吐瀉物の匂いと共に   作:山田木耳

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9.『ぼっちはロックと共に・前編』

 

 今日は普段居る下北沢を飛び出して金沢まで来ていた。バイト先の店長からの紹介で引越し作業の手伝いバイトである。

 

 バイト代としてかなりの額貰って気分良く帰ろうとした矢先、スマホの着信音が鳴る。

 

 誰だろうと思って見てみると廣井さんからだった。俺は立ち止まって道の端に寄ってから電話に出る。

 

「もしもし」

 

『あっ健治く〜ん! 今どこにいる?』

 

「今は……」

 

 俺が現在地を伝えると廣井さんは嬉しそうに『えっ! まじ!? 近いね! ちょっと金沢八景駅の方まで来てくれない?』と言ってくる。

 

「別に今は暇なのでいいですけど……廣井さんまた吐いたんですか? それとも店に出る時にお金が足りないことに気づいたんですか?」

 

『私がそれ以外で連絡しないと思ってない??』

 

 廣井さんは不服そうだが今まで廣井さんから来た電話を思い出すと介抱していた記憶しかない。

 

『そうじゃなくて今から路上ライブするんだよ。良かったら健治くんにも来て欲しくてね』

 

「路上ライブ……ですか? 『SICK HACK』の皆さんって路上ライブまでやってるんですか?」

 

『いやいや、違う違う。さっき知り合った子と路上ライブしようと思ってさ』

 

 凄い行動力だ。廣井さんもだが知り合ったばかりの酔っ払いと突発的に路上ライブしようとする人も。

 

 俺なら例え楽器が演奏出来たとしても路上ライブなんて緊張して出来る気がしない。余程、精神力が強い人なのだろう。俺は世紀末系漫画の主人公を『知り合った子』の顔に当て嵌めていた。

 

「分かりました。とりあえずそこに向かいますね」

 

『やった〜〜お願いね〜〜』

 

 俺は指定された場所に向かおうと、歩を進めて電話を切ろうとしたが……廣井さんのボソリと呟かれた言葉に止まる。

 

『……それに今から一緒に路上ライブする子、健治くんと合うと思ってね』

 

「……? それはどういう……」

 

 俺の質問に対する答えは帰ってこない。見ると既に通話が切れている。俺は疑問に思いつつも、廣井さんの元へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が指定された場所に着くと廣井さんと見た事のあるピンクジャージの少女が立っていた。高校デビューに失敗したらしきあのリストバンド少女だ。

 

 廣井さんは俺が来たことに気づくと彼女を俺に紹介してくれる。

 

「紹介するね! この子は後藤ひとりちゃん! ひとりちゃんこの人は……」

 

「……ひっひぃいぃい!! 顔怖いぃいいい!!」

 

 後藤さんはそう声を上げると、まるでスライムになったかのように身体が崩れた。

 

「なっえ、はっ!?」

 

 俺が困惑の声を上げると、廣井さんが俺に抗議の声を上げる。

 

「もー健治くんもっと柔らかい顔してよ! ひとりちゃん崩壊しちゃったじゃん」

 

 そんな『ちょっと男子ー○○ちゃん泣いちゃったじゃん』みたいに言われても。人が崩壊するところなんて初めて見た。それに怖い顔した覚えは無い。元々こういう顔だ。

 

 少しずつスライムから人間に戻っていく後藤さんを見ながら廣井さんが彼女と俺の何処を見て気が合うと思ったのか疑問に思った。

 

 ▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫▫

 

「大丈夫なんですか?」

 

「なにが?」

 

 俺はビラ配りをしようとして、全く渡せていない後藤さんを見ながら廣井さんに小声で質問する。

 

「後藤さんって明らかに人前で何かやるの苦手なタイプじゃないですか。路上ライブなんて大丈夫なんですか?」

 

「へーきへーき。いざとなればフォローするし」

 

 廣井さんはニヤリと笑ってベースを俺に見せてくる。これで酔っ払ってなかったら本当に廣井さんが頼もしいのに。

 

「そもそも路上ライブなんていきなりですね」

 

「それがねぇ……」

 

 そして廣井さんから事情を説明される。成程、バンドのチケットを売らなければいけないのにアテがなくて困っていると。

 

 確かに路上ライブなら興味が出た人がチケットを買ってくれそうだが……チラリと後藤さんを見る。

 

