初心者粉眠くんのデュエル日誌   作:XX

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寝ようとしても眠れない日は翌日が辛い。


等価交換

 

 ゆらゆらと宇宙空間を漂う石ころのように、コナミは暗黒の宇宙たる心の世界を揺蕩っていた。朦朧とした意識は判然とすることなく目覚めることはなかった。

 

 常なら暗黒の宇宙の中で燦然と輝きその存在をこれでもかと周囲に示す巨大な惑星も僕の眠りに連動しているかのように今は暗く翳りその存在を隠している。

 

 このまま宇宙を漂い悠久の果てまで眠りの揺かごに戯れる。それでもいいかと意識の片隅で考えていた。

 この世界にいる限り外の恐ろしい現実と向き合う必要はない。そうわかるが故に、僕は弱く心の蓋を閉じようとした。

 

「──ろ……」

「?」

 

 雑音が届く。それはおかしなことだった。ここには僕以外存在しない、そう思っていたから。小さく、しかし確かに聞こえたその音に耳を傾けて原因を探ろうと半ば眠りながらもする。

 

「──き……ろ!」

 

 やはり聞こえる。聞き間違いではない。ここに、僕の心の世界に僕以外の存在がいるのだ。

 不可思議に思い瞼を重苦しく開けていく。このまま眠っていたいと誘惑する気持ちが引き留めてくるが、追い打ちをかけるように続いた声が僕の眼をさらに開かせた。

 

「いい加減目を覚ませッ! この馬鹿がッッッ!!」

「──ッ!?」

 

 どこか懐かしさを感じながらもあまり好ましくない存在の怒鳴り声が耳元に届き、僕は天敵と出会った蛙のように跳ね起きた。

 慌てて起きた僕は目を瞬かせながらその声の主を見る。そこにいたのは緑色の人形爬虫類であるガガギゴが──かつて共に戦いいつの間にやら僕の元から消えていた精霊が僕の隣で見下ろしていた。

 

「お前……ガガギゴ!?」

「ようやく起きたか、この阿呆め。相も変わらずその間抜けづらを晒しているようだな」

 

 そこにいたのは間違いなく僕の知るガガギゴだった。僕に対して辛辣なことを吐くその口も、僕を見下す傲慢な態度も、なぜ僕に憑いているのか不明でならないその不遜な精霊の存在は僕の知るガガギゴ以外の何者でもない。というかこんなのが2体もいてたまるか。

 

 ともかく寝起きに見るには嫌な相手であり、ムカつく相手であるが、これまで姿を消していたその精霊が今、どういうわけかここにいる。

 そのことに対し、僕は疑問を呈さずにはいられなかった。

 

「おまえ……なんでここに……っていうか今までどこにいたんだよ!?」

「喚くな喧しい。悠長にお前に理解できるレベルで説明している時間はないのだ。俺がこれから話すことをただ聞け。質問はするな」

「なにィ!!」

 

 こいつ、久々に会ったってのに全然変わってない!

 本気のデュエルで僕に負けたんだからその腹の立つ態度を少しは改めてもいいだろうに。相変わらず嫌な奴だ!

 

「──っていうか、お前なんか弱ってないか? なんていうか存在が薄いような……」

 

 気持ちよく微睡んでいたところを無理に起こされたこと以上にその態度に腹が立ち文句の一つでも言ってやろうと口を開こうとしたが、その瞬間目に映ったガガギゴの姿に違和感を感じその文句の言葉がついて出ることはなかった。それを超える疑問と違和感が大きかったからだ。

 

 ガガギゴは見るからに弱っていた。その立ち姿こそ以前と同じ堂々とした姿勢を見せていたが、その存在感というべきだろうか。ガガギゴの内に宿る生きるための力とも表現すべきナニカが酷く薄まっているように感じたのだ。

 

