初心者粉眠くんのデュエル日誌   作:XX

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太枝切狭すごい。すごいサクサク切れる!


変貌と敬意

『強いッ! まさに圧倒的ッ! その強さに会場も湧き上がっております! 地獄の帝王の名に恥じない強さ、ヘルカイザー亮!』

 

 暗いテレビの中で見間違えることなき容姿の男が、凄惨な笑みを浮かべながら倒れ伏す対戦相手を見下ろしている。

 

『エド・フェニックス戦以来落ちていた頃とは比べものになりません! その風貌、デュエルスタイル、共に大きな変貌を遂げていますが、丸藤亮その人物に変わりはありません。彼に何があったのか。興味のつきないところです!』

 

 ビデオを止める。リモコンを操作して巻き戻す。ビデオをまた再生させる。

 

『──サイバー・エンド・ドラゴンを破壊し、お前に攻撃力分のダメージを与える!』

 

 そこに映るデュエルに偽りはない。何度も何度も見直しても、そこに映る映像は変わらない。

 憧れ続け、追いかけ続けた人の姿は僕が知る姿とは変わり果てていた。

 

「お兄さん……どうして…………」

 

 零れ出た言葉に重みはない。テレビの向こう側にいる人には決して届かない。問いは虚しく虚空へと消えていった。

 

「何があったんすか………お兄さん」

 

 尊敬する兄。幼いころから見上げ続けてきた兄。リスペクトデュエルを教えてくれた兄。そのどれもが、テレビの向こうにはいなかった。

 そこに写るものはリスペクトのリの字も見当たらない。勝利を求め、愉悦を感じ、相手を平伏せさせる。そんな攻撃的な映像。

 

 それに熱狂する観客たち。わからないとは言わないっす。強い人に憧れる気持ち、たとえそのデュエルが暴力的で、破壊的なものであっても、だからこそ鮮烈に写り力そのものに憧れ魅入る。

 その気持ちはわからないでもないっす。僕は弱いから…………でも…………。

 

「ここに写っているのはお兄さんなんっす。お兄さんはこのデュエルをする人じゃなかったっす。僕が憧れたお兄さんは…………」

 

 翔にとって兄という存在は敬意や憧れ、ともすれば崇拝に近い感情すら抱いていたのかもしれない。

 物心着く頃から背筋を伸ばした兄を見上げ続けてきた。いつだって完璧で、聡明でなにより強かった。

 兄に並ぶものはなく、どんな時でも自らの信念であるリスペクトデュエルを貫く。その姿に誰もが畏敬の念を感じていた。

 

 そんなすごい、素晴らしい人が変わり果てた姿を見せている。

 叶うなら、今すぐアメリカに、兄の元へと行って問いただしたい。何があったのか。どうしてリスペクトデュエルをやめたのか。

 もしかしたら、辞めざるを得ないどうしようもない理由があるのかもしれない。例えば、スポンサーの意向とか、脅されているとか。

 そんな理由でもなければお兄さんがリスペクトデュエルを辞めるわけがないんすから。

 

 でも、海を隔てた遠い遠いアメリカは、あまりにも遠すぎる。行きたいと思って行ける距離ではないのだ。

 そして、連絡しようにも、電話は一向に繋がらなかった。

 

『素晴らしいデュエルを見せてくれたヘルカイザー亮。しかし、以前までの高潔さと冷静さを兼ね備えていた姿とは真逆のスタイルになりましたね。スランプを打破した結果──』

 

 翔はテレビを消した。デュエル後の講釈や解説には興味がなかった。部屋で唯一の灯りを発していたテレビを消したことで室内に暗幕の帷が降りた。

 翔は1人、枕に顔を埋めた。

 

 

 

 

 アニキは言った。「カイザーにはカイザーの考えがあるんだろ。俺たちは俺たちにできることを考えていこうぜ」と。

 お兄さんはお兄さん、自分は自分と、そういうこともあると割り切って今の自分を高めていこうと笑顔で言った。

 

