座学以外に大した取り柄もない、そう彼女、籠野文目は自負していた。
名門国立大で経済学の教鞭を執る父親と解剖医の母親を持ち、子守代わりに本に囲まれて育った彼女。両親から聡明な頭脳を始めとする体格以外のおおよそ全てを受け継いだ彼女は、幼いながらも自らの周りに溢れた厚さ5cmの紙束の印字を余すこと無く吸収していった。
幸いにも家族関係は極めて良好で、両親は一人娘の彼女を酷く可愛がった。父は文目を良く教え、母は文目と良く話した。そんな両親からの薫陶は、彼女に社会のシステムと人間の生死についての見識を与えた。そして、文目は人間の心理というものに強い興味を持った。
その後中学受験を経て大学付属へ入学した彼女は中高6年間を知識の研鑽に努めると、付属の文学部へ進学。そこで中学の国語、社会、英語、高校の国語、地理歴史、英語の教員免許を取得すると、飛び級制度を利用して三年時に大学院へ進学。そして心理学専攻で博士課程まで進んだ後に、彼女はこの春齢26で大学院を卒業した。そして、それと同時に彼女はキヴォトスに招かれた。
元々積極的なタイプではないが故に、卒業したら何処か適当な場所での若隠居なんかを目論んでいた文目。そんな彼女にとって、誰も知らない土地での教職の任というのは中々に食指の動く話であった。それが例え、銃撃音鳴り響く学園都市であっても。
「……で、こんなもんですか?範囲」
「あ、はい。一年生のカリキュラムまでだって聞いてますから……」
補習授業部の全三回の特別試験、その試験範囲となる問題集を捲りながら先生は言った。教室には黙々と課題をこなすアズサと、しばしば、というかかなり手を止めながらも問題集を進めるコハル、教室の隅で何かを話しているカノンとハナコ、そして今相談しているヒフミと先生で計6人。彼女らの様子を一瞥すると、先生は小さくため息を吐いた。
「それで、どうします?やります?補習授業」
「補習授業……って、先生授業出来るんですか?!」
「いや当たり前でしょう。何のための先生だと思ってるんですか?」
この程度ならお茶の子さいさいです、と問題集で自らを扇ぎながら彼女は言う。そしてお試しに、とヒフミから数学のノートを受け取るとざーっと中身を見て口を開いた。
「ヒフミちゃん、数列壊滅してますね」
「はい、その時の授業休んじゃって……」
「ペロロ様とやらで?」
「はい……って、どこでそれを?!」
「いや考えたら分かりますし、そんな隠し事があります、みたいな顔されたら誰だって察しますよ」
「そもそもヒフミちゃん隠し事絶対向いてませんし」とノートに赤ペンで解答解説を書き込む先生。そして「高2までの範囲なら大体そのやり方で解けます」とヒフミに差し出した。
「取り敢えずそれで何問か解いてみてくれません?戻ってきたら私採点しますから」
「分かりました!それで、先生はどちらの方へ?」
「ちょっとタバコ吸ってきます。トリニティの屋内って全面禁煙ですし、そもそも先生として生徒の前で吸うわけにもいきませんし」
「はー、嫌煙とかクソ喰らえです」とぼやきながら先生は教室を出ていった。
「ま、十中八九ハナコちゃんとカノンちゃんは何か企んでるとして……ま、ノータッチですかね」
「教師は生徒に必要以上に干渉するべきでない」、それが籠野文目という人間の、教師としてのスタンスだった。とんとん、と携帯灰皿に灰を落としながら彼女は思考を巡らせる。そして、煙を吐きながら呟いた。
「政治、苦手なんですけどねぇ」
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