並べられた木製の長机に子供達が座っていた。木造仕立ての部屋の窓から黄金色の光が差し込んでいる。
その部屋の後ろの方の一席に僕もいた。机の上には拙いながらも綺麗に書こうとしているのが感じ取れる内容の文字が書かれたノートが置かれている。
「──」
隣の席の……彼女は、ヒータなのだろうか。
僕の知る彼女よりも幼い年頃のヒータらしき赤い髪の少女が僕に向かって何事かを囁いている。
と、それを咎めるように本を片手に部屋を歩いていた白髪の老人に頭を叩かれた。
それを見た教室内の子供達が笑い声を上げている。
その光景は、初めて見るものであったが、とても心地の良いものに感じられた。
『これはいったい……』
僕の言葉に答えてくれる人はいない。
勝手に動く身体と共に、時間は流れているようだった。
ふと、このまま学校の授業のような光景が続くのだろうかと思ったその時、教師風の開かれた本を読んでいた老人が僕の方を向いた。
『ふむ、何やらいらぬ目を感じる……ふむ、エリアの世界から消えるがよい。年頃の娘の世界を覗き見とは趣味が良いとは言えんぞ』
不思議なことに、教室にいる誰の声も聞き取れなかったというのに、その言葉だけはなぜかはっきりと聞くことができた。
その温和そうな印象を受ける老人の目は鋭く細められ、まるで僕という存在を射抜くように見つめている。
そしてゆっくりと僕の目の前まで歩いてきたその人は僕の頭を撫でるように皺くちゃな手を頭の上に乗せた。
瞬間、それを感じる間もなく、僕を身体ごと遠く飛ばされるような感覚が襲った。
それは実際には違ったのかもしれない。が、僕の視界に映っていた黄金色に照らされた光景は瞬く間に遠くなって行き、視界は闇に閉ざされるのだった。
*
「はぁっ!!」
闇に閉ざされた目を開けるように、まだ空が白み始めたばかりの時間帯に僕は声を荒げながら飛び起きた。
「今……何が……」
荒げる息を整えようと胸に手を当てながら深呼吸する。
新学期が始まってから、今日のような不思議な夢を僕はちょくちょくと見ていた。
それは森の中で杖を振りかぶり水を生み出す練習をしているときのこともあれば、どこか古い別世界の人里の世界で魔法使いのような恰好をした人たちと生活を共にしているときもある。
映画の一場面を切り取ったように、その光景はその時々で種々様々なものであったが、そのどれもが僕の記憶から形成されるとは思えない光景であった。
しかし、目覚めたときには多少あやふやになっていることもあったためあまり気にすることはなかった。
だが、今の夢は違った。
確実に、僕という存在を認識した人が、僕を夢から追い出すために何かしらのことをしたのを感じたのだ。
そんなことは初めてだった。
そうしてレッド寮のベットの上で息を整えていると横から心配そうに覗き込んでいる影が見えた。
『大丈夫?』
「…………ああ、うん。ありがとう。大丈夫だよウィン。ちょっと夢見が悪かっただけだからさ」
後ろに一結びに束ねられた緑髪を跳ねさせながらその目に変わらぬ心配の色を見せる彼女に問題ないと微笑みを見せていると彼女の横に二人の少女が顔を覗かせてきた。
『まーた変な夢を見たのか?』
『ここのところ多いね。やっぱりエリアと心がつながった影響かな…………』
腕を組み、不快気な視線を向けてくる赤い髪色をしたヒータに、短く切りそろえられた茶髪に眼鏡をかけたアウスがウィンを挟み込むような形で僕のことを見ていた。
『それだと可笑しくない? エリアと心がつながったのってマスターがエリアに敗けてからでしょ?』
『ああ、その時にどうやったのかエリアの中の愛理ってやつがこいつと繋げたらしいが、夢を見始めたのは新学期が始まって少ししてからだろ?』
『エリアの記憶を見ているわけだからなにかしら関わりはあるとは思うんだけどね。僕としては、星のカードたちが怪しいと思うんだけど、僕たちには何も答えてはくれないんだよね』
ウィンたちがそれぞれ僕の横で話し始める。
それを聞きながらやっぱりあの夢は愛理ちゃんの、精霊として生きていたころの時代の記憶なんだろうなあと考えていた。
