吐瀉物の匂いと共に   作:山田木耳

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5.『聖夜はロックと共に・後編』

 

 

 

 ああ、くそ。『SICK HACK』のライブが終わった。終わってしまった。どの音楽が優れてるかなんて分からない。分からないけど、理解(わから)させられた。

 

 彼女が歌い出した時、背中に鳥肌が立つのが分かった。曲が進むにつれて、まるで麻薬をぶち込まれたかのような快楽が俺の全身を巡っていった。途中で目から涙が溢れてきて、ステージに居る彼女達がよく見えなくなった。

 

 彼女の口から『名残惜しいですが次が最後の曲で〜す!』と伝えられた時の俺の顔が彼女に見られていないことを祈った。名残惜しかった。後ろ髪が引かれる思いだった。それでも聞くしか無かった。

 

 そして遂に最後の曲が終わった。

 

 本当に名残惜しい。もっと聞いていたい。頼むから。あと一曲だけでも。俺がそう思っていても、ステージに居た『SICK HACK』のメンバーは次々と裏方に消えていった。

 

 興奮冷めやらない観客達もお互いに感想を言いながらステージ前から少しずつ人が消えていく。俺はその間も呆然と立ち尽くしてステージを見続けていた。

 

 待っていたらそのうち『SICK HACK』のメンバーがひょっこり出てきて、また演奏し始めるんじゃないかって期待したんだ。もう今日のライブは終わったって頭では分かっているのに。

 

「……その様子だと『SICK HACK』のライブ楽しんでくれたみたいね」

 

「……! 銀さん」

 

 俺がライブの余韻に浸って立ち尽くしているのに気づいたのか銀さんが話しかけてきた。彼が話しかけてくれなかったら俺は小一時間、その場に立ち尽くしていたかもしれない。

 

「気に入ったなら物販に行ってみたら? 人気バンドだから早く行かないと売り切れるかもよ。メンバーが接客したりするからそこで感想伝えたら?」

 

「ぶ、物販……!」

 

 そうか。観客がさっさとステージ前から消えていったのは演奏後の物販があるからなのか。俺は『し、失礼します!』と銀さんに挨拶した後に急いで物販の方に進もうとして……立ち止まる。てっきり俺も物販に行くのだろうと思っていた銀さんが不思議そうな顔をする。

 

「ん? どうしたの?」

 

「銀さん……すみません、今俺どんな顔してますか?」

 

「…………あ〜〜。別に良いじゃない。きっと廣井ちゃん喜ぶわよ」

 

 銀さんがニヤニヤした顔で俺に答える。鏡を見なくても体の内から湧き上がる熱気で分かる。今の俺の顔は茹でダコのように真っ赤なのだろう。こんな様子で廣井さんの前に行ける訳がない。絶対にからかわれる。

 

 物販は非常に、ひじょ〜〜〜に気になるが……今日のところは諦めようと考えていると。

 

「あ! 健治く〜ん! 今日のライブどうだった〜〜?」

 

「ッ!??? えっ、廣井さん!!??」

 

 そんな俺の心情など知る由もない廣井さんが声をかけてきた。いつも廣井さんと会話しているのに、ステージに立っていた彼女のことを思い出すと体に緊張が走る。俺は彼女の声が聞こえた瞬間、無意識に腕で顔を隠していた。

 

「えっ、ちょっと! なんで顔隠すの!?」

 

「いや、ちょっと……今は廣井さんと話したくないです」

 

「なんで!? 今日のライブそんなにダメだった!?」

 

「いや! そんな事ないです! そんな事は決してないです!! 最高でした!!」

 

 俺の感想に廣井さんは『良かった〜〜! ホッとしたよ〜〜!』と喜んでいる様子だったが、それでも顔を隠しているのには疑問が残っているようだ。銀さんと廣井さんの後ろから付いてきた岩下さんがこちらをニヤニヤしながら見てくるのが分かる。

