初心者粉眠くんのデュエル日誌   作:XX

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異世界編、第2章。


月光の涙

 

 吹き荒ぶ風が砂埃を運んでくる。口に入る砂を唾と共に吐き出しながら三沢は一面が黄色く反射する砂漠の上を1人歩いていた。

 

 空からは太陽が照り付け、一面砂しかない砂漠に反射して輝かせている。その熱気から身体を守るために気休め程度にしかならないだろうが上着をカーテンのように頭の上から被り、影を作ることでわずかに温度を下げる。

 

 しかしそれ以上には衣服は脱がない。どれほど暑くても、衣服を纏わずこの砂漠を歩くのは自殺行為につながると理解していたからだ。

 

(──あれからどれほど経ったのだろうか。光に呑まれ、気がついたらこの砂漠に1人。どこへ向かえばいいのか。見当もつかないな)

 

 体力の消費を抑えるために口に出すことはない。内に吐き出すにとどめる。

 

 光に呑まれ意識を取り戻した時、三沢は四方見渡す限り一面砂しか存在しない砂漠に横たわっていたのだ。

 果たしてこの場所が元いた人間の世界なのか、それともまだ精霊たちの住む精霊界なのか、判断をつけることはできずにいた。

 

 なぜなら目覚めた時そばには音速ダックはおらず、精霊と思しき存在も確認することはできなかったからだ。

 それ故にこの場所がどこなのかを把握することはできず、また、どこへ向かうべきなのかも判断することは叶わなかった。

 

 ………いや本当はわかっている。少なくとも今ここにいる俺はまだ元の世界に戻れたわけではないということだけはわかっていたのだ。それを認めたくないための言い訳だ。

 

 恨みがましい視線のまま、顔を上へと向ける。

 

 目を向けた燦々と照り付けてくる太陽は3つ存在していた。

 これは俺が元々いた人の住む世界ではあり得ないこと。それを確認したその時点で、ここがまだ人の世界ではないことの証明であると嫌でも理解させられた。

 

 しかし、この世界がどこであれやるべきことは決まっていた。

 水場を見つけること。それが第一にすべきことであった。

 

(砂漠で1人彷徨うなど、殺してくれと言っているようなものだ。なんとか節約すればバックに入っていた水と食料で数日は持たせれるだろうが、それまでに見つからなければ俺は……)

 

 頭の中に浮かんだ不穏な想像を振り払う。このまま彷徨い続け水と食糧を失った俺が干からびた姿が浮かび上がってきたからだ。

 

 急いでオアシスのような休める場所か、生物の住む街や都市を見つけなければならなかった。しかし、焦ることは余計な体力を消耗することに他ならない。

 

 俺はなだらかな丘隆となっている砂地に足を取られないように慎重をきしながら歩き続けていた。容赦なく降り注ぐ太陽に合わさって慣れない足場に必要以上の気力と体力を必要とされたが、現状はなんとか歩みを止めることなく進めていた。

 

 この進む先が果たして正しいのかどうかわからない。最初っから詰んでいる可能性さえある。絶えず囁き続ける俺の中の不穏な想像に耐えることにすら強靭な精神を必要としていた。

 そうして歩み続け、山岳のように盛り上がった砂地を上り詰めた先、俺は信じられないものを見た様に驚愕した声を上げた。

 

「バッ、バカな!? 何故ここに、こんな砂漠にアカデミアがあるんだ!!!」

 

 幻かと目を擦る。疲労と熱で蜃気楼のような幻覚でも見ているのではないかと。しかし、いくら目を擦っても遠くにあるアカデミアの幻想は消えてはくれなかった。

 

 或いは俺の頼むから人が住む場所が見つかってほしいと言う縋るような思いが生んだ空想かとすら疑ったが、変わることなくその存在感を放ち続ける学び舎の姿は俺にそれが幻でも空想でもないことを教えてくれていた。

 

 俺ははやる気持ちを必死に抑えながらアカデミアへと足を急がせる。

 

 アカデミアがこんな砂漠にあるはずがないという気持ちと、奇跡でも何でもいいから現実のものであってくれと言う期待。いくつもの超常現象を味わい死が間近まで迫ってきているという恐怖心から逃れたいという気持ちがそれを後押ししていた。

 

 そうして走るまではいかない速度で早歩きをつづけ、時折砂に足をとられよろけながらもアカデミアに辿り着いたとき、それが幻想ではないことがわかった。

 

 アカデミアの正面玄関のタイルは砂漠の砂地ではない硬い感触を足に与え、踏み込むたびにコツコツと特有の音をたてる。

 ガラス張りの透明な窓はつるりとした感触を手のひらに反してくる。

 そうして触れて確かめることで俺は確信した。これは間違いなく俺の知っている学舎であるデュエルアカデミアであると。

 

