「──ん〜?」
天より降り注ぐ白い光が僅かながらもたらしている明かり頼りに愛理ちゃんの心の中──海底のような世界──で背後で眠る愛理ちゃんをよそにプラネットモンスターたちとデュエルしていた僕は変わることのなかった世界の異変に気がついた。
「これ……なんだろ……」
それは黒いモヤのように見えた。海底の中で何処からか流れてきたのか触れると消える煙のような微かな存在。
一見その深い漆黒さから不吉な印象さえ与えるものだったが、僕は不思議と恐れといった感情を抱くことはなかった。
どちらかというと逆、暖かで深い優しささえ感じていた。
「どうやら、迎えがきたようですね。それは闇。世界を破滅に導く光に対抗する力です」
「闇……? あーなるほど、十代くんが迎えにきてくれたんだね」
僕はVENUSの説明に一瞬戸惑いながら、そしてすぐにその力の正体に気がついて納得した。
この全てを受け入れてくれるような深い優しさと力強さをどこかで感じたことがある気がしたけど、これはそうだ。
十代くんのデッキに触れた時に感じた力だ。
「その闇が導く先に行けばあなたはこの世界から抜けて目覚めることができます。そうすれば、現実の世界に帰れるでしょう」
「うん、ありがとうVENUS、皆んな。ここは楽しかったけど、いつまでもここにいるわけにもいかないし、やっぱりデュエルは起きてするものだしね。行ってくるよ!」
時を経るごとに増えてきた闇に触れながら僕は背後で見ているプラネットの皆んなと、静かに眠り続けている愛理ちゃんを見た。
「コナミ、目覚めたとしても、再び光の使者に敗れればどうなるかわかりません。くれぐれも油断はしないように」
「わかってるさ。って、一回負けてる自分が言ってもあまり信憑性はないか」
僕はたははと頭の後ろを掻いて苦笑した。一度負けている以上、2度と負けないなんてこと言えるわけない。
まして、まだまだ未熟なデュエリストであるのだ、全戦全勝とは程遠い。
「……あなたは一度Mercuryの定められた運命に敗北しました。しかしそれはあなたの真の敗北というわけではありません。
定められた運命さえ越えようとする強い意思、そして何より運命に縛られることのない自由な心があれば、あなたが光に負けることはない」
「強い意志に自由な心か。わかった、肝に銘じておくよ」
僕は早くおいでと急かすように海の先から漂ってくる闇に逆らうことなく歩き出した。闇は深海の奥から漂ってきているようで闇の先を知ることは叶わない。だが、その先には光が待っていることだけは信じることができた。
そして背後で見守る皆んなに最後に目を向け、愛理ちゃんに言った。
「次は勝つよ。運命にも、君にも。そして目が覚めたら、その時こそこれは貰うことにするよ」
僕は手に持ったMercuryのカードを流れる海流に乗せて飛ばしながら闇に向かって歩き続けた。
闇が示す先とは真逆の方向、白い光が強く差し込む場所から去って行く僕を見守る白い髪色をした愛理ちゃんが流れてきたカードを手に取った。
そして闇に消えて行く僕に優しく微笑み、声に出すことなく言っていた。
──またね…と。
僕はそれを完全に闇に消えて行く最後の瞬間まで視界の端で見ていた──。
*
「ふふ、これで私たちの勝ちかしらね」
「──くっ、まさかここまでだとは思わなかったわ。一思いにやってちょうだい」
春香と組んだ堂本くんと道長くんとのデュエル。それはもうあと私がダーク・アームド・ドラゴンに攻撃宣言をするだけで勝ちが確定する段階まできていた。
彼らもそこそこ善戦してくれたし、流石というべきか堂本くんは強かった。
けれど、私の勝ちは揺らがなかった。
明日香さんとコナミ君とのデュエルを経ることで実力と自信がついた私のダークモンスターデッキ相手では少々力が足りなかったようだ。
「そうね。私はダーク・アームド・ドラゴンであなたたちにダイレクトアタック!! ダーク・アームド・バニッシャー!!」
ダーク・アームド・ドラゴンが腕に黒い波動を宿らせた手を振り翳しながら彼らに迫る。この一撃でこのデュエルも終わる。それを冷めた目で見つめながら私は見守っていた。
──その瞬間までは。
「……どういうつもりか。聞いてもいいかしら」
ダーク・アームド・ドラゴンの攻撃は止まっていた。その大きな剛腕が堂本くんたちを叩き潰す寸前で停止していたのだ。
彼らは冷や汗を掻きながら明後日の方を見る私を見ている。しかし私はすぐには反応をすることができなかった。
