「あーあ、負けちゃったー。でも、すっごく楽しかったわ。ねっ、コナミくんはどうだった? 私と過ごした日々、楽しかった?」
水泡が霧のように消えて行く。
彼女の長く伸ばした白い髪が彼女の動きに合わせてサラサラと靡く。
僕は期待のこもった視線を向ける彼女に嘘偽りなく答える。楽しかったか──そんな返答は一つしかない。
「うん、僕も楽しかったよ。君と出会えて、楽しかったし、嬉しかった。デュエルの腕に関しては普段の愛理ちゃんより強いんじゃないかって思えたほどだったよ」
「ふふ、よかった。私も楽しかったわ。エリアには悪いけど、出て来れてよかったって思ってるの。だって君と過ごすことができたからね♪」
彼女はにへらと締まりのない笑顔を向けていた。
それを見ながら天上を見る。ここは愛理ちゃんの心の中、三沢くんの時とは違い夢ではなく本当の心の中にいる。
海中世界である彼女の世界で天上から降り注ぐ真っ白な光をいっぱいに浴びる若木の前で僕と白い髪をした愛理ちゃんは話していた。
若木の根元では見慣れた青く長い髪を腰元まで伸ばした愛理ちゃんが眠っている。
きっと、白い髪をした愛理ちゃんがまだいるためなのだろう。でもそれも時間の問題だ。
レーザー衛星ソーラは破壊され、斎王の計画は破綻した。きっと斎王自身も十代くんに倒されているだろう。世界は救われたんだ!!
「君と話していると、なんだか君は愛理ちゃんとは違う人物のようにも思えるんだ。なんでだろうね、髪色くらいしか違いはないってのにさ」
「………」
「──愛理ちゃん、君はいったい誰なんだい。生まれた時から死んでいるようなものなんて言葉、僕の知っている愛理ちゃんから出てくる言葉とは思えないんだ」
愛理ちゃんを語る誰かは黙して僕をじっと見つめていた。その目には切ないような、物悲しさが宿っているように見えた。
その瞳を見ているとどうしてだろうか、問うている僕が悲しくて胸が締め付けられるような痛みがあって、この子には優しくしてあげないといけない。そんな気持ちが湧き上がってくる。
僕はそんな彼女の『愛して』と訴えかけてくるような蒼い視線から逃れるように、目を逸らした。
これ以上見ていると、何も言えなくなる。そんな気がした──。
「私はね。水無月愛理だよ。コナミくんの隣で生きてきた愛理じゃないけど、それだけは本当なんだよ? 水無月愛理の身体を使っている彼女の目を、耳を、心を通してずっと君を見てきたの」
「よく……わからない。愛理ちゃんの身体を使っているのは君の方じゃないの?」
「ううん、私が…水無月愛理なの。生まれてくることのできなかった愛理なの……」
「生まれて来ることのできなかった………………まさかっ! いやっ、そんなことがっ!!?」
生まれてくることのできなかった水無月愛理。その言葉から連想される事実なんて僕には一つしかない!
子供の頃、愛理ちゃん自身の口から聞いたことがある。その身体は死産になるはずだったという話を……。
その身体を精霊であるエリア──つまり愛理ちゃんが貰う。言い方は悪いけど体を生かす代わりに乗っ取ったのがこれまで一緒にいた愛理ちゃんだ。
もしその時死ぬはずだった子供のことを彼女が言っているのだとしたら、それはつまり……!
