日が昇り外では会社や学校へ歩いている人たちが多い時間帯、ヨハンくんが帰り今後の予定は観光に費やそうという予定を聞いていた僕は藤次郎さんにある相談をするためにホテルのベットに腰かけていた。
先日にある会場で観戦することのできた丸藤さんのデュエルを思い起こす。一言で表すならば酷いデュエル。その言葉に尽きるだろう。
観覧席の観客席はがらがら。僅かにいる観客も対戦している丸藤さんや対戦相手にまるで期待を寄せていない。むしろ真逆のバカにするような態度で見ている人ばかりだった。
そんなアウェーな中に戦うのは相当精神にきついであろうなと感じながら、それと同時にプロになれても結果を残せないとこんな環境でデュエルしないといけないのかと無情さを感じていた。
そして観戦した丸藤さんのデュエル。そこにはかつての、リスペクトデュエルを信条にパーフェクトを体現した丸藤さんの姿は見る影もなかった。あれではまるで──。
「その丸藤亮くんだけどね。とうとう、スポンサー契約を打ち切られたようだ」
その光景を思い描いていた僕の意識が藤次郎さんの声で現実に戻る。ホテルの椅子に座り、パソコンで何事かを打っていた彼の視線はこちらを見ることなくパソコンの画面に向かっていた。
「そう、ですか」
僅かに顔を上げてする気のない返事、そう返すのがやっとだった。そんな僕に何することもなく、藤次郎さんは言葉を続ける。
「丸藤亮、プロリーグに入って以来連戦連勝。サイバー流の継承者として、目覚ましい活躍を見せ。その才能を疑うものはいない。しかし、エド戦以来、その才能に翳りを見せ始め、今では連戦連敗。チャンプになれると噂されたその輝きもここまでか、と記事には書かれているね」
藤次郎さんはパソコンの画面をスクロールして読み上げていた。それは丸藤さんに関する戦績についてであり、公開されている幼少期からの経歴でもあった。
藤次郎さんはそれを見ながらほうっ、と感心したような声を出して興味深げに見ていた。
「この丸藤くんという青年は随分と真面目な子のようだね。経歴からもそれが伺えるよ」
「はい。文武両道、質実剛健。精神面においても人として、デュエリストとして凡そ欠点と呼べるものを自分は知りません。丸藤先輩ほど完璧という言葉が似合う人はそういないと思います」
「ほう? 随分と持ち上げるね」
「まあ、その、尊敬している先輩ですので……」
僕は照れ臭くて頬をかきながら答えた。尊敬の念を抱いているのは本当だが、いざそれを口に出すのが少しだけ気恥ずかしかった。
それが本人のいないホテルの一室であっても、気恥ずかしさを抜いて褒めることはできなかった。
「ふむ、たしかに丸藤君は将来を期待されたデュエリストのようだが、それで私にどうしてほしいんだね?」
「その、どうして欲しいとかは正直わからなくて、僕自身どうすれば丸藤さんを立ち直らせれるかがわからないので、一つ相談しようと思いまして」
可能ならばスポンサー契約が切られる前に解決するのが望ましかった。が、それはもう後の祭り。既に切られた以上、プロとして活動していくのは難しい。不可能ではないかもしれないけど………。
まあそれはともかく、一後輩として、尊敬する先輩の苦境を何とかしてあげたいのだ。
「私より適任者がいるだろう。鮫島校長という適任者が」
「連絡したんですけど、どうにも繋がらなくて。僕としても、師範代であるあの人が一番丸藤さんの力になれると思うんですけど」
「まあ、校長もお忙しい方なのだろう。丸藤君の現状を知らないと言うこともあるまいし、余程手の外せない状況なのかもしれないね」
僕は大きくため息をついて項垂れた。鮫島校長、サイバー流師範代であり、丸藤さんにデュエルを教えたあの人なら、きっと力になれただろうに。
いまどこで何をしているのやら、出張かなにかで学園から離れているとだけは聞いているが、教え子の苦境に対して何もできない程に大変なことをしているのだろうか。
それとも、すでに手を打ったうえで、丸藤さんを変えることはできなかったとか?
