果てのない闇に閉ざされた暗闇の世界を流星が瞬く光が照らしている。閃光の尾を引きながら通り過ぎて行く流星の渦の中、僕は目を覚ました。
いや、半分だけ目を覚ましたと言うのが正しいかもしれない。なぜなら意識はぼんやりとし、混濁したように僕の脳裏には二つの世界を脳内に送り込んでいたからだ。
一つ目の世界は物静かになっている僕がひどく甘えてくる愛理ちゃんと学園生活を送っている光景。そこには恥ずかしげもなくピッタリとくっつきバカップルのようにいちゃつきながら学内を歩く僕がいる。
通常なら愛理ちゃんのふくよかな双丘がふわりと形を変えるほどに抱きつかれていれば必死に落ち着かせようと煩悩に対して足掻いているだろうに、そこにいる僕はなんでもないように、興味のないことのように振る舞っている。
そんな僕を外から見ればまるで心を持たない人形のようだと感想を抱くだろう。もしくは煩悩から解き放たれた修行僧か。
そんな僕の視界を夢心地のような意識の中で見ながら思う。
──くたばれと。
愛理ちゃんの、ましてや好きな女の子にあんなにも好意を表に出されて抱きつかれながらまるで反応を返さないなんて、男の風上にも置けない。
不能になった覚えもない。ここにいる僕と変われと心から思う。そうしていたら僕は全身全霊でその感触と愛を楽しむと言うのに……!!
全くもって羨ましくて意識が判然として正気ならば血の涙さえ流して頼むから変われと叫んでいたことだろう。
全くもって嘆かわしい世界であった。
そして二つ目の世界。そこは宇宙……と言えばいいのだろうか。それとも流れ星のパレードと表現した方がいいだろうか。
星の大海とも表現される世界で、僕は煌びやかに、鮮烈に輝きを放ちながら一瞬のうちに消えてゆく星々に囲まれていた。
半分だけ眼が空いて空虚感さえ感じる心でその世界を受け止める。360度、あらゆる角度から星々が流れてゆく。
その美しさを何と表現すればいいのだろうか。金色の流しそうめんの中を泳いでいるよう……絶対に違うな。
僕の貧弱なボキャブラリーでは表しきれない非現実的な幻想がそこにはあった。
──ここはどこなのだろう。僕はなぜこんなところにいるんだろう。
当然の疑問が湧き上がる。一向に判然としない意識で考える。その思考の速度はひどくゆったりだ。
まるで夢の中で走ろうとするが一歩がやけに遅くて思い描いている速度とのズレにもどかしくて苛立ちさえ感じるアレのようだ。
──僕は愛理ちゃんに敗けた。途中までは勝っていたのにまるで予定調和から外れることを許されないように敗けた。それから……それから僕はここにいるのか?
ここはあれだろうか。光の結社の人物に負けると洗脳されるとかなんとか噂があったけど、もしかしてそれがこれなのだろうか。
もう一つの現実的な世界の視界に意識を集中すると、確かにそんな感じがした。素直になった結果心を失くしたようになっているのには納得がいかないが、獣になって彼女を襲ってないだけましだろうか?
しかしだとするなら、僕は一体どう言う状態なのだろう。洗脳されて、自分と言う自意識がこのよくわからない大宇宙を思わせる世界に閉じ込められている状態なのだろうか。
だとしたらどうすれば……。
──とりあえず、前に進んでみよう。
僕は定まらない思考を放棄して星を掻き分けるようにスッと星々の流れを泳ぐように進み始めた。その宇宙には右も左も、なんなら上も下もどうなっているかわからない。
だけど進んでみると何あるかもしれない。もしかしたらどこかに出口があって意識を取り戻せるかも。
そんな不確かな希望を胸に前と認識している方へと泳ぐように進んだ。
*
星の中の遊泳は意外と楽しかった。未知なる新感覚と言っていい。緩慢な動きで流れるように進むそれは流れるプールの中をプカプカと浮かぶ感覚に近いかもしれない。
そんな初めての遊泳体験を思いがけず楽しんでどれくらい経っただろうか。愛理ちゃんとイチャついてる不愉快な世界では日が赤く染まっているようだから意外と時間は経っていたのかもしれない。
僕はその世界を意識からはじき泳いだ。そうしていると、放たれた弓矢のような流れ星の先にこれまでにない存在がいることに気がついた。
「ピガ……(ようやくきたか。待ちくたびれたぞ)」
「グルル〜」
そこにはSATURNとMARSが僕の前に並んで浮かんでいた。
──SATURNにMARS!! どうしてここに!?
