夢を見ていた。
赤黒い何処とも知らない世界を頭に霞がかかったようにボンヤリとしながら私は歩いていた。
一歩歩くごとに波紋が世界に広がる。
まるで、私と言う存在をこの先にいる者に伝えているように。
広がり遠のいていくその波紋に応えるように、反応が返ってくる。
『────』
暗い渦が巻く世界に男とも女ともしれない声が響きわたる。
言葉にならない悲壮な叫びにも似た思いの乗った声に惹かれるように私は闇の中を歩いて行く。
一歩、また一歩。遠く、深く……どこまでも深く……。
哀れなその声の主に会うために、私は闇の中に沈んで行く。
底知れない闇の世界の果てに悪魔が笑う姿が見えたような気がした────。
……………。
………。
…。
「変な夢……」
窓の外から小鳥の囀りが鳴いている。
朝の日差しがカーテンをすり抜けて差し込む時間、私は寝ぼけ眼を白い天井に向けながら呟く。
ベッドの横に置かれた置き時計から時間を確認し、妙に気怠い身体を押し、溜め息を吐きながら私はベットからゆっくりと起き上がった。
「お弁当……作らなきゃね」
今日はコナミくんにお昼のお弁当を作ってあげる日だった。
*
「──って夢を見たの」
「へー、変わった夢だねえ」
今、私はコナミくんと一緒に学園の外にある湖近くのベンチに座って昼食を食べていた。
顔を上げれば青空がいっぱいに広がり、周囲にその目を向ければ湖の周りには私たちと同じように男女で固まって食事をしているグループが見られる。
コナミくんは隣でお弁当をつまみながら今朝私の見た夢の内容に相槌を返しながら頬を緩めご飯を口に運んでいた。
ここは学園でも屈指の景観の良さと広さから人気のピクニックスポットと呼ばれている。
そのため、天気の良い日は毎日のように何組かのカップルやグループが集まっており、私とコナミくんもまた、その一組だ。
「夢と言えば、僕もこの前ちょっと変わった夢を見たよ」
「ふーん、どんな?」
「うーん、なんて言ったらいいかなあ。ここほど大きくはないんだけどね、こんな感じの森の泉と言うか湖で星を見上げててさ。そこで髭を生やした白髪のお爺さんがこっちを見てるんだ」
あやふやな夢の内容を思い出そうとしているのか、私が作ったお弁当を食べているお箸を下唇に当てて話す。
話を聞きながらちょっと行儀が悪いから止めるように注意するべきか悩んでしまう。
思い出そうと苦心する彼を横目にハムとサラダを挟んだサンドウィッチを口に入れる。
コナミくんはお肉が好きなようだけど、私はどちらかと言えば野菜が好きなので、自然と野菜や果物といったヘルシー志向のお弁当になりやすい。
とはいえ、それで飽きられたり嫌がられるのはダメなので、私のとは違ってコナミくんに渡しているお弁当にはサンドウィッチの他に唐揚げやコロッケなどのおかず用の箱を専用で渡している。
彼のためと思えば苦でもないため辛くはないのだが、よくやるものだと明日香さんやモモエさんには感心されることもある。
本当に苦ではないし、面倒とも感じないのだが、周囲から見ると中々に献身的に見えるらしい。
たまに、好きを通り越して愛よねと揶揄われることもあるくらいだった。
「いやーそれでそのお爺さんなんだけど、こっちに向かってなんか話してるんだけど、全然聞き取れないんだ」
「ふーん、それで?」
「最後に泉の中にいる自分に向かって手を伸ばしてきてってところで目が覚めたんだ。夢って過去の記憶の整理って話があるけど、そんな記憶ないよって感じで変な夢だなあってさ」
「まあ、夢って時折りよくわからないものを見るものだもの。よくわからない夢を見ても不思議じゃないわよね」
適当に答えながら、不思議な夢だねって思いながらもどこか引っ掛かるような気持ちがある。
星空の下、泉につかる自分を見つめる白髪の老人。
うーん、なにか引っかかるような気がするんだけど、何かしら?