「ありえないっ!! 死んでいるはずの女の子が君だなんてっ!!」
「あら、どうして? エリアに身体を取られる前の私の心がまだ存在していることがそんなに可笑しいの?」
「いやだって、それじゃあ君はこれまでどうしてたっていうのさ!?」
「私はずっとここに居たわ。心の最も深い、まだ何者にもなれていない場所にね。そこでずっと眠ってたの。でもね、そんな私に光が差し込んだの。とても暖かかったわ。その光を浴びて、私は育ったの。見て、まだ若木だけど立派に成っているでしょ」
彼女は僕の前に立っている若木の前にしゃがみ込んだ。その木に生えている葉っぱを撫でながら僕に『どう?』と見せてくる。
海中世界の若木を照らす光を仰ぎ見る。そこには確かに光が──斎王が発していた破滅の光を感じさせながらも、危険な香りを感じさせない光が彼女を、若木にエネルギーを与えていた。
「この木はね、私の心、私の魂。水無月愛理の、いいえ、水霊使いエリアの心に根付くことで存在を維持している私の全てなの。ある時に、光と共に種が彼女の世界に根付いた。その種は自我さえ不確かだった私と一つなってここまで成長したのよ」
「──」
絶句していた。目の前の彼女が死ぬはずだった人の魂である水無月愛理だということも、破滅の光の力のおかげで存在できていると言うことも…………。
僕は何と反応すべきかわからず、口を開け呆然として愛おし気に木を撫でる彼女を見ていることしかできなかった。
「でも、私はもう起きてはいられない。斎王が倒されたから、私もまた眠らないといけないわ」
「──そんな…………それでいいのか君は!?」
「仕方ないわ。私は本来存在しないはずの心。役目を終えればまた心の深いところで眠らないといけないの」
「それは……でも………わかるけどっ!!」
せっかく起きることができたのに。生きていればこの世界で藤次郎さんたちに愛されて幸せに過ごせていたかもしれなかったのに!
いつ目覚めるともわからないところに行かないといけないなんて、あんまりじゃないか!!
「いいの。そんなに悲しまないで。それに、私はそこまで悲観していないのよ?」
「どうして!!」
「だってエリアは私でもあるもの。エリアが見るもの、感じるもの、愛するものは私にとっても本物なの。だからエリアが貴方のそばにいる限り、あなたに愛されている限り、私も幸せよ」
彼女はステップを踏みながら僕の背中に手を回しながら抱きついてきた。僕はそんな彼女に何もすることができず、ただ俯いた。
「……君のことは、なんて呼べばいいのかな」
口から出たのは、そんなありふれた言葉。これから眠りに行く彼女の呼び名への問いだった。
僕は眠りに行く彼女に何もできない自分の無力感に歯を食いしばり、そして無理に笑顔を作り聞いた。
「愛理ちゃんだと、エリアと被っちゃう。でも君は水無月愛理だ。人間の水無月愛理だ。なら、なんて呼んで欲しい?」
「愛理って呼んで。ちゃんはいらないわ」
ああ、僕はちゃんと笑顔を作れているのだろうか。お別れは、できれば明るく済ませたいのが僕だ。
今生の別れでもないのなら、悲嘆に暮れた別れでないならば、明るく笑顔で送ってあげたい。
「わかった。愛理……いつか、いつの日か、また会おう。僕はずっと愛理ちゃんと一緒にいるから。いつの日か、君が眠らなくて済むように、頑張るよ」
叶いようのない約束。手段も確信もない口だけの約束だ。頑張るったってどう頑張ればできるというのか。
でも、そんな口約束に愛理は本当に嬉しそうに笑いながら言った。
「うん、ずっと待ってる。でも、きっとすぐにまた会えるわ──だって、私たちはきっと運命の相手じゃない。きちんと生まれてたら出会うことはなかったと思うの。
でも、そんな私たちが出会って、好きになった。それってすごく素敵なことだと思うの。だから……またね!」
明るく笑う彼女に返事をする前に一度目を閉じた。そして僕を好きといってくれる彼女の頬に手を当てて──そっと触れるだけのキスをした。
柔らかな感触が口に触れる。
彼女とするのは初めてだ。エリアー愛理ちゃんとしたことは幾度かあったけれど、愛理である彼女と心の世界とは言え明確に違うと意識してするのは初めてのことだった。
それはすぐに離れた。名残惜しそうな目を向けながら、彼女は唇に指を当てて僕に悪戯をした子供を叱るように優しく口を開いた。
「──ふふ、いけないんだ。エリアが知ったら怒るよ?」
「うん、きっと怒髪天を衝くかもね。でもしたかったんだ。愛理ちゃんを愛おしく思うように、君のことも愛おしく思う」
何故だかはわからない。いや、愛理が愛理ちゃんの一部として存在していると言うのなら、この気持ちは自然なものなのかもしれない。
それとも、純粋に僕がフラフラと揺れやすいだけなのかな。
まあ、今この時この一瞬、しっとりと見つめる瞳に惹かれた心は真実だ。たとえこのことを知られてキレたナイフになった愛理ちゃんに詰められても後悔はない!