「ピーガガガ……(君をこの先の世界に送り出すために来た。光に呑まれた今、未だ力の足りないマスターでは自力では脱出できない。他者の助けを待つしかないだろう)」
「グルル〜〜(故に我らは決めた。眠りこけ時を無駄に過ごすくらいなら、現状を確かめに行かせようとな)」
SATURNとMARSが交互に話しかけてきた。その言葉は宇宙のなかを反響して僕の脳内に人の言語として変換して届いていた。
──ちょっと意味がわからないんだけど。僕はここから出られないの?
「グル……(そうだ。お前の力はまだ弱い。闇をもつものの助けを待つしかない)」
「ビガガガ……(さあ、行くぞマスター。私たちとの問答は無用だ。その目で見てくるがいい。その先は彼女に聞け)」
その言葉と共にSATURNの機械の剛腕が僕の元まで飛んできて全身を握るように捕まえられた。
──えっ、ちょっ、なにを!!?
「ガガガピ──!!」
「グルァ──!!」
2体の叫び声が世界に響く。SATURNは僕を捉えたままにその腕を星の速さのように天高く飛ばした。
その様はまさしくロケットパンチそのものだった。
MARSは全身から灼熱の炎を吐き出しながらロケットパンチが向かう先に巨大な穴を広げた。
星の渦から炎の渦へ。僕はSATURNの腕に身動き取れず捕まえられながらMARSが導く炎の中を恐怖の叫び声を上げながらその巨大な穴の中へと飛び込んでいくのだった。
*
学園の廊下を歩く中、ピクリと愛理は身じろぎした。
自らの中にナニカが入ってきたのを感じたのだ。
「……」
廊下で立ち止まり、ぼーっとしている私が気になるのか、私に抱きつかれながら歩いていたコナミくんが光のない双眸で見つめていた。
「……ん、大丈夫よ。なんでもないわ。いきましょコナミくん。私たちの部屋にね」
「………」
しばし立ち止まり、自らの中に入ってきたものがナニカを確認したのち、愛理は隣に立つコナミの腕を引くように帰寮を再開した。
今日の授業は全て終わり、ブルー寮に特別に作られた部屋へと帰っていたところだったのだ。
「……ふふ。いらっしゃいコナミくん」
胸を撫でながら火照ったように頬を上気させたその顔には愛する者と夜を明かすかのような妖しく輝く笑みが浮かんでいた。
*
炎の大穴を抜けた先は星の海から大海原の大海だった。
「がぼっ、ばば〜〜〜!!? (なに、水、呼吸が〜〜〜っ!!?)
MARSが開いた大穴を過ぎ、光が瞬く世界を落ちた先に僕は海面にダイブし、海上に上がることもできずに混乱しながらバタバタと慌てながら落ち続けた。
そして白い泡粒が現れては消えてを繰り返す中、僕の手に触れて体勢を真っ直ぐに立たせてくれた存在がいた。
「大丈夫、ここは現実の海ではありません。ゆっくりと呼吸をしなさい。まあ、しなくても死にはしませんが……」
混乱の中にあった僕は視線を声が聞こえた方へと移す。僕の姿勢を落ち着かせてくれた存在。それは金星の名を持つ星のカード、美しき黄金の天使であるVENUSであった。
彼女は慌てて狼狽していた僕を落ち着かせるように僕の背を支えながら優しい声で囁いた。
「ゴポ……(VENUS、ここはいったい……)」
「口を開く必要はありません。心に念じれば私に通じます。ここは心の世界。誰の心かはこの先に落ちてゆけばわかります」
下を見る。VENUSに支えられた状態で緩慢に落ちてゆく先は底の見えない暗闇に満ちていた。
心の世界。VENUSの言う世界がこの場所で、それが僕の世界ではないと言うなら、それは誰の世界で、どうして僕はこの世界に送られたんだろうか。
なんとなく、あの流星が煌めく宇宙が僕の心の世界だと言うのはVENUSの言葉から直感的に伝わってきたんだけど、この海中の世界はそうではないと感じる。
ここは僕ではない、誰かの世界。だけど、恐怖心はない。どちらかと言えば、とても涼やかで優しい、包み込まれるよう感覚。それはVENUSがいるからだろうか。それともこの世界の持ち主が僕を拒んでいないからなのだろうか?