「おーい! いたいた、探したぜコナミに愛理」
そうしてコナミくんの夢の内容について考えていると、遠くから駆け寄ってくる十代くんの姿が見えた。
どうしたことか、基本常に学園では翔くんや剣山くんと一緒にいるのに、珍しく1人のようだ。
いや、最近だとヨハンくんと一緒にいる時の方が多い気もするけど、まあどっちでもいいわね。
「どうしたの十代くん。珍しいね1人なんて」
と、同じことを思っていたのか、コナミくんが目を瞬かせながら聞いた。
「いや俺もよ翔たちと購買のパンを買って飯食おうと思ったんだけど、財布忘れちまってさあ。取りに行ってたら昼休み終わっちまうしよ。それで悪いんだけど、飯分けてくらないかと思ってな?」
「それはいいけど、翔くんたちからお金借りられなかったの? いや、愛理ちゃんのお弁当だから僕が許可するのはおかしいかな?」
首を捻るコナミくんに別に構わないわよと当然のこととして答えながら、両手を合わせて頼んでくる十代くんに私はお弁当からサンドウィッチを一つ取り出して食べさせてあげる。
「サンキュー愛理! いや、翔たちもちょっと今は金欠気味らしくてよ。余裕がないみたいだったんだよ。それで…んぐっ。今日コナミが愛理から弁当もらうって聞いてたからよ」
「なるほどね。なら、一緒に食べようか十代くん。隣に座ったらいいよ。僕の分のお弁当も分けられるし」
「おうっ、ありがとよ」
コナミくんが一緒のベンチの空いている隣をぽんぽんと叩き促す。
私が差し出したサンドウィッチを飲み込みながらサンキューと十代くんが彼の隣に座った。
もぐもぐと食べながら美味しそうに食べる彼を見ていると、少しだけほっこりとした気分になって私のお弁当は美味しいのだと自信が持てる気がする。
いつもコナミくんも美味しいと言ってはくれるのだが、私への好意故の部分も多分に感じられて素直に受け入れがたい時があるのだ。
その点、忖度なしに美味しければ美味いと偽ることなく言ってくれる彼はちょっと有難い。
「いやーいつも思うけど、愛理の飯は美味いなあ。俺も作ってほしいくらいだぜ」
「ふふ、ありがと。コナミくんがいいなら偶になら一緒に作ってあげてもいいわよ?」
2人分も3人分もそこまで変わらないしと考えながら、どうする? と、チラッと覗き込むようにコナミくんを見る。
「ん? 僕は別に十代くんなら構わないよ。愛理ちゃんがいいならだけど」
「いいのか? なら偶にでいいからよ。俺の分もよろしく頼むぜ」
「ええ、わかったわ。十代くんの分も特別に作ってあげましょう」
ありがとうございます〜となぜかコナミくんも一緒に2人して深々と頭を下げ、コナミくんとニカッと笑い合う十代くんを見て、仲良いわねえと思う。
たぶんだけど、もし十代くん以外の人が私にお弁当をついでに作ってほしいと頼んできてもコナミくんは嫌がったと思う。
だけど、十代くんへはすんなり受け入れるあたり、彼への信頼は相当なものだろう。
十代くんからコナミくんへの感情はわからないけど、コナミくんはきっと十代くんのことを親友のように思ってると2人を見ていると感じるわ。
私の勝手な想像だけど、きっと十代くんも。
だから、その男女間にはない2人の友情を見てると少し、嫉妬心が湧き上がってくる。
彼の心の一部が独占されているようでそれはとても…………。
「ちょーっと待ってください!!」
「えっ!?」
「なんだ!?」
コナミくんと仲良くする十代くんを見て暗い感情が灯りそうになった瞬間、はっとするような甲高い女の子の声が私たちの会話を遮るように湖に響いた。
「十代様のお弁当をそこの人が作るって聞こえんたんですけど!?」
「お、おう。だれかと思ったらレイじゃねえか。そうだな、愛理の弁当美味いからよ。頼んでたんだ」
「〜〜〜ッッッ!! ちょっとあなた十代様のなんなんですか!?」
「えっ!? え〜と何って言われても……」
凄まじい剣幕で詰め寄ってくるその少女に困惑気味に答え、その女の子を見る。
紺色の長い髪に、怒っているためか吊り上がった瞳は琥珀色。同年代と見るには少しばかり小柄で子供のような印象を受ける。しかし幼さを感じさせながらも整った容姿からは将来的には美人になるだろうなと感じさせた。
その容姿や膨らんだ胸元から女の子であることは間違いないようだが、黄色いシャツの上の制服が何故かオシリスレッドのような赤い上着にスカートではなくショートパンツを身に纏っており、女子ブルー寮で見かけたことのない女の子のようだった。
「十代くん、知り合い?」
「ああ、早乙女レイって言ってさ。飛び級で上がってきた今年からの編入生だ。ほら、始業式で紹介されてただろ、覚えてないか?」
「あー、確かにいた気がする。留学生やコブラ先生のインパクトに押されて忘れてたよ」
凄まじい剣幕でにじり寄ってきたその早乙女レイという少女に困惑しながら、後ろで十代くんの説明に耳を傾ける。
早乙女レイちゃんね。
飛び級ってことは年下。それも見た目から判断するに小学生か、中学生入りたてぐらいじゃないかしら。
飛び級してるなんてすっごい優秀な娘なのね。でも、ならなんで私はそんな入学したての女の子に詰められてるのかしら……。
いえ、なんとなくはわかるのよ。わかってはいるんだけど、だとしたら十代くんあなたこの子に何をしたの。
編入生ってことは学園に来たのごく最近よね。
そんな短期間でこの子の心を射止めたってことなの?
