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そろそろ書き溜めていた分が終了するので投稿ペースが落ちるかもです。
ホワイトクリスマスとなった今年。街中をカップルが練り歩き、二人きりの時間を過ごす中……酔っ払いと高校生という場違いな組み合わせが新宿の街を歩いていた。
「……あの、廣井さん。なんで酔っ払ってるんですか? これからライブなんじゃないんですか?」
「ん〜〜? へーきへーき。私いつも酔っ払いながら弾いてるし。たまに歌詞トブけど」
「本当に平気なんですか??」
演奏中はシラフの廣井さんが見れると思っていたが、この酔っ払いはライブ中ですらシラフにならないらしい。廣井さんの一日の中でどれだけ酔ってない時間があるのだろうか。
特に今日はキラキラの『今、私達幸せです♡』と言った雰囲気のカップルたちが周りに集まりすぎたせいか、パック酒の消費量がいつもより多い。本当に体に気をつけて欲しい。
俺が心配してる事など知らない廣井さんは上機嫌になりながら口を開く。
「今日は気合い入れて演奏するから最前列で見てよね〜」
「いやいや無茶言わないでくださいよ。俺の身長で最前列確保したら後ろの人が見えないでしょう」
客は音楽を聞きに来てるのかもしれないが、演者の顔だって見たいだろう。そんな時に俺が居たら邪魔なことこの上ない。
「大丈夫大丈夫! いざとなれば健治くんの頭踏んで皆の視界確保するからさ」
「全然大丈夫じゃないんですけど」
流石に冗談ですよね。過去に酒に酔って同じように観客の頭踏んだこととか無いですよね?
「あっ! それよりも着いたよ! ここが私達のバンド『SICK HACK』が拠点としてる『新宿FOLT』ってライブハウス!」
「しく……四苦八苦?」
凄い名前だ。だが目の前の廣井さんを見ていると確かに彼女のバンドとしてこれ以上相応しい名は無いだろうと感じる。ロックバンドの名前は詳しくないが皆こんな感じの名前なのだろうか?
「たのもーう!」
初めてのライブハウスに緊張して俺が入るのを躊躇っていると、横から廣井さんが大きな声を出しながら扉を開ける。ずんずん奥へと進んでいくので置いていかれないように慌てて付いていく。
「あら廣井ちゃんこんばんは。やっと来たのね……あれ、その子はひょっとして前言ってた……」
「銀ちゃんこんばんはー! そう! 私が最近お世話になってる『遠坂健治』くんでーす!」
廣井さんに紹介された先にいた男性は最初目付きが悪くて明らかにカタギの人間じゃないと思ったが、すぐに表情は和やかになって安心した。多分、良い人だけど目つきの悪さで普段から損してるタイプだ。
「健治くん、この人は『新宿FOLT』の店長の銀ちゃん」
「遠坂です。よろしくお願いします『銀』さん」
「フフ……ん"ん"っ、ごめんなさい。ええヨロシク。君の噂は廣井から聞いてるわ」
────遠坂は気づいていないが彼の本名は『銀ちゃん』では無く『吉田銀次郎』だ。廣井が『銀ちゃん』としか紹介しなかったせいで本人の意図せず渾名のようになってしまったのがなんだか可笑しくて思わず少し笑ってしまった。
訂正しても良いが、あまりに大真面目な顔で呼ぶものだからしばらく黙っておこうと考えた。遠坂健治はそんな事は露知らず、不思議そうにしながら聞く。
「噂……? 俺のことは一体どう伝わってるんですか……?」
「彼女にDVしてそうな見た目してるけど実際の性格はDVされる側。そして、優しくて素直で良い子って。あと、よくきくりちゃんのお世話してくれるって」
「廣井さぁん……」
とんでもない伝わり方をしている。俺が抗議の視線を廣井さんに向けるが彼女に気にする素振りは無い。