(理由はわからないが、ここにはアカデミアがある。今はそれを受け入れるんだ。そして、ここが俺の知るアカデミアならこの中には十代たちがいるはずだ)

 

 目の前にあるものが現実のそれであると確かめ、玄関から中に入ろうとしたその時、上から声がかかった。

 

「おーい三沢ー! お前なんでこんなとこにいるんだー!?」

「十代!? お前こそなぜ……いや、お前がいるならやはりここはアカデミアか!!」

 

 俺を呼ぶ声が聞こえた方向を見ると、上階の窓から顔を出した十代がいた。十代に続くように明日香くんや万丈目等、学園の友人たちも顔を覗かせ驚いた顔を見せている。

 

 俺は彼らと出会えたことに喜びと同時に困惑の混ざった目を向け、そしてお互いの知りうる限りの情報を交換するために足早に学園内へと入っていくのだった。

 

 

 

 

「なぁにー!? じゃあここはカードの精霊の世界だったのかァ!??」

「そうだ。信じ難いことだろうが、そこにいるハネクリボーがその証明だろう。俺とコナミ、そして愛理くんはこことはまた異なる場所ではあるが博士の実験施設から精霊の世界へと跳ばされていたんだ」

 

 学園の保健室に十代の声が反響する。

 保健医の鮎川先生に体の状態を見てもらいながら俺は学園にいた十代たちにこの世界についての説明をしていた。

 

「コナミのやつ、お前んところ行ってから全然帰ってこねえと思ってたけど、知らねえ間にこんな世界にいたのか……」

「ああ。ところでお前たちはなぜこの世界にいる。アカデミアまであるなど俺のいない間に何があったんだ……」

「それが俺たちにもよくわからなくてな。コブラ先生とデュエルして、その後に突然出てきた変な奴がパァって光を放ったらこの世界にいたんだ」

「?」

「いや、だからだな。オレンジ色をした変な奴が出てきて──」

 

 十代の説明は今一要領を得なかったが、代わりに留学生らしいヨハンという少年が教えてくれた。

 なんでも彼らと共に学園に来た特別講師のコブラ教諭により行われたデスデュエル。それはデュエルを行うたびにデュエリストから生命エネルギーを吸収するためのものだったらしい。

 

 それを行うためのデスベルトというものを十代含め全員が腕につけていた。そして十代とのデュエルに敗北したコブラ教諭は突然現れた少年の姿をした謎の存在により塔から落下。安否はわからず、そしてその少年の力により、どうやってかアカデミアごと自分たちはこの世界に跳ばされたとのことだった。

 

「なるほど、その少年は今は……?」

「わからねえ」

「俺たちがこの世界に来た時にはそいつはいなくなっていた。流石に何処かにはいると信じたいが」

「居所は不明か。厄介だな。目的も手段もわからないとなると、現状できることは限られるな」

「ああ、俺たちはこの世界について調査をしつつ元の世界に帰る方法を探ってたんだ」

 

 十代とヨハンからこの世界に来てからなことを聞きながら俺が知る限りのことも伝える。

 

 命懸けのデュエルについて話すことは躊躇われたが、知らずに行うよりは良いだろうと、この世界でも同じかはわからないと事前に注釈を入れた上で十代たちに話した。

 

 その反応はやはりと言った具合で強張った表情を浮かべ、不用意にデュエルはしないようにと、全生徒に伝えることが決まった。

 

「ねえ三沢くん。あなたコナミと愛理と一緒に精霊の世界にいたって言ってたけど、2人は今どこにいるの?」

「ゔっ、それは……」

 

 明日香くんが不安気な顔を浮かべながら聞いてきた2人の所在。当然聞かれるものと覚悟していたが、口にすることは少しばかり重苦しかった。

 

「おい三沢、さっきデュエルで負けたら死ぬって話をしてたけど、まさかコナミたちは──」

「生きているっ! 生きている……はずだ……」

 

 青ざめた顔で不吉なことを口にした十代に大喝するように俺は荒げた声を出した。あるいはそれはそうあって欲しいという気持ちが全面に押し出された縋るような声だったのかもしれない。

 俺の様子を見ていたみんなから、話せという無言の圧力が込められた視線が向けられていた。

 

「わからないんだ」

「わからない……とはどういうことだ。三沢大地と言ったな。知っていることは全て話すんだ」

「……君は?」

「俺はオースチン・オブライエン。ウエスト校からの留学先だ。この緊急事態、あらゆる情報が必要だ。お前が異世界に来てからのこと、全て話すんだ」

 

 絞り出すように呟いた俺に保健室の壁隅で俺たちの会話をじっと聞いていた褐色肌をした筋肉質な男子が前に出てきて問いただしてきた。

 その目には否定を許さない強い意志が見えている。俺がすべてを話すまで許さないと言った風情だ。

 

