吐瀉物の匂いと共に   作:山田木耳

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今回、番外編を一つ前に投稿してるので興味のある方はそちらも呼んでくれると嬉しいです。

※一部過激な表現が含まれるので読む際は注意してください。


32.『棺桶常備女子高生』

 

 

 気がつくと俺は、どこか分からない部屋にいた。どこなのか分からないのに、何故か俺はこの部屋に見覚えがある。矛盾した奇妙な感覚を味わいながら、俺は周囲を見回す。

 

 ──不気味なほど几帳面に整頓された棚。可愛らしくデフォルメされた鶏や豚を象った小物類。そして何より、モデルルームの写真をそのままコピー&ペーストして、ちょっと付け足しただけかのような……小綺麗ではあるが、一般的で面白味の無い部屋。

 

 埃一つ無く、生活感を感じさせる物を巧妙に隠し、収納しているこの部屋を俺は知っている。

 

 ここは小学生の頃、両親と過ごしていた家のリビングだ。あの頃とちっとも変わっていない、あまりにも他者からの見栄えを意識したレイアウト。

 

 俺がそれに気づいたのとほぼ同時、後ろから何かの物音が聞こえた。俺は思わず振り返って、物音の原因を視界に入れる。

 

 ──そこに『父』が立っていた。

 

 嗚呼、これは夢なのだと無意識に悟る。もっとも、夢と気付いたからといって白昼夢のように見たい夢を見るなんてことは出来ない。

 

 もしこれが白昼夢なら、俺の夢の中に父が出てくることなんて有り得ないのだから。

 

 尤も、俺の父は別に悪人という訳ではない。なんの仕事をしてるか分からないが家にはちゃんとお金を入れているし、暴言や暴力を振るわれたことはない。

 

 ただ、それでも俺は父の事が好きじゃなかった。

 

「父さん……」

 

 俺の口から自然と言葉が漏れていた。この言葉を言ったのが現在(いま)の俺なのか、当時(まえ)の俺が言ったのかは、意識が朧気で分からない。

 

「あ〜〜〜その、僕の聞き間違いかな、健治? 今、僕のことを『父さん』って呼んだのか?」

 

 父親はバツが悪そうにしながら俺の顔を覗き込んでくる。

 

「僕は『お』父さんだ。間違えないでくれよ?」

 

「あ、ごめんなさい。お父さ……」

 

「ごめんなさいじゃなくて『すみません』だろ? 健治」

 

 そう言う父親の表情は曇っていた。見るからに、本心で言っていないのが分かる。言葉には出していないが別に『それくらい良いだろう』と考えてるのがひしひしと伝わる。

 

 ──父がどのような人物だったのか端的に語ると『父親になる覚悟が無いまま父親になってしまった人』である。父親になることで生まれる責任、やるべき事。それらから逃げ続け、母親の教育に全肯定しかしてこなかったのがあの人だ。

 

 内心では母の教育が間違っていると認識していたにも関わらず、それを指摘する勇気も無く、ただ母の言いなりになって俺の口調や考えを矯正するマシーン兼種馬。それが俺の父だ。

 

 自分から発せられるありとあらゆる言葉に自信を持てないが故に、自分以外の誰かの言葉を借りた状態でしか話さない。父から出る言葉の全ては誰かの受け売りでしかないのだ。全ての言葉の語尾に『wiki参照』と書かれていても不思議ではないほどに。

 

 今回のも、母の受け売り。この教育方法が間違ってるとか、間違ってないとか関係ない。父にとっては自分の身から出た言動が間違っていないことが重要なのだ。

 

 母の言動に倣ってる内は、誰かに間違ってると指摘されても母のせいだと言い訳できると考えているから。

 

 そういう意味では父も母も似た者同士だ。同じように見栄を張って、周囲からよく見られようとしている。その手段が違うだけで。

 

 散々こき下ろしたが、父にも長所が無い訳では無い。贔屓目無しで整っている容姿と、潤沢な資金が父の長所だ。しかし、その本性はどうしようも無いほどの自己保身精神に溢れている。

 

 今もこうやって、本心で思ってない、他人からの受け売りでしかない言葉を振り撒いて──。

 

「頼むよ、健治。お前がしっかりしないと僕がお母さんになんか言われるだろう? 『子供』っていうのを言い訳にしてないか? お前はもう十分『大人』だよ、大人にならなきゃいけない」

 

 ──俺はその言葉に、酷く胸が締め付けられるのを感じる。

 