アウスを筆頭に僕が見ている記憶の詳細からほぼ十中八九愛理ちゃんこと精霊エリアが精霊界で生きていたころの光景を僕が夢という形で見ているのだと言う結論が出ていた。
この夢は少し前から見るようになっており、最初はただの夢と切り捨てていたのだが、雑談代わりにウィンたちに話したところ、それはエリアの記憶だろうと言われたのだ。
アウス曰く、愛理ちゃんの精霊の時の記憶である以上、彼女と心がつながった影響であることは確実らしい。
記憶の共有、もとい僕の記憶を愛理ちゃんが知りたがっているのではと訝しんでいるところもある。
僕が浮気してないかを確認するためにだとか。
否定しきれないところが悲しい。主に僕の素行が悪いせいだが……。
しかし心がつながり破滅の光の影響下から抜け出て正気を取り戻した当初はそんな夢は見なかったことから、心がつながったことと同時に僕たちの心に何か影響を及ぼすことが起こっているのでは。というのがアウスの考えであった。
「夢と言えばVenusが関係ありそうなんだけどねえ。自分は何もやってないって言ってるんだよねえ」
『寧ろエリアが何かを企んでいるのではと僕たちの方を疑ってくるぐらいだ。信用がないとは嘆かわしいね』
『ちっ、アタシたちがこいつになにするってんだよ。なあ?』
『ほんとだよっ! もう、失礼しちゃうよね!!』
「う、うーん、僕としては誰が原因でもいいけど、もう少しみんな仲良くしてほしいんだけどなあ」
プンプンと不満げに腕を腰に当てるウィンに舌打ちをして不機嫌さを示すヒータ。
霊使いの娘たちとプラネットモンスターたちはあんまり仲が良くない。
プラネットモンスターたちはどうやら彼女たちが、そして彼女たちの上にいる大賢者が僕とプラネットモンスターを使って何かを企んでいると考えているために信用していないらしいのだ。
僕としては面識のない大賢者はともかくとして霊使いの皆が僕に害を為そうとしているとは思えないのでできれば仲良くしてほしいのだが、上手くいっているとは言えない。
Venusが言うには霊使いの皆はともかく、大賢者の素性が知れないため、その指示に従ってやってきた彼女たちも容易に信用することはできないらしい。
『まあわからねえことを考えても仕方ねえ。それで、今回は随分な起床だったじゃねえか。どんな夢見たんだよ』
ヒータが横目に聞いてくる。あまり心配してなさげであるが、その瞳に不安げな色が見えている。
勝ち気で粗野な印象も受ける彼女だが、心を許した相手には優しいらしいと言うのがウィン談だ。
「うーん、なんていうか。今日のはちょっといつもとは違ったんだよね」
『違う? 興味深いね。詳しく教えてくれないかい?』
「うん。今日のはちょっとした教室みたいなところで幼いヒータたちと授業を受けている光景でさ──」
僕はベットに腰かけたアウスと机の椅子に足を組んだヒータ。そして宙にぷかぷかと浮かんでいるウィンに聞かせるために今日見た夢を一つ一つ説明していった。
最後に白髪の老人が明らかに僕を認識したうえでエリアからはじき出す様に僕に触れてきたことで目を覚ますことになったことを話して、皆の反応を窺った。
『…………なるほど。今回は君に干渉してきたってことか』
『なあ、白髪の老人って奴ぁ、たぶん…………』
『うん。大賢者様だと思うよー!』
『だろうね。しかしそうなると今回のこれはただの夢ではないね。過去を垣間見ているだけなら大賢者様が何かできるとは思えない。文字通り過ぎた記憶を見ているだけなのだから』
そこには各々の反応があった。
アウスは思案顔になってこれまでの夢との差異について考えている。ヒータは気難しい顔でアウスと話し、ウィンは………あまり考えるつもりがないのか2人に任せるように宙を泳いでいる。
「は〜〜ぁ。まあなんでもいいよ。とりあえずまだ起きるには早いし、2度寝を──」
『おう、ちょっと待て。その前にその手の下にあるカードはなんだよ』
「えぇ?」
外を見てまだまだ眠る時間であることを確認した僕は欠伸をしながらもう一度布団を被ろうとした。
その僕の行動を咎めるように、ヒータが僕の手の下を指差した。
