吐瀉物の匂いと共に   作:山田木耳

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7.『伊地知虹夏とアルバム』

 

 日曜日の清々しい朝。今日は学校もバンド練習も休みの日。私……伊知地虹夏はお姉ちゃんの部屋の掃除をしていた。もう大人なのに脱いだ服を部屋に放置している姉に呆れながらも、手際良くカゴに服を入れていく。

 

 これで放置された服は全部だろうかと周りを見渡すと、部屋の本棚にアルバムが一つ入れられてるのを見つける。

 

 ちょっとした好奇心でアルバムを手に取り、ページをめくる。そこにはお姉ちゃんや私が小学校に入学した時の写真が貼られている。

 

 初めて見る姉の子供の頃の姿に頬を緩ませながら、さらにページを捲っていると最後のページの方に目を引く物が貼られていた。

 

「あっ」

 

 そこに貼ってあったのは子供の頃な山田家の庭で遊んだ時に撮った写真。三人並んで撮らされたその写真には右側に子供の頃の私が笑顔でピースして、左側に子供の頃のリョウが無愛想な顔でピースして、そして真ん中に……。

 

「……健治くん」

 

 恥ずかしそうな……写真を撮られるのが苦手そうな少年が身を縮こませながら写っている。

 

「……ずっと探してたけど、こんなところに写真あったんだ」

 

 彼は恥ずかしがり屋で子供の頃は写真を撮られたがらなかったので、撮った写真は極端に少ない。

 

 だから彼が突然転校した時、彼が写った写真を血眼になって探していたが結局、当時は見つけることが出来なかった。まさか、このアルバムの中にあったとは。

 

 この写真だって何度もお願いしてようやく一緒に撮ってもらった写真なのを覚えている。

 

「懐かしいなぁ……」

 

 思わず声が漏れる。私は写真を指でなぞりながら、昔の記憶を思い出していた。

 

 ■■■■■■■■■

 

 彼といつ最初に出会ったのかあんまり詳しく覚えてない。

 だけど、ずっと一緒だった。少なくとも幼稚園児くらいの頃から一緒に居た。

 

 健治くんの家族は私と山田リョウの家族と家族ぐるみの交流があり、両親同士で何度か集まって話をしてる間に私達は自然と遊ぶようになっていた。

 

 怖がりな彼をリョウがからかって、私が庇って。

 私がお姉ちゃんと喧嘩した時は彼は親身になって慰めてくれて、リョウは的確なアドバイスをくれた。

 リョウがわがまま言ってる時に私と彼が面倒を見て。

 私とリョウがバンドの話をする時は彼は嬉しそうに聞いていた。

 

 ただ、健治くんは両親の話をする時だけ少し勢いが無かったのを覚えている。彼と両親の会話を聞いていて子供ながらに、彼と両親の関係はあまり良くないことを察した。

 

「伊知地さん。山田さん。遊びませんか」

 

 私達と出会って最初の方、彼は名字に『さん』付けに加えて敬語で話すという子供らしくない話し方をしていた。

 不思議に思いつつも、緊張しているのかと思って暫くそのまま指摘せずに過ごしていた。でも、一向に敬語が取れなかったので、ある日思い切って聞いてみたのだ。

 

「いつも思ってたけど、なんでそんな丁寧に話すの?」

 

「お母さんに言われたんです」

 

 さらに詳しく聞いてみると健治くんの母親が中学校の国語教師で敬語に厳しい人らしく、普段から言葉使いを矯正されているらしい。

 

 当時でも、子供相手にそこまで厳しくする必要があるのだろうか。と疑問に思った。その話を聞いた私とリョウはお互いに目配せして頷いた。

 

「ねぇ、今は君のおかーさんがいないんだし、わたしたちの前だけで良いからもう少しくだけて喋ろうよ」

 

「えっ……そ、それは……」

 

 私の提案に驚いて迷っている健治くんにリョウが後押しする。

 

「良いんじゃない? そっちの方が壁を感じないし」

 

「や、山田さんまで……?」

 

 健治くんはかなり困ったようで、一人で唸りながら考えた後に小さく言葉を紡ぐ。

 

「わ、わかりました……いや、わかった、よ?」

 

 健治くんは私達の提案呑んだ……というより、彼が折れたような形だった。

 