──VENUS、色々と聞きたいことはあるんだけど、どうして僕はここに送られたの? いやまあ、この状態が愛理ちゃんに負けた結果というのはわかってるんだけどさ。
「あなたは光に呑まれた。光の力を持つ水無月愛理がその使者としてあなたの心を封じた。その結果、あなたの心は魂の牢獄から出ることは叶わなくなってしまった。
封じられながらもあなたにそれを認識できる意識があるのは私たち星の力を持つ者たちがあなたの心が完全に眠りにつくことを妨げているからです」
VENUSは端的に答えた。
魂の牢獄。それが今の僕の状態だと言うことらしい。
ーーえっと、それでどうして僕は僕ではないこの誰かの世界に?
「あなたの現状を知っておいてもらうためです。繋がってしまった心。本来決して交わることのない孤独な世界に繋がりができてしまった。
それがどう言う意図で成されたものかはわかりませんが、繋がったと言う事実は知っておかねばなりません」
ーー……ごめん、意味がわからない。
VENUSの言葉を聞いて考えて、よくわからないために謝った。それに彼女は理解の追いついていない子供にどう説明したものかと言った悩める仕草をした後、何かに気づいたように海底の方を指差した。
その指が指し示す方、そこには生い茂る水草の上で横たわり、スヤスヤと気持ちよさそうに眠りにつく愛理ちゃんの姿があった。
ーー………愛理ちゃん!? どうしてここに……あっ、そうか。ここは愛理ちゃんの……。
僕の確信に応えるようにVENUSは頷いて答えてくれた。
「繋がった心の世界。愛か執着か、それとも他に目的があってのことか。いずれにしても、あなたは彼女と繋がってしまった。体の繋がりではなく、心が繋がってしまった」
ーーそれは……まずいことなの?
「ありえないことです。通常ではありえないからまずいのです。この先、あなたにどんな影響があり、どう言った思惑でこれが成されたかがわからない。故に私たちは危惧しているのです」
とても深刻に語るVENUSに僕も考える。
確かに心が繋がるなんてありえない。その結果どうなるかなんてわからないけれど、もしかしたら相手の気持ちが言葉を介することなく伝わるなんてことも……。
はて、それは悪いことなんだろうか?
深刻さを感じさせるVENUSに反して僕は首を傾げて疑問に思った。
「コナミ、あなたが何を考えているかはわかりますが、相手の目的や今後あなたが被る影響がわからないと言うのが問題なのです。それがわかりますか?」
ーーうーん、まあ、うん。本来ありえないことが起こって何が起こるかわからないのがまずいと言うのはわかったけど、それより愛理ちゃんはなんで寝てるの。心の世界だから?
僕が眠る彼女の肩に触れても反応はしない。全く起きる気配はなかった。
強いて気になることがあると言えば彼女の服装がカードイラストの憑依装着ーエリアの格好であることぐらいだが、魂が精霊であると考えれば可笑しなことでもないだろう。
「彼女もまた、光に囚われた存在。言わばあなたと同じ状態であると言うことです」
ーーええっ!?
