プロローグ
空気が僅かな硬さを帯びていた。
「
トリニティ総合学園本館、ティーパーティー、フィリウス執務室。ティーパーティーホストにしてフィリウス首長、そして自らの主人であり実の姉である桐藤ナギサに向けられた諫言。換気のために開けられた窓からは颯爽と薫風が吹き抜け、彼女達二人のプラチナブロンドを靡かせる。
「カノン……お願いですから、理解して下さいませんか……?」
「いえ、不可能です。幾ら姉様が模索したモノであろうと、到底看過出来るものでは」
彼女の手元の資料に記された、指の隙間に見える「補習授業部」の文字。何度も何度も読み返されたであろうそれは今この瞬間も強く握り締められている。そして自らの妹からの僅かな怒りの籠もった言葉にナギサはもう一度、縋るように問いかけた。
「……
その言葉に、彼女は僅かに弾丸を込めるかのように、或いは照準を定めるかのように目を瞑る。そして数秒の間が開いて、彼女は目の前の敬愛する姉と目を合わせ、自らの引き金を引いた。
「二度言わせるな、戯けが」
「……そう、ですか」
切り替わった彼女の金色の目がナギサを貫く。険しくなった表情から放たれる鋭い言葉を噛み締めながらもナギサ自身も返す何かを探していたが、一つ下の妹の芯を捉えるに適した道具が見つからない。
「ああ、そうだ。ナギサの勝手な疑いで無関係な生徒を地獄に堕とすことを見逃せて堪るか。第一、強がってるだけで自らの手で引き金を引く覚悟さえ出来ていない人間に生殺与奪を託す道理が何処にある」
「……カノンも、結局は私を理解してくれないのですね」
落胆したようなナギサの言葉に彼女は憤りを隠さずに言ノ葉を紡ぐ。
「実の姉が事実上の殺人を行おうとしているのを見て賛同でもして欲しかったのか?私がナギサに賛同するとでも思われていたのなら心外だ」
「……分かりました。少し、外してもらえますか」
「撤回はしないんだな?」
ナギサはその言葉に沈黙を以て答えた。彼女は再び、暫くの間目を瞑った。
「……承知しました、でしたら私も好きなように」
再びのスイッチの切り替わりとともに彼女は資料を握りつぶし、リュックの中に放り込む。そして険しく、寂しそうな顔を浮かべたナギサに向き直って告げた。
「失礼致しました、
姉様のこと、どう思いますか?
明らかに性急だ。多分次は自分とでも思ってるんだろう。
十中八九そうでしょう。姉様は思い込みが激しい方ではありますが、セイア様の件がそれを一層駆り立てているというのは間違いないと考えます。
俺もそれには大まかに同意する。にしたって最悪な手段を取ったな。リターンは小さくはないが、デメリット比で見ればハイリスクローリターンにも程がある。
はい、ですがあれでも姉様なりの覚悟です。食い止めるにはこちらも身を切る必要があるのでは?
ああ、どうせ俺もお前もあの弱い姉を支えるための人生だ。そこに文句はあるまい。
至極当然です。
定期考査終了後、ティーパーティーホストにしてフィリウス分派首長、桐藤ナギサの下へ届けられた一枚の答案用紙。挑戦状とさえ思えるその白紙に深いため息を吐いた。そして一箇所のみペンの軌跡が走る名前の枠に目を落とす。
善く出来た筈の妹の名が嘲笑うかの如く楽しげに踊っていた。
高評価をつけてってもらえると嬉しいです