吐瀉物の匂いと共に   作:山田木耳

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8.『写真の男の子』

 

「お、お疲れ様です……」

 

 重い足を動かして私……後藤ひとりはSTARRYに訪れていた。今日もここでのバイトが始まる。

 

「あ、お疲れ様ー! ぼっちちゃん」

 

「おつかれ。ぼっち」

 

 既に来ていた虹夏ちゃんとリョウ先輩が出迎えてくれる。私は辺りを見渡して、もう一人のバンドメンバーが見当たらないことに疑問を覚える。

 

「あっはい、ところで……喜多さんはまだ来てないんですか?」

 

 自分が先生に捕まって話をしている間に先にバイトに行っていた筈なのだが……と思っていると虹夏ちゃんが困った顔をして視線を向ける。

 

 彼女の視線を追うと部屋の端っこで、じっと体育座りしている喜多さんの姿を発見する。その姿は陰鬱なオーラを身に纏っていて、とても普段の陽キャな喜多さんだとは思えない。

 

「えっ、えぇ……? あ、あの、一体なにが……?」

 

 私が困惑していると、虹夏ちゃんが苦笑しながらスマホを見せてくる。そこに写っていたのは、二人の女の子と一人の男の子が並んで立っている姿だった。

 

「これは……?」

 

「私とリョウの小さい頃の写真だよ」

 

 言われてみると確かに面影がある。虹夏ちゃんは明るく元気にピースして、リョウ先輩は無愛想だけど小さくピースしていた。だが、真ん中の男の子には見覚えが無い。

 

「こ、この真ん中の子は?」

 

「私とリョウが子供の頃一緒に遊んでた友達なんだ」

 

 虹夏ちゃんがそう言うと喜多さんの陰鬱なオーラがさらに増していく。『リョウ先輩に男の影……しかも子供の頃遊んでた友達なんていつか再開するフラグじゃない……そして久しぶりに再開した二人は離れ離れになっていた時間を埋め合わせるように……』とブツブツ呪詛のように呟いている。

 

 その喜多さんの様子を見て何となく察した。

 幼少時代のリョウ先輩の写真と聞いて、嬉々として見たら男と一緒に写った写真だったことでダメージを受けたのだろう。

 

「あ、ああ、なるほど……で、でも別にそういう関係じゃないってリョウ先輩が否定すれば良いんじゃないですか?」

 

「それなんだけどね……」

 

 そう言う虹夏ちゃんを尻目にリョウ先輩が喜多さんに近づいて話しかける。

 

「安心して。別に写真の男の子はそういう関係じゃないよ」

 

 リョウ先輩の言葉を聞いて喜多さんの表情がぱっと明るくなる。

 

「ほ、本当ですかリョウ先輩! 信じていいんですよね! 実は昔付き合ってましたとかそういう関係じゃないんですよね!?」

 

「……うん」

 

 リョウ先輩はそう言うと、少し間を開けてから両手で頬を押さえて顔を紅らめながら恥ずかしそうにしてして言葉を続ける。

 

「……べ、別になんともなかったよ」

 

「嘘だあああ!! うわあああん!!」

 

 立ち直りかけてた喜多さんが再び暗黒面に堕ちる。横から見えるリョウ先輩の口元はニヤリと弧を描いていた。

 

「……喜多ちゃんが弱ってるの新鮮で面白いみたいでああやってからかってるんだよね」

 

「え、ええ……」

 

 せ、性格が悪い。

 虹夏ちゃんがリョウ先輩に本気で言えば彼女も辞めてくれそうではあるが……。

 

「そ、そういえば、どういう子だったんですか? こ、この写真の男の子は」

 

 この質問は二人の解答を聞いていくうちに喜多さんが、写真に写ってる男の子とリョウ先輩が自分が思ってるような関係じゃないと思ってくれることを期待したものだ。

 

 それにリョウ先輩と虹夏ちゃんの子供の頃の友達だった人が一体どんな人だったのか純粋に気になったというのもある。

 

 私の質問に二人は目を見合せて、少し考えた後に言葉を出す。

 

「背が高くて少し臆病で、寂しがり屋で、恥ずかしがり屋だけど……」

 

「優しくて、モテて、礼儀正しくて、押しに弱い」

 

 それを聞いた喜多さんの陰鬱具合が大幅強化される。

 ま、不味い。かなり清廉潔白な人のようだ。こんな人が相手になると『自分じゃ勝てないかも……』という感情が胸の中を刺激してしまう! 