わからないし、連絡も取れないと言うのは厄介なことだとため息をついて嘆くことしかできないと言うのは辛いものだ。
どうにか連絡だけでも取れればなあ…………。
「先に言っておくが、私に新たなスポンサーになってくれというのは無理だぞ」
「………やっぱり無理ですかね」
「ああ、無理だ。君ならともかく、縁のない丸藤くんに、ましてや落ち目である彼に資金援助や試合の手配などをするのは不可能だ。これは個人の感情ではなく会社の判断としてだよ」
「まあ、そうですよね」
わかってはいたことだが、やはり藤次郎さんにスポンサーを引き継いでもらうのは絶望的だ。丸藤さんが立ち直り、目覚ましい活躍を見せていたなら相談の余地はあったが、現状だと取り付く島さえない。
というか立ち直れていたら、スポンサーは藤次郎さんが話を持って行かなくてもほかにいくらでも見つかるだろう。
今後、丸藤さんはスポンサーという後ろ盾のない状態で活動を余儀なくされるわけだけど、スポンサーなしでプロとして活動するには高い資金力がないとできない。
試合相手を探すことさえ難しい。正直プロとしての道を諦めて引退、他の道を探すしかないと思う。
僕は「うーん」と腕を組んで唸った。
「そもそもの前提としての話をしようか。君は彼がなぜ弱くなったと考えている?」
藤次郎さんはパソコンを閉ざし、コーヒーを片手に聞いてきた。その様子はまるで教師が生徒へと問題を出題した時のようであった。
「なぜ、ですか。まあ原因はエド・フェニックス戦ですよね。あの一戦までは順調だったんですから」
「そうだね。それは誰が見ても明白だろう。記事でもそのように書かれている。丸藤君はエド・フェニックスと戦い何かを得た。それが彼に敗北への道を走らせている。問題はそれがなんなのか、であり、そしてそれを解決するにはどうすればいいかということだ」
僕は再び唸りながら考えてみた。エド・フェニックスに敗けたこと、それがきっかけなのは間違いがない。なら試合内容に問題があったか………。
いや、たしかに最後は先輩がエド・フェニックスの煽りに乗ってしまった結果敗北してしまったが、それだけでそこまで落ち込むだろうか。
いや落ち込むことはおかしくないし、あんな負けかたしたら僕だって落ち込むけど、それがスランプにまで陥ると言うのは理解できない。
あの人なら、今回の敗北を反省し、より高みへと行くはずだ。あの人なら…………。
「う~~~ん、わっかんないなあ!! ちょっと敗けたぐらいでスランプになるわけないしなあ!!」
わからな過ぎて頭を抱えた。さりげなく僕の前に置かれたコーヒーを一気に飲んで考えてみるが、やはりわからない。苦味で舌がイガイガするがそんなことも気にならないくらいわからなかった。
たった一回の敗北、それが煽られて冷静さを見失ったゆえの敗北というのは確かにちょっとばかし落ち込むことではあるだろうけど、長いデュエリスト人生。
まあ、そんなこともあるだろうと、反省して次に活かせばいいと考えればいいはずだ。
あの試合に一生を左右するようなナニカが賭けられていたわけでもないのだから…………。
僕はしばらくそうして考え込んでいたが、煮詰まっている僕を見かねたのか、時計の針が思ったより進んでいたからか藤次郎さんは僕が結論を出す前に「私が思うに」と言って話し始めた。
「スランプの原因、それは彼が敗けたこと、それそのものが答えだよ」
「はあ、敗けたことですか? それはないでしょう藤次郎さん」
「何故だい。記事を信じるなら彼はエド戦まで生涯で敗北したことがないそうじゃないか」
「正確には違います。アカデミアの卒業タッグデュエルで僕と十代くんに負けています。なので初めてというわけではないです」
