無視してるんです」

 

「えぇ……駅近くで見た時も多いなって思ったのにロインだとこんなに……??」

 

「ちょっと、なんで新しいパック酒開けるんですか」

 

 廣井さんがポケットから新たに出したパック酒を取り上げる前に飲まれてしまう。いったいあのポケットの中にどれほどのパック酒が眠っているのか。

 

 酒に酔って精神を回復したのか落ち着いた廣井さんが俺に問いかけてくる。

 

「その様子だと『取り巻き』は居るけど『友達』って呼べる子いないんじゃない?」

 

「あまり人の事を『取り巻き』とは言いたくないですが……そうですね……『友達』と呼べる子が居たのは小学生の頃が最後かもしれません」

 

「お? 小学校までならモテ具合は平凡だったの?」

 

「いや、小学校の頃も今よりはマシですけど酷かったです」

 

「筋金入りだね」

 

 廣井さんがけらけらと笑う。決して笑い事では無いのだが、もはや廣井さんに笑い飛ばしてくれた方が気が楽になってきた。

 

「でも、幼稚園くらいの頃からずっと一緒に遊んでた子達が居たんですよ。中学一年生の初めに引っ越してから疎遠になっちゃいましたけどね」

 

「ん? 元々どこに住んでたの?」

 

「えっと、俺、元々下北沢に住んでたんですけど中学一年生の頃に親の都合で東北に引っ越して、また最近下北沢に戻ってきたんです。ちょっとややこしいですね」

 

「へー! じゃあもしかしたらまた会えるんじゃない? 会えたら感動の再会じゃん! 名前なんて言うの?」

 

「……相手は俺の事覚えてるか分からないですけどね。それに、もし覚えてても別れの挨拶出来ずに引っ越してしまったのできっと怒ってますよ……名前は山田と伊地知です」

 

 俺はそう答えながら、かつての友達ことを思い出していた。

 

 幼稚園に通っている頃から一緒に遊んでいて、クラスメイトの5割が毛髪入りチョコを渡してくるような状況になっても変わらず接してくれた最高の友達だった。

 

 彼女達が成長するにつれて、二人ともロックバンド好きになっていった。俺は音楽を全く分からなかったので彼女達の話に相槌を打つだけだったが、彼女達が嬉しそうに音楽(ロック)について話す姿が大好きだったので全く苦じゃなかった。

 

 だからこそ、別れの挨拶も出来ずに去ってしまったのが悔やまれる。

 

「……伊地知?」

 

 廣井さんは首を傾げた。伊地知という名前に心当たりがあるのだろうか。

 

(先輩と同じ名字……? 先輩には妹が居たけど……ひょっとして……)

 

 彼女は何かを考える素振りを見せてから俺に問いかけてくる。

 

「健治くんの小学校の頃の友達って年下?」

 

「いや、同い年でしたよ」

 

「あー、なら違うか。私の先輩に伊地知って苗字の人居るからもしかして……って思ったけど先輩もその妹ちゃんも年齢合わないし」

 

「へぇ……伊地知って珍しい苗字だと思ってたんですけど意外と下北沢には『伊地知さん』って多いんですかね?」

 

 ────廣井きくりが遠坂健治を『高校生』では無く『成人済みの大学生』と勘違いしてるのを彼は知らない。こんな近くに友人との再会の機会が転がってることに気づかない。

 

「あっ! そうだ! 忘れるところだった! クリスマスの予定無いんだよね? ならこれあげる!」

 

「これは……」

 

 廣井さんの手に握られていたのは、広告付きのティッシュ……

 

「あ、間違えた。間違えた。こっちじゃない」

 

 広告付きのティッシュをポケットに戻して、別の紙のようなものを俺に突き出してくる。

 

「これ、私達のライブのチケット」

 

「チケット……!?」

 

 本当にライブやってるのかこの人。半信半疑だったが、実際にチケットを用意してるのを見るに本当にライブしてるんだな……ライブ中はやっとシラフの彼女を見れるのだろうか。

 

「でも、俺音楽のこと全然分からないですよ?」

 

「いいのいいの。分からなくても雰囲気で楽しんでくれたらそれで良いから」

 

 その廣井さんの表情は音楽が全然分からない相手にも『楽しませられる』という確信があるように感じた。

 

「お金は……?」

 

「いいのいいの! 日頃のお礼と思ってさ。こう見えてもインディーズでは結構有名なバンドなんだよ?」

 

『まずインディーズが分かりません』とは言えなかった。音楽について語る彼女の瞳が真剣そのものだったから。その話の腰を折るようなことは口から出せなかった。

 

「……いや、お金ないでしょ。無理しないでくださいよ」

 

「君は私が学生相手にチケット押し売りするような輩に見えるの??」

 

 代わりにお金のことについて話した。

 廣井さんはそのセリフを先月の電車賃を返してから言って欲しい。

 





※主人公は秀華高校(ぼっちちゃん達が通うことになる学校)に通っているので高校生になった伊知地虹夏と山田リョウに会えてません。
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