明日香さんにこの子と、すごいわね十代くん……。
「と、とりあえず一旦落ち着きましょ。えっと、レイちゃんでいいのよね」
「ええ。それで、あなたは誰なんですか。話を聞いてる限り十代様と随分親しいようですけど」
「私は水無月愛理、3年生よ。気軽に愛理って呼んでね。十代くんとはお友達で、コナミくんとの縁もあってよくお弁当やご飯をご馳走していて──」
「よく!? そんなに頻繁に十代様に手料理をご馳走してるってわけ!!」
しまった。話のチョイスを間違えてしまったわ。
レイちゃんがまたヒートアップし始めちゃった。
「おー、愛理が作ってくれた飯は俺もよく食うぜ。寮の飯も美味いけど、愛理の料理も滅茶苦茶美味いよな」
「うん。何度食べても絶品だよ。健康にも気を遣われた料理だよ。愛情ってやつを感じるね」
余計なことに火が燃焼し始めているレイちゃんに油を注ぐが如き言葉が十代くんから投下される。
うん、コナミくん。愛情を感じてくれるのは嬉しいけど、今その言葉をレイちゃんに聞かれるのは明らかに誤解されるからやめて欲しかったわ。
「あ……愛情!?」
ああ、レイちゃんが衝撃のあまりぷるぷると小さな身体を震わせながら下を向いている。
これは明らかに爆発する予兆よね。
もう、言葉で収めるのは難しいかもしれない。
一度爆発した感情を女の子の、それもまだ少女であるレイちゃんに冷静になって話し合いましょうと言ってもおそらくは無理。感情の赴くままに私を目の敵にしてくるに決まっている。
だとしたら、どんな方向に感情が向かうかで対応が変わるんだけど………。
「決めた。僕とデュエルだ愛理先輩!!」
「えっ……デュエル?」
「僕が勝ったら、十代様への手料理は僕が作らせてもらうよ!!」
「え、ええ〜〜。いや、まあ、いい……けど」
私は別に十代くんへのお弁当に拘ったるわけじゃないから、デュエルは構わないしなんならデュエルしなくてもレイちゃんに譲ってあげてもいいんだけど……。
ふんすとやる気を出しているこの娘に言うのはちょっと気まずい。というか下手なことを言うともっと怒りそうで怖い。
例えば十代様への手料理を作りたくないって言うんですか!! って感じで怒りそうなのが怖いわ。
どうやらこのレイちゃんって娘。十代くんに対して並々ならない想いを抱いてそうだし。
それが恋慕なのか憧れなのかまだ判断はつかないけれど、あまり今のこの娘を刺激しないほうがいいわよね。
「おーデュエルか! 頑張れよー!」
「愛理ちゃんもレイちゃんも頑張ってねー! いいデュエルを期待してるねー!」
私の気苦労も知らずにコナミくんたちは私の作ったお弁当を片手に完全に鑑賞モードに入っている。
やる気に満ちたレイちゃんを見ながらお互いにどっちが勝つかを楽しそうに話していて、ちょっとだけイラッとくるわね。
騒ぎを聞きつけ私と編入生であるレイちゃんがデュエルしようとしていることを聞きつけたのか、湖でご飯を食べていたカップルやグループも近づいてきて遠巻きに観戦しにきている。
「完全に見せ物ね」
「行きますよ愛理先輩。十代様への愛の手料理は僕のものです!」
何故こうなってしまったのかと苦笑いを浮かべ、間が悪かったのと、私の不用意な発言からよねえと後悔するように肩を落としながらレイちゃんとデュエルをするべくデュエルディスクを構える。
だけど愛の手料理かあ。これは完全に十代くんへの恋愛感情で確定ね。
それを思うと負けてあげたくなるけど、流石に失礼だし、実力で勝ち取ってほしいって気持ちも湧いてくる。
十代くんへの恋慕かあ。明日香さんは恋愛とデュエルで揺れててイマイチ微妙なところがあるし、レイちゃんが押せ押せすることでちょっとまだそこら辺が育ってない十代くんの情緒も刺激されるかも。
「っと、いけないいけない。デュエルしないとね」
十代くんへの恋愛模様へと意識が飛びそうになる気持ちを首を左右に振ってかき消す。
そこらへんはデュエルが終わってからでいいわよね。
「準備はいい?」
「はい。必ず勝ちます!」
「ふふ、それじゃあ……」
デュエル直前の意識を合わせるために一呼吸置く。
「「デュエル!!」」
そうして合わさった声が、湖に響くのだった──。
レイちゃんアニメ見てると十代って呼んだり十代様って呼んだり僕だったり私だったりと口調がその時々で地味に変化するんですよね。僕、私の一人称はまあ十代へのアピール的なやつだろうからいいとして、様づけしないパターンのとかはもうわからない。