観客席から皆んなが見守る中、デュエルは僕の敗北という悔しい結果で終わった。
惜しいところまでいけた。堂本くん相手にここまでできるなんて僕は随分と成長したんだ。そう慰めたくなるが負けたと言う事実は変わらない。
どんなに惜しくても負けではダメなんだ。僕はこの結果に、と言うよりそれによって生じた自分を慰めようする心の機微に対して恥いるように俯いた。
「デュエルはアタシの勝ち。でも、すごいじゃない。一年生の頃と比べると見違えたような成長よ。そんな風に俯かないで顔を上げていいと思うわよ翔ちゃん。何より、そんな風に俯いていたんじゃ応援してくれていたみんなの顔が見れないじゃない」
「……堂本くん」
デュエルに負けて悔しさを我慢するように俯いていた僕を慰めるように堂本くんは僕に近づいてきた。
彼は僕の肩に手を置いて、それから誘うように周囲を見た。それに釣られるように僕も周囲で観戦していた生徒たちを見て、その様子を見た。
きっと残念がっている。声援にこたえられなかった僕に失望しているかもしれない。そんなネガティブな感情に支配されていた僕に反して、皆は一様によいデュエルを見たと言いたげに満足そうな笑顔を浮かべていた。
それは、当初僕が不安視していた無様な敗北をして恥をかくのではないかと言う思いを払拭してくれてるような様子だった。
誰も彼もが、敗北した僕に蔑むような眼は向けてはいなかった。
「僕は………いいデュエルができたのかな」
思わず、僕は確かめるように呟いた。その僕に堂本君は片眼を閉じてウインクをしながら人差し指を立てて答えてくれた。
「もちろん! それは見ていた皆んなが、それに直接デュエルしたアタシが保証してあげるわ。今のあなたは立派なデュエリストよ」
「そっか。そうなんだ。うん、ありがとう。お兄さんにはまだ程遠いけど、僕も少しだけ近づくことができたと思うよ!」
今はもうアカデミアを卒業してプロリーグへと挑戦している本当の兄のことを考えると自分の弱さが恥ずかしくなってくる。
デュエルでも学力でも、なんならその人としての立ち振る舞いでもパーフェクトを体現し、リスペクトの精神を中心においた尊敬している実の兄、丸藤亮。そんな素晴らしい兄を持ちながらこれまでその劣等感と調子づきやすく、かつ普段は気弱な性格から僕は兄には決して近づくことはできないと自分で自分を押し込んでいた。
でも、十代のアニキと出会って、いろんなデュエルを経験して、僕ももっと成長したいと思えた。
そして今日、勝利することこそできなかったけれど、少しだけ、そう牛歩のような一歩だけれど、尊敬している兄に、近づくことができたような気がした。それがなんだか誇らしくて、対戦した堂本君にも認められて、気恥ずかしさと喜びから顔を染めて頭を掻かずにはいられなかった。
「あなたのお兄さんはそれはもう立派なデュエリストだけれど、これからはもう引け目を感じることはないわ。今日みたいな立派なデュエルを続けることができれば、今は遠くにいるお兄さんもきっと褒めてくれるわ」
「うん、そうだといいな。僕はもっともっと強くなって、いつかお兄さんとも本気でデュエルができるようになりたいんだ」
「いい目標じゃない。きっとなれるわ、一歩を踏み出せた翔ちゃんなら」
僕の目標に背を押してくれる堂本君に感謝しながら僕は思った。
小学生の頃、お兄さんから強力なパワー・ボンドというカードを貰って調子に乗っていた自分が当時ガキ大将をしていた子供とデュエルしていた時のことを…………。
あの時、僕は機械族の最強の融合カードであるパワー・ボンドをお兄さんから貰ってひどく調子に乗っていた。その結果、使うべき場面ではないときに使用しようとして、それを見ていたお兄さんから以後使用を禁止させられた。
あれ以来、僕は一度であってもパワー・ボンドの使用を認められたことがない。アニキとタッグを組んだ時など、どうしても必要になった時しか使わなかった。
僕はいつか認めてもらいたい。もっと強くなって、デュエリストとしてお兄さんに直接認めてもらいたいんだ。
今回のデュエルでそれを強く感じた。堂本君とのデュエル、そして昇格試験を逃げずに受けたこと。それは敗北と失敗に終わったけれど、何度でも挑戦して成長していけばいいんだ。それがよくわかったよ。
「堂本君、今回はダメだったけど、また頑張って昇格試験を受けるよ。次もダメでも、何度でも、僕が成長するために」
「そう、でも、次を心配する必要はないと思うわよ。そうでしょ、先生………!」
「え…………?」
堂本くんは戸惑う僕を無視して先生を見ていた。彼はいかにも自身ありげに口角を上げており、その目には確信が混じった眼差しをしていた。
その眼差しが向かうサングラスをかけた先生は顎を撫でながら何事かを思案しているようだった。
「そうだな。丸藤翔くんのデュエルは彼の成長が感じられる素晴らしいモノであった。ラーイエローに上がるのにも問題はないでしょう。しかし、デュエルの勝敗は彼の敗北。さて、どうしたものか……」
不思議なことに会場中が静まり返っていた。僕の試験の合否を決める先生の判決を皆が静かに待っているようだった。
それから幾ばくか、先生が目を瞑り考え込んでいると、それに痺れを切らしたのか堂本くんが一歩前に出て大きな声で会場にいる全員に問うように声を発した。
「迷うなら観戦していた人たちに決をとりましょう! アタシたちのデュエルを見て翔ちゃんがラーイエローに上がるのに賛成な場合は拍手を送ってちょうだい!!」
彼は観客席に座る全ての生徒を見ながら会場中に響き渡る声で告げた。それに対して僕は何も反応することはできなかった。その大胆な行動に口を挟めなかったともいえる。
僕の昇級試験の結果を先生ではなく観戦していた生徒たちに決めてもらおうなんて、彼の独断による行動には先生も驚いているみたいだった。「何を勝手に!」と言いいながら大きく口をパクパクと開閉させて止めるべきか進行させるか迷っているみたいだった。
そして、そんな堂本くんの問いへの返答はすぐに返ってきた。それはそこにいるすべての生徒からの余すことない拍手によるものだった。
パチパチパチパチパチ!!