……いや、ウソだ。やっぱり怖いわ、愛理ちゃんに知られてないといいなあ!!
「私も……大好きだよ、コナミくん!」
頬を赤らめながら僕から離れた愛理がひらひらと手を振りながら光の粒子となって消えて行く。
その粒子は若木の元へと吸い込まれやがては消えてなくなった。
僕は最後までそれを見守り、若木の葉を一撫で、そっと触れた。
触れると折れてしまいそうな繊細さを感じさせる若木は嬉しそうに葉脈を淡く輝かせていた──。
*
ザッ、ザッと愛理ちゃんを背負いながら僕は来た道を戻りブルー寮へと向かっていた。
道中、春香ちゃんを伴った道長くんやスペースザウルスに進化した剣山くんと合流し、割と大所帯となりながら歩いていた。
「いやーそれにしても剣山くんには驚かされたよ。まさかスペースザウルスに進化するなんてさ」
「すごい体験だったザウルス! アニキのネオスのおかげドン!」
「いや意味わかんないんですけど、なんで人間が恐竜に進化するわけ。夢でも見てたんじゃないの?」
「気持ちはわかるぞ春香。俺も同じ気持ちだからな」
場の空気は明るい。あわや世界の危機とまでなっていたレーザー衛生ソーラを意味がわからないだろうが恐竜へと進化した剣山くんとネオス、そして僕のジ・アースが協力することで破壊することに成功し、世界は救われたからだ。
そして、連絡を受けて向かっているが十代くんが見事に斎王を倒し、彼に巣くっていた破滅の光も倒すことができたらしく、大団円に終わったことでそこにいる誰もが気分は明るかったのだ。
(愛理が眠ってしまったことへの寂寥感はあるけど、くよくよはしない。いつかまたと言ったのだ。それを信じて今この瞬間を喜ぼう)
背中に感じる熱が彼女のいる証。愛理ちゃんの中に愛理はずっといる。どうすればいいのかはわからないけど、いつか彼女を目覚めさせられるように愛理ちゃんと方法を探していこう。
愛理ちゃんに話せば、必ず協力してくれるはず。彼女だけじゃない。プラネットたちや霊使いたち。
十代くんの持つネオスたちだっている。彼らとも協力すれば何か見つかるかもしれない。可能性は0じゃない……!
「………ん……私……」
眠りについた愛理をいつか目覚めさせる。そう一人意気込んでいると、耳元で囁くように背中から小さな声が届いた。
「あっ、愛理ちゃん、目が覚めたんだね。今みんなとブルー寮に戻ってるところなんだよ」
「……コナミくん、私、なんで背負われてるの。ていうか、えっ、眠ってた?」
目を覚ました愛理ちゃんは寝ぼけ眼のまま、周囲を見やり、自分が僕に背負われ周りに見られていることに照れたように顔を赤染めていた。
「それはもうぐっすり。色々あって大変だったんだよ」
「まったくです愛理先輩。先輩のせいで俺たち大変な目にあってたんですよ!」
「悪いのは斎王って人のせいだから、愛理先輩はこれっぽっちも悪くありませんですからね!」
「え……えっ!? なに、ごめん、何にもわからない。とりあえず、ごめんなさい?」
目覚めたばかりでなにが何やらわからないといった様子の愛理ちゃんはわけもわからず頭を下げて謝っていた。
僕はそれを見て内心ガッツポーズをしてホッとしていた。
──いよーしっ!! この感じなら愛理とナニをしていたかは知られてないな!!
眠っていた彼女には悪いけど、愛理とのキスのこととか知られたくないことがいくつかある。
僕は皆んなとは違う意味で喜びに気を良くしていた。
実は愛理ちゃんが眠ってて愛理が身体を使っていた頃、イチャついてくる彼女に調子に乗ってイロイロと愛理ちゃんには言えないことをしていた。
具体的には悪徳代官になりきって艶めかしい太ももやお尻を触ったりとか、嫌がる演技をする彼女の豊満なおっぱいを満足するまで触ったりとかのセクハラをいっぱいしてた!!
