僕はもう直ぐ、アカデミアという母校に到着する。1週間という長いようで短い海外旅行は僕に新しい友人と壁を越えた尊敬すべき先輩でありライバルでもある人の誕生を与えてくれた。
船はもう直到着する。船内には僕以外には船を動かしてくれる船長さんと乗組員のみで、他のお客さんはいなかった。
というのも、この船はちょっとした漁船のような船であり、僕のように個人的な理由から島を出たり、入島する場合に使用される物らしいからだ。
僕は今か今かとウズウズしながら島への到着を待っていた。
島へと着いたらとりあえず愛理ちゃんに会いに行こう。彼女に会えなくて正直寂しかった。
思い返せば、彼女と1週間も会えなかったというのはもう何年もなかったことだ。アカデミアにいる間は当然ほぼ毎日のように行動を共にしていたし、中学の頃も夏休みなどの長期休暇期間も1日2日会えない時はあっても1週間ということはなかった。
それを思えば、随分と長い間会わなかったものだとしみじみとしてしまう。果たしてこの調子で大人になったらどうなるかと少しだけ心配だ。
さながらウサギのように寂しさで死んでしまうかもしれない。あーいや、あれは迷信なんだっけ?
「おう坊主、島が見えてきたぞ!」
すると、船を操縦していた船長さんから島が見えてきたと声がかかった。それに釣られて船の先を見る。
そこにはアカデミア名物の一つ、隆起している火山の煙が青空へと立ち昇ってる光景が見えてきていた。
「はあっ!! 帰ってきたんだ! 船長さん、全速力でお願いします!!」
「あいよ、落っこちるなよ!!」
帰島中、暇な間に船の操縦方法や漁船特有の経験について聞いたことで仲良くなった船長さんの力強い言葉が返ってきた。それと共に、勢いを増した。
僕は速度ともに激しくなる船の揺れから振り落とされないように船頭で手すりに捕まりながらその到着を心待ちにした。
*
そこに船が到着した時、船着き場には愛理ちゃんと三沢君の2人がいた。愛理ちゃんは大きく手を振って、僕と同じで寂しいと感じていたのか向日葵のような陽気さを感じさせる満面の笑みでいつもならここまでではないぐらいに喜びを全身で表現していた。
三沢君は対照的に落ち着いた様子で口元に少しだけ笑みを浮かべ、船の到来を腕を組んで待っていた。
「愛理ちゃん!!」
「コナミくん、会いたかったわ!!」
「うぇええ!!?」
僕は船長さんの止める声も無視して感情が赴くままに船から飛び降りて愛理ちゃんに駆け寄った。彼女もそれを待っていたみたいに、僕に駆け寄り、まるで何年も会えなかったかのようなオーバーさで彼女に勢いよく抱きしめられた。
僕は流石に1週間会えなかっただけにしては反応がオーバー過ぎないかと驚いたが、彼女の本当に嬉しそうな様子からまあいっかと彼女に応えるように背中に両手を当てて抱きしめた。
いやあ、まさかここまで恋寂しく思ってくれてたとは驚きだ。後ろから突き刺さる船長さんや三沢君たちからの視線には恥ずかしさも覚えるんだけど、貞淑である愛理ちゃんがここまで積極的になってくれる機会なんて滅多にない。
僕はこの機会を逃さないよう強めに抱きしめた。
抱きしめていると彼女の涼やかな女の子のにおいが鼻腔をくすぐる。胸に当たる彼女の双丘が、体全体に感じる女の子の柔らかさに煩悩が刺激されてどうにかなってしまいそうだった。
が、こんな往来でどうにかなるわけにはいかない。僕は離れ難い気持ちをグググっと理性で押さえつけて彼女から離れた。
その瞬間に垣間見えた愛理ちゃんの物足りないと言いたそうな顔にまたグッときたが、ここは往来で僕に見られて喜ぶ趣味はないと言い聞かせて離れることに成功した。
「船長さん、今日はありがとうございました!」
「おう、熱烈な迎えをしてくれた彼女とよろしくな、離すんじゃねえぞ坊主!!」
「はは……」
手を振る船員や船長さんたちに僕も手を振って別れた。そして、抱き合うことはやめたが、触れ合うことはやめたくないというようにこれまた珍しく僕の腕に密着する形で愛理ちゃんが僕の左腕を抱きしめた。
反対側、右腕側には三沢くん肩をすくめて歩いている。
「コナミ、愛理くんの反応に遅れたが、お帰り。試験はどうだった?」
「ただいま三沢くん。試験はもちろん合格。アメリカもすごかったよ。初の海外旅行ってのもあって驚かされることばかりだったよ。そっちも……僕がいない間に何かあったようだね」
僕は視線を三沢くんの制服へと向けた。その制服はどういうわけかラーイエローの象徴である黄色からどこの寮でもない白へと変貌していた。
そしてチラリと愛理ちゃんを見る。
彼女は着ている服は何故かミルク色のワンピースを着ていた。授業中でもないから絶対に制服を着ないとダメというわけではないが、このアカデミアで彼女が私服を着ているのは珍しいことだった。
「白いのが流行ってるの?」
僕は浮かんだ言葉をそのままに出した。
「ああ。純白の白! 何色にも染められない美しい白!! どうだ、素晴らしいと思わないか?」
「まあ、そうだね。うん、いいんじゃないかな。愛理ちゃんも似合ってるよそのワンピース」
「うん、ありがと♪」
思っている以上に白にのめり込んでいる様子の三沢くんに面食らいながら僕は愛理ちゃんへと視線を変えた。
愛理ちゃんは僕の顔を少しだけ見て答えた。彼女は再びうっとりと気持ちよさそうに僕の肩に顔を預けて目を瞑っていた。
(うーん、2人とも今日はどうしたんだろうか。いつにも増して様子が、テンションが高いのかな?)