目を見開き、呼吸を少しだけ荒げながら、口角を上げてデュエルディスクをしまう。それと同時にダーク・アームド・ドラゴンが幻影のように消えていく。
「ふふ、デュエルはここまで。よかったね2人とも、あと少し十代くんたちが勝つのが遅かったら私たちの勝ちだったんだから」
「……それって、十代先輩が翔さんたちを助けれたってことですか!!」
「さあ、それは見に行ってみればわかるわ。ここにいる私にはそこまではわかんないや。それじゃ春香、ホテルに帰りましょっ!」
「えっ、あっ、待ってください、置いてかないでくださいよ愛理さーん!!」
用は済んだとばかりにさっさとホテルの方へと引き上げる私に春香が追いかけてくる。
そんな私たちを呆然と見ながら、すぐに息を吹き返したように堂本くんと道長くんは十代くんたちがいるであろう方へと走って行った。
「愛理先輩、よかったんですか。あの2人倒さなくて。倒していれば光の結社に入れれたのに」
「うん? 別にー、私はどっちでもよかったから。春香は入れたかったの?」
「いえ、私は別に先輩がいいならそれで……」
追いついてから後ろを歩く春香が駆けていった2人を残念そうに見ていた。
斎王の手駒となっている彼女からすれば私の意思に反してまでではなくても、光の結社に入れれるなら入れたかったのだろう。
道長くんはともかく、堂本くんは特に強いデュエリストだしね。
「私が頼まれたのは時間稼ぎだからねー。それ以外は私の役目じゃないわ。それに……彼も帰っちゃったしね」
「彼…ですか?」
不思議そうに見てくる春香に返すことなく、寂寥感のある目で私は一枚のカードを手に取った。
Mercuryの名が描かれたカードは私の手に戻ってきていた。
それと同時に私の中からコナミくんが去っていったのもわかっていた。
闇の中へと消えていく彼が私の目にも写っていたから…………。
次は果たして以前のようなMercuryの運命の予定調和が通じるかどうか。
「ふふふ、楽しみだわ。本当に……」
私の勇者様は運命を変えてくれるかしら……。
そんな思いを胸に、私は残り少ないであろう時の中でどう過ごして行くかを考えながらホテルへの道のりを歩いて行った。
*
「──ん、くっ、あ〜〜!!」
瞼の裏を突き抜けてくる眩しい明かりに僕は大きく体を伸ばして目を覚ました。
僕は誰かの背におぶされているようで、僕が寝ている間ゆさゆさとやられている感触を与えていた。その黄色い制服の誰かの肩に手を置いておぶさってくれている誰かに視線を向ける。
「あら、起きたのねコナミちゃん」
「おっ、目ぇ覚ましたかコナミ」
僕をおぶさっていたのはどうやら堂本くんだったようだ。目を覚ました様子を見せた僕を後ろに顔を寄せて見ていた。
それに反応するように前を歩いている十代くんや道長くん。翔くんたちといった友人たちがいた。
「おはよう十代くん、みんな」
僕は若干寝ぼけながら声を発した。それからありがとうと感謝を述べながら堂本くんの背中から降ろしてもらい、もう一度体を伸ばした。
そこはどこかの大通りの道すがらだった。学園ではない。僕が心の世界に閉じ込められている間に学園の外に連れてこられているみたいだった。
「えーっと、わかんないことがいっぱいあるんだけど、ここってどこ?」
僕は目を覚ましたことに気づいたことで集まってきたみんなに聞いた。
「コナミくん大変だったんすよ。君が光の結社に入っちゃったことでボクと剣山くんが美寿知さんに攫われちゃってアニキとエド・フェニックスと2人とデュエルしたりして」
「そうドン。反省してほしいザウルス!」
「えっ、いや、なんのことか……あっはい。反省します」
険のこもった目で詰めてきた翔くんと後輩の剣山くんに何が何やらわからず何か悪いことがあったんだなとだけはわかったのでとりあえずといった具合に謝った。
どうやら気持ちよく心の中でデュエルしている間に現実の世界では大変なことがあったようだ。
愛理ちゃんの心の世界に入っている間、もう一人の僕の視界からは完全に閉ざしいたから何が起こっていたのかは知らなかったのだ。
正直心の世界じゃあどうしようもないからということで現実の方は全然気にしてなかったけど、翔くんたちが攫われた上に僕はいつのまにか十代くんとエドくんとデュエルしていたらしい。
エドくんとのデュエルか、見たかったなあ! というか僕がしたかった!!