人には言えないけど、その夜はすごい捗った!
普段の愛理ちゃんとは違うなあと感じて最後の一線を超えなかった僕を褒めてあげたいッ!!!
──うん、愛理ちゃんが記憶を保持してたら激怒間違いなしの過去だ。知らないというのなら僕の墓場まで持って行くべき過去だろう。
僕はその時のことを思い出して締まりのないにやけそうになる顔をグッと引き締めた。
「おーいっ! コナミー! 大丈夫だったかーっ!!」
「あっ、十代くん!!」
「十代くん? それにあれは斎王さん──……ッ!!?」
愛理ちゃんが目を覚ました頃にはだいぶ寮に近づいていたようで、森を抜けた向こう側には十代くんがサッパリとした晴れやかな顔をした斎王さんや美寿知さんと一緒に笑っていた。
遠くからは『サンダー! サンダー!』といった声が響いている。どうやらジェネックスの大会は無事に終了を迎えたようで万丈目くんが優勝したようだ。
「あーあ、ジェネックス……優勝したかったなあ」
「いいじゃねえか。宇宙は救われたんだからよ!」
「まっ、そうだね。お疲れ様、十代くん」
「おう、お前もな、コナミ」
彼らの前まで着いたことで愛理ちゃんを下ろしながら十代くんと喜びを分かち合った。
お互いに大変な目にあっていた仲だ。肩を叩きあいながら労いの言葉をお互いに送っていた。
「ところで愛理なんだけどよ。元に戻ったんだな」
「うん、そうなんだ。それでちょっと十代くんというか、ネオスたちに相談が──愛理ちゃん?」
十代くんの視線が愛理ちゃんに向いたことで僕もそちらを見ると、彼女は少し宙を見て呆然としながら次いで俯き肩を振るわせながら静かに黙っていた。
それはまるで火山が噴火する直前のような、ナニカが爆発するのを耐えているような不吉さを僕に与えていた。
「──ふふ、ふふふふふ。ねえコナミくん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「えっと……ど、どうしたの愛理ちゃん。体調でも悪いの?」
「いいえ、体はすこぶる良好よ。ただね、ただ、私が眠っている間に随分と好き放題してたんだなあって、愛理としたキスやらなんやら。楽しかった?」
「──……う゛え゛ぇえええッッッッ!!?」
なぜそれを愛理ちゃんが!?
地獄の底から響いてくるような、底知れない感情の爆発がそこにはあった。
その顔には怒りや羞恥がないまぜとなった表情で口角を上げており、ピキピキと額には血管が浮かんだいるように見えた。
「え、愛理ちゃん、記憶が戻ってッッッ!!?」
「……ええ、愛理が教えてくれたわ。私が眠っていた間のことを全部ね。本当に……色々としていたみたいじゃない。私の体で……ッ!」
「マズイっ、逃げるが勝ちだっ!!!」
「──待ちなさーいッ!!!」
怒り心頭──怒髪天を衝いた愛理ちゃんに僕は急遽背を向けて逃げた。
それを追ってくる愛理ちゃんと何が何やらと呆れながら、或いは笑いながら見ている十代くんたち。
学園はいつものように、以前と変わりない日常を描きながら天が照らす太陽と共に優しい光を携えながら見守っている。
──たとえ定められた運命であっても、強い意志と揺るぎない絆と心があれば超えて行ける。皆がいれば愛理だってきっと──。
世界は弛むことなくここにある。今日も明日も、僕たちは未来を信じていつものように生きていく。
──運命が導くままに、星は巡り、落日はそこまで迫っていた──。
2期終了!!
ここまで読んで下さってありがとうございましたッッッ!!
次はGXで賛否ある3期ですが、3期について書いといたほうがいいかなあって注意点を書いた内容を次話で投稿するつもりですので、それを読んでいただけると幸いです。
反省点としてはオリキャラを出すときはしっかり設定を考えてどう扱うかを組み立てておかないといけませんね。道長や春香中心の話をもっとする予定だったんですけどうまく思いつかず結果削ったりしましたから…………。