「これは……なんでこんなところに。デッキに入れておいたはずなんだけどなあ」
僕の掌に下敷きになるように、そのカードたちは置かれていた。
一枚は「The grand JUPITER」。白く染まった三沢くんに勝利した時に手に入れたカードだ。
三沢くんから貰った後、大切にデッキに投入したのだが、なぜか今僕の手に敷かれている。
そして、もう一枚。これは…………。
「The suppression PLUTO…………?」
紫霧を纏わせた悪魔のような黒いモンスター。
JUPITERと一緒にその見覚えのないカードを手に取りアウスたちと共に眺める。
見れば見るほどに手に入れた覚えのないカードは、僕の手に奇妙に馴染み、その名前から恐らくプラネットモンスターであるとわかった。
と、そう認識した瞬間だった、
手にしたPLUTOのカードが光を放ち始めたのだ。
「──うぇッ!?」
『やべえっ! おいッ! 離せそのカード!!』
『もう遅いよヒータ』
『ええ~!!』
目を開けていられないほどの瞬くような光がカードから放たれ、部屋の全てを照らしていく。
そして光源であるカードに吸い込まれるように僕と、そして僕の傍にいた霊使いの皆がカードの中に吸い込まれて行った。
僕たちがカードに吸い込まれた先、部屋にはその瞬間まで住人がいた形跡だけを残し、その後、物音一つ表すことはなかった。
*
「うぁあああああああ!!?」
カードの光に包まれ吸い込まれた先、僕は突然の浮遊感と共に周囲が闇のような靄に包まれている暗黒の世界に身を投げ出されていた。
「──ぐげっ!??」
突如として始まったその浮遊感は同じように突如として終えた。
光に包まれてカードに吸い込まれて10秒も落ちてはいなかっただろう。固い地面に頭から叩きつけられる形ではあったけれど、何とかたんこぶを作る程度で地面に落ち着くことができていた。
『おい、大丈夫かぁ?』
「イテテ………何とか………うん、まあ大丈夫」
僕と共にカードの中に吸い込まれていたらしいヒータたちが上からゆっくりと降りてくる。
地面にぶつかったことでたんこぶとなった頭を押さえながら彼女たちに答えて、僕は何が起こったのか、ここはどこなのかと周囲を見渡した。
「ここどこぉ?」
そこは一本道となった地面の上だった。5メートルほどの横幅の道にその下は崖となっていて落ちたらどうなっているかわからない。
明かりは自分たちの周囲のみを照らしており、数メートル先を見通すこともできず、またその明かりが何によってもたらされているのか、それを知ることもできなかった。
「横も後ろも上も真っ暗だ」
『前以外に道がないよー。ここ、ちょっと怖いね。それに寒いしぃ』
両腕をさすりながら震えるウィン。彼女の言う通り、ここはちょっと、いやかなり寒いし怖い。
僕の口からは白い息が吐き出され、まるで真冬の外のようだ。
『道が前にしかねえってことは前に進むしかねえってことだ。ここに突っ立ってても仕方ねえ、行くぞ』
『ふむ、ヒータの意見に同意だね。僕もそうすべきだ。ここは、あまり長居をすべきところではなさそうだ』
「うん、わかった。行こう、ウィン」
前に進むヒータとアウスを追いかけるように、寒さか恐怖か、何かに耐えるようにう〜と唸っているウィンを促して前に歩き始めた。
「どこまで続いてるのかな」
『さて、ね。向こうから呼んだんだから、迎えの一つでも……と言ってる間に来たようだよ』
ヒータとアウスが先頭を行く形で真っ直ぐに続く道を歩き始めてしばらく、一向に景色の変わらない道に飽きてきた頃、目の前から大きな一つ目をした蝙蝠のような羽が生えたモンスターが現れた。
『こいつぁ、ナポレオンじゃねえか。なんでこんなところに居やがるんだ?』
「ナポレオン?」
『D・ナポレオンだよ。僕たち霊使いの一人、闇の精霊であるダルクの使い魔さ。思い出せないかい?』
「う、う〜ん。なんか見たことあるモンスターだなあとは思うんだけどね」
アウスの説明に宙に飛びながらその大きな一つ目で僕たち全員を見つめるモンスターを思い出そうとする。
