こちらの話は『遠坂くんのクラスメイトのモブ視点』のお話です。(4000文字程度)
モブ視点なので興味の無い方もいるかもなと思い、最悪この話を読まなくても本編を楽しめるようにしてます。(
遠坂くんが原作キャラ以外の周りからどう見られてるか?という話なので遠坂くんに興味を持ってくれてる方は、是非読んでくれると嬉しいです。
※一部微小のショッキングな内容を含みます。
──誰かが廊下を歩いてる音が聞こえる。
いや、ごめん。嘘ついた。
そして、時間も予想通り。いつも時間バラバラに来る彼だが、それでも傾向はある。昨日は遅かったから今日は早めに出よう……とか。そんな感じの。
なんて事ない。ただ、三ヶ月分の登校時間のデータから割り出した傾向から予想しただけ。やろうと思えば誰でも出来る……そんな些細な工夫だ。
そうして私は、教室のドアが開くタイミングに合わせて振り返る。ポイントは決してわざとらしく無く『今気づいた』と言わんばかりの自然な動作で。そして、この時の為に鏡の前で練習してきた、とびきりの笑顔で。
「遠坂さん! おはようございまっす! あ、机拭いときました!」
彼は私が居ることに驚きの表情を浮かべた後……憂いを帯びた微笑を私に向けてくる。その眼差しが、どうにも私の心を掻き立てる。言葉を濁さず言うと、唆る。
「……ああ、うん。おはよう、ありがとうね。でも、ただのクラスメイトだし別に机拭かなくていいよ」
──遠坂 健治。彼はこの学校の有名人だ。
その端正な顔立ち、全身から溢れる色気、柔和な態度。他者に深く踏み込もうとしない、そのミステリアスな雰囲気も相まって、彼は男女問わず熱い視線を向けられていた。
かく言う私も、その一人である。
こうして机を拭くのも、彼と接触する為の口実だ。
「遠慮しなくていいんですよ! ところで、私今日シャーペン忘れてしまって……今日だけで良いので貸してくれませんか?」
浅ましいかもしれないが、こうして机を拭いたという
「ああ……ごめん。俺も今日シャーペン忘れて……」
「なら私の貸します!」
「忘れたんじゃなかったの?」
「……あっ、しまった」
咄嗟に『役に立てる!』と思って、ボロが出てしまった。
でも遠坂さんはそんな私を責めること無く、何も言わずに椅子に荷物を置いて、どこかに行ってしまった。
──私がいるのに、荷物を置いてどこかに行くということは……鞄を漁って好きな物を取って良いということだろう。だって、ほら、こうして廊下を歩く彼に聞こえるように漁っても、彼は戻って来ようとしないのだから。
──拒絶しないということは、やっても良いということなのだ。
黙認しているのだ。私を見て、私のやる事を認識して、その上で私のことを止めないのだ。それなら、それは、実質、私を受け入れていると言っても過言では無い。私を尊重し、私を受け入れている!
これは彼なりの、机を拭いた私へのお礼なのだ。そうに違いない。だって私は、彼という人間をよく知っている。私は彼と同じ小学校だったんだから。
──彼は当時から容姿が整っていた。
最初は『かっこいいな』くらいの印象だったのに、いつの間にか皆が、一心不乱にその熱を追いかけていた。
明確な切っ掛けがあったわけじゃない。ただ、徐々に……その容姿と、柔和な態度や立ち振る舞いによって、人々の心を奪っていった。
だから、この学校に入ってから彼のことを知ったであろう新規の糞ニワカ共と同列に見て欲しくない。私は彼の噛み終えたガムだって、口に含んだことがある。
アナタ達は含んだことあるの? 無いでしょう?
そんな奴が私より上だなんて思い上がるな、私と同列だなんて驕るな。あまりにも、悍ましい程に、傲慢がすぎる。
──それとは逆に、遠坂健治を怖がる人達もいる。
成人男性の平均を優に超す体躯を持ち、口数も少ないからだろう。そして何より、遠坂健治の瞳は真っ黒なのだ。まるで深淵を覗いてるかのような黒で。確かに怖いと感じるのも無理は無いが……私はそれは正確では無いと思う。
彼は『怖いくらい美しい』のだ。
その顔立ち、特にその深淵を覗いてるかのような瞳はずっと見ていられる。老若男女関係なく惑わす魔性の色気は時代が違えば、その美貌で国を傾けていたかもしれない。あの柔和な態度は人々の衝突を和らげ、争いを世界から無くしてたかもしれない。
流石に飛躍しすぎてるかもしれないが、私には彼がそれくらいの大物に見えるのだ。
理想の女性を自ら彫刻し、遂には美の女神にすら認められたギリシャのピグマリオンのような。誰かが意図的に作ったとしか思えない、美の化身。いや、美そのものなのだから。
だからこそ、あの時、突然何も言わずに転校して行ったことは私に絶望を与えた。でも、こうして再び出会えたのだから、あの時の絶望も帳消しだ。寧ろ、この運命的な再会を果たす上で必要だった
──そういえば、今思い出したけど、彼と特別親密だった子達がいた。信じられないことにあくまで友人として。彼と友情を育んだ二人組。
当然、彼と彼女達の仲の良さに嫉妬する者が現れる。そのお馬鹿な誰かさんは二人に嫌がらせしようとして……結果的にそれは実行に移す前に遠坂さんに止められた。そこで遠坂さんと何かを話して……それから、そのお馬鹿さんは非常に大人しくなった。
何をして、何を話したのかは分からない。ただひとつ言えることは、それ以来、誰も彼と関わる人達に嫌がらせをするなんて考えなくなったということだけだ。
彼は自分のことには非常に寛容だけど、無関係な他者が関わると途端に苛烈になる。それが、彼が大事にしている友人のこととなると、尚更。
まぁ、その子達は彼に特別な感情を抱いてる様子は無かったので、私としてはどうでも良いのだが。
そんなことより、この選り取りみどりの
──嗚呼、彼はどこまで許してくれるのだろう。私がどれほどの激情を、この身に宿しているのか、彼は知っているのだろうか?