 コナミくんは言った。「プロの世界は綺麗事ではやっていけないんだとおもうよ。確かにすごい変化だけど、スランプだったことを考えれば、一つの成長と受け取ることもできるんじゃないかな?」と。

 とても穏やかな、嬉しそうな顔だった。今のお兄さんを喜んでいるようだった。

 

 万丈目くんは言った。「知らん。俺に聞くな」と。憮然とした興味のない顔だった。たぶん、本当に興味ないんだと思う。

 

 明日香さんは言った。「亮はどうしちゃったのかしら。翔くんは、何も聞いてないわよね」と。心配そうに、だけどそのうち以前のリスペクトを思い出し自分を取り戻すだろうと信用もしていた。

 

 愛理さんは「うーん、興味ない!」とにべもなかった。最近の彼女の様子は僕からしても可笑しく感じていたが、僕はそれどころではないので彼女ことはコナミ君が何とかするだろうと関わらなかった。

 

 結論、わからない。みんなに相談してみたけれど、結論は何も変わらない。わからないという結果だけが返ってくる。

 今のお兄さんに対する印象は人それぞれだ。それを成長と受け取る人もいれば、道を踏み外したと嘆く人もいる。

 あるいは興味のないという人も。

 

 僕は心配する人だった。何があったのか、僕に力にになれることはないのかとモヤモヤとする気持ちを抱えて今日という1日を過ごしていた。

 天気は快晴。僕の曇天がかかった心とは正反対の綺麗な青空が広がっていた。

 

 目の前には命の源である大海原が広がっている。反射する陽光の光が白く反射して目に痛かった。

 そこに1人の美丈夫がサーフボードに乗って横切りながら僕を見ていた。

 

「やあ翔くん。どうしたんだい、浮かない顔なんかして。そんな顔をしていたら太陽も陰ってしまうよ!」

「吹雪さん!?」

 

 波に乗る吹雪さんは見事な乗りこなしで僕の近くまでサーフボードを向けて、ウエットスーツ姿で僕の傍まで近づいてきた。

 その顔には憂いなどない。いつものように、女性を虜にする爽やかな笑みを浮かべている。

 

「こんなところで何してるんっすか?」

「はっはー! それは僕のセリフだよ翔くん。君こそこんな島外のはずれで何をしているんだい?」

「僕は……その、少し考え事を……」

「いいねえ。青春に悩みはつきものさ。さてはその悩み、恋の悩みだね! そうだろう?」

「全然違うっす。チクリともカスってないっす」

 

 イヤらしくニヤつきながらこちらを見る吹雪さんに呆れた視線を送りながら辛辣に答えて彼を見る。

 爽やかな笑みがこれほど似合う人はいないであろう整った容姿。男女問わず、というより女性を惹きつける魅力を備えた人、天上院吹雪さん。

 高潔で真面目なお兄さんとは違った意味でカリスマ性を持つアイドルのような先輩だ。

 

「ほう、恋の悩みではないとすると。では一体どういったことでそんなに暗い顔をしているんだい?」

「はあ。吹雪さんも知ってるっすよね。お兄さんのこと」

「ふむ、そのことか…………」

 

 吹雪さんは僕に向けていたにやけ顔をひっこめて真面目な顔に変化しながら納得した。この人も思うところがあるのかもしれない。いや、きっとあるはずっす。

 なにせ吹雪さんとお兄さんは友人で対等のライバルで、同級生だったんすから。これでお兄さんの変化に思うところがないのであれば、僕はきっと薄情だと軽蔑すら抱いていたかもしれないっす。

 

「僕、どうしても今のお兄さんの変化が受け止められなくて、皆にどう思っているのか聞いて回ってるんす。でも、海の向こうにいるお兄さんに対してできることなんてないし、原因もわからない。僕はどうしたらいいんっすかね」

「そういうことか。ボクも試合は見たし、亮の変化には驚かされたものだ。今の亮は僕の知る亮とはかけ離れている。正直、目を疑ったよ」

「そうっすよね」

 

 肩をすくめる吹雪さん。そこにはお兄さんの変化に対する疑問と少しの諦観が混じっているように見えた。

 