(嗚呼、嫌だなぁ……)

 

 ふと、母の顔が浮かんだ。どうせこの言葉も、母の言動の引用なのだろう。父の意思や思考が感じられない『とりあえず言っておこう』といういい加減な言葉。ただの、その場しのぎの薄っぺらい言葉。

 

 ──こんな、その場しのぎで言っている薄っぺらい言葉が、何故か胸に深々と突き刺さって、抜けてくれない。恐らく言った本人ですら忘れているような些細な言葉が、いつまでも俺の頭から離れてくれないのだ。

 

 それが、どうしようもなく不快で、悔しくて、かといって今更言い返すこともできなくて。

 

 そうだ、そうだよ、その通りだとも。

 俺はもう『大人』なんだ。分別は、付けなくちゃいけない。大人は大人らしい行動を取らないと。

 

 だが、当時の俺はまだ『子供』なので、そんなことはお構い無しに言葉を紡ぐ。

 

 ──普段ならこういう時、俺はすぐに父に謝罪し、言動を改め、それを見た父が満足そうに頷く。この定型化したパターンの域を出なかった。そうやって仮初だが円満解決に持っていく。

 

 だが、その当時の俺は……ほんの少し、魔が差した。

 

「お父さんは……僕に何か教えてくれないんですか?」

 

「…………………………は?」

 

 父が素っ頓狂な声を上げる。まるで鳩が機関銃でもくらったかのような、呆けた表情だった。

 

「お母さんが『たまにはお父さんにも教えて貰いなさい』って言ってました」

 

 嘘だ。あのプライドの高い母親が、そんなこと言う訳が無い。ただ当時の俺は、何でも良いから母の受け売りでは無い父の言葉を聞きたかったのだ。

 

「な、なな、なんだって?」

 

 俺の言葉に、父は目に見えて動揺していた。目を泳がせ、口をパクパクさせ、後ずさりまでし始めた。そして『そ、そうだなぁ……えっと、その……あ〜〜〜〜』と言語なのか、呻き声なのか分からない声を出しながら頭を捻り始める。

 

 俺はその様子をじっと見つめていた。今思うと、急かしてるように父は感じていたかもしれない。

 

 しばらく、父はその状態で動かなかったが『あっ、そうだ……』と何か思い付いたかのように言葉を漏らし、俺の方を向いて──。

 

「……お前は、僕に似て顔が良いんだから。女も男も食い物にして生きろ」

 

 ──その言葉と同時に、俺の意識は現実へと浮上していった。

 

 ▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫

 

「……悩んだ末に出すのがそれって、本当にロクでもないな」

 

 俺はソファの上で見慣れた天井を見上げながら、そう呟いた。両親と暮らしてた(あの頃の)家の天井に置き換わって居ないことに安堵しつつ、俺は起き上がる。

 

「……朝から嫌なものを見たな」

 

 胸に渦巻く不快感を深呼吸をして落ち着かせる。顔を洗いに洗面所に行くと、鏡に映る俺の顔があまりにも暗い顔をしていたので、思わず溜息が漏れる。

 

 ──最近、あの頃の夢を見る頻度が多くなってきている。父だけでは無く、勿論母との記憶も。過去のことを人に話す機会が増えたからだろうか。そのせいで、また熟睡出来ない日が増えてきた。

 

 こんな時、否が応でも廣井さんと一緒に寝た、あの日を思い出す。あの時は、やけに心を落ち着かせることが出来て、悪夢を見ることなく朝まで熟睡できた。

 

 俺の睡眠に必要なピースは寝具でも、ストレスの解消でも無く、廣井さんだったのだ。

 

 だがこの前試しに『もう一度一緒に寝てみませんか?』と廣井さんに提案してみたところ、キュウリに驚く猫のように飛び跳ね、距離を取られてしまった。

 

 その時は『や、やっぱり志麻の言った通り、高校生ってみんなアブノーマルな接触好むんだね!?』と言っていた。どういう経緯で岩下さんに吹き込まれたのか知らないが、とんでもない誤解だ。

 

 訂正しようと思ったが、羞恥で聞く耳を持ってくれなかったので一度ひいて、改めてタイミングを見計らうしかなかった。

 

 それに俺だって『廣井さんと一緒に寝るということ』が恥ずかしくないわけじゃない。ただ、この調子でずっと悪夢を見続けるというのなら背に腹はかえられない、というだけだ。

 