「……そうだな。お前たちもこの世界に来ている以上、全て話すのが筋か。あれは博士の実験でコナミたちを呼んだ時から始まった──……」

 

 俺はため息混じりに異世界に来ることになった時のことを詳細に話していく。

 

 自然、それはコナミと愛理くんの間でのみ秘密にされていた勇者としての件や彼女の正体が精霊エリアの魂を宿す人間であることなど、安易に他者に話して良いかと躊躇われる内容も含まれていたが、オブライエンの言う通り今はどんな情報でも共有すべきとの言葉に背を押され余すことなく俺の知り得る限りのことを話した。

 

 その内容に皆驚き目を見張る。が、その内容にどこか納得している様子もあった。それぞれ過去にあの2人の常人離れした行いに思い当たる節があるのだろう。口々にその時のことを話し始めた。

 

「そういやあコナミのやつカミューラとのデュエルの時、闇のアイテムとかなしでモンスターの実体化とかさせてたな。あのクリスタルは勇者の証って奴だったのか」

「それに愛理先輩も斎王から渡された鍵を手にして逃げる時スゴイ速かったドン。あれも精霊の力ってやつなら納得ザウルス」

「それで、最後にコナミに愛理を追わせた後、どうなった」

「突然現れた光の柱。それに呑まれ、気がついたらこの砂漠の上に寝ていた。俺が話せるのはここまでだ」

「なるほど、つまりコナミと水無月愛理という少女の消息は不明。安否もわからんと言うことだな」

「ああ」

 

 話の締めにオブライエンが纏めた言葉に室内に重苦しい空気が流れる。自分たちの身の安全さえ保証されない今、2人の捜索、ないし救助は極めて難しいことをその場にいる誰もが悟っていた。

 

 だが、俺は諦めるつもりはなかった。

 なんとしても必ず2人を探し出すつもりだった。そのためにも今は……。

 

「オブライエン、君はこういう緊急事態にひどく冷静な判断ができそうだから聞かせて欲しい。今俺たちは何を最優先の目的として動くべきだ」

「三沢大地、俺たちは極めて困難な状況にいる。地図のないアマゾンの奥深くに迷い込んでしまったような状況だ。この場合、生存者の救助よりも、自分たちの身の安全と帰るためのルートを確保することを最優先にすべきだ」

「……やはり、そうなるか」

 

 それは半ば以上にわかっていた返答だった。目を伏せ、自分のなすべきことを受け入れるために黙り込む。

 

「なっ、2人のことは諦めるっていうのか!?」

「そうじゃない十代。あくまで優先すべきは元の世界への帰還を最優先にすると言うだけだ。そのための手段を模索する過程で二人のことも探す」

「仮にその方法が見つかったとして、愛理たちが見つかっていなかったら!? その時はどうするの!? 2人を置いていくと言うの!!」

「明日香くん、君の気持ちはわかる。俺としてもコナミと愛理くんは探したい。だが今俺たちにその余裕がない。それをわかってくれ」

「それは………そうだけど…………!」

 

 俺の説得を理解したうえで渋る明日香くんだが、オブライエンがさらに俺たちが置かれた状況の厳しさ、つまり食料が限られていることやこの世界における情報の少なさの危険性を追加で説明することで納得はせずとも引き下がってはくれた。

 

「大丈夫だ明日香。コナミは強い。そう簡単にやられねえよ。それにあいつが愛理を助けに行ったんだ。2人ともぜってえ無事だ。そうだろ、三沢!!」

「十代………ああ。あいつが敗けるはずがない。もしかしたら今頃、愛理くんと2人で異世界観光でもしているかもな。ははは!!」

 

 何より最後に十代が自信をもって言った言葉が決め手となったのだろう。皆の表情から悲壮感が薄れ、俺の気持ちも心持ち軽くなった気がする。

 ニヤリと笑い、コナミに強い信頼を向けている十代を見ていると、自然と前を向く元気が出てくる。やはりこいつは人を引っ張っていく力が、カリスマがあるのだろうな。こういう状況だと、頼もしさを感じてならない。

 

(コナミ、お前は今どこで何をしている。今は無理だが、必ず元の世界への帰還の術を見つけ、そしてお前たちを探し出す。それまで、無事でいろよ)

 

 オブライエンを中心にこれからの行動を細かく決めていく。その話を聞きながら俺は二人の無事を祈り続けるのだった。

 

 

 

 

「──勇者くんが生きている。と、言うのは本当ですか?」

「ああ、まず間違いないだろう」

 

 雲を貫きやがては宇宙にも届くであろう世界樹の上。欠けた月が見下ろす大樹の頂上。

 