「伊知地さ、じゃなくて……伊知地、今日はなにしっ……する?」

 

 私達の前で敬語を辞めた直後は、非常にたどたどしいタメ口だった。何年も敬語で話してたなら当然だろう。何度も言い直しては、敬語とタメ口をいったりきたりしていた。

 

 私は時間が経つにつれて『タメ口』で話そうという提案は早計だったんじゃないかと思った。時々、彼が親の前で『タメ口』を発してしまい怒られているのを目撃する度に後悔して謝った。

 

 何回か『やっぱり敬語でも良いよ』と言ったが彼は頑なに辞めなかった。恥ずかしがり屋で怖がりな彼は時々頑固になるのだ。

 

 そして、私が申し訳無くて落ち込んでいる間に彼は徐々に『敬語』と『タメ口』を切り替えれるようになっていった。

 

「あー! リョウったら、また健治くんから宿題写させて貰ってる!」

 

「う、見つかった。実はこれにはやんごとなき理由があって……昨日はロックを聞くのに夢中で全然出来なくて……」

 

「それ全然理由になってない! 健治くんも宿題見せなくて良いから!」

 

「いやいや、伊知地も山田のこと放っておけなくなっていつも宿題写させてあげてるでしょ」

 

 小学校に上がる頃には既にタメ口は完璧になっていて、時々軽い冗談だって言い合えるようになっていた。

 

 人の名前を呼ぶ時に『伊知地』や『山田』と名字で呼ぶのは癖になってしまって変わらなかったが私達はそれでも嬉しかった。

 

 二年生になっても私達は一緒だった。彼は恥ずかしがり屋だったから初対面の人とはあまり話さずに私達ばかりと話していた。

 

 そのうちクラスメイトの男子が『女とばっか遊んでるなんてダセ〜〜!』と言い出した。私は気にしなかったが、健治くんは傷ついたようで直接馬鹿にしてきた男子と話してくると言い出した。

 

 私とリョウは辞めといた方が良いと言ったが彼の決意は固く、私達は渋々彼を見送った。

 

 喧嘩に負けたら慰めてやろうとリョウと二人で相談していたが……次の日馬鹿にしてきたクラスメイトの男子が『生意気なこと言ってすみませんでした! 伊知地さん! 山田さん! あ、荷物持ちましょうか!?』と言い出してきたことで私達は目を丸くした。

 

 健治くんに聞いても『僕も分からないよ……急に素直になったんだ……』と言っていて、当時は何故急にクラスメイト男子が素直になったのか当時は本当に分からなかったが……私達が成長するにつれて、その理由が分かっていった。

 

 成長するにつれ、元々大きかった健治くんはどんどん大きくなっていった。そしてモテた。始めは女子生徒だけだったのに、徐々に男子生徒にもモテ始め、小学六年生の頃には同学年の男女の3割が彼の事を好きになっていた。

 

 前に馬鹿にしてきたクラスメイト男子が一瞬で素直になったのも、彼の魅了に心酔してしまったからだった。

 

 それだけなら良かったのだが……モテ方が異常というか元々『ヤバい人』にしか好かれないのか彼の事を好きになると彼を思うあまり『ヤバい人』になるのか。

 

 前者なのか後者なのか分からなかったが彼はとにかく『ヤバい人』に好かれる体質だったのだ。

 

 バレンタインに毛髪入りのチョコレート、ホワイトデーには別にチョコレートを渡してないのに男子からお返しの品を渡され、頻繁に鉛筆等の私物が無くなったと思えば新品がいつの間にか机の上に置いてある。

 

 一度も遊んだことの無いクラスメイトに何故か家の場所が把握されていたり、電話番号を教えてないのにクラスメイトから頻繁に家に電話が来る等……あげればキリが無い。

 

「健治の『男運』と『女運』って壊滅的に終わってるんじゃない?」

 

 リョウがそう言うと彼は苦い顔をしたが、私も心の中でリョウの意見に同意していた。

 

 ここまで人気になると、健治くんと仲良くしている私達を良く思わない連中が当然嫌がらせに来る……と思っていたがそんなことは一度も無かった。

 

 多分、彼が連中にキツく言い聞かせていたのだろう。寂しがり屋の彼が『取り巻き』と化したクラスメイト達によって幼稚園児の頃からの友達である私達が自分から距離を取らないか恐れているのを何となく察していた。