 出来ないことを考えていても仕方が無い。俺は隣の部屋で眠る彼女を起こさないように静かに、学校へ行く準備を進めるのだった。

 

 ▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫

 

 夏の暑さが落ち着き、葉は少しずつ色が変わっていく。今まで涼しさを運んできてくれていた風は、今では寒さを運ぶようになってしまった。

 

 最近は日が落ちるのも少しずつ早くなっており、秋の訪れを感じずにはいられない。クラスメイト達も夏の暑苦しさから解放されたことで、過ごしやすそうだ。

 

 俺は騒がしい教室でぼんやりと、自分の席に座って黒板を眺めていた。

 

「はーい、ではこの案に賛成の人は挙手!」

 

 先日は、素面の廣井さんと初邂逅を果たした。素の彼女の姿は大変新鮮であり、写真が撮れなかったことが心残りだ。次に見れるのは何ヶ月後か、はたまた何年後か……。金環日食の周期よりは早い事を祈りたい。

 

 ただ、あれから廣井さんが素面になる様子は無い。いや、そもそも素面の姿が珍しいので、それが普通だろと思われるかもしれないが……酒を切らさないように廣井さんが意識してるように感じる。

 

 お金が無いのに、こまめに酒を買ってはストックする。持ち歩く量も増えている。冷蔵庫だけで無く、タンスや本棚にヘソクリのように隠す姿は、まるで冬眠前のリスのようだ。

 

 あんなに隠すようにストックして、ちゃんと場所を覚えていられるのだろうか? 一応、場所自体はメモしているので賞味期限が近くなったら、切れる前に廣井さんに飲ませることは出来ると思うけど。

 

 そこまで俺に素面の姿を見られたことが恥ずかしかったのだろうか。別に家に通うのを止めたりはして無いので、気まずくなっているとかでは無いと思いたいのだが。

 

「はーい、では手を下ろして〜。ちょっと待ってね〜〜」

 

 委員長がチョークで黒板に『正の字』を書いていく。

 

 さて、一連の流れを無視していたが、今このクラスは文化祭のクラス出し物を何にするか、みんなで話し合って決めようとしているところだ。

 

 文化祭と聞くと学生であれば誰もが心浮かれ、仮に『文化祭なんて興味ねーし』とスカしていると後々『あの時、変な見栄を張らずに楽しんどくんだった』と後悔する……そんなイベントである。

 

「……ということで、このクラスの文化祭の出し物は『執事コンカフェ』に決定しました〜!」

 

 ──尤も、俺にとっては非常に憂鬱この上ない行事になりそうなのだが。

 

 委員長の宣言により、クラスからは歓声と拍手が巻き起こる。同時に部屋のあちこちから粘度のある、熱っぽい視線が俺に注がれているのを感じ、思わず顔を歪める。

 

 これでもマシな方なのだ。最初は『女装コンカフェ』とか『猫耳カフェ』とかド直球に『ホストクラブ』とか論外の内容だった。どうにか軌道修正を試みたが『執事(ここ)』が限界だったのだ。

 

 最悪ではないとはいえ、非常に面倒で、鬱々しいイベントなのは言うまでもないだろう。頭の中で天使と悪魔とサボローが囁いてくる。二対一の多数決で『サボる』に軍杯が上がった。

 

 以前までの俺であれば、どんなに嫌であろうとも学校行事には真面目に参加していただろうが、最近は随分と緩くなったものである。

 

 これで良いのだろうか? と思う時も無くはない。だが、廣井さんがそんな俺を『ロックだ』と称したので……まぁ、それなら良いかと思う次第だ。

 

「……サボろうかなぁ」

 

 俺の呟きは、歓声と拍手の渦に揉まれて、簡単に掻き消えた。

 

 ▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫

 

 文化祭前の浮かれた空気に耐えれなくなり、クラスを抜け出すと、何やら廊下が騒がしいことに気づく。皆が一様に、遠巻きの何かを眺めている。俺も視線を追ってみると……そこには何故か棺桶があった。

 

「……なんで学校に棺桶が?」

 

 学校の備品……な訳無いだろうし、かといって私物で持ってくる人がいる可能性も考えにくい……考えにくいのだが、こういう突拍子も無い行動はなんだか覚えがある。

 

 俺はその人混みの中心へと歩を進める。そこには案の定、見覚えのある人物の背中があった。

 

「……なにしてるの?」

 

「あっ! 遠坂先輩!」

 