彼の柔らかい笑顔が私の心を駆り立てる。彼の口内を思うがままに蹂躙したい。彼の身体から尊厳を剥ぎ取って、私の手で汚したい。他の誰かとヤる度に、私の顔を思い出すような、そんな素敵な初めてを。
「嗚呼、遠坂さん……」
私は彼の使い古したシャーペンを抜き取り、私の持ってきた新品と交換する。
──今日は、これでいいや。
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時は流れて、夏休み明け。
何故かバイトの頻度が減っていたので、夏休み中は中々会えなかった。
彼の家の近くを
今すぐ挨拶に行きたいが……今は、遠坂さんは誰かと話しているので遠巻きに様子を伺う。
話してるのは確か……そう、一年生の子だ。
何故か分からないが最近、遠坂さんと仲が良い。面食いという噂を聞いたが、その割には遠坂さんに全然靡く様子が無い変わり者。
私としては、特別な感情を抱いていない相手であれば、どれだけ遠坂さんに近づいても良い。寧ろ、友人との会話を邪魔すると遠坂さんの逆鱗に触れる可能性がある。
私がそう思っていると……遠坂さんと話してた一年の子が一際大きな声を発する。
「……じゃあ、その首はどう説明するんですか!」
「……首?」
遠坂さんが不思議そうにしている。彼の首になにかあるのだろうか? そう思い、私が首に注目して見てみると……そこには
その瞬間、私の頭の中で『アレ』が浮かぶ。
い、いや。いやいやいやいや。
いやいやいやいやいやいやいやいやいや。
有り得ない、そんなことは有り得ない。有り得て良い訳が無い。彼はそんな穢れた存在ではない。彼は純粋で、清らかで、純潔な存在。
──言葉を選ばずに言えば、童貞なのだ!
そうに決まってる。そうでなくてはならない。
そんな、私を差し置いて誰かにワンタッチされるような、そんな存在ではない。
そうですよね!? 遠坂さん!?
「それは……いや、待って、ひょっとして」
遠坂さんにも心当たりがあるらしく、何かをその艶やかな口から紡ごうとした時……興奮した様子の一年生の子に遮られる。
「
──ヒロイさん。という、未知の名前に頭を殴られる。
聞いた事の無い名だ。おそらく、
彼の人間性なら、行く先々で『新しいお友達』を作っていても不思議ではない。しかも、ただの友達では無く『特別なお友達』を。
というか、い、イチャイチャ? ら、らぶらぶ?
あーんなことや? こーんなこと??
そうなんですか? そうなんですか、遠坂さん!? 大人しいミステリアスな雰囲気で隠して、本当は情熱的なんですか!? 違いますよね!? 次々に新情報が投下されて、私の頭は混乱で爆発寸前だった。
だ、だが……まだ『そう』とは決まったわけじゃない。遠坂さんがヒロイさんとやらに特別な感情を抱いてる証言なんて……そう思っていると一年生の口からトドメの言葉が放たれる。
「世間では許されない恋……公に肯定するわけにはいかないですもんね♡私、分かってますから! 誰にも言いません!」
せ、世間では許されないこ、恋ぃぃ!?
あばっ! あばばばばばばばばっ!!
脳が! 脳がっ! あばばばばばばばっ!
気づくと私はその場で膝から崩れ落ち、地面と勢いよくキスをしていた。勿論、これが初めてのキスだった。
その情報が真実かどうか精査する前に、私の脳に限界が来てしまった。意識を失いかける直前、同じように崩れ落ちるクラスメイトや金縛りのように固まるクラスメイトを見て……嗚呼、私だけじゃないのか、と思った。
──遠坂健治は全く知らないことだが。この一件を機に、舎弟のような話口調のクラスメイト達の間に『萎え』が発生し、アタックが少し落ち着くのだった。
気付いた人も居るかもしれませんが、この番外編には6.『壮絶なる高校デビュー』と29.『昨晩はよくお眠りでしたね』の内容が含まれています。
健治くん視点とモブ視点を読み比べるとちょっと楽しいかもしれません。
今回は二話連続投稿なので是非本編もお楽しみください。