「こういうのがお好きなんですか?」
「意外か?昔からこれが一番舌に馴染むんだ、私はな」
トリニティ郊外の料亭の一角、目の前には彩り豊かな御膳。彼女は竹籠に盛られた素揚げの海老を口に運びながら言いました。殻ごと食べるんだ、と少し驚き、そして開いた襖の向こう側の新緑に満ちた庭園にふと目を。あの柵の向こうにはまだ桐藤家のハイヤーが止まっているのだろう、と考え、目の前の彼女に意識を戻しました。
「……一つ、良いですか?」
「答えられることならな」
先程得た確信、それは99%であれど100%ではありません。私は意を決して口を開きました。
「二重人格、というのは本当ですか?」
「ああ、噂の通りだ」
二重人格。それは世間一般での呼称で、正確に症状として言えば「解離性同一性障害」。幼少期の過度なストレスやトラウマによって、心、生存本能が「耐えきれない」と判断して切り捨てた感情が水面下で成長を続けた結果、表に本人とは異なった人格が現れることがあるのだとか。アスペルガーや境界性パーソナリティ障害、統合失調などを併発する場合もあると言いますが、私は少し違和感を覚えていました。いえ、違和感というよりは簡単な疑問です。トリニティ屈指の名門である桐藤家の令嬢である彼女がそれを発症するほどのトラウマが、少し気になってしまったのです。私の、悪い癖。
「……何故、二重人格を
「なるほど、発症か。確かにDIDなら正しい表現だろうな。生憎、私は天然モノだが」
「……天、然……?」
「ああ。産まれた時から私は二人で一人。本来であれば溶け合ったのかもしれないが、私は頑固に溶け残ってな。故にどちらが主人でどちらが付き人かも定かじゃない、等しい「桐藤カノン」だ」
違和感を覚えました。これは疑問ではない、正真正銘の違和感。自我が二つ合ってなお、同一性を保てる人間がいるはずがない、という私の狭い見聞の弾き出した結論が、彼女にエラー値を吐き出していました。けれど、その答えは酷くシンプルでした。
「逆に聞くが、目が二つあることに違和感を覚えたことはあるか?」
彼女にとっては、それが当然だったのです。目が二つあり、耳が二つあり、手が二つあり、足が二つあり、そして心が二つある。それこそが彼女の人生であり、「桐藤カノン」という人間。ようやく、彼女が少し掴めたような気がしました。
「ごめんなさい、もう一つだけ良いですか?」
「ああ、構わん」
「……もう一人は、どちらに?」
「……「食うので忙しい」、だそうだ」
桐藤家のハイヤーが学生寮の前で停まりました。数日前、荷物を運び込んだばかりの引っ越し先。彼女は三階で、私も三階。ここでもまた、通路を挟んでお隣です。
「えっと、今日はありがとうございました。カノンさん」
「カノンでいい」
部屋の鍵を差し込んでいた彼女からの一言。予想外の言葉に、私は「え?」と少し気の抜けた声を出しました。
「桐藤カノン、だからカノン。一度飯も食ったんだ。呼び捨てくらいしろ」
「じゃあ、分かりました。……カノンちゃん」
「良い返事です。些か強引に誘導しましたが、満足しました」
そう言って、モデルのような立ち姿の彼女は「おやすみなさい」と部屋に消えていきました。
9とか10をつけてってね