「もっと食べたい!」
「いや、もう冷蔵庫は空なんですよ」
お箸を片手にテーブルを叩く後輩を、呆れた顔でたしなめる。
紲星あかり。
私の後輩にして、暴食の体現者。普段は外食だから私の懐を気にすることはなかったが、キッチンを新調したから、とうっかり家に招いてしまったのが間違いだった。
彼女は見る間に出した料理を平らげ、おかわりを要求した。私もそれに応じてしまった。彼女の食いっぷりを見ていると作った側としては嬉しくなってしまうのだ。それに、新しいキッチンが使いやすいのもよくなかった。
これまで狭いスペースでなんとかやりくりしていたのを大幅に拡張し、煮る焼く蒸すが一度にできるようになった。圧倒的な効率化。力をもった者がそれを振るおうとするのは至極自然なことなのだ。その結果、我が身を滅ぼすとしても。
彼女が食事を始めてからおよそ三時間ほど経っており、冷蔵庫も冷凍庫も米櫃も、果ては非常食までもが食べ尽くされてしまった。遠慮というものを知らないのだろうか、こいつは。
「ないって言ったってゆかりさん、私のこの食欲は止まるところを知らないんですよ」
「それは私の知ったこっちゃないんですよ。大体、家にこれ以上食料がないのは揺るがない事実ですし」
それを聞いた彼女の目はますます飢えたかのように爛々と輝き、私を食べ始めるんじゃないかというくらいのプレッシャーを放ち始めた。脳が胃袋と直結しているのだろうか。
「そんな顔したってダメ。ないものはないんですからね」
「じゃあ」
しょうがないか、という言葉を一瞬期待したが。
「買ってきてくださいよ。本当は今すぐにでも口に何か放り込みたいところですけど、それくらいは待ちますよ」
「ダメですよ?」
おかわりを要求された。この期に及んでまだ食べようと言うのか。
私は週末に食料品を買い込んで、それを平日に少しずつ使っていく、という生活を送っていて、今日は月曜日である。つまり、奴はほぼ一週間分の食料全てを胃の中に収めているのだ。
大食いどころの騒ぎじゃない。常人ならとっくに胃の中身をぶちまけているだろう量を食って、なお食べようとしている。これが化け物でなくてなんなのか。
「ゆかりさんがそう来るなら、私にだって考えがありますよ」
そう言うと紲星あかりは立ち上がり、生けてあった花に手をかけた。
「別に食べ物じゃなきゃ食べられないわけじゃないんです」
「この家にあるもの、全部食べてもいいんですよ?」
既に全部食べられてるんだよ!というツッコミは喉に押し込み、確かにこのまま行くと家具の一つや二つくらいは食べられてしまいそうな気がする。あまりに不本意だが、従わざるを得ない。
「わかりました。買ってきますけど……なにぶん、あかりちゃんが食べたのは一週間分の食料なんです。次買ってくる分で勘弁してください」
「え!?これで一週間分!?」
逆に驚かれてしまった。普通の量のつもりでも、やはりこれくらいの大食漢からすると少食に見えるのだろう。
何はともあれ、食料以外も失う前に私はさっさと家を出た。
十数分後。移動は基本ダッシュ、最速で食料品コーナーを巡り買い出しを済ませた私を待っていたのは、天板のなくなった棚と、板をチョコのように齧る後輩だった。
「嘘でしょ?」
「もー、待ちくたびれちゃいましたよ。なんなら逃げたのかと思ったくらいです」
「いやいや、ここが私の家なんだから他に逃げ場は……じゃなくて!」
「なんで木の板を食べてるんですか!?」
「? 手頃だったので……」
何かおかしいことでもあるのか?と問うように首を傾げる彼女は、本当に自分の異常性に気がついていないのだろう。
被害を止められなかったのは残念だが、側板まで取られて棚としての機能が失われる前に、と私は大急ぎで料理を始めた。
とりあえず何かが口に入っている状態を維持するために、時間のかからないを選んで作る。そして運ぶたびに、面積の減っていく板を見る。
遺跡で転がる岩に追われている人でもこんなに焦らないだろう、という目まぐるしさの後、気付けば買ってきた食料も底をつき。それを報告すると、
「足りません!」
と一言文句が飛び出た。
もう好きにしてくれ!と言おうとしたそのとき、リビングがやけにスッキリしていることに気がついた。あれ、もしかして。
感想とかくれると、嬉しいけど。
これ読んでる人がさ、なんか普段寝るの遅かったりしたらさ、寝る前にホットミルクとか飲んでさ(牛乳飲んだらお腹壊しちゃうって人は、白湯でもいいかもね)、なんかあったかくして寝て、朝すっきり目覚められたら、そっちのが嬉しいかもね。