「吹雪さんはお兄さんとは連絡は……」

「もちろんこちらから掛けた。が、そげなく振られてね。まともに話せずじまいさ。やれやれ、亮にも困ったものだよ」

 

 やっぱり吹雪さんもお兄さんに連絡を取ろうとはしていたっすね。でも、僕と同じ、変化の原因を知ることはできなかったようだ。

 僕も、そして吹雪さんとも話すつもりがないとなると、もうお手上げだ。

 あと可能性があるとしたらお兄さんのかつての師匠でもある鮫島校長だけなんすけど、今はどこかに行ったようでアカデミアにはいないし、話しようがない。

 

「しかしあの急激な変化……ボクには覚えがあるよ。当たってほしくはない、嫌な予想だけどね」

「それは、どんな予想なんですか? どんなことでもいいっす。思い当たることがあるなら教えて欲しいっす!!」

 

 僕は藁にもすがる思いで吹雪さんに詰め寄った。吹雪さんは驚いたようにのけ反って後ろに一歩下がったが、真剣な眼差しで僕に言った。

 

「亮はもしかしたら闇に囚われてしまったのかもしれない。確証はないけれど、もしかしたら……ね」

「闇にっすか?」

「そう、ボクがダークネスに乗っ取られていた時のことを思い出して欲しい。あの時ボクは人が変わったように他者を傷つけ、痛めつけることに悦んでいただろう。あの時と今の亮はどこか重なるところがある。そうは思わないかい?」

 

 吹雪さんが闇に囚われていた時、彼はダークネスと名乗って僕と隼人君を人質にアニキに命をかけたデュエルを迫った。

 あの時とお兄さんが重なる……そうかもしれない………いや、きっとそうっす!

 

 ダークネスも今の吹雪さんとは似ても似つかないクールな性格だったっす。お兄さんが闇に囚われて変貌したのは全然あり得る話っす!!

 

「吹雪さん! すぐにお兄さんを助けないといけないっす!!」

「まあ待つんだ翔くん。まだそうと決まったわけじゃない。焦ってもいい結果は生まないよ」

「でもっ!」

 

 勢い迫る僕の前に手を出して今にも駆け出しそうになる僕を差し止めた。

 

「翔くん、亮が心配なのはボクも同じだ。可能ならボクとしても今すぐアメリカに行き助けに行きたい。だが、ボクたちには会いに行く方法がない。詳しい居場所もわからない。無策で会いに行くのは無謀だ」

 

 冷静に諭すように吹雪さんは僕に言いながら海の向こう側を見ていた。

 

「それに、亮に会いに行く前にまずボクたちは会わないいけない人物がいる」

「会わないといけない人?」

「そう。亮について知っていて、その変化に大きく関わっているかもしれない人物にね」

「そんな人がこの島にいるんすか!?」

 

 吹雪さんは眉間に皺を寄せ、考え込むような視線を虚空に投げかけながら真剣な顔をしていた。

 

「……コナミくんだよ」

「………えぇっ!?」

 

 僕は大きくのけぞって、その言葉に驚きの声を上げた。

 

 

 

 

「──と、言うわけなんだ。コナミくん、亮について何か知っていることがあれば教えて欲しいんだけど。どうだい?」

 

 僕と吹雪さんは人目のつかない森の中でコナミくんと向き合っていた。人のいない森を選んだのは吹雪さんがそうした方がいいと言ったからだ。

 お兄さんの変化にコナミくんが関わっている疑惑。そう、まだ疑惑であり、闇に囚われている確証もない。

 そのため、いらない悪評が回ることに配慮した結果、この場所を選んだみたいだ。

 

 にこやかに話す吹雪さんにコナミくんも黙って聞いており、その顔には身の潔白を示すような笑みを浮かべている。

 とても、お兄さんの変化に関わっているようには見えない。

 

 でも、僕がお兄さんについて聞いたときの『プロの世界は綺麗事ではやっていけないんだとおもうよ。確かにすごい変化だけど、スランプだったことを考えれば、一つの成長と受け取ることもできるんじゃないかな?』と言っていたことを改めて思い出すと、なんだか彼だけが反応が違ったなと感じる。