それは僕のデュエルを見てくれていた全ての人が僕のラーイエローへの入寮を認めてくれているということで、僕の成長を祝福してくれているように感じて、感動でつい、涙ぐんでしまいそうになった。
「はぁー。やれやれ、こうなってしまっては不合格にするわけにはいきませんね。いいでしょう、翔くん、君の昇格を認めましょう」
先生はその様子を見て大きくため息を吐きながらやれやれと頭を振って呆れたように苦笑していた。
「せ、先生いいんっすか!? 僕、上がっても!!」
「うむ、君はデュエルにこそ敗けたが、その実力を皆が認めているのだ。これを無視するほど、私は教師として冷たくはないですよ。おめでとう翔くん、君は今日からラーイエローの生徒です」
「そうよ翔ちゃん。みーんなが、あなたを認めてくれたのよ。促したのはあたしだけど、胸を張っていいわ。おめでとう翔ちゃん!」
先生と堂本くんのおめでとうの声を皮切りに、観客席の周囲からも一杯のおめでとうが僕に降り注いできた。
僕はそれにとうとう我慢していた涙を抑えることができず、次々と溢れ出てくるそれを片腕で涙を拭いながら拍手と祝福の声を受け止め続けるのだった──。
*
激闘の試験が終わり、僕のラーイエローへの入寮が決まったことで、その夜、オシリスレッドでは僕の祝賀会兼送別会が行われていた。
オシリスレッド寮の小さな部屋には十代のアニキやコナミくん。祝い事だからとわざわざオベリスクブルーから料理を作りにきてくれた愛理さんなどが机を囲んでいた。
「それじゃあ、翔くんのラーイエローへの昇格を祝って…乾杯!!」
「「「かんぱーい!!」」」
僕たちはコナミくんの音頭に倣うようにジュースが並々と注がれたコップを持ち上げて揃って声を上げた。
そして、感情の赴くままに一気に飲み干して机に並べられた美味しそうな料理に箸をつける始めた。
僕はその素人目にも極めて美味しいと言える料理の数々に満面の笑みで舌鼓を打っていた。
愛理さんの料理は何度かコナミくんと遊ぶ時に厚意で食べたことがある。彼がオシリスレッドに来てからは時折りコナミくんのついでということでアニキや僕の分もお弁当を作ってきてくれることさえある。だから元から上手なのは知っていたけれど、今日のは格別美味しかった。
果たしてこれは試験の合格という喜びのスパイスが加わっているからなのか、純粋に愛理さんの料理の腕が上がっているからなのか、僕には判断つかなかった。彼女の手料理をよく食べるコナミくんならわかるかもしれないが、わざわざ聞くようなことはしなかった。
無粋だし、何よりそんなこと聞かなくてもいいことだ。今ここにある料理はおいしい。それだけでいいんす!
それよりも、バクバクと食べていくアニキやコナミくんに全て食べられないように僕の分の確保を優先することに注力しなければならなかった。というかアニキはともかくコナミくんはよく愛理さんの手料理を食べてるんだから少しは僕を思って遠慮してほしいっす。あっ、唐揚げ取られた……!