「あっ! 志麻ちゃーん! イライザー!」
「遅いぞ廣井! リハーサル終わっちまったぞ……ってその子は?」
「ヒョットして噂の子ですカー?」
廣井さんと親しそうな人達がやってくる。
スカジャンを着たボーイッシュな女性と金髪の活発そうな外国人の女性。そのうち前者は聞き覚えのある声だった。
「そう! 最近私がお世話になってる『遠坂健治』くんでーす! 健治くん、この人達は『SICK HACK』のメンバーのドラム担当の志麻にギター担当のイライザ!」
志麻……岩下志麻さんか。以前、廣井さんを介抱した時に電話して速攻廣井さんを見捨てる判断を降した岩下さんだ。あの遠慮の無さはもしかしたら……と思っていたがやはりバンドメンバーだったらしい。
「遠坂健治です。よろしくお願いします。岩下さん、イライザさん」
「よろしくデース! オ〜! 噂通りのジャパニーズDV彼氏! コスプレとか興味ありませんカ? とっても映えると思うんですケド!」
なんだ『ジャパニーズDV彼氏』って。初めて聞く単語だ。忍者のことをジャパニーズスパイとかヤクザのことをジャパニーズマフィアと呼んでる人は見た事あるがジャパニーズDV彼氏呼びは初めて聞いた。
「こ、コスプレですか。申し訳ないですがよく分からなくて……」
「安心してくだサーイ! 私が手取り足取り教えマス!」
イライザさんは胸を張って答えるが、元々照れ屋なこともあってコスプレはちょっと抵抗が……と思っていると岩下さんが『おい。あんまり困らせるな』と言ってイライザさんを止めてくれる。
「すみませんね……ウチのイライザ、日本のアニメとか凄い好きみたいで……」
「あはは……全然大丈夫ですよ。好きな物を広めたいっていう気持ちは何となくわかりますから……岩下さん。改めてよろしくお願いします」
「ああ。よろしく……」
志麻さんはそう呟くと俺の事を頭から足元まで見回す。一体どうしたのだろう……あっ! ひょっとしてバンドメンバーが連れてきた男に警戒してるとか? バンドってよく分からないけど恋愛関係とかで拗れるイメージがあるし、そういう風に見られて警戒されたとかだろうか?
廣井さんの為にも急いで訂正しなければと開こうとした口は……志麻さんが勢いよく俺の肩を掴んだことで遮られる。
「ところで、遠坂健治くん。廣井のことをどう思ってる?」
「ええっと……」
なんて言っても反感を買いそうな質問で非常に答えづらいが、ここは下手に取り繕わず正直に言おう。
「なかなか滅茶苦茶な人ですが……一緒に過ごしてて楽しい人だと思ってます」
「そうか……」
志麻さんの表情は真剣そのものだ。何かを話そうとして……少し躊躇する素振りを見せてたが、意を決したのか口を開く。
「廣井きくりを……どうかよろしく頼むぞっ……!!」
「お断りします。押し付けないでください」
志麻さんの言葉で俺は察した。この人、俺と廣井さんが恋仲なのでは無いかと疑って反感を持っていた訳では無い。俺に
「いや待て。落ち着いてくれ遠坂くん。廣井は酔っ払った時の言動はあれだが顔は良い。ベースも上手い。意外と気配りも出来る」
「酔っ払った時の言動が足引っ張りすぎですよ」
「くっ……」
志麻さんが悔しそうにしている。流石に折れるのが早すぎる。彼女も心の中で無理だと思っていたのだろう。だが、思い直したのか志麻さんは再び声を出す。
「……いや! 廣井から話を聞いているが君ほど『養い力』のある人間を私は知らない! 私との電話の後も君は廣井を置いていかず家に泊めたんだろ!? 君には廣井を世話してもらうぞ! 廣井の将来の為にも……!」
養い力。そんなふうに思われていたのか。確かに吐瀉物の世話や金貸し、飯作りと色々廣井さんの世話はしていたが。