 

 アニキや明日香さんたちと違い、コナミ君は明確にお兄さんのその変化を祝福していたようにも感じる。コナミ君が闇に囚われたお兄さんを喜ぶなんてことはあり得ないと思いたいけれど、どうしても疑念の気持ちは拭えそうになかった。

 

「なるほど、丸藤さんが闇に…………。今の状態は吹雪さんが体験した闇に囚われていることに起因していると考えて…………」

「コナミ君、君のことを疑うようで悪いんだけど。もし亮が闇に囚われているのだとしたらなんとしても救い出したい。教えてくれないか、君はアメリカで亮に会ったのかい?」

 

 顎に手を当てて思案しているコナミ君。彼の中でなにがしか答えが出たのか僕たちの方へと顔を向けて言った。

 

「吹雪さん、僕たちはデュエリストだ。知りたいことがあるのならデュエルで。勝利することで手に入れましょう」

「「!!」」

 

 デュエルディスクを構え勝ち取れと語る彼に僕たちは驚いていた。コナミ君だってお兄さんのことは大切に思っているはず。だから闇に囚われている可能性についてきけば偽ることなくすぐに答えてくれると思っていたからだ。

 

「素直に教えてくれるつもりはないと言うことだね」

「わかりきったことを二度言うことに意味はありません。やるかやらないか、それだけです」

 

 対面でデュエルディスクを構える彼に吹雪さんは一歩前に出て厳しい表情をしながらデュエルに応えようとしていた。

 それを僕はただ見守っていた。

 

(これでいいっすよね。このまま吹雪さんにデュエルを任せて、そのほうが勝ち目はあるっすから)

 

 僕は弱い。どうしても知りたいことがある今、敗けるわけにはいかないんっすから。ここは吹雪さんにデュエルを任せるのがいいに決まっている。

 なのに、どうしてか、どうしてか僕は前に出た吹雪さんを止めていた。僕が前に出ていたんだ。

 

「………翔くん?」

 

 前に出た僕を不思議そうに吹雪さんは見ている。コナミくんも驚いたように目を見開いて、でもどこか嬉しそうな顔をしていた。

 僕自身、僕のこの行動には驚いていた。でも、このデュエルを人任せにするのは何か間違っていると感じたんす。お兄さんを助けるためのこのデュエルを、勝ち目が低いからって人に任せるのは…………。

 

「このデュエルは僕が……僕が戦うっす!」

「へー、これは珍しい。翔君が前に出てくるとはね。まあ、僕はどちらでも構いませんよ。どちらでもね」

 

 前に出た僕にコナミ君は余裕を携えた様子で微笑む。それは決して僕を侮っていると言う風ではなく。デュエルするからには全力で勝つと言う気持ちの表れだと思う。それが誰であろうともという。

 

「…………翔くん、いいのかい。ここで敗けたら大切な情報が聞けないかもしれないよ」

「わかってるっす。吹雪さんに任せた方がいいってのは。でも、このデュエルは僕がすべきだと、弟として、家族として助けるための行動を人任せにすべきではないと感じるんす! だから、吹雪さん、お願いします。ここはは僕に任せて欲しいっす!」

 

 心配そうな視線を向けてくる吹雪さんに頭を下げる。

 吹雪さんの心配はわかるっす。僕にはまだコナミ君に勝てる実力はない。それでもここは僕が戦いたい場面なんす!

 その思いが通じたのか、吹雪さんは爽やかな笑みを浮かべながら数歩後ろに下がり、僕に親指を立てて譲ってくれた

 

「こいッ、翔君!!」

「僕は必ず勝ってお兄さんを闇から助けて見せるっす!!」

 

 互いに距離を離し、デュエルの準備を整えた僕らはお互いに見合ったままに、声をそろえた。

 

 

「「デュエル!!」」

 

 




吹雪さんにするか翔くんにするか悩み、翔くんにしました。
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