僕はその時のことを思い出しながら答えた。あのデュエルは鮮烈なまでに記憶に刻まれている。勝利のその瞬間のことも克明に。
「だが、それはあくまでタッグデュエルの話だろう。シングル戦じゃない。ましてや彼はあの一戦でこれまで味わったことのないであろう屈辱的な敗北を得ている。それは、彼の矜持をいたく傷つけたはずだ。
その結果、彼は自らのデュエル、あーリスペクトデュエルだったか。それに固執し、自分を見失った。私が思うにそんなところのはずだ。どう思うコナミ君は」
僕はすぐには返事ができなかった。藤次郎さんの分析はそれがあっているかどうかはともかく、否が見出せないくらいくらいにはそうかもと思わせるものがあったからだ。
「一理あると思います。でも、やっぱりそれは間違ってますよ。だって一度負けたぐらいでそんな思い詰めるほどになるなんて、悔しい気持ちはわかりますけど」
「コナミ君、彼は負けたことがない。それを加味して考えるべきだ。誰もが一度は味わう初めての敗北、煽られて、馬鹿にされて、誘いに乗った結果の敗北。おそらくそのどれもが彼にとって初めての経験だろう。
私は記事や君の話からしか彼の性格を把握できないが、彼はとても真面目な子だ。そして潔癖でもあるね。真面目で才能豊かな子、まだ汚れを知らない大人になりきれない年頃でもある。
そういう子は得てして一度の失敗を深く捉えすぎる。そしてドツボにハマる。自分では抜け出せないんだ。
なぜなら何が間違っているのか自分でわからない上に真実と向き合おうとさえしないからだ。これまでのあり方を変えれない、疑うことすらできない。愚直にこれまでと同じであればいいと考える」
そこまで言って藤次郎さんは一度口を閉ざした。この先の僕の問いを待っている風であった。
「それなら、そうだとしたらどうしたらいいんですか?」
「言葉で伝えることに意味はない。聞く耳を持たないだろう。幼少より教え込まれたであろうリスペクトという彼の中に根付いた強固な教え、長年築き、守ってきた信念と意思。それを打ち砕かないことには先には進めないだろうね」
打ち砕いたその先に、果たしてどうなるかはわからない。糧とするか、挫折するか。言外にそう言っているのが聞こえた。
「──つまるところ、まともな方法では解決しないと言うことですね」
「さてね、もしくは時間が解決してくれるかもしれない。コナミ君、君はどうしたいんだい?」
「僕は──」
僕は藤次郎さんに答える前に意気をつけるためにテーブルに置かれているカップに藤次郎さんが飲んでいるのと同じ苦味深きコーヒーを並々と注いだ。
それを一気に飲み干し、覚悟を決めて僕の脳裏に浮かんだ考えを打ち明けた。きっと、この時の僕の目は据わっていたと思う。
それだけの強い意志と覚悟がなければ言えない内容だったからだ。
彼は僕の突拍子もないその話にさして驚くという反応は示さなかった。
藤次郎さんの聡明な頭脳は僕がそういう相談をしてくると初めから答えを出していたのかもしれない。いや、きっとそうなのだろう。何故なら、ダメ元で僕がその方法を提示した時、すでに事態は動いていたのだから──。
*
分厚い雲が空全体を覆い、月明かりを通さない。そんな闇深き日であっても、人の作り出した叡智は街を煌びやかに彩っていた。
その中心地から離れた郊外の一棟の建築物。その長方形の四角い建物の中に俺ー丸藤亮はいた。
室内は広いが俺の立っている部屋の中央、天井から極端なほどに照らしてくるライトを除けば、周囲は数ある丸机に置かれた蝋燭のみだったため薄暗かった。