 

 この質問は聞くべきじゃなかったか!? と私が顔面崩壊しながら焦っていると。

 

「おーい、お前ら仕事しろ。ん? なんかライブハウスの端っこめっちゃ暗くないか。照明落ちた?」

 

 ヒッ! 店の奥から目付きを悪くした店長さんがやってきた。口では『あ、ぼっちちゃんは来たばっかだし、もう少し休んでてもいいよ』と言っているが、ここでこの言葉を真に受けて休んでたら『やる気の無い奴』と思われるに違いない。

 

 というか、なんで店の奥に居たのに私が来たばかりということを知っているのだろう。や、やっぱり監視されているんだ! 

 

「うわっ! 照明切れたと思ったら喜多じゃないか!? 一体なにがあったんだ!?」

 

「あーそれが……」

 

 困惑する店長さんに虹夏ちゃんが事情を説明する。それを聞いた店長さんがリョウ先輩をジト目で睨む。

 

「お前……からかうのもいい加減にしろよ……それに健治とお前達ってそういう関係じゃなかったろ」

 

 どうやら写真の彼は『健治』という名前らしい。それに『実は恋人同士でした♡』なんてことも無く、店長さんから見てもこの三人にそういった関係は無いようだ。

 

「じゃあ、お姉ちゃんから見て健治くんってどんな子だった?」

 

「そーだなぁ……」

 

 店長は顎に手を当てて少し考える素振りを見せてから口を開く。

 

「虹夏とリョウとぼっちちゃんを足して3で割ったみたいな奴かな」

 

 虹夏ちゃんとリョウ先輩と私……!? 全員性格バラバラだから一体どんな性格してるのか全然検討がつかない。

 

 だが私が困惑してる中、虹夏ちゃんとリョウ先輩は納得したようで『あー』とか『確かに』と呟いている。

 

「えっ、み、皆さん、さっきので納得するんですか? わ、私はぜ、全然どんな人なのか検討つかないんですけど」

 

 私の困惑に答えるのは店長さんだった。

 

「健治は世話焼きで虹夏と一緒にリョウの世話をよくしていたが、自分の事は結構後回しにする奴だったんだ」

 

 その言葉に虹夏ちゃんとリョウ先輩が続く。

 

「そーそー。リョウの夏休みの宿題を手伝ってギリギリで終わらせたのに自分の宿題は終わってなかったりしたんだよ」

 

「健治は真面目すぎるから私がサボりのコツを教えたと言って欲しい」

 

 三人のそれぞれの言葉で何となく『健治』という人物がどういう人なのか掴めてきた。

 

 おそらく『世話焼き』や『優しい』ところは『虹夏ちゃん』寄りで、『サボり癖』や『モテる』ところは『リョウ先輩』で残りの『臆病』で『寂しがり屋』で『恥ずかしがり屋』で『礼儀正し』くて『押しに弱い』のが私……? 

 

 わ、私が占める部分ほとんどデバフすぎないか……!? 

 密かにショックを受けて身体を崩壊させていると、虹夏ちゃんとリョウ先輩が昔を思い出すように語っている。

 

「でも、健治くんモテるって言っても変なモテ方だったけどね……変な人にしか好かれなかったよね」

 

「男運と女運が壊滅的だった」

 

 語っている思い出が『健治』という人物(当の本人)にとって楽しいものかはともかく、二人はとても楽しそうに語り合っている。きっと大切な友達だったのだろうということが傍から見ても分かる。

 

「な、仲良かったんですね」

 

「うん。凄く仲良かったよ……まぁ、中学一年生の頃に居なくなっちゃったんだけどね」

 

 そう言う虹夏ちゃんは寂しそうだった。表情は変わらないがリョウ先輩も雰囲気が暗くなる。店長さんもなにか思うところがあるのか寂しそうな表情をしていた。

 

「……ど、どうしていなくなっちゃったんですか?」

 

「分かんない。何も言わずにどっかに行っちゃってさ……酷いよね! でも、なにか事情はあったんだろうな……ってのは何となく分かるんだ」

 

 その虹夏ちゃんの言葉にリョウ先輩も頷いてから続けて言葉を話す。

 

「健治は隠し事が出来るタイプじゃ無い。バレてないと思っていても周りに全部バレてるタイプ。だから、私達に隠し通して引越しするなんてまず出来ない」

 

 ひ、酷い言われようだ。結構顔に表情が出る人なのだろうか。

 

「だから私と虹夏は健治も自分が引越しすることを知らなかったんじゃないかなって思ってる。あくまで予想だから本当にそうかは分からないけど」

 

「今はどこにいるかも分からないからね……元気にしてるかな……」

 

 二人がますます暗くなっていく。私は、どうにかこの雰囲気を変えたくて思わず小さく呟いた。

 

「な、なら、もしこのバンドが有名になったらその健治……さん、の耳にも届くんじゃないですか」

 