僕は激しくつんのめりながら驚いた。それはつまり今まで僕が接していた彼女はある意味で別人だったと言うことに……。
そう言えば光の結社に入った人は様子が変わるって聞いていたけど、こう言うことだったのかあ。
確かに心が眠っているのが正常だと言うのなら人が変わった受け取られるのも納得だ。
なら、今まで話していたのは愛理ちゃんと呼んでいいのかと感じるけど、それはVENUSが教えてくれた。
「光に囚われたものは光がもたらした使命を果たすことが至上命題となりますが、それ以外は本人といっても差し支えはありません。あくまで優先順位が変わっただけです」
ーー変わってないって、心は眠っているんだよね?
「その通り、表に出ているのは光が生み出した別人格といってもいいでしょう。ただし、それはあくまでも元の人間の心や願望をトレースした存在です。そのあり方や人間性が変わったわけではありません。なので、本人と言っても問題はないのです。
まあ、水無月愛理に関しては少しだけ事情は異なるようですが、大した差異はありません。本質は同じです」
心が眠っているのに本人そのものだってのはおかしくないかとも思ったが、そうではないらしい。僕の疑問は即座に否定された。
ーーうーん、つまり僕はどうしたらいいのさ。この状態でできることってあるの?
「ありません。繋がった心を強引に切り離そうにも、どんな悪影響が及ぶかわからない以上、下手なことはできません。大人しく助けを待つしかありませんね」
ーーあらら、つまり僕は本当に現状を知るためだけにここにきたってことか
「ええ、助けを待ちましょう。なんなら他の皆を呼んでデュエルでもしましょうか。目覚めるまでは暇でしょう?」
そう言うとVENUSは手持ちの杖を大きく振って光の粒を放ちながらプラネットシリーズの皆んなを呼んだ。
ーーおおー! みんながいる!!
そこには先ほど別れたSATURNやMARSが、NEPTUNEやジ・アースがいた。彼らは皆一様に僕の周りに現れ、どこからかカードを持ち出した。
「さあ、やりましょうか。デッキは念じれば出せます。何せ心の世界ですから、心に自由を持てば不可能はありません」
その言葉に従い僕の手にデッキが現れた。そして自由な世界という言葉からふと思いつきで念じると大量のカードが生み出された。
そこには伝説のカードや超レアカードなど僕が持っていないカードも沢山あった。
ーーうおーっ!! 伝説のカードが一杯出たー!!
心の自由があれば不可能はない。その意味を実感しながら僕は喜び勇んで周りの同じようにデッキを組み始めた皆んなと共に今だけ可能なデュエルをして楽しみ始めた。
ワイワイ、ガヤガヤと騒がしく海底の水が満ち満ちた世界でデュエルする僕の背後で眠る愛理ちゃんは若干五月蝿そうにしながら顔を顰めていた──。
*
「──ふふ、普通人の心の中でデュエルして楽しんだりするかしら──ん? こっちの話、なんでもないわ」
「………」
胸の内で何が起こっているかを知りながらなんでもないと私は隣でこちらを見てきた彼に答えた。
時間は夜、ブルー寮に作られた私と彼専用の部屋で私たちは同じベットにくるまって眠ろうとしていた。
「う〜〜ん! 私ずっとこうしていたいわ。君と一緒に同じご飯を食べて、同じベットで寝て、それで起きるの! ね、君はどう思う?」
「………」
いつも通り、なんの返答もしない彼。でも少しだけコクリと頷いて私と同じ気持ちであることを教えてくれた。
「斎王からメールが来たわ。修学旅行の日にコナミくんに頑張って欲しいみたい。だから、たぶん、それが終わったらこんな生活はお終いだね」
「──」
また返事はなかったが、彼の目に寂しげな気持ちが宿っているのが見えた。
今の彼は本人じゃない。惑星のカードによって遮られているため、分身と呼べるほどの感情は持ち合わせてはきない。
だけど心の表層だけをなぞって生まれた彼ではあるが、それでも寂しいと思ってくれたことが嬉しかった。
私は彼の胸板に頭を寄せて抱きつきながら、心地の良い眠りにつくことにした。
「おやすみコナミくん……」
「………おやすみ」
小さな、とても小さな声で返ってきた思いがけない返事に驚き目を見開きながら私は満面の笑みで気持ちよく眠りについた。
その手は決して離れることのないように強く握り繋がれていたのだった──。
言葉は難しい。