 そこに居たのは喜多さんだった。何故か『私は罪人です』というプラカードを首から下げて、非常に深刻そうな顔をしている。

 

 俺が近付くと周りから『遠坂さんまで……!?』とか『あそこの集まりってなに? 棺桶サークル?』みたいなヒソヒソ声が聞こえる。他人のフリをしたくなるが、ここまで来てしまったら、そういう訳にもいかない。俺がそう思っていると、喜多さんが口を開く。

 

「私、このままじゃ人殺しになっちゃいそうで……」

 

「本当に何してるの??」

 

 冗談かと思ったが、喜多さんの雰囲気的に多分本気で言ってるのだろう。俺は被害者の顔を見るために、棺桶を覗き込む。

 

 やはり棺桶の中にいたのは後藤さんだった。到底安らかとは言えない顔を貼り付けて、悶え苦しんでいる。今夜見る夢が決まってしまいそうだ。

 

「……なるほど。原因は何?」

 

 こういう時、後藤さんはショックで寝込んでるだけで命に別状は無い。

 

 大方、軽率にも『夏休みのキラキラした思い出♡』とか話題に振ってしまって、溢れんばかりの陽オーラで後藤さんを焼き尽くしてしまったのだろう。

 

 俺は内心で、半ば『そうなんだろうな』と決めつけてしまっていたが……喜多さんの話を聞いてみるとどうやら違うらしい。

 

「……文化祭でライブ?」

 

 なるほど、言われてみれば確かに文化祭と言えばステージだ。軽音部とか、吹奏楽部とか、急にロックにハマってバンドを始める高校生とか。

 

 普段一緒に生活しているクラスメイト達が、楽器を持ってステージに立っているのは新鮮であり、非日常であり、例え拙い演奏だったとしても盛り上がったりするのだ……と叔父さんから話を聞いたことがある。

 

 結束バンドもバンド活動している以上、文化祭で披露するのは確かに有り得る話だ。彼女達の演奏なら間違いなく観客の心を掴むだろう。

 

 何より、憂鬱でしか無かった文化祭に一つ楽しみが出来たのは俺にとって非常に喜ばしいことだった。唯一の問題は、そのメンバーの一人が到底ステージに立てるようには見えないところだが。

 

「結束バンドの演奏自体は楽しみだけど……なるほど、後藤さんはプレッシャーで棺桶に」

 

 自分で言ってて意味が分からないが、それが真実なのだから仕方ない。この棺桶も後藤さんの私物だったりするのだろうか? 棺桶を持ち歩いてる女子高生など想像つかないが、相手はあの後藤さんだ。

 

 俺程度の思考では到底思い付かないような、突拍子も無い行動をしても不思議では無い。

 

「やっぱり『ロック』だよなぁ……」

 

 後藤さんを眺めながら、俺はそう呟いた。この世に廣井さんほど『ロック』な人は居ないと思っていたが、やはり後藤さんはそれに並ぶ。並んで良いものなのかは諸説あるが。

 

「後藤さん、とりあえず廊下で棺桶に入ってると邪魔になるから端の方に行こう」

 

 俺はそう言って棺桶を引き摺り、廊下の端に移動させる。

 

 周囲の人々は俺達を遠巻きに見ている。その視線には懐疑的な感情が含まれていた。

 

 いつもなら、廊下を歩くと誰かしらに話しかけられていたが、今この状況で話しかけてくるような人は流石にいないようだ。

 

 そう考えると、後藤さんの近くにいるのは結構良いのかもしれない。多分、本人は人から避けられたいとは思っていないだろうけど。

 

 俺がそう考えていると……ふと、棺桶の中から声が聞こえる。

 

「ん、う〜〜ん?」

 

 それは紛れもなく後藤さんの声だった。良かった、やっと目が覚めそうだ。棺桶を廊下の端に動かしたことで生じた振動を不思議に思ったのだろう。後藤さんは徐々に目を開いていき……そして、目が合った。

 

「あ、おはよう」

 

「って、ひぃいいい顔怖いっ!」

 

 俺の顔をみるやいなや後藤さんの全身が崩壊していくのを見届けて『あ、まだ慣れてなかったんだ』と、俺は他人事のように思った。

 

 ▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫

 

 あの後、STARRYへ向かう喜多さん達を校門の前で見送り、俺は家に帰っていた。喜多さんに『一緒に行きませんか?』と誘われたが、今日は早く休みたかったので適当な理由をつけて断ってきた。

 