「まあまあいいだろ2人とも。助かったんだからさ。そう責めてやるなよコナミも困ってるじゃねえか」
「「でもアニキ!!」」
仲裁しようとしてくれている十代くんに2人は珍しく噛みついている。どうやら本当に大変だったんだな。
2人が十代くんに噛み付くなんて余程だ。
「悪いのは斎王であり、そうさせた妹の美寿知だ。それに2人とも聞いてただろ。美寿知だって斎王を救うためにやってたんだって」
「それはそうっすけど……」
「納得いかないドン!」
十代くんの言葉でも収まりがつかない2人の様子を見ながら僕はとりあえず細かく何があったのかを聞くことにした。
心に閉じ込められた僕を十代くんがデュエルで助けてくれたのは確実にしても、それ以外がわからずじまいなのだ。
「そうね、アタシも聞きたいわ。電脳空間で何があったのか」
「俺もです。コナミ先輩が2人を攫うようなやつと仲間とも思えませんし、何があったんです?」
「そうだな。エド……は、もう帰っちまったか。俺が翔たちを助けるために美寿知と話したことを教えるぜ──」
それから十代くんがした説明は多分に主観が混じってはいたし、時折り脱線もしてよくわからない方向へと突き進んだらもしたが、概ね、何があったのかを知ることができた。
「──なるほど〜。つまり美寿知さんはエドくんのマネージャーである斎王さんの妹さんで、カードに宿る凶悪な意思に囚われたお兄さんを助けるために2人を攫ったりと無茶なことをしたってわけだね」
「ああ、そんな感じだ」
十代君の説明を聞いても、というか当事者だから知っていたんだろうけど、振り下ろし場所のない憤りを処理しきれない二人をよそに、僕は納得した。
斎王美寿知さん。僕が全国大会で戦った恩ある人だ。正直、悪い人には見えなかったし、僕の悩みにわざわざ付き合ってくれた人だ。
だから美寿知さんに攫われていたと聞いてもあまり得心が言っていなかったが、兄を救わんとするためと聞いて納得できた。
「十代君、ありがとう。僕を目覚めさせてくれて」
「いーってことよ。おもしれえデュエルもできたしな!」
心の中で見た闇の力。あれが十代君の力であり、凶悪な力、恐らく以前彼のアクア・ドルフィンが言っていた破滅の光とかいうやつに対抗するための力なのだろう。
そして、アクア・ドルフィンが僕にも星を統べるものとしての力を貸してほしいと頼んできたのを思い出す。
十代君に強い力をもっているように、僕もまた同じような力を持っているということなんだろう。それが彼のような闇の力かはわからないけれど、破滅の光に抗える力のはずだ。
『──定められた運命さえ越えようとする強い意思、そして何より運命に縛られることのない自由な心があれば、あなたが光に負けることはない』
VINUSが言っていた言葉、強い意志と縛られない自由な心。その二つがあれば次は敗けることも、光に魂を追いやられることもない。
「光に囚われた存在。愛理ちゃんに三沢くん、それに斎王さんか」
「それ以外にも学園にはいっぱいいるぜ。斎王の手に罹った奴らがさ」
「うん、何が目的かはわからないけど、次は敗けないよ。必ず勝って光の力から助ける!」
万丈目とか明日香とかなと深刻さを出しながらも力強く笑う十代君に僕も強気に笑って空を見上げた。
明るく照らす空の先には暗黒の中に輝く星々が煌めいている、その輝きを覆いつくし破滅させようと画策してくる破滅の光。
僕は守護らねばという一種の使命感を胸に感じながら頼りになる友人たちと帰り道を歩いた。
「──ところで、僕たちどこに泊まっているの? ホテル?」
「いや? 俺たちに泊るところなんてないぜ。河川でキャンプだ」
「噓でしょッ!?」
曇りなき空の下でそんな衝撃の言葉が響いたが、僕たちの足取りは軽く、残り短い楽しい修学旅行を過ごしていくのだった。
アニメの修学旅行ってマジで野宿で可哀そうだなあと思いながら、それはそれでいい思い出になりそうとも思った。