額に手を置きながらなんか見覚えあるなあと喉元まで出てきそうになるものの、ダルクのカードの絵柄にそんな感じなのがいたなあ程度の印象しか思い出せそうになかった。
『おいおいしっかりしろよ。特別珍しいってモンスターでもあるまいし、それでも決闘王になろうってやつの言葉かよ』
「う゛っ、ごめん。そう言われると辛いところなんだけど」
『まあ仕方ないさ。効果を持たない下級モンスターだし、思い出せなくてもね』
『でもー、私たちのマスターだし私たちの使い魔のことくらい知っておいてほしいよねー』
「……ごめん」
アウスのフォローも虚しく僕は胸の内にダメージを負いながら項垂れる。
ヒータは元の性格故にだけど、ウィンはちょっぴり僕に対して当たりが強いんだよね。やっぱり出会い方がちょっと悪かったせいだろうなあ。
『ウィン、あまりコナミを困らせない』
『はーい。ごめんね、本当はあんまり気にしてないからね、マスター』
「はは、ありがとうアウス、ウィン」
アウスに嗜められたウィンがにっこりと笑い僕を見る。その笑みに暗いところはなく、ただ僕を揶揄っていただけなのだろうとわかる。
ただ、やっぱり彼女たちに認められたデュエリストとしては、すぐにわかるべきだったよなあと乾いた笑いが溢れた。
『お前ら、喋ってねえで先進むぞ。どうやらこの先にいるっぽいしな』
目を細めて僕たちを認識したD・ナポレオンがパタパタと道の先へ進んでいく。
それを見たヒータが僕たちを急かしながら先へ進み、僕たちも慌てて追いかけた。
そうして前へ前へと進んでいくナポレオンについていくこと10分くらいだろうか。
正直同じような一本道を永遠と歩いてるから時間感覚がおかしくなっている気がする。
まあともかくそれくらいだと思うんだけど、その一本道の先に彼は突き出た岩に座って待っていた。
『ナポレオンがいるならと思っていたけど、久しぶりだねダルク。元気にしてたかい?』
「アウスか。それにヒータにウィンも。エリアとライナはいないようだが……」
『エリアはちょっと事情があってね。それはまた後で話すよ。ライナとは残念ながらまだ会えていないんだ。それよりなぜここに君がいるんだい。それにこの場所はどこなのか、君は知っているのかな』
身長ほどの長い杖を手に、短髪の黒髪に薄い茶色のローブを纏った美少年。霊使いダルクがそこにいた。
「うーん、愛理ちゃんたちが全員美少女だからダルクも美形なのかなあって思ってたけど、当たり前のように美形だ」
『人間って容姿に妙に拘るところがあるよねー。どうしてなのかな』
『人間にとっては見た目も武器の一つとして見られるからだろうね。僕たちとは生まれも存在としてのあり方も違うのさ』
「そんなことよりそこのお前、お前が勇者だな」
ダルクが僕に視線を投げる。
気怠げに首を傾げながらも、その目には鋭い闘志が宿っていた。
「そうだ。僕はコナミ。君たちが勇者として探している人物だよ」
「そうか。ならさっさとデュエルを済ませるぞ。再会も雑談もここの説明も、全てが終わってからでいい。構えろ勇者、デュエルだ」
杖を岩に立てかけ、腰を下ろしていた岩から立ち上がったダルクがディスクを構える。
僕もまた、この暗黒の世界に入った時からそれが当たり前であるように左腕についていたデュエルディスクを構え、そして僕の周りにいたヒータたちに目配せをした。
『敗けんじゃねえぞコナミ!』
『奇妙な状況だが、まあ、いつも通りやることはデュエルで勝つことだ。油断はしないように』
『頑張ってねー!』
ヒータたちがそれぞれの言葉を告げながら僕のデュエルディスクに吸い込まれていく。
たぶんプラネットモンスターの冥王星だったと思うけど、PLUTOの仕業によるこの暗黒の世界。
過程はどうあれそんな世界で霊使いのダルクと出会えたのは僥倖だ。
皆もやる気みたいだし、いつものように、このデュエルで勝つ!!
霊使いの皆がデッキに消えたのを確認した僕はこちらを見つめるダルクと目を合わせ準備ができたと頷く。
それを見たダルクは意識を集中させるように大きく息を吐いて強い目を開いた。
そしてそれが、デェエル開始の合図となった。
「「デェエル!!」」
なんか 久々に霊使いの娘たちを出したなあ。