「えっ」

 

 二人が驚いた声を出しながら私に目を向ける。私は慌てて言葉を続ける。

 

「あ、いや、その! ま、まだまだ全然気が早い話だし、全然演奏出来ない私が何言ってるんだって話ですけどっ!」

 

 私の体は焦りすぎてタコのように変形していく。余計な言葉だっただろうかと思っていると虹夏ちゃんが笑って話しかけてくれる。

 

「ううん。ありがとうぼっちちゃん。実は私もそうなったらいいなーって思ってたんだ」

 

 その言葉にリョウ先輩も頷いて答える。

 

「うん。健治に私達の音聞かせて私達の前まで引きずり出してあげようか」

 

 な、なんだか二人の表情が明るくなった気がする。私の言葉が余計なお世話では無かったみたいでほっとすると同時にその『健治』さんに届くくらいの演奏をステージの上で出来るようにならないと……と思っていると。

 

「そ、それよ──────!」

 

「ヒィッ!?」

 

 先程まで動きを止めて居た喜多さんが急に立ち上がって大きな声を出す。それに驚いたことによって私の体は風船のように破裂する。

 

 喜多さんは散り散りになった私を見ながら話しかけてくる。

 

「結束バンドの歌詞で凄くドロドロなものを歌えば良いのよ! 聞いた男がリョウ先輩に手を出そうと思えないようなドロッドロなやつ!」

 

 喜多さんは散り散りになった私をかき集めて接着剤とヤスリで整形しながら質問してくる。

 

「ねぇ後藤さん! 丑三つ時に五寸釘打つような歌詞は無い!?」

 

「いっいい!? さ、流石にそんな歌詞は……」

 

 心当たりがあります。私が中学校の時に書いてた歌詞がそういう内容でしたなんて言える訳もなく、思わず目を逸らして……目を逸らした先に居たリョウ先輩と目が合う。

 

 リョウ先輩は何故か目を輝かせていた。

 

「……陽キャ女子にドロッドロな歌詞歌わせるの凄い『ロック』じゃない?」

 

 何故かリョウ先輩は乗り気だ。そんな歌詞の曲だと有名になったところで『健治』さんが話しかけてくれるとは到底思えない。

 

「ちょっと喜多ちゃん、それにリョウ。ぼっちちゃん困ってるよー」

 

 そうやんわり言いながら虹夏ちゃんが喜多さんの手のひらに居た私を取り上げてくれる。た、助かった……。

 

 ついでにライブハウス中に舞った私を集めて、元の人間サイズの私に直してくれた。虹夏ちゃんにお礼を言っているとリョウさんが声を出す。

 

「それにしても健治のやつ寂しがり屋だったし、私達に会えなくてメソメソ泣いてるかもね。今頃私達無しじゃ生きていけなくなってかも」

 

 冗談半分と言った雰囲気で出たリョウさんの言葉に虹夏ちゃんは笑って答える。

 

「あはは。でも健治くんサボり癖はあるけど生活力はある方だし問題なく過ごせてると思うけどね」

 

 その言葉と同時に虹夏ちゃんが『話しすぎたし、そろそろ仕事しよっか』と言ってモップを取りに行く。私達もその虹夏ちゃんに続こうとしていると。

 

「……いや、どうだろうな」

 

 しばらく黙っていた店長さんが突然言葉を挟む。

 

「お姉ちゃん?」

 

 虹夏ちゃんが不思議そうな顔を店長さんに向け、店長さんは言葉を続ける。

 

「健治がもしあのまま成長して大人になったなら……悪い女に捕まって貢いで養ってるところが容易に想像出来る。あいつ、押しに弱くて世話焼きだったろ」

 

 そ、それは考えすぎなんじゃ……と思って虹夏ちゃんとリョウさんの方を見ると二人の顔が青ざめていることに気づく。

 

「た、確かに」

 

「……健治なら有り得る」

 

 え、えぇ……!? そういう感じの人なの……!? 

 何となく分かった……『健治』さんってリョウさんとは別ベクトルで駄目な人だ……!! 

 

 私は未だに顔すら知らない『健治』という人物が今どうなってるのか心配でならなかった。

 

 

 ────その後、ライブチケットノルマ一人5枚という他人の心配なんてしてる暇の無い状況になるとは知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫

 

 一方その頃、下北沢のとある飲み屋街にて。

 

(ゔ)ろろろろろっおっ! ろろろろろろっ!!」

 

「うわぁ廣井さん。吐く時は吐くって言ってくださいよ。エチケット袋が間に合ったからよかったですけど……ほら、これ電車代です。今日のところはもう帰りましょうよ」

 

 一人の少年が酔っ払いの女性を介抱していた。

 

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