その日、私ー水無月愛理はオベリスクブルーの自室で退屈を紛らわす方法がないか模索していた。
窓から外を眺めれば空には白い綿飴のような雲がまばらに散って流れている。
コナミくんがお父さんとアメリカへ旅立ってからはや2日。彼らはアメリカに1週間ほど滞在する予定と聞いているから、少なくとも彼が学園へ帰ってくるのはまだ5日はかかるということになる。
「5日かあ。早く帰ってこないかしら」
大好きな彼がいないからか、なんだか体に張りが入らず、ため息をつくばかりだった。
今日の出だしは悪かった。朝にテレビをつけると毎日行われている占いでは最悪、何をしても上手くいかず、よくない出会いがあるらしい。それを幸運に転じるためのラッキーアイテムは好い人のお気に入りのカードということらしいが、残念ながらタイミング悪くコナミくんがいないため借りることができない。ラッキーアイテムは諦めるしかなかった。
とはいえ、ただのテレビの占い、私もそこまで固執してはいなかった。が、お茶を淹れればこぼしてしまう。部屋のゴミを片づけしようすればタンスに小指をぶつけて身悶えてしまう──などなど、普段テレビの占いを信じてはおらず、お遊びとして見ている私でもそこはかとなく信じてしまいそうになる程度には今日の私は運勢が悪かった。
そのため、今一活動的に何かをするつもりにはなれず、かと言って暇を潰す方法もあまり思い浮かばずにいた。
部屋を見渡し、読みたい小説はないかと書棚を見てみるが、そこにあるのは全て読破済みの本ばかり。料理に精を出すと言っても今日のような日に、ましてや食べさしたい人のいない日に頑張る気力も湧かなかった。
「どうしようかなあ。う〜〜ん、たまには、惰眠を貪るのもいいかも〜〜」
私はベッドに寝転がり、枕に顔を埋めて足をばたつかせた。はしたなく、1人でなければできない仕草だ。だけど、1人である今は自由にすることができた。
寮のラウンジにでもに出れば明日香さんやももえさんがいるかもしれない。学園には三沢くんや十代君たちがデュエルでもしているだろうか。いるかもわからない彼らを探すのもいいだろう。
枕に埋めた顔を思案顔にして考える。
そこに行って無聊を慰めると言うのも一つの手だ。でも、やっぱり気が乗らないのがねえ。
そうしていながら、どれくらいそうしていただろう。軽くまどろみ意識を失っていたのか気がつけば昼前になっていた。たぶん、ベッドで横になっているうちに眠ってしまっていたのだろう。コナミくんがいない今、どこまでも私は堕落することができていた。
そうして堕落に浸ることを自粛すべきという自分がいたが、それ以上に今しか味わえない退廃の時に体を預け楽しみたいという自分が私をベッドから起こさずにいた。
2度目の惰眠。それを続けるべきか否か。心と理性に相談していると、ふと、オシリスレッドにあるコナミくんの部屋の鍵が入ったアクセサリーケースが目に入った。
「鍵……そうだ。今のうちにお掃除しましょう。ええ、それがいいわね」
机の上に置かれたケースにしまわれたコナミくんの部屋の合鍵。それは以前、彼から渡されていたものだ。何故、ということはない。私が時折、あまり片づけをしない彼の部屋を掃除することがあったために自然とそうなったのだ。
私はそうと決めたら堕落と退廃の沼に引き寄せられないうちに行きましょうと昼時ということもありいつものようにお弁当を用意して部屋を出るのだった。
※
ガコン、ガコン、ペチャ、ペチャとオシリスレッド寮よ屋根に登った万丈目くんが何かを打ち付けたり真っ白のペンキのようなものを塗りつけたりしている。
そんな彼の制服は黒く染めた制服からこれまた真っ白に染め上げた制服になっていた。
「万丈目くん、またなにかに影響されたのかしら」
私が手製のお弁当を片手にオシリスレッドに着いたとき、すでに彼はその様なおかしな行動をしており、私を目を丸くしていた。影響されやすい彼が可笑しな行動をするのはこれが初めてではないため不思議なことと感じはしないが、今回のは一際目立つ行動であった。
「よう愛理! 今日はどうしたんだ。コナミならいないぜ」
「あっ十代くん。今日はコナミくんがいないうちに彼の部屋の掃除でもって思ってね。あとこれお弁当、つい癖で作っちゃったやつ、よかったら食べて」
私がレッド寮の屋根で作業をしている万丈目くんを見ていると部屋から出てきた十代くんが私に気づいて近づいてきた。わたしはそれに軽快に答えて彼に間違えて作ってしまったお弁当を渡した。
中身は自信作、ということはないが、及第点は全然与えていい出来栄えだ。きっとおいしく食べてくれるだろう。
「おっ! サンキュー愛理。コナミはいねえけど、食っていいのか?」
「うん、癖でコナミくんにって作っちゃったやつだから捨てるのも勿体無いからね」
「んじゃ遠慮なくもらうな。いやー愛理の弁当は美味いから嬉しいぜ!」
「ありがとう十代くん。食べてくれるならこっちも助かるわ」
私は十代くんに渡したサンドイッチが入ったお弁当を見て次いで様子のおかしい万丈目くんを見た。
「万丈目くん、あなたもよかったらどう?」
「おう万丈目! 愛理から弁当貰ったぞー! 食べようぜ!!」