 そして、そのまま何日か経ち……とある休日。俺はソファで一息つきながら、学校での出来事を思い出していた。

 

「ライブか……」

 

 もし、本当にやってくれるなら憂鬱でしかない文化祭に少し楽しみが生まれる。だが、あの後藤さんの様子を見ると……とてもじゃないが、皆の前で演奏できるとは思えない。

 

 最悪、路上ライブの時のような目閉じギターを実践するとか……。どうなるにしても、確か規則的にもう取り消しは出来ないハズだ。

 

 無理だろうと、無理じゃなかろうと後藤さんはステージに立たなくてはならない。本心では、後藤さんに無理をして欲しくはない。だが、後藤さんと結束バンドの演奏を楽しみにしている自分が居るのも事実だった。

 

「どうにかならないかな……」

 

 せめて、後藤さんの緊張や心労を少しでも緩和できるような、そんな何かが転がっていないだろうか。

 

 そう考えていると……唐突にスマホの通知が鳴る。バイト先のシフトについてか、廣井さんからの『迎え(SOS)』のどちらかだろうとスマホを見てみると……予想とは違う人物の名前があった。

 

「山田……? 珍しい」

 

 山田は友人だがロインでのやり取りは少ない。結構自分の時間を大切にしたいタイプだからだ。時々メッセージのやり取りはするが、大抵俺の方から送るので、彼女の方からメッセージが飛んでくるのは稀だった。

 

 通知の内容は一言『これ見て』とだけ。通知だけでは分からないが、一緒に何らかの画像も添付して送られているようだ。

 

 ──ひょっとしてまた、廣井さんが何かやらかしたのだろうか。嘔吐、機材ぶっ壊し、借りた金を返さない。あの人なら行く先々で問題を起こさない方がおかしい。

 

 もし嘔吐だとしたら写真で送ってこないで欲しい。そんな事しなくても網膜に焼き付いてるので、わざわざスマホの写真フォルダに追加したくない。こんなもの網膜に焼き付けたくなかったが。

 

 俺はそう思いながら、何も考えずロインを開くと……。

 

「なっ……!」

 

 ──思わず俺の口から言葉が漏れる。

 

 添付されていた写真に映っていたのは予想通り、廣井さんだった。いつも通り、酔いで頬を紅らめ、上機嫌に口角を上げている。普段と違う点があるとしたら……その頭の上に()()が鎮座している、ということだけだ。

 

 こちらにポーズをキメてるところを見るに、隠し撮りでは無く、合意の元で撮られたものだろうが……一体、どういう経緯でこんな姿に? 

 

 背景を見るにSTARRYっぽいので、星歌さんに甘えてる様子……とかだろうか? 廣井さんはかなり星歌さんに懐いてる様子だったので、彼女相手ならこんな姿になっても不思議では無いかもしれない。

 

 ──だが、その……普段とかなりギャップがあるというか、なんというか……。自分が付けるのは絶対嫌だが、廣井さんが付ける分には……。

 

 俺が固まっていると……俺の既読を確認したのだろう、山田はさらに一言、メッセージを送ってくる。

 

『貸し1』とだけ。

 

「……っ!」

 

 それを見て俺は、反射的にメッセージを返していた。

 

『貸し1ってなに?』

『別に貸しになる要素なんてないけど』

 

 そうだ。別に特別なことなどない。大方、いつものように酔っ払っておかしな行動を取ってしまったのだろう。それを面白く感じた山田が俺に見せてきただけ。

 

 それだけだ。貸しなどでは無い。これはただの世間話だ。友人同士でやる、他愛ない会話。その話のタネにたまたまこの写真が使われただけで。

 

 ──だって、これが貸しになるんだとしたら、まるで俺が、この写真を欲しがってるみたいじゃないか。

 

 既読から一瞬だけ時間を置いて、山田から再びメッセージが届く。

 

『そ』

『なら1分後に消しとくね』

 

 そう山田は返した。

 

 ──それは、それは……別にわざわざ消さなくてもいいんじゃないか? だって、別に消さなくたって何にも困らないし……いや、しかし。かといって『消しとくね』と言われた物に対して『消さなくて良いよ』と言うのもなんだかおかしいような気がして。

 

 そして何より、こんな珍しい姿を消してしまうのは勿体ないと感じている自分が心のどこかに確かにいることに気づいて。

 

「くっ……うぅ……んんんんんんんっ……!」

 

 悩み、呻き、蠢き……俺はその写真を保存した。

 

 

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