 

 いつもは勘の鋭い廣井さんが今日に限って勘が鈍い。それが良いことなのか悪いことなのか混乱した頭では、もう判断できなかった。

 

 とにかく一旦でいいから廣井さんをこの場から離れさせたい。

 

「ひ、廣井さんはどうしてここに? 物販は?」

 

「いち早く健治くんの感想聞きたくてさ〜! 物販はイライザに回して貰ってる!」

 

「わ、ワンオペですか!? 大変そうですし、急いで戻った方が良いですよ! 岩下さんも!!」

 

 俺の必死のお願い(叫び)を聞きながら岩下さんは笑いながら答える。

 

「イライザの他に物販担当のスタッフが居るから安心してくれよ。それにしても、私は()()を確認しに来たんだが……ハハッ。その様子だと大丈夫そうだな」

 

「ん? どうゆうこと?? 何か分かったの志麻」

 

「いや、なんでもないよ廣井。ただ、今日はお前のライブパフォーマンスを禁止にして良かったって思っただけだよ」

 

 岩下さんの言葉に廣井さんはさらに不思議そうな顔をする。

 

 俺は廣井さんの顔を腕の隙間からチラリと見たが……駄目だ。いつもより『かっこよく』見える。紅潮した頬が、流れる汗が、うずまきのような瞳の全てがかっこよく感じる。

 

 駄目だ。このまま一緒にいて、これ以上『かっこいい』と感じてしまったら俺はこの人の『ファン』になってしまう……! 

 

 早くこの場を離れようと少しずつ足を動かして出口の方に向かおうとして……。

 

「あれ、なんか顔赤い?」

 

「えっ……」

 

 突然の廣井さんからの指摘に固まる。俺の顔は腕で隠されてる筈なのに。一体どうして。俺が疑問に思っていると廣井さんの口から答えが出る。

 

「なんか耳真っ赤だよ」 

 

「………………ッ!!」

 

 どうやら俺の腕は耳まで隠してくれてなかったらしい。何かに気づいた廣井さんが嬉しそうにニヤニヤした顔で近づいてくる。

 

「ひょっとして……ひょっとして!」

 

 嗚呼。もう隠せない。俺が『SICK HACK』のライブに感動して、興奮して、ファンになりかけていることがバレてしまう。

 

 廣井さんの顔が輝いて見える。今の俺が廣井さんの顔を直視出来なくなっているのがバレてしまう。

 

 俺は恥ずかしさで震える体を抑えながら、廣井さんの死刑申告を待っていた。そして遂に彼女の口から言葉が発せられる。

 

「遂にお酒飲んだの!?」

 

「…………え?」

 

 その廣井さんの言葉に俺だけで無く、岩下さんや銀さんまで素っ頓狂な声を出す。それに気づいていない廣井さんは嬉しそうに笑う。

 

「今まで酒飲んでなかったのに私達のライブで盛り上がって遂に酒飲んだんだねー! ライブ中にお酒飲んだら駄目とか無いから気にしないで! 私もライブ中に酒飲んでるし!」

 

 そう言いながら『もっと飲む?』と言いながらポケットに入れていたパック酒を俺に渡してくる。酔っ払ってるせいだろうか。この人は俺が飲酒できると認識してるらしい。

 

「ど、どうしたんだ廣井。いつもの勘の鋭さが……」

 

「…………そっ! そうなんですよ!! ついつい興奮して……! 今日はありがとうございましたとても楽しかったです! あ、ちょっと用事を思い出したのでこれで失礼します」

 

 無論、このチャンスに乗らない俺では無い。悪いと思いつつ、岩下さんの言葉を遮って無理矢理言葉を締める。そして俺は腕で顔と耳を隠したポーズのまま、そそくさと出口に向かう。

 

「ええ〜! 遠坂くんも打ち上げ行こうよ〜〜!」

 