私たちは彼の方を見て声を上げる。屋根上で白く塗る作業をしていた万丈目くんは危なげなく振り返りながらこちらを見て得意げな笑みを浮かべた。
「十代、見てわからないか、俺は今忙しいのだ! 貴様の飯に付き合ってなどいられん!」
「珍しいね。万丈目くんがお弁当を断るなんて」
「なんか変なもんでも食ったんじゃねえかなあ。最近可笑しいんだあいつ。まあ万丈目が可笑しいのは珍しいことじゃないけどな」
いつもなら私がお弁当を作ってきた場合、十代くんやコナミくんに皮肉を言いながらもまず間違いなく食べにくるのに。
というか十代くん、地味に酷いことを言っているような。私も否定はしないけど……。
「それじゃ、私はコナミくんの部屋に行くわね。お弁当、食べ終わったら置いといてね」
「おう、また後でな!」
コナミくんの部屋へと入り嘆息する。わかってはいたが、やはり散らかっていた。大掃除、とまでいかないが、来てよかったと感じるぐらいには掃除した方がいいだろう。
そうしてまず何をすべきかと考え、床に乱雑に置かれたデュエルモンスターズについて書かれた雑誌を手に取る。掃除をするにしても床に物が置かれた状態というのはよくない。とりあえずは床の掃除からだ。
そうして手に取った雑誌をパラパラと捲り、中身を軽く見てみる。少しだけどんな内容が書かれているのか気になったから。そこにはエド・フェニックスにカイザー、丸藤亮が敗北したことが書かれていた。
2人のデュエルが行われたのは少し前、雑誌は最近出た物のはずだが、何度もページを捲ったのだろう、ページがヘタってくたびれていた。
「エド・フェニックスかあ。世の中にはすごい子もいるのねえ、亮さんが負けるんだから」
コナミくんや十代くんも10代半ばでありながら相当な腕を持っている。しかし、この雑誌に描かれているエドはその2人よりさらに下だ。で、ありながらすでにプロとして活躍し、亮さんさえ退けた。
ちょっと信じられないくらいの才能だ。上には上があるとはこういうことを言うのだろう。
私では逆立ちしても勝てないと思える亮さん相手に私より年下の子が勝利する。才能とは残酷なものだ。生まれ持った才能、それが私にももう少しあれば世界の危機とやらにももっと…………。
はあ、ため息をしながらない物ねだりをする自分に軽く気分が落ち込みながら、すぐのその考えを追い払うようにコナミ君の部屋の掃除に集中することにした。
掃除は嫌いではない。汚れている場所や散らばっているモノを整理整頓することで綺麗になっていく光景は達成感を与えてくれるからだ。それが自分や好きな人の部屋なら尚更だ。ちょっとした労力だが、それが辛いということはなかった。
それに、片付けていく中で、彼の部屋を自分好みに色付けしていくようで、一種の快感のようなものも感じていただろう。私が彼の部屋の掃除をしてあげるようになったのはそういう欲を抱えていたからかもしれない。
彼が帰ってきたとき、驚くかもしれない。いつの間にやら部屋がきれいになっているのだから。
そういった思いを感じながらしばらく、コナミ君が雑に置いてある雑貨を纏めたり、床に掃除機をかけたりととして時間を潰していると、不思議と憂鬱だった気持ちが消えていった。
朝の占いによる不運も、どこかへ飛んでいったようだ。掃除をしている間、不幸や不注意による痛みといった不足の事態というものは起こることはなかった。
しかし、この後のことを思えば朝の不幸など、ただの前菜のようなものだったのだろう。もしかしたら、この時コナミくんがこの島から離れていたことさえ、運命だったのかもしれない。
夜深くなり、オシリスレッドからの帰り際の出会いは彼の言う言葉通りならば、運命に導かれた結果……ということらしい。ならば、朝の占いも存外バカにはできないものだと全てが終わった後に思うのだった──。
※
その男の人とは森の中で出会った。日が暮れて闇夜が森を暗く染めた道沿いで雲の切れ間から差し込むわずかな月明かりが彼を照らしていた。
「こんばんは水無月愛理さん。あなたを探していました。覚えていらっしゃるか、会うのは2度目ですね」
銀色が混じった青い長髪を垂らし白いコートを着たその青年は不思議なことを言った。私と会うのは2度目であると。
私は首を傾げて警戒まじりにその人を見ていた。私にはその人と出会った憶えはなく、こんな夜も更けた時間に年頃の女性にまるで待ち伏せしていたみたいに森の中で出会ったのだ。警戒して当然の反応だった。
「あの、どなたか知りませんけれど、どうして私の名前を知っているんですか? 初めてだと思うんですけれど」
私はさも警戒していますと言うようにその青年に問いた。実際警戒はしているのだが、すぐさま後ろへと振り向いて逃げると言うのも悪い。彼は私に用があって話しかけてきた。なら、距離があるうちは話くらいは聞いてあげてもいいだろう。
それに人違い、ということもないだろう。私の名前を知って話しかけてきた以上、私目当てで帰り道に待ち伏せていたに違いない。うん、待ち伏せている時点で不審者に違いないわね。
やっぱりここは逃げるべきかしら…………?