「あば、あばば……」

 

 緊張のあまり身体が痙攣し、顔のパーツが崩壊して地面に散乱し、泡を吹いている。

 

 どう見ても人前で演奏出来るとは思えないが、廣井さんは勘が鋭い。その廣井さんが『平気』と言うのなら信じてみるしかない。

 

 俺は後藤さんの元へと向かう。

 

「後藤さん」

 

「はっ、はひぃいぃぃっ!!」

 

 俺が話しかけると地面に落ちてた顔のパーツが飛び上がって後藤さんの顔に装着される。若干、口の位置が先程よりも高い気がするが誤差の範囲だろう。

 

「ビラ配るの代わるよ。廣井さんと一緒に打ち合わせしてて」

 

「は、はいぃ……!」

 

 後藤さんは砂漠でオアシスを見つけた時のような顔をして俺にビラを渡して、廣井さんの元へと向かっていく。

 

 渡されたビラを見てみると凄く独特なイラストが書かれている。恐らく、後藤さんが書いたのだろう。ビラにはライブハウスの名前や『都内のライブハウス中心に活動する4人組ガールズロックバンド』等と書かれている。

 

 このイラストの人達、全員女性なのか……確かにスカートらしき物を履いてはいるがイラストが独特すぎて分からなかった。

 

 このビラを見る限り、後藤さんが所属しているバンドの名前は『結束バンド』というらしい。

 

 結束バンドというと、ケーブルを纏めたりする別名インシュロックとも呼ばれる、あの結束バンドだろう。

 

 ロックバンドに関して詳しくないが四苦八苦と『SICK HACK』だったり、バンド名で言葉遊びする事は結構多いのだろうか。

 

(それにしても学生バンドか……)

 

 思い出すのは山田と伊地知だ。

 あの二人はロックが好きだった。もし、成長した今も変わらずにロックが好きなら何処かでバンドを組んでいるかもしれない。

 

 そうなるとこの『結束バンド』という後藤さん以外、顔も知らないバンドのことも少し応援したくなってしまう。

 

 俺がしばらくビラを配っていると、一台の車がやってくる。降りてきたのは廣井さんと同じバンドメンバーである岩下さんだった。

 

 どうやら廣井さんは岩下 志麻さんにも連絡して機材を持ってきて貰っていたらしい。変装して定期的にライブに行っていた俺からすればあまり『久しぶり』という感じはしないが岩下さんにとっては俺の事を久しぶりに見るだろう。

 

「遠坂くんも来てたのか。ははは。廣井居るところに君ありだな」

 

「は、はぁ……」

 

 どうしたのだろう。岩下さんからすれば俺に会うのは久しぶりの筈なのに何だか妙に距離感が近いような……。

 

 ひょっして……俺が変装してライブに定期的に行ってるのバレてる? いやいや、イライザさんが約束破るタイプには見えないし気の所為だろう。

 

 機材を持ってきた岩下さんは『あんまり遠坂くんに迷惑かけるなよ』と廣井さんに釘を刺して車に戻っていく。

 

 機材をセッティングしてる間に俺は引き続き、独特なビラを配っていく。ビラ配りと呼び込みのお陰で何人か立ち止まって聞いてくれそうな人が増えてきた。

 

 だが、廣井さん的にはもう少し人が欲しいらしい。

 

「もう少しお客さん集めてくるねー! 二人はちょっとしゃべってて!」

 

「えっ、あのっ!?」

 

 後藤さんの『初対面の人と二人きりにしないで』という表情を知ってか知らずか廣井さんはそのまま通行人の方へ向かっていってしまった。

 

 俺だけで無く廣井さんだって後藤さんと初対面の筈なのだが、廣井さんのことはもう受け入れてる当たり、彼女の他人の懐に潜り込む上手さを感じ取れる。

 

 緊張のせいか、心做しか後藤さんの顔面が崩壊しかけている気がする。

 

「……行っちゃいましたね」

 

「あ、はい、そ、そうですね……」

 

 後藤さんは二人で話している割には距離がやけに遠いし、目線をこちらに向けてくれない。相当怖がられているようだ。

 だが、なにか話を続けないと……と思っているのか何かを話そうとして止まって話そうとして止まってを繰り返しているように見える。

 

「……後藤さんはなんで楽器の演奏始めたの?」

 