 打ち上げ? 打ち上げって……『SICK HACK』のライブの打ち上げに!? なんで俺みたいな部外者が!? というか絶対だめだ……これ以上話したら『ファン』に……いや、ファンどころか岩下さんが言っていたように彼女を『養う』ことも厭わなくなるかもしれない。

 

 俺がどう答えるが困っていると岩下さんが咳払いしてから答える。

 

「ん"ん"っ、おい廣井。遠坂くんは用事があるって言ってるし今日のところは辞めといた方が良いよ」

 

「ええ〜そんな〜〜」

 

 今までニヤニヤしていた岩下さんが急に助け舟をくれる。疑問に思ったが有難く、その助け舟に乗船して俺はさっさと帰路につくことにした。

 

「……それに折角上がった好感度を打ち上げで台無しにされる訳にはいかないし……」

 

 ────小さく呟かれた岩下 志麻の呟きは誰にも聞かれることは無かった。

 

 ■■■■■■■■■■■

 

 俺は家に着いても、頬は茹でダコのように紅いままだった。

 

 頭の中に彼女のライブがこびりついている。あの時の感動が俺の脳みそを掴んで離してくれないのだ。

 

「帰りに物販寄れば良かったかな……」

 

 廣井さんから一刻も早く逃げたくて結局、物販に寄らずに帰ってきてしまったが、家に帰ってから後悔に襲われる。

 

 ロックバンドの事は詳しくないがバンドの物販ならCDがある筈だ。しかし、この状況でイライザさんに出会って改めて『コスプレしまショウ!』とか言われたら断れる自信が俺には無かった。

 

 推しバンドになりかけてる人達からのお願いを断れる筈が無いのだ。

 

「……明日から廣井さんとどうやって会おう」

 

 いつも通りなら彼女はまた明日酔っ払って俺に介抱されるかもしれない。その時また、俺が彼女のことを『かっこいい』と思っていたら……。急に家に上げるのが恥ずかしくなってくる。

 

 さっさと寝ようとして目を閉じても、瞼の裏に今日のライブの様子が鮮明に映し出される。あの時の、ステージに立つ廣井さんの姿が脳に焼き付いている。

 

 頭の中でずっと『SICK HACK』の曲が再生(リピート)され続けている。あのうずまき状の瞳に吸い込まれるかのような錯覚が起きる。彼女の歌を思い出す度に心躍る自分がいる。

 

 普段の姿からは想像出来ないが、廣井さんには人を惹きつけて離さない……圧倒的なカリスマ性があるのだろう。

 

 羊でも素数でも机に放置されたパック酒でも数えれるものは何でも数えて彼女を意識の外に放り出す。そして、俺は無理矢理眠りにつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『う゛ええ〜〜〜ん!! 健治く〜〜〜ん!! ライブハウスのコインロッカーにお金置いてきちゃったせいでお店出れない〜〜!! 迎えにきて〜〜〜!!!!! うっぷ……』

 

 スマホの着信音と廣井さんの泣き叫ぶ声で一気に目が覚める。頭の中にあった『かっこいい廣井さん』というイメージが崩れていき『いつもの廣井さん』を思い出していく。

 

 俺は喜びに震え、自分でもびっくりするくらい明るい声で彼女の通話に答える。

 

「廣井さん。やっぱり貴方は最高だ。いつもの貴女が戻ってきた!」

 

『え? 本当? よく分からないけど褒めてくれるなら嬉しいなえへへ』

 

 上がった評価を自らの酔っ払いによる言動で台無しにする。それでこそ貴方だ。

 

『ああ……折角上げた好感度が……』

 

 電話越しに岩下さんの落胆の声がかすかに聞こえる。

 申し訳ありませんが岩下さん。貴方の目論見通りにはいきません。

 

 演奏している廣井さんはかっこよすぎて心臓に悪いんです。このどうしようもない酔っ払いの廣井さんが俺は落ち着くんです。

 





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