「いいかよく聞け。まず俺はもうすぐ消滅し、この世から消えて無くなる。今後お前と会うことは2度とない。だから間に合う内に伝えるべきことを伝えておく」

「は? 消える、お前が?」

「もう一度言うが、お前からの質問は受け付けん。時間がないからな。俺は以前お前とデュエルした時、VENUSに消されかけたが、ジ・アースと契約することでお前の中で眠り、その契約が果たされる時までその存在を維持していた」

 

 僕の疑問を無視して話し始めたガガギゴ。その様子はあまり余裕と言ったものを感じられない。

 恐らく本当に時間がないのだろう。僕の疑問に一つ一つ答えることができないほどに。

 

「ていうかお前が僕の側からいなくなったのってVENUSに消されそうになったからだったんだな。知らなかった。てっきり僕に負けたショックでいなくなったんだと」

「そんなわけがないだろう阿呆が。話を続けるぞ、俺が交わした契約。それはお前がデュエルによって死を迎えた時、代わりに俺の命を捧げると言うものだ」

「………えっ?」

「お前が大賢者とのデュエルで敗北し死ぬ可能性についてはエリアがお前を勇者として選んだその時から気づいていた。その時、生かすための身代わりが必要だったのだ」

「ちょ、ちょっと待ってよ! 身代わりって……どうして!?」

 

 話を止めるように手を前に出す。

 

 デュエルで負けて死ぬ。僕がいずれ大賢者と戦って死ぬかもしれないから身代わりになる。いわば保険をかけておいたって言いたいんだろうけれど、それをなんでこのガガギゴが代わりとなったのか。僕にはさっぱりわからなかった。こいつの態度から見ても、とてもそんなことするとは思えなかったからだ。

 

 理解が及ばない。そんな僕を置いてガガギゴはさらに口を開けた。

 

「俺にとって大賢者はなんとしても倒さなければならない相手だった。だが、俺では力が足りなかった。だからお前に託すことにした。不愉快だが、それが選べる最善だからだ」

「託す……僕にお前が……?」

「コナミ、大賢者はお前にとっても許し難い相手のはずだ。奴は一度、エリアを殺しているのだからな」

「愛理ちゃんを……殺している?」

「そうだ。奴はエリアを都合のいい駒とするために殺したのだ。お前の知る今のエリアは一度大賢者に殺され新たに誕生したエリアにすぎない。俺が幼い頃契約した、惚れた女ではないのだ」

 

 そう語る彼の目に深い悲しみが垣間見える。僕の知るガガギゴとは大きく異なる姿だった。昔を懐かしむように細められた目には僕が知らない純粋な精霊であった頃の愛理ちゃんが映っているのかもしれない。

 

 その時幼い頃と言ったから恐らくはガガギゴはまだギゴバイトで、愛理ちゃんと魔術の修行を頑張っていた頃の思い出なのかもしれない。

 そしてその思い出が大切であるが故に、大賢者のことが許せないんだろう。その目に怒りと憎しみが宿るのを見て、僕は悟った。

 

「一度死に、世界へと還ったエリアはもはや俺の知るエリアではない。魂の形が同じなだけの別人、あれはもうお前のエリアだ。だからコナミ、あのエリアはお前が助けろ。そして大賢者を倒せ。それがお前の為すべきことだ」

 

 もう限界なのか、ガガギゴの体が崩れていく。その崩壊に僕は為すすべもなく、止めることもできない。

 

 僕の死の代わりを引き受けたこの憎らしくも長く頼りにしてきた仲間が消えてゆく。それをただ呆然と見守る僕は悲しいのか、感謝すればいいのか、定まらない心の動きに戸惑い反応できずにいる。

 

「俺は失敗した。弱い俺にはエリアの仇を討ってやることはできなかった。あーまったく不愉快だ。無念の極みだ。己の弱さも、エリアに愛されているお前に託さねばならない現実も、まったくもって不愉快だ」

 