丸机には身元を隠すために目元を覆う仮面をつけた男女がそれぞれ座っており、談笑しながら俺を見ている。その様子から今から始まる催しが非合法のそれで、真っ当な世界で行われるモノではないと伝わってきた。
部屋の中央に佇む俺の対面には対戦相手だろう。これまた仮面をつけた男が立っていた。観戦している彼らとの違いは、彼は目元だけではなく顔全体を覆う仮面をつけており、手足には刺々しい鎖をつけていることか。その姿はさながら、囚人のようでさえある。
俺は一度、こんなところでデュエルしなければならないのかと息を吐きながら周囲を見渡した。
「ここで俺は、デュエルをするのか」
「ええ。スポンサー契約を打ち切られ、まだデュエルの世界にしがみつきたいなら、こういう場所でしかあなたの居場所はないのですよ」
ふと、漏れ出た言葉に背後から返す男がいた。その男は俺を今日、この場所へと連れてきた男だった。
名をモンキー猿山と明らかに偽名とわかる名で名乗り、もはやプロとして活動ができなくなった俺に誘いをかけてきた男だった。
「周囲の柵はなんだ」
「逃がさないためですよ。この過酷な戦場からね」
クックックと含み笑いをする猿山に俺は眉間に皺を寄せてもう一度周囲を見た。部屋の中心に置かれたリングの周囲にはこれ見よがしに格子状の檻が形成されていた。
それは演出と呼ぶには些か物々しく、危険な香りを匂わせていた。
すると、脇からリング内へと入ってきたスーツ姿の男たちが、俺の手足に対戦相手と同じ刺々しい鎖をつけてきた。
「これは……なんだ!?」
「それは衝撃増幅装置。この地下で行われる非合法なデュエルの醍醐味とも言えるモノです。それはあなたが受けたライフダメージをそのままあなた自身の肉体にも与える。ライフが0になると、ふふ、その時のお楽しみというわけです」
「なんだと、バカな!? 俺はそんなデュエルは聞いていないぞ! ここから出せ!!」
衝撃増幅装置、そのようなものをつけてデュエルするなど馬鹿げている。俺を声を荒げて猿山を見た。しかし奴は笑うばかりで何をすることもなかった。
「これは命をかけたデス・デュエル。あなたのような雑魚が、それでもデュエルの世界にいたいのなら命くらいかけないと。それに死にたくないなら勝てばいいんですよ。勝てばね」
「くっ、ふざけるな。俺はそんなデュエル──」
「おい、おしゃべりはもう十分だろう! カイザー……最下位ザーだったか? さっさと始めようぜ。俺がお前に引導を渡してやるよ!」
俺の言葉を遮るように、変声された野太い男の声が響き渡った。俺その声に振り向き、檻に鍵がかけられているのを目視して逃げ場がないことを悟った。
「お前はここに来た。自分で選んでここに来たんだ。覚悟を決めろよ。カイザーなんだろう?」
「お前はッ!」
その先に何を言おうとしたのか、自分でもわからなかった。ただ、うまくいかない現実と、安易に差し伸べられた手に乗ってしまった自分の過ちに後悔だけが積もっていた。
そうこうしているうちに司会の役を負っている首元に赤いリボンをつけたスーツ姿の男が俺ともう片方の相手の紹介をしていた。
俺も、その対戦相手の男の名前も共に偽名だった。とは言っても素顔を晒している俺の方は偽名も何もなかったが。
ともかく、逃げ場のない俺はデュエルを受けるしかなかった。やがて、紹介も終わり、デュエルの始まりを鳴らす甲高い音が鳴り、それが合図となった。
「さあ、始めようか、死のデュエルをッ!」
「ぐっ」
「「デュエル!!」」
助けのない薄暗い地下の中で、俺の生涯最後になるかもしれないデュエルが始まるのだった──。
過程が強引かな?
まあええやろ別にって感じで書きました。