僕が帰ってきたから。それだけではなさそうな2人の様子に疑問を感じながらも深く考えることはなく学園へと歩いた。時にはそういうこともあるだろうと結論づけて。
しかし、僕はもう少し踏み込むべきだったのかもしれない。そうすれば、未来に起こる事件も早期に解決できただろうから。
言い訳させてくれるなら、チラホラと学園への向かう道すがらに三沢くんと同じ白い制服を着た人がいた。学生が何かの拍子に流行りに乗るなんて珍しいことではない。
そして、あの三沢くんが流行りにのると言うのは違和感があったが、だからといって絶対にないとも言えない塩梅の行動のためだったと言わせてほしい。
ともかく、僕は違和感を感じはしてもそれを追求することはなかった。ただこの時は学園に戻ってきたことと、珍しく積極的な愛理ちゃんに喜びを噛み締めることに集中していたのだ。
だから、僕が気づかなかったのは仕方ないことなのだ──。
*
オシリスレッド寮、よく言えばなかなかに年季の入った、悪く言えばボロいその寮は住めば都というか、存外過ごすには悪くない寮だ。
なにがいいって色々と緩いのだ。寮長からして猫という規格外の人選…人選?
まあともかく、寮だからと言って寮特有の厳しさや多少やんちゃした結果、監督する人間から変に見咎められるということはないということなのだ。
なぜ僕が今こんなことを論じているかだけど1週間ぶりに帰ってきたオンボロ寮が懐かしくて、というわけでは勿論ない。かといって寮長である丸く太っているのが特徴の猫ーファラオを見たからでもない。
では何故なのかというと、今僕が直面している状況から必死に目を逸らすためであった。
「…ん……コナミくん、好き〜」
「う゛ッッッ!!」
僕の胸元からラブコールが聞こえてくる。レッド寮の自室で胡座を描いて座る僕の心臓の音を聞くようにピタリと耳を僕の胸にくっつけて愛理ちゃんが僕を抱きしめていた。
理性がガリガリと削れていく音がする。ここは天国であり地獄だった。叶うなら僕に珍しく、そう極めて珍しく積極的に甘えてくる愛理ちゃんを抱きしめ返したい。なんならキスもしたいしその先も……。
あーでも惜しむべきかな。今僕がいるのはレッド寮なのだ。ある程度の防音性が約束されているラーイエローやオベリスクブルーではない。プライベートなとあってないようなモノのレッド寮なのだ!!!
今この場で罷り間違って盛り上がり愛理ちゃんのあられも無い嬌声などあげてみろ、防音などあってないような壁を突き抜けて男子たちは大喜びだ。
そんなの許せない。愛理ちゃんのそんな姿も声も知っていいのは僕だけだ。僕も聞いたことなんかないのにそれを他の奴に共有させるなんてできるか!
だが、この状況はいかんともしがたい。
三沢くん、君は何故さっさと帰ってしまったんだ。あとは2人でごゆるりとじゃないだろう。君こそこんな時にいるべき優等生じゃないのか!!
僕の理性はガラス製なんだぞ。何かあったらどうするんだ!!
