お久しぶりです。前回投稿から大分空いてしまってすみません。いつも読んでくださりありがとうございます。大変励みになっております。
夏の暑さはすっかり落ち着き、気候から徐々に秋の気配を感じる今日この頃。
俺は今『SICK HACK』のライブを見る為に新宿に来ていた。ただ最寄り駅に早く着きすぎてしまい、ライブが始まるまでまだ大分時間があるので、適当にぶらぶら街を見て回っているところだ。
丁度良いので街を見て回るついでに、新宿駅周辺の廣井さんが会計をツケてる店に出向いて支払いを済ませていく。こういう時、大学生くらいに見られる容姿というのは便利だ。高校生がツケを払いに来たら色々心配されるが大学生なら『若い人が来たな』くらいにしか思われない。
尤も、ツケを払いに行く度にバイト勧誘されるのはやめて欲しいが。これ以上バイトを増やせば伊地知に怒られてしまうし、何より廣井さんと一緒に過ごす時間が減る。それは出来れば避けたい。
そうして、新宿駅周辺の支払いを済ませ、そろそろ新宿FOLTに行こうとした矢先……スマホから音が鳴る。周りには誰もいないので必然的に俺のスマホからの着信だ。画面を見ると、ここ最近何回、何十回と見た名前が表示されている。
「もしもし。廣井さん……って、なんでビデオ通話なんですか?」
『もしもし〜? って、あれ? なんでビデオ通話? 健治くん、そんなに私の顔見たかったの? も〜しょうがないな〜』
「いや、廣井さんが先に始めたんですよ……」
大方、酔っているせいで手元が揺れて誤タップしてしまったのだろう。そのうち変なサイトとかに誤って入ってしまわないか心配になる。
というか、廣井さんの顔を見ているとスマホの画像フォルダの一番上にある『猫耳姿の廣井さん』のことを否が応でも思い出してしまい、なんだか気恥しい。
ビデオ通話を通常の通話に戻そうと思ったが……まぁ、別に要件を聞くだけならそこまで時間はかからないだろうと思い直し、敢えてこれ以上指摘しない。というか正直、普段ビデオ通話で話すことが無いので新鮮でちょっと楽しくなっている自分がいた。
「それで、今日はどうしたんですか? どこで酔い潰れてるんですか? それとも電車賃足りなくなりました?」
『健治くん、私が電話する時それしか要件無いと思ってない??』
違うんだろうか。少なくとも直近の電話のやり取りは全部そんな感じなのだが。俺がそう思っていると、廣井さんが本題を話し始める。
「『結束バンド』の皆を今日の『SICK HACK』のライブに招待?」
詳しく話を聞いてみるとどうやら『結束バンド』の文化祭ライブを激励する目的があるようだ。確かに、先輩バンドの演奏を見れば良い勉強になるだろうし、刺激にもなるだろう。
こういう時に手を差し伸べてくれるのが、廣井さんの良いところである。俺の場合、助けられすぎて返せないくらいだが。
「成程……それは良いアイデアですね」
『でしょでしょ? で、健治くん今日見に行くって言ってたし折角だから皆で見なよ〜〜! 健治くんいっつも一人で見てるからたまにはさ!』
それで俺に電話したのか。確かに、たまには誰かと一緒に演奏を聞くのもいいかもしれない。ライブ後に感想を言いあったりするのは実は少し憧れていたし、俺としては断る理由は無かった。
そこまで考えて……ふと、頭に浮かんだ疑問を口にする。
「……そういえば、皆のチケット代はどうしたんですか?」
『私の奢り!』
ふんす、と胸を張っているのがスマホ越しでも分かる。これぞ
「…………あ〜、なるほどぉ」
俺はどう反応するのが正解なのか分からなくて曖昧な返事をする。そんなことには酔っていて気付かない廣井さんは、そのまま言葉を続ける。
『あ、そうだ聞いてよ〜! 皆、酷いんだよ〜〜! 私のこと『学生から金を巻き上げる貧乏バンドマン』だと思ってるっぽくてぇ〜〜!』
「え」
違うんですか? と言いかけた口を何とか手で遮る。もう少し詳しく聞いてみると、どうやらチケットを奢ろうとしたら逆に気を遣われて頑なに払おうとしてきたらしい。
廣井さんはショックなようだが普段の言動からして、お金関係で気を遣われるのも無理はないだろう。だが、そうは思いつつも、なんとか無難な言葉を口から捻り出す。
「……まぁ、結束バンドの面々はライブハウス使用料を払う大変さも知ってるでしょうし、気を使ったんでしょうね」
ライブハウス使用料……所謂、箱代だ。
俺も詳しくは知らないが、あれだけのライブハウスを借りるとなると結構かかるんじゃないだろうか? 特に廣井さんは普段から色んな方面に金を借りまくってる。学生に気を遣わせるのも当然だろう。