「そう警戒しなくても大丈夫ですよ。私は
「占いの館……斎王……あの時の占い師さん!?」
優しげな声で自己紹介する青年──斎王さんに私は驚きを露わにした。
3年前、中学生のときの修学旅行で皆んなと占ってもらったのを覚えている。そうだ、あの時はフードで顔を隠していたから見えなかったが、名前は憶えている。斎王さんはあの時の占い師だ。その名前を今言われて思い出した。でも……。
「あの、どうしてこの島に斎王さんはいるんですか? それに私を探していたって?」
「私がこの島にいるのはエド・フェニックスのマネージャーもしているからです。そして、あなたを探していたのは未来のために、あなたとデュエルするために…ですよ」
「私と……デュエル?」
この時、嘘偽りなく、私は断るつもりだった。確かに斎王さんのことを思い出しはしたが、人として信用していると言った関係ではなかったし、デュエルすると言ってもこんな人気のない夜更けにする必要も感じなかったからだ。
私はその正体を知ってもなお、警戒を解かずにいた。そして断りの言葉を告げようとしたその時、斎王さんが言った内容が私の拒否の意思を止めた。
「水無月さん、いえ水霊使いエリア。あなたにデュエルを申し込みに来たのです。未来のために」
「なっ!? どうしてそれを!」
「私は占い師。あなたの正体は3年前占った時点でわかっていました。あなたの中にある魂が精霊エリアであることも、世界を救うためにあのコナミという少年に近づき、この世界に人として転生しに来たことも」
私は静かに語る斎王さんに今度は驚愕した。私の正体を知っていたこと以上に、それを見通した占いの力に驚愕した。
人でありながらそこまで見抜く力を持っているなんて、彼の占いの力は本物だと言うことだろう。
「水無月さん、あなたが使命を帯びてこの世界にやってきたことを私は知っています。そして、この世界に危機が訪れようとしていることも。あなたとあの時出会えたのはきっと運命が導いたのだと感じたのです。そして、より深く未来を知るために、私とデュエルしていただきたいのです」
私は斎王さんが言い終わる前に手に持っていた空のお弁当箱を落としてデュエルディスクを構えていた。
何故だか、彼と話していると、私自身デュエルすべきという思いが湧いてきていた。それは彼の言う通り、運命がもたらした出会いだったからなのかもしれない。
「あなたとデュエルすることで、世界の危機について知ることができる。そういうことなんですね」
「はい。とはいえ、私はデュエルディスクを扱ったことはありません。なので、私なりのやり方でさせてもらいます」
斎王さんの前に突然机が現れた。その机からは何か奇妙な力を発しているようで、それがデュエルディスクの代わりであることはすぐにわかった。
(何もない空間から机が現れた。斎王さんの力? 私の正体を見破る程の占い師としての力。占いのほかにも超能力のようなものでも持っているのかしら?)
精霊の力ではない。純粋な人間であると感じる斎王さんの力に目を細めるが、デュエルそのものには影響はしないだろうと見積もってそういうものとして受け入れた。
「では始めましょう。あなたの運命の始まりを告げるこのデュエルを………!」
「大賢者様が予言した世界の危機。それが知れるなら、このデュエルには価値がある! あなたとの出会いが運命なら、それに従うわ!」
微笑みを浮かべる斎王さんに私もディスクを展開して答えた。そして、不思議と頭によぎったラッキーアイテムであるコナミくんのお気に入りのカードのことが浮かんだが、すぐに意識を切り替えて目の前のデュエルに集中した。
「「デュエル!!」」
私の、引いては世界の危機にも関わることになる運命のデュエルが雲に覆われた月夜の下で行われるのだった。
斎王と万丈目とのデュエルって斎王デュエルディスクなしでどうやって立体映像を出してたんだろうか。