そうして食べていく僕たちの間に口数は少なかった。お上品に少しずつ食べている愛理さんは例外として僕たち3人は黙々と目の前に用意されたご馳走を貪るのに集中してたっす。
そして、机に並べられた料理の大半が無くなったころ、1人、また1人と箸を置いてゆったりと床に背を預けて食後の休憩にまどろんでいた。
「ふぅー。いやー食った食った。もう腹一杯だ。これ以上は入んねえや。サンキュー愛理、美味かったぜ」
「うん、僕もこれでご馳走様かな。ありがとう愛理ちゃん。美味しかったよ」
アニキとコナミくんはお腹をさすりながら美味しい料理を作ってくれた愛理さんにお礼を言っていた。その様子はもう大満足といった具合だった。
「お粗末さまでした。翔くん、私のご飯どうだった。口にあった?」
「うん! スっごく美味しかったです。ありがとう愛理さん。僕のためにこんなに美味しい料理を用意してくれて」
「いいのよ。翔くんの昇格祝いなんだから。翔くんの口にあってくれてよかったわ」
僕もアニキたちに続くように愛理さんにお礼を告げた。お世辞じゃなく、本当にお店で食べれるぐらい美味しかったっす。
こんな料理を作ってくれるコナミくんが羨ましい。僕ももっと強くなればこんな彼女ができるといいなあ。
「しっかし、就職した隼人に続いて翔までラーイエローに昇格となると、この部屋で過ごすのは俺1人になるのかあ。一年間一緒に過ごしたからだけど、少し寂しくなるぜ」
「アニキ……大丈夫っす! たとえ住む場所は変わっても僕は弟分として毎日ここに通うっすから!」
「いや別に、そこまでしなくてもいいぜ翔……」
苦笑いを浮かべて僕をみるアニキに、僕は力強く反して答えた。尊敬するアニキの弟分としての思いは、寮が変わったくらいでは全く衰えないっす。
それに剣山くんって言う新入生が入ってきて彼もアニキの弟分の座を狙っている。ラーイエローに入ったからってその座を譲る気はないんだ。
だから、ラーイエローから多少遠い位置にあるオシリスレッドだけど、可能なら毎日でもアニキに会いに来るつもりだ。
「まあ、十代君が寂しいっていうなら僕がこの部屋に越してこようか? 十代君とならルームシェアと言うのも楽しそうだし」
「おっ、それいいなコナミ! 一緒の部屋ならずっとデュエルできるぜ!」
一人残されるアニキを不憫に思ったのか、それとも単に彼も気の合うアニキと一緒の部屋は楽しそうと思っているのか去り行く僕の代わりに同室に移動しようかとコナミ君が提案していた。
それに対して僕が何かを言おうとする前に、彼の隣にいる愛理さんが叱るようにコナミ君に注意した。
「ダメよコナミ君。君が十代君と一緒の部屋だと夜通しデュエルしちゃうでしょう? ただでさえ彼の影響で勉強がおろそかになっているのにさらに授業までサボるようになってしまうわ」
「あー、ごめん十代君。NGでちゃった」
「ちぇ、まあいいや。コナミとは別部屋でもすぐ会えるしな」
コナミ君を叱る愛理さんはまるで恋人と言うよりも母親のようだと僕は思った。アニキの影響………と彼女は言っているが、僕の印象だとコナミ君は元から勉強には余り身の入らない性質だと感じていたからあまり関係ない気がするっす。
だからオシリスレッドに入ってから学業の成績が落ちているのは彼の元からの性格のせいだと思うんすけど、アニキが頻繁にデュエルに誘っていることも関係してそうなのは事実なので僕は彼女に否定の言葉を発することはできなかった。
「さて、飯も食ったし、今日はこれぐらいでお開きにしようぜ。愛理も帰らねえといけねえし、コナミは送っていくんだろ」
「そうだね。僕は愛理ちゃんをブルー寮まで送ってそのまま自室で眠るよ。翔君、改めておめでとう。今日は楽しかったよ」
「うん、コナミ君、愛理さん。今日は僕のためにありがとう。ラーイエローに入っても頑張るよ」
「頑張ってね翔君」
夜空の星々が煌めいて多くの生徒が眠りの準備を始めている時間帯のため女性である愛理さんはもう帰らないといけない。彼女の安全を考えてコナミ君もついていくようだし、今日のパーティはこれで終わりのようだ。
「アニキ、僕、ラーイエローに入ってからも頑張るよ。いつか、お兄さんに認めてもらえるぐらいに」
僕は手を振りながら去って行った二人の背を見送りながらデッキからパワー・ボンドのカードを手に取ってアニキに向かって言った。
パワー・ボンド、昔僕の未熟さからお兄さんに使用を禁じられたカード。もっともっと強くなっていつか、このカードを使うに足るデュエリストになれたことをお兄さんに認めてもらうんだ。
それが、僕の目標。
「おう、お前ならできるぜ。なんて言ったってあのカイザーの弟なんだからよ」
「うん。僕は丸藤亮の弟なんだ。だから、いつか、いつの日か…………!」
僕とアニキは二人並んで、いつだってそこにある星々を見上げ続けた。今はまだはるか遠い目標に、しかし遠い未来でそこに辿り着けると夢見ながら…………。
GXはキャラの成長を特に描いていると思っているけれど、翔君も紆余曲折あれど最後には立派に成長しましたよね。