廣井さんもそれは分かっているようで『それはそうだけどぉ〜〜』とは言いつつ、不満そうだ。
「そう思われるのがショックならもう少し余裕のある生活をしてくださいよ。試しに貯金とかしてみたらどうですか?」
『いや〜~~~私も貯めないといけないとは思ってるんだけどライブ中にぶっ壊した機材の修理費に消えていくんだよね〜~~~』
「廣井さんに必要なのは貯金よりも禁酒ですね」
そんな風に、何気ない会話を続ける。もはや、最初の要件から大幅に逸れて、今日の夕食は何がいいか? とか、新宿周辺のツケは払っといたので次は下北沢でツケてるお店を教えてください。みたいな会話にまで発展する。そうして、会話を続けて……暫く経った後、ふと駅前の時計が目に入る。
「って、そろそろ俺も新宿FOLTに向かうので切りますね。道中お気をつけて。何かあったら連絡してください」
廣井さんとの会話は何気ない会話でも何故か無性に楽しくて、ついつい時間を忘れてしまう。気付けば、もうそろそろ目的地へと向かった方がいい時間になっていた。廣井さんは、俺の言葉に人差し指と親指で丸を作りながら応答する。
『うん! おっけ〜〜! 私達もそろそろそっち着くから待っててねぇ〜〜!』
そうして俺と廣井さんは会話を切り上げ、それぞれの足で新宿FOLTへと向かうのだった。
「……ところで廣井さん、本当にチケット代大丈夫なんですか? 無理しているなら俺が皆に内緒で立て替えますよ」
『健治くんまで信じてないの!? うわ──ん! 今日はヤケ酒だ──!』
耐えきれなくてつい漏れ出した俺の言葉に、廣井さんはショックで泣き崩れる。宣言通り『ヤケ酒』をビデオ通話越しに開始するが、俺の目では通常の飲酒とヤケ酒の違いがイマイチよく分からなかった。
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そんな会話がありつつ、俺は新宿FOLTに到着した。初めは緊張して、廣井さんの後を付いていかなければ入れなかったこの場所も、今ではすっかり慣れて一人で入るのも全く苦ではなかった。
そうして入るとすぐに、見慣れた面々が俺の視界に映る。
「あ、お久しぶりです。岩下さん、イライザさん、それに銀さん」
俺はいつもの面々に挨拶を交わしていく。ライブハウスで働いていたり、演奏してたりしてる姿はよく見かけていたが、こうして話すのは久しぶりだった。
俺が声をかけると、まず最初にイライザさんが嬉しそうに反応してくれる。
「オ〜! 久しぶりデース! 健治〜! コスプレイベントの参加考えてくれましタ〜?」
「何度も言ってますけど、俺にコスプレはハードル高いですよ」
どうやら、まだイライザさんは俺にコスプレさせることを諦めていないようだ。自他共に認める恥ずかしがり屋の俺が、そんなこと出来るはずも無いのに。
まぁ、実際は文化祭で執事のコスプレをすることになりそうなのだが……それで『見に行く』と言い出しても困るのでわざわざ口にしない。
そんなことは知らないイライザさんは嬉々とした表情で、俺にスマホの画像を見せてくる。
「最初のうちは皆そうデース! 軽めなやつからやっていきまショー! 健治くんに似合うの見繕って来ましたヨー! まずは『インテリドSのDV夫』役とカ!」
「全然軽めじゃないです。というか、それが本命なんじゃないですか?」
仮にこれが本当にイライザさんにとっての『軽め』だった場合、もし『重め』のコスプレをさせられることになったら、どんな衣装着させられるのだろうか。
怖くて聞けないので『軽め』はイライザさんなりの冗談ということにしよう。人間、思い込めば案外その通りになったりするものなのだ。一応言うが、これは現実逃避ではない。
イライザさんとこれ以上、会話を続けてしまうと押しに負けて、なし崩し的に着ることになりかねない。というのも、イライザさんからはクラスメイトが俺に向けてくるような熱っぽい視線を感じないのだ。
つまり、邪念では無く、ただただ純粋な興味で俺のコスプレ姿を見たいと言っている。これが邪念なら適当に流すのだが、イライザさんのように『ただ見たい』と言われると……押しに弱い俺はあっという間に陥落してしまう。
それを防ぐ為に、早々にイライザさんとの会話を切り上げ、今度は岩下さんの方を向く。彼女なら……イライザさんよりは、おかしなことにはならないだろう。
「ああ、久しぶり……遠坂君」
──そう思っていたのに、岩下さんの顔はなんだか気まずそうだった。不思議に思っていると、岩下さんはバツが悪そうに口を開く。