「えっ! あっ、えっと……わ、私の音楽で少子高齢化と年金問題を何とかしようと……」

 

「そっか……いやちょっと待って深すぎない??」

 

 なにか話題を出そうと思って聞いた質問だったが、予想以上に真面目な返答が帰ってきた。俺が困惑していると後藤さんは慌てて言葉を続ける。

 

「あ、ごめんなさい嘘です。本当はチヤホヤされたいからギター始めました」

 

「凄いすらすら嘘つくね……!?」

 

 俺の指摘に後藤さんは身を縮こませながら答える。

 

「うっうう……す、すみません。言いづらくてつい嘘を……」

 

「いや、別にいいよ。言いづらいのは分かるし……でも、別に嘘つかなくて良いと思うよ。人が何かを始める理由が偉い理由な時なんて少ないんだし」

 

「そ、そうですよね……へへへ……」

 

 俺に自分の動機が否定されないと分かるや否や、すぐに嬉しそうに笑う。緊張したりすると表情が(物理的に)崩れたりするのでかなり感情が分かりやすいタイプのようだ。

 

「えっ、えっと……ロックってよく聞くんですか?」

 

「いや、あんまり。音楽全般に詳しく無くて。小学校の頃の友達がロック好きだったのと廣井さんに連れてって貰って聞いたくらいかな」

 

「そ、そうですか……」

 

 後藤さんがあからさまに暗い顔をする。多分好きなロックの話題で話を広げようとしていたのだろう。

 

「な、なら、なんでわざわざここまで来てビラ配りとか手伝ってくれるんですか? あ、あのお姉さんに家族を人質に取られてるとか?」

 

「実は叔父を……」

 

「ええっ!??」

 

「冗談だよ」

 

 後藤さんが驚いた拍子に顔面のパーツが吹き飛んだ。反応が面白くてつい冗談を言ってしまった。

 

 というか、後藤さんは中々想像力が豊からしい。

 彼女は『なんで手伝ってくれるのか』と聞いてきたが、別に理由なんて無い。廣井さんから呼び出されたからやって来て、ついでに手伝ってるだけだ。

 

 でも、強いていうなら。

 

「後藤さんを応援したくて」

 

「お、応援……ですか? 初対面なのに……?」

 

 顔のパーツを拾って付けながら、不思議そうに聞いてくる後藤さんに俺は頷いて続ける。

 

「小学校の友達がロック好きだったってのは言ったよね? もし、そのまま好きで居続けていたら今頃集まってバンド組んでると思うんだ」

 

 成長した山田と伊地知がバンドを組んでいる姿を想像する。

 もし叶うなら、あの二人が一緒のバンドで演奏してるところを見てみたい。

 

 それが叶う日が来るかは分からないし、叶ったとしても俺がまた二人の友達に戻れる日は来ないかもしれない。

 

 それでも、あの二人がもし何かやりたい事をしていたら俺は応援したい。

 

「だから同年代の子がロックやってると思うとつい応援したくなっちゃって」

 

「そう、なんですね……」

 

 まぁ、一番の理由は後藤さん見てると放っておけないっていう理由なんだけど……というのは言わないでおこう。

 

「だから路上ライブも応援してるよ後藤さん。緊張するかもしれないけど廣井さんああ見えて凄い人だから。何かあったらフォローしてくれるって言ってたからさ」

 

「う、うん……ありがとう」

 

 後藤さんがはじめて笑ってくれた気がする。少しでも緊張が解せたら良いのだが……。

 

「……おっと。どんどん人が集まってきたね」

 

「えっ、う、うわぁ……」

 

 会話してて気づかなかったが、立ち止まって路上ライブを聞こうとする人達がかなりの人数集まっていた。人混みを掻き分けて廣井さんがやってくる。

 

「よーし。お客さん集まってきたし、そろそろ始めよっか!」

 

 観客の邪魔にならないように、俺もそろそろ端に避けようと思っていると何故か後藤さんも一緒についてくる。そして歓客側に混じって乾いた笑みで言葉を出す。

 

「わ、わーい楽しみだなぁ!」

 

「いやいや君もやるんだからね……?」

 

 廣井さんが困惑の声を上げる。俺は路上ライブ直前になって逃げかける後藤さんが本当に大丈夫か心配なった。

 






投稿頻度から分かるかもしれませんが難産でした。
ソシャゲのイベント走ってたのも要因です。


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