「え、愛理ちゃん。そろそろ離れてもいいんじゃないかなあ?」
「えー、コナミ君は嫌なの? 私とこうしているのは…………」
「最高です!」
「ならいいじゃない。きょうはずっとこうしていましょ?」
「~~~ッッッ!!」
つ、辛い。抱きしめたい。でも、そうするにはいかないと言うのが辛い。どうしたんだ愛理ちゃん。どうしてしまったんだ愛理ちゃん!!
いつもの君の貞淑さ、身持ちの固さはどこへ行ってしまったんだ!!
あれか、押してダメなら引いてみろとかいう恋愛手段のあれか!?
図らずもそれと同じようなことになってしまっているのか!?
1週間会わないだけで!?
そんなことある???
ここまで愛理ちゃんが積極的ならたぶん恋のBどころかCまで行ける気がする。でも最初がレッド寮で昼間からというのは嫌だ!
僕はこう見えてロマンチストなんだ。初めては夜深く、誰もが寝静まう時間帯で、二人っきり誰の邪魔もされない場所で、素敵なホテルや旅館で美味しいご飯を食べて美しい夜景を見てグッドな雰囲気になって2人の初めてを迎えたい。
こんな場所で流れでなんて嫌だッッッ!!!
「おーいコナミ! 帰ってきたんだってな!! デェエルしようぜ!!!」
僕が内に秘めた野生と必死に葛藤を繰り返し続けているとき、勢いよくドアが開いた。急いでそちらを見ると聞きなれた友人である十代君がこの部屋に充満していた桃色の甘い空気を吹き飛ばす熱い風を吹き入れてくれていた。
いつもと変わらず元気に僕を見る彼の後ろにはラーイエローへと昇格した翔君が口をあんぐりと上げて僕と、僕に抱き着いている愛理ちゃんを見ている。
十代君は抱き着いて甘えている愛理ちゃんを見ても何も感じないのか普段通りデッキを片手に室内へと入ってこようとしてくる。普段ならその図々しさというか純粋さに時と場合を考えてくれと言いたいところだが、今日この時は神や仏に感謝したいくらい有難かった。
──が、流石に翔くんは十代くんとは違い男女間の機微というものを理解しているため、顔をゆでダコのように赤らめながら十代くんを外に引っ張り出そうとしている。
「ア、アニキ! 今はダメっす!! 2人の邪魔をしちゃいけないっす!!」
「あ? なんでだよ翔。ん? 愛理、お前なんでコナミに抱きついてんだ?」
わちゃわちゃしている2人のお陰で空気が完全に変わっていた。愛理ちゃんも流石にこの状況で継続してイチャつこうとは思わないのか、むくれながら僕から離れてくれた。
「あ、ああ十代くん、翔くん。久しぶりっというのは違うかな。うん、まあいいや。デュエルだね。いいねやろう。僕もちょうど君としたかったんだ!」
「お、おう。よし、じゃあ外でやろうぜ!!」
早口で捲し立てて十代くんの背を押す僕に戸惑った声を出して、彼と僕たちは寮の前へ出た。
「へへ、お前がいない間にエドとデュエルしたり色々あってよ。俺のデッキ超強くなったんだぜ。お前にも見せてやりたくてよ」
「エドってエド・フェニックスのことかい?」
「知ってんのか?」
「そりゃプロを目指してるから知らないわけないよ。そうか、いいなあ。彼とデュエルしたのか十代くんは」
僕はビデオでしか見たことのないエド・フェニックスと十代君のデュエルを想像してどちらが勝ったんだろうかと夢想した。
そして、デュエル前のデッキシャッフルをするために十代くんからデッキを受け取った時、それは起こった。
「──ッ!?」
彼のデッキに触れたとき、ピリッと静電気にでも当てられたような痛みのような刺激が指先に伝わった。
それに驚き、僕はシャッフルすることも忘れて彼のデッキをまじまじと見つめた。
(なんだこれ。僕の目がおかしい。デッキが輝いて見える。それに不思議だ。眩い闇が彼のデッキから感じる。とても優しい深い闇。これはいったい──)
「おいどうしたコナミ。早くシャッフルしてくれよ」
「え、あーごめんごめん。うん、シャッフルだね。……はい、返すねデッキ」
「おう、じゃあ始めようぜ!!」
一瞬、彼のデッキから感じたあの闇はなんだったのだろうか。それに僕の目もおかしくなったような。その疑問に答えるものはなく、遠くから見守る二人を置いて僕たちのデュエルは始まった。
「「デュエル!!」」
男女のイチャつきの描写は難しいね!