桐藤カノンは二重人格である。   作:あるふぁせんとーり

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桐藤カノン

 思えば、俺はとんだ親不孝者だ。一人息子として汎ゆる全てを貰いながら何一つ世界に残す物は無く、ただ親より先に死ぬという最大の親不孝はいとも簡単に為してみせた。手間も、時間も、金も、愛も惜しみなく注がれて尚、だ。

 

 上場企業の出世頭の父と名門女子大卒の母の下に生まれて、凡庸にも関わらず大言壮語な夢を抱き齢五か六で国政を志して十二年、凡人なりの道を歩みようやく赤門を誇る最高学府の頂点まで辿り着いたその日から数日のことだった。

 

「……終わったな」

 

 そう漠然と呟かざるを得なくなったのは桜前線の北上が微妙に遅かった春の朝。近所の小さな交差点、コンビニで幾つかのホットスナックを買って、冬の寒さを堪能しようとして意気揚々と店を出た俺の目の前に迫る鋼鉄。スローモーションの景色の中フロントガラスで気を失ったように倒れる初老の男。目が合わないのが互いの人生最後の幸運だったのだろう。いや、俺を殺した人間の目を見ておきたかったという感情も無くはないが、見たら後悔していたのは間違いない。

 享年十八。死亡時刻午前九時二十四分。死因は轢死。運転手の心肺停止により制御を失った大型トラックとの正面衝突で即死。俺は全身全霊を尽くして尚余りに後悔の多い人生の幕を閉じた。いや、そのはずだった。

 

 そして、ここからが現実離れした奇妙な話だ。

 

 明らかに眠り過ぎたという感覚を覚えた。睡眠薬のオーバードーズでもしたのかと自らに思わず問いかける程の長い眠り。それでいて睡眠の質は低い。通学電車の吊り革に捕まりながらうたた寝している時に良く似ている。余程の疲れ、人生の全てを清算するかのような長く浅い、そして夢見も無い眠りだった。

 そしてまた体感で数十分の長い微睡みを挟んだ後に俺はようやくその眠りから抜けて重い瞼を開く。

 

 視界を包む白。トンネルを抜けた先の雪国だろうとここまで白くはない。視界の全てがハレーションしたかと錯覚するようなその光景に少し目眩を覚えたが、それを覚ますような少女の声が耳に届く。

 

「ようやく来られましたか」

 

 プラチナブロンドの髪を肩に掛かるか掛からないか程度のボブに整え、左の前髪を編み込んだ少し細身の、170cm程度の少女が真っ白な空間の中心に立ち、こちらを見る。あの白い服装は何処かの制服だろうか。そして何よりも目を引くルネサンス絵画の天使ような白い一対の羽と天使の輪(ヘイロー)のように頭上に浮かぶ正三角形の二つ重なった六芒星。しかし天使の迎えというには些か雰囲気が違うように思えた。

 

「誰だ?」

「お答えするまでもないかと」

 

 回答した少女に俺は僅かに言葉を失った。違う、口に出していない。俺は訝しんだだけだ。「誰だ?」と思っただけだ。口を動かした自覚は一切ない。しかし、確かにその音は空間に一瞬満たされていた。

 

「何故、俺の質問に答えられた?口にしていない質問に、だ」

「……なるほど、勘違いをされているようですね。でしたらこちらからも一つ」

 

 カラン、カランと少女のローファーが真っ白な無限平面と音を奏でる。そして俺の目を距離数十cmで覗いた後に少女は問いかけた。

 

「ここは何処であるとお考えに?」

「知るか」

「まあ、そうなるのも致し方ないかと思います。ですので、これは答え合わせを」

 

 少女はまた一歩俺の下に歩み寄ると、左で俺の脳を、そして右で自らの脳を指差し、そしてもう一度、それぞれの心臓を同じように指差した。

 

「ここは()()の「心象風景」です」

「「心象風景」?俺はこのような景色に憧憬を覚えたことはないが?」

「同意致します。ですが、最も近い表現となるとやはり「心象風景」となるかと」

 

 どういうことだ。俺が反射的に呟こうとしたのを飲み込み、僅かに思考を巡らせる。言葉に感じた違和感。この異常性、非日常性に満ちた空間でも僅かに思った感情を辿る。

 

「……私達の、心象風景?」

「気づかれましたか」

「……いや、馬鹿を言うな。心象風景の共有など発生しうる筈ない。「心情」なんてものは一人一つと……相場が……」

 

 いや、()()()()()()なのか?かつてコナン・ドイルの著作「シャーロック・ホームズ」にてこのような台詞が記された。「全ての不可能を消去して、最後に残ったものが如何に奇妙な事であっても、それが真実となる」と。俺が浮かべた疑問に言葉で答えず、代わりに少女は一枚の姿見鏡を俺の前に立てる。それは明瞭にも程があると悪態を吐きたくなる位の、余りにもはっきりとした答え合わせであった。

 

「ご理解いただけましたか?……いえ、大丈夫そうですね」

「……どういうことだ?」

 

 俺の意思を読み上げるように少女の声が響く。俺は慌てて喉を押さえた。そして我が物顔で君臨する不条理に理解が追いつかぬ中、俺はもう一度目の前のそれを解釈する。

 

 プラチナブロンドのボブ、細い四肢、白い翼、浮かぶ六芒星、向かい合う金色の瞳。

 

 無意識下で理解してしまっていたそれを意識的に噛み砕き、震えながらも恐る恐る飲み込む。

 

「……名前は?」

 

 崩れ落ちそうな身体を必死に堪え、そして震える声で俺は問いかける。

 

「……俺の、名前は?」

 

 そして少女は、否、目の前の()はにこやかに、それでいて凱歌の如く高らかに告げる。

 

「桐藤カノン。それが私達の名前です」




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