 

 当然、私と山田は健治くんの友達で居続けようと思っていた。それは中学校に上がっても変わらない。

 

「今日も告白? 罪な男だね健治。今日は男? 女?」

 

「……両方」

 

「あっはは……中学生になってから頻度増えたよね……いつもお疲れ様。よーし、じゃあ慰めの意味も込めて帰りにコンビニ寄ってこ!」

 

「え、でも買い食いは駄目だって父さんが……」

 

 乗り気じゃない彼にリョウはわざとらしいため息を吐く。私も便乗してわざとため息を吐く。

 

「分かってないね健治。その考え『ロック』じゃないよ」

 

「そーそー『ロック』じゃないよ!」

 

「そうなの……!?」

 

 彼の周りには沢山の人が集まったけど、それでも週末は必ず私達と遊んだ。周りがどんな風になっても彼は変わらないのが私はなんだか嬉しかった。

 

「ねぇ、健治くんは誰かと付き合おうとは思わないの?」

 

「思わないよ」

 

「どうして?」

 

「山田と伊知地と遊ぶ時間が減るから」

 

 彼は恥ずかしがり屋で寂しがり屋で臆病だったけど、優しくて素直で友達を大切にする良い子だった。

 

 中学校を卒業して、高校生も卒業して、大人になっても私達はずっと一緒だと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼がいきなり居なくなるまでは。

 

 ある日を境に健治くんが学校に来なくなったのだ。私とリョウは心配して、お姉ちゃんと一緒に彼の家まで向かって……空き家となった彼の家を見たのだ。

 

 当時の私とリョウは閑静な住宅街とか関係無しにわんわん泣いてしまった。

 

 一体どうして私達から離れてしまったのだろう。どうして別れの言葉も言わずに。泣いてる時はそれが頭の中にずっと蠢いていた

 

 でも冷静になると分かるのだ。

 

 あの寂しがり屋の彼が私達に気づかれず去ることなんて出来ない。彼は終始テンション低く喋るが結構表情が分かりやすいのだ。

 

 もし、彼が私達の前から居なくなるつもりだったのなら何かしら表情に出ていた筈だ。でも、居なくなった前日の彼の表情はいつも通りだった。

 

 だからきっと、『彼も知らなかった』のだ。私達の前から居なくなることを。おそらく彼の親によって一方的に私達の前から居なくなったのだ。

 

 彼の親がどういう人なのか詳しくは知らない。でも、こんなことなら彼ともっと話をすべきだったかもしれない。子供の私に出来ることなんて無いかもしれなくても。

 

 後日、担任の先生から『健治くんは引っ越した』と皆の前で報告があった。クラスメイトの皆……特に彼に舎弟のような喋り方をしていた人達は酷く落胆していたが……一ヶ月もすれば皆の様子は普段と変わらないものになっていった。

 

 

 

 それが私はなんだか悲しかった。

 

 

 

 それから成長して私には夢が出来た。

 お姉ちゃんがバンドを辞めてまで私の為に作ってくれたこの『スターリー』を有名にする。お姉ちゃんの分まで人気のあるバンドになって。

 

 ▫▫▫▫▫▫▫▫▫

 

「……っと、いけない結構時間経ってた」

 

 写真を見つけてついつい思い出にふけってしまった。

 彼が居なくなったのは仕方ない事情があったのだと気持ちの整理はついているが、それでも思い出すと寂しくなってしまう。

 

 でも、もし私の『夢』が叶ったら、どこかに居る彼に私達の曲が届く日が来るかもしれない。そうなればまた彼と会えるかもしれないな……と未来に期待して笑う。

 

「……そうだ。あとでリョウにも見せよ」

 

 アルバムに付けられた彼の写真をスマホで撮る。

 リョウも家のアルバムに彼の写真が無いと言っていたので明日会う時に見せてあげよう。

 

 それで今度は寂しい思い出では無く、楽しかった思い出を語るのだ。私は洗濯カゴを持ってお姉ちゃんの部屋を後にしたのだった。

 





前話を投稿した時にいつもよりUA数が多くなっててびっくりしました。多分、皆さんが評価してくれたお陰で見てくれる人が増えたんだと思います。いつもありがとうございます。
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