普段は酔っ払っていても放置してるようだが、将来のこととなると流石に心配になるらしい。バンドメンバーのことを心配する図は素敵だが、俺という犠牲があることを忘れないで欲しい。
岩下さんは更に熱く続ける。
「その為には廣井がただの酔っ払いじゃないってことをライブで見せないと……おい! 廣井! ちょっとこい! ライブの打ち合わせだ!」
「ええ? どうしたの志麻? 今日すごいやる気だね」
酒飲んでて俺と志麻さんの会話を聞いてなかった廣井さんはなんの事かサッパリという顔をしながら志麻さんに連行されて行った。
「オ〜! 待ってくだサーイ! 健治! 私達のライブ楽しんでくださいネー! あと、コスプレも興味が出たら教えてくださいネー!」
打ち合わせに行く『SICK HACK』の面々を俺は軽く手を振って見送る。名前こそネガティブに感じるが、実際のメンバーは賑やかで面白い人達ばかりのようだ。
「……というか! 遠坂くんを呼ぶなら事前に教えてくれって言ったよな……! 日頃の迷惑への謝罪の為の菓子折り用意したのに……」
「ええ? そんなこと言ってたっけ?」
「お前なぁ……!」
遠くから岩下さんと廣井さんの会話がかすかに聞こえた。あの人、菓子折り用意するつもりだったのか……。その真面目さで何故廣井さんと一緒にバンド組んでるのか俺は不思議で仕方無かった。
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時間が経つにつれて人がどんどん集まっていく。500人以上集まってるだろうか。ライブハウスにこんなに人が集まるなんて知らなかった。
クリスマスに家族や恋人、友人と過ごすよりも『SICK HACK』のライブを観ることを選択した人達が500人以上も集まってるんだ。
(……ひょっとして、廣井さん達って凄い人達なのか?)
そろそろ曲が始まるだろう。ステージに上がった『SICK HACK』のメンバーを見て観客が歓声を上げる。廣井さんがステージ上でキョロキョロ観客を見渡して……最後列にいる俺と目が合って不満そうな顔をする。
(しょうがないでしょう。俺の身長で最前列に居座りでもしたら真後ろの人がステージの様子見れませんよ)
俺が心の中で弁解しながら小さく手を振ると、廣井さんが元気よく手を振り返してくれた。ほとんどの観客はステージ上の『SICK HACK』メンバーに注目していて俺が手を振ったことに気づていない……だが、一部の観客が訝しんで後ろを振り返ってきたので慌てて手を引っ込める。
女性オンリーのロックバンドに少しでも男の影があれば夜道に後ろから刺されそうで怖いのだ。俺の心配など知らない廣井さんは緩みきった顔でMCを始める。
『今日は志麻ちゃんに大人しくしろって言われてます! でもお酒は飲んでま〜す!!』
「いいぞ! きくり──!」
「たまには真面目に演奏しろー!」
「酒も飲むな──!」
観客席から野次が飛んでいる。流石『SICK HACK』のファン達だ。洗練されている。酒を飲んでステージに上がることはもはやデフォルトなのだろう。
『うるせ──! 酒飲まなきゃやってられっか! とりあえず1曲目いきまーす!』
俺は廣井さんにライブに誘われた時、正直楽しめるか不安だった。俺は音楽に興味が無い。今なんの曲が流行っているのか全く分からないし、音楽に対する知識は中学の頃のリコーダーの授業で止まっている。
ましてやロックなんて。小学校の頃の友達が話してくれた知識しか俺は持っていない。
そんな俺が聞いてて楽しめるものなのかと……ライブが終わった後の俺が聞いたら心底くだらなくて笑い飛ばしてしまうようなことを考えていたんだ。
結論から言おう。俺はこの時『SICK HACK』に。廣井きくりに魅了されたのだ。