 崩れゆく体を気にもせず、これ以上ないほど悔しそうに、宙に顔を向けながら何度も、何度も口惜しそうに不愉快と口にするガガギゴ。

 その目にはもう僕のことは映っていない。その心は過去へと羽ばたくように自らの半生を振り返っているように遠くを見つめている。

 

「ガガギゴ……待ってくれ……僕はもう……」

 

 何を言えばいいのかわからなかった。いや、何を言ったところでもはや届くことはなかっただろう。崩れた体はもはや僅かな顔を残し全て消えてしまっていた。

 言葉を紡ぐことはできなかったが、せめて最後に触れようと伸ばした手も結局、届くことはなくその前にガガギゴが塵と化し霧散してしまった。

 

 儚い、そしてあまりにもあっけなく訪れた仲間との別れであった。

 

「……?」

 

 しかし伸ばした手は何かを掴んでいた。キラキラと光るそれはガガギゴのカケラ。塵となって消えたガガギゴの記憶のカケラだった。

 

 そのカケラから流れ込んでくる思いがあった。

 優しい、そして温かな過去の記憶。

 

 僕の知らない穏やかな顔をしたギゴバイトとエリアが初めて使い魔として契約した時の記憶。

 夢の中で幾度も訪れた森に囲まれた美しい湖で2人は出会ったのだ。それはガガギゴにとってきっと1番大切で、最期に思い起こした記憶だった。

 

「そうか、あの場所はお前のとても大切な心安らげる場所だったんだな。ありがとうガガギゴ、僕ももう起きるよ。嫌だけど、いい加減起きないとだめだよな」

 

 敗北し、死ぬはずだった自分がいつまでもこの宇宙で安らかな眠りの中で安楽をむさぼっていてはガガギゴの気持ちを無下にしてしまう。

 

 怖いけれど、起きた先にまた死が待っている可能性について考えるのが怖くてたまらないけれど、だからと言って目を背けていては愛理ちゃんを助けることも大賢者と戦うこともできない。

 

 僕は陰りを見せているそれぞれの惑星に目を向ける。

 僕の手から離れたプラネットカードたちを示す様に、遠く触れることの叶わない惑星が僕を見つめている。

 

 あの惑星たちがまだ僕の心の世界にあると言うことは、まだ本当の意味で僕のエースたちが失われたわけではない、そういうことだろう。

 ならばまだ間に合うと言うこと。大賢者が新世界とやらを生み出すその前に、大賢者を倒し愛理ちゃんを助ける!

 

 暗黒の宇宙にきらめきを与えている星々の隙間から光が差し込み僕を目覚めへと引き上げていく。

 

 差し込んだ光は宇宙を眩しく照らし、暗黒の世界を白く染めてゆく。目を細め安らぎの闇を与える夢が生んだ心の世界から覚めてゆく中、僕は去っていった仲間を思い、感謝と別れを告げるのだった──。

 

 

 

 

「──見つけましたよ」

 

 そこは燃え尽き灰となった黄金の森に囲まれていた里の中心。炎は幾日も絶えることなく森を燃やし、消えることはなかったが、それも夜が明け数日も経つ頃には鎮火しあとは灰色の煙が僅かに立ち昇っているばかりだった。

 

 その跡をボンヤリと立ち尽くし見つめていたドリアードにアレイスターが近づいてくる。

 その顔には笑みが浮かび、里を燃やしたことへの罪悪感など微塵も感じていないようだった。

 

「どうしたのですアレイスター。私を探していたのですか?」

「いえいえ。ただ報告だけしておこうかと思いましてね。貴方の示した場所の反応を探ってみたら本当に勇者くんの反応がありましてね。一応、伝えておこうかと」

「………そうですか。それはよかったです」

 

 素面を保ちながらもその目の奥にある悲しみを湛えたドリアードは燃え尽きた里へと思いを馳せアレイスターの言葉を聞いてもその顔を彼の方へは向けない。

 素っ気なく答えるばかり。むしろアレイスターの様子に不快気に眉を顰め、遠くに行けとその気持ちを隠そうともしなかった。

 