 そこには、3人の精霊がいた。

 3mを越す巨体の老人であり数多の魔法使いを育てた大賢者。白いローブに身を包み、怪訝な目を大賢者に向けるアレイスター。そして、彼らを目に留めず世界樹に吹く風を浴びるドリアードであった。

 

 コナミを倒し、10枚のプラネットカードを集めた大賢者は世界に現れた光の柱に襲われる前に、召喚師アレイスターと精霊神后ドリアードを引き連れ新世界創世の舞台として選んだ里で唯一燃えることなく残った大樹へと登っていたのだ。

 

「解せませんね。あの時勇者くんはあなたに敗北し命を散らしていた。私はこの目で見ていましたし、それはあなたも同じはず。何故生きていると?」

「これを見るがいい」

「集めた星のカードですか。………ん、これは…………」

 

 無造作に宙を飛んで渡された10枚のカード。それを受け取ったアレイスターがそのカードの反応に訝しむ。

 渡されたカード。そのうちの太陽の名を持つカード以外の惑星のカードから発せられる力が奇妙なほどに弱弱しかったのだ。

 

 それはあり得ないこと。惑星が手ずから生み出したカード。そのカードに宿る厖大なエネルギーが勇者くんの手元から離れたと言うだけでこれほどまでに矮小化するはずがない。

 

 それを理解しているがゆえに、アレイスターは問うような視線を大賢者へと向けた。

 

「勇者は生きている。手段はわからぬが、あの光の中、いずこかへと逃がされたのだ。そうであるが故にカードに宿る力が微弱なのだ」

 

 大賢者は敢えて、逃がされたと表現した。

 到底、あの非力な少年が私に悟られぬ方法で生き延びることができるはずがないと考えていたために。それは自らの力に対する絶対的な信頼からくるものでもあった。

 

 そして確信していた。惑星のカードの力は勇者と呼称し呼んだ少年、コナミの内に隠されていると。コナミを始末しなければ、プラネットカードに力が返ることはない。自らの新世界創世の計画は夢想の泡と化すのだ。

 

「では追いますか。今どこにいるかはわかりませんが」

「ああ。いや、まて、ドリアードよ。少年と長くいたお前から見て、あの少年はどう行動すると思う」

 

 光の中へと消え去ったコナミを探すための魔術を使用しようとしたアレイスターを制し、大賢者は黙したまま反応をしないドリアードの方を向いた。

 コナミが消えた瞬間を見た彼女の瞳には深い悲しみの情が浮かんでいたが、今はその悲しみの感情は鳴りを潜め、静かに佇んだまま瞳を瞑っている。

 

「彼は必ず私たちの元へとやってくるでしょう。彼自身の意思で」

 

 コナミが生きている。その事実に内心では安堵の情がこみ上げているのが見てとれた。表に出すまいとしているようであったが、その声には力強い確信と信頼が籠められていた。

 

 愛する私を助けにくる。そう彼が行動すると信じてやまない女の声だった。

 

(なるほど。融合しドリアードになった今でも、あの少年には恋慕の情があるのですか。中心となったエリアの要素が大きいのか。それとも霊使いたちの少年に向ける感情の大きさゆえか。気になりますね)

 

 瞳を閉じ、その心をいずこかへと向けているドリアードを見ながらアレイスターは思う。

 大賢者は彼女をこそ、新世界の核として活用するつもりらしいが、そう上手くいくだろうかと。いざとなれば勇者くんに味方をしそうな今の彼女が果たしてそう簡単にこちらの都合通り動いてくれるかと疑念に感じていた。

 

「向こうから自ずと来るか。ならば………」

「こちらからは出向かない。そういうことですか」

「新世界の創世もある。無駄な力の消耗は抑えたい。しかしただ待つと言うのもな」

「それなら私の方から追っ手を差し向けましょう。上手くいけば労せずカードに力が帰ってきますよ」

「うむ、ではそのように」

 

 話を終えた大賢者がカードを手に世界樹に作られた屋敷へと戻っていく。アレイスターもまた、コナミへの刺客を送る準備を考えながら1人欠けた月へと視線を送るドリアードへと目を向けた。

 

 純白の月光を浴び、豪奢なドレスを着た見目麗しいドリアードが蜂蜜色の長い髪を風に乗せながら涙さえ流しそうな切ない瞳を浮かべている。

 

 一種の芸術のような美しさを見せる光景だが、果たしてその切なさが今は遠い愛しき男を想ってのものか、それとも、信じていた大賢者に自らが利用されていたことに対する悲しみによるものなのか。

 

 清涼な空気を壊すのを忍びなく思いそっと声をかけることなく立ち去るアレイスターには彼女の内心の細部を推し量ることはできなかった──。

 

 

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