「……その、聞いたよ。君が高校生だって」
「……あぁ〜〜」
そういえば、岩下さんは廣井さん経由で俺の事を知っているから、必然的に俺の事を成人済みの大学生だと思っていたんだった。
だが、今の様子を見るに……これまた廣井さん経由で『実は遠坂健治が高校生である』という情報も伝わったのだろう。
「すまなかった。高校生相手に色々変な事言って……」
岩下さんが言う『変な事』とは勿論、俺に廣井さんを養わせる云々の話だろう。やはり常識的に考えて、高校生が成人済みの大人を養うなどおかしな話だ。
俺が『成人済みの大学生』という誤解が解けた以上、岩下さんの野望は自然と潰えることとなる。
「いえ、そんな……気にしないでください。勘違いだったんですから、分かってくれればそれで良いんです」
そう言って俺は岩下さんから菓子折りを受け取る。良かった、やっぱり岩下さんはマトモな人だ。以前は少し冷静じゃなかっただけで、本来は彼女こそが『SICK HACK』唯一の良心なのだろう。
俺がそう思っていると、岩下さんは微笑を浮かべながら言葉を続ける。
「ありがとう。ところで、つかぬ事を聞くんだが……年上の女性ってどう思う?」
「……なんで急にそんなこと聞くんですか??」
何故だろう、何やら雲行きが怪しい。安心しかけていた俺の心は再度警鐘を鳴らし、思わず一歩後ずさる。
俺の反応を見て、岩下さんは少し申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「すまない、答えにくいよな。それなら質問を変えよう……年上の酔っ払いって異性としてどう思う?」
「
前言撤回だ。岩下さんは全然諦めていない。この人こそSICK HACKのダークホースだ。勿論、悪い意味で。
というか、なんで一旦『仕方ないから譲歩してやるか』みたいな雰囲気出したんだ、この人。少しは落ち着いたと思っていたが、全然そんなこと無かった。
寧ろ、前よりも勢いがある。まるで『あともう少し押せばイケるやろ』と思っているかのような印象だ。俺が何か岩下さんがやる気を出してしまうような、そんな隙を見せてしまったのだろうか? 少し考えてみるが全く記憶に無い。
俺がどう返せば良いものか困っていると……横から声をかけられる。
「ちょっと、健治くんが困ってるじゃないの。そういうのはナシにするって前言ったでしょ」
「ぎ、銀さぁん……」
救世主が助け舟をくれる。やはりSICK HACKの手綱を握れるのはこの人だけだろう。本当に頼りになる大人だ。世の中の大人は皆、銀さんを模範にした方が良い。俺がそう思っていると何故か救世主は一転して、気まずそうな雰囲気で言葉を続ける。
「ところで、その、つかぬ事を聞くんだけど……最近、性癖が捻じ曲がるような出来事あったりした?」
「なんで銀さんまでそうなるんですか!?」
俺の助け舟はいとも簡単に難破する。
何故だ。暫く会っていない間に新宿FOLTの面々の俺への態度が悪い方向に空回っている。特に銀さんはこんなこと言う人じゃ無かったのに。俺が困惑していると銀さんは申し訳無さそうに言葉を続ける。
「いや、ほんとごめんなさいね? 変な事聞いて……何も無かったなら良いのよ、うん。気にしないで」
銀さんはそう言うが、ここまで言われて気にしないなどできるハズもない。性癖が捻じ曲がるような出来事ってなんだ。そんな出来事、俺の記憶には無い……筈なのだが何か引っかかる。喉の奥に小骨が引っかかっているかのような、そんな違和感。
その正体を記憶から探ろうとした矢先……後ろが何やら騒がしいことに気づき、思考が遮られる。振り返ってみるとそこには見慣れた面々が更に揃い踏みしていた。
即ち、
「
廣井さんはそう言うとゲラゲラ笑いながら俺の肩に腕を回そうとし……身長差で届かないことを思い出し、背中叩きに切り替える。痛くは無いが弱くも無い絶妙な力加減だった。
テンションの高い廣井さんとは対照的に、結束バンドの面々は緊張している様子だった。無理も無い。俺も初めて『
そんな風に考えていると、知っている顔が見えて少し安心した様子の伊地知が話しかけてくる。
「会話盛り上がってたけど何の話してたの?」
「……多分、余計拗れるから言いたくない」
「本当に何の話してたの??」
伊地知が困惑している。緊張を解す為の『話の種』として使ってやりたいが、彼女は俺と廣井さんの関係について厳しい目を向けている。