「『よかった』ですか。少し意外ですね、勇者くんの場所を私に教えるなんて。貴方は勇者くんの味方をすると思っていたのですが?」

 

 ドリアードの気持ちも構わず気にした様子を見せないアレイスターが会話を続ける。

 彼にとって他者の感情に配慮すると言った気遣いは無縁のものなのかもしれない。わざとの可能性もあるが、1人にして欲しい彼女からすればどちらも同じことだった。

 

 ドリアードはアレイスターの質問に無言という形で答えた。それをどう受け取ったのか、アレイスターはクルクルと魔術書を指先で器用に回しながら質問を続けた。

 

「まあ貴方がどちらの味方でも良いのですが、よく分かったものだと思いましてね、勇者くんの居場所。私がいくら彼の反応を探っても影も形もなかったというのに貴方はすんなりと。さも当然のように彼の居所を言い当てた。どうやったのです?」

「それを貴方に話す必要がありますか。ただわかる。それだけです」

「ふむ、話すつもりはない…と。まあいいでしょう。彼と貴方の愛の力。そういうことにしておきましょう。その方が面白いですしね」

 

 離れる様子を見せないアレイスターに煩わしそうにしながらも答えるドリアード。何かしらの返答をしなければいつまでも留まりそう。そう感じたが故の最低限の返答だった。

 

「彼の元に刺客を送りますが……いいんですね。止めるなら今ですよ?」

「私がやめてと言えばやめるのですか?」

「まさか! 聞いてみただけですよ。憂いながらもそう見せない貴方は美しい。その貴方がどうするのか気になっただけです」

 

 交わった視線は数瞬。私の反応をつぶさに観察しようとする視線と美しいと誉めた彼の言葉の真意を探ろうとする私の視線だった。

 一瞬のみ交わった視線はすぐに逸れた。

 

「好きにしなさい。あの人は私の元へとやってくる。私はそれをただ待つだけです」

「……誰が言ったか、愛することは信じること。愛など生憎わかりませんが、彼が貴方の言う通り私たちの元までやってくるというならそれを祈っておきますよ」

 

 肩をすくめながらアレイスターは背を向け去ってゆく。魔が刺したのか、私はその背に向かって呟くように口を開いた。

 

「大賢者様は……」

「寝ていますよ。もう歳ですからね。ハハ! 一体幾つなんでしょうねあのご老人は?」

 

 自分で言ったことに可笑しさを感じたアレイスターが笑いながらその姿を世界樹の中へと消した。

 きっと言葉通り、生き延びたコナミへ刺客の1人でも差し向けにいったのだろう。

 

 ひらりとドレスの裾をひらめかせドリアードは世界樹へと向きを変える。自らの成り立ちにおける中心となった精霊エリア。中心となっているが故にその心の影響も大きい。

 

 私は新世界をより安定した形で維持すべき柱となるべく生まれた。そこに不満はなかった。不思議とそれが当然のように受け入れることができたのだ。きっと自らを生み出した大賢者様の意思が反映されているのだろう。素材となった者たちの意思とは関係なくそれは当たり前のことだった。

 

 しかし、それと同時にここにいない少年に向ける大きな、とても大きな感情が存在していると言うのも事実であった。うまく制御しきれない恋心と表現すべきこの感情を持て余すようにドリアードは両腕で自らをかき抱く。

 

 アレイスターに聞かれたどちらの味方なのかという質問。それは答えなかったのではなく答えられなかったのだ。

 

 造物主の願いに応えようとする意思と愛する者を求め彼に味方したいとする心。自らの立ち位置が定められないでいる彼女は1人、揺れ動く心の天秤から目を背けるように失った命に対し弔いの唄を捧げるのだった──。

 

 

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