そんな状態で、岩下さんとの会話を聞かれたら変な方向で怪しまれるに違いない。ただでさえ、廣井さんには伊地知達に内緒で家に通ってもらっている。変に疑われて、詮索でもされたらふとした時に露呈する可能性がある。
これ以上、余計な疑惑は持ち込みたくない。というのが俺の本音だった。
俺がそんな風に考えている間に、結束バンドの面々と岩下さん、イライザさん、銀さんはそれぞれ挨拶を重ねていく。
何となく眺めていたら、岩下さんが『うちの廣井がご迷惑をお掛けしてるようで……これつまらないものですが……』と言いながら結束バンドに菓子折りを渡していた。
相変わらず礼儀正しいな……と思って見ていたが、よくよく考えると結束バンドが来るなんて岩下さんは知らない筈なのに何で菓子折りなんて用意しているのだろう。思えば、俺と初対面した時も渡そうとしていた。
……ひょっとして、廣井さん関連で謝ることが多すぎてほぼ常に菓子折りを常備しているとか、という思考が一瞬頭の中に浮かんできて、すぐに振り払われる。いやいや、流石に無い。それは面倒見が良すぎる。そんな人は俺に廣井さんを養えなど言わずに、自分の手で養うだろう。何故か今日だけたまたま菓子折りを持ち合わせていただけだろう。わぁ、なんて偶然。
俺がそうやって思考を回してる間に、結束バンドの面々はSICK HACKメンバーとの会話で緊張が解れていってる様子だった。
……ただし、後藤さんを除いて。寧ろ、ライブハウスに入った直後より悪化してるように見える。
現にもう既に、後藤さんは他の観客からの視線に耐えきれなくなり、身体が崩壊している。他者からの視線というのは誰だろうと少なからず意識してしまう。特に後藤さんの場合は常人よりも更に意識して、緊張してしまうだろう。
──そんな後藤さんが文化祭のステージに立つだなんて本当に大丈夫なのだろうか……と、否が応でも思ってしまう。
俺の不安と後藤さんの緊張が解消される前に、『SICK HACK』のメンバーはステージ裏へと向かって行く。ステージに向かう廣井さんに不安そうな顔を見せたくないので意識的に頬を緩ませる。
「それじゃ私たちは準備してくるから〜ごゆっくり〜。健治くんもまたね〜」
「はい、また。ライブ楽しみにしてますよ」
「あははは! 嬉しいこと言ってくれるねぇ〜! 特別にファンサしてあげるよファンサ! 最前列来てね!」
「結構です。頭踏まれたり、酒吹きかけられて喜べるほど変態じゃありませんよ」
「私のファンサそれしかないと思ってる!? 心外だな〜! こんにゃろ〜! 覚えててよ〜〜!」
まるで三下のような台詞を吐きながら逃げるように控室の方へと消えた。酔っ払っている彼女からまともなファンサなど出てくるのだろうか。そう思っていると、山田が楽しそうな顔をして俺に話しかけてくる。
「ファンサだって。良かったね健治。最前で踏んでもらいなよ」
「勘弁してよ。廣井さんって他によくするファンサは無いの? 酒吹きかけるのもナシで」
俺がたまたま出くわしていないだけで、無害なファンサもあるのでは無いかという淡い期待を抱いて山田に問いかける。
山田は自信ありげに言葉を発する。
「勿論他にもあるよ。中指立てるのってファンサだよね?」
「OK。俺が悪かったよ」
淡い期待は一瞬で打ち砕かれる。何となく分かっていたが相変わらず酷いファンサしかしていない。これで盛り上がれるのだから『SICK HACK』のファン層ってかなり特殊な人達が集まっているのではないだろうか。
他に廣井さんがしそうなファンサと言われても検討がつかないのだが……もしかして、機材ぶっ壊しも廣井さんの中ではファンサに含まれていたりするのだろうか。
確かに派手なパフォーマンスだ。修理費のことを考えなければ、他バンドには真似できない唯一無二のファンサだろう。廣井さんのポケットマネーでは払い切れず、また借金が増えることに目を瞑れば最高のパフォーマンスだ。
正直、俺個人としてはファンサの有無はどうでも良い。ファンサされないからって不満に思ったりはしない。ただ、『廣井さんが何をしでかすつもりなのか?』という点においては興味がある。
どんな行動を起こしても、どんな惨事を引き起こしても。廣井さんがやることなら退屈だけはしないだろう、確実に。そう考えると自然と頬が緩んだ。
俺は『SICK HACK』の演奏と廣井さんのファンサを心待ちにしながらライブまでの時を過ごすのだった。
だが、まぁそれはそれとして。
「なんか、疲れた……」
ライブ始まる前から色々質問攻めにあいすぎて、気疲れしてしまったのは仕方無いと思う。俺はこんな状況でライブを楽しめるのか、少し不安になるのだった。