ちょいと短め。
「ぜぇ……はぁ……。勝った……」
自分自身に確認するように絞り出した途切れそうな声。それが僕の口から出たものだと、一瞬僕自身わからなかった。
「ヌォオオオ。よもや敗北するとは…流石よ。しかし忘れるな少年。我らは決して諦めることはない。汝の命ある限り、何処までも狙い続けるであろう……ウグァァアアアッ!?」
サモンプリーストが光の泡となって消えていく。
最期の雄叫びが波紋を打つように、湖の水面に反響し僅かな波を湖全体に波及させていく。
それは僕の胸に深く突き刺さり、決して抜けることのない罪という名の棘のようにさえ感じた。
「はぁ…はぁ…さ、寒い……」
その慟哭と死を見届けた僕は震え始めた身体を両腕で抱いて森の奥へ、誰にも見つからない場所を求めて歩き始めた。
今はとにかく、誰にも会いたくなかった。
身体が震え始めたのは水に濡れ冷えたからだけではない。心に重くのしかかる命を奪ったという事実と、これから狙われ続けると知ったことへの恐怖心がそれを引き起こしていた。
「は、早く。早く何処か、隠れられる場所は……」
落ち着きなく森の中を彷徨いながら、周囲を見渡すがカチカチと打ち合う歯が響くばかりで隠れられそうな場所はなかなか見つからない。
このまま適当な木の根で寝てしまおうか。
そんな安易な考えにさえ乗ってしまいたくなるほどに弱っていた。
「霧……?」
逃げ場所を探し森を彷徨っていると周囲の森を薄い靄が漂ってきていた。それは前へ進むほどに強く、濃くなっているようで僕は逃げ込むようにその霧が漂ってくる方へと歩みを進める。
そうして歩きながら尚隠れる場所を探し、寒さに震えた身体が限界を訴えてきた時、僕は大きな木の根に丁度隠れられそうな樹洞を見つけた。
「だ、駄目だ……これ以上はもう、耐えられそうにない。はあ、ここで休もう」
僕は震える身体が求めるままにその暗く光の差し込まない木の樹洞に身体を丸めて潜り込ませる。
冬眠するクマのように僕はその樹洞の中で横になり少しでも体温を奪われないよう身体を抱き抱える。
側から見ると、その様はまるで暗闇に怯える幼子のようだっただろう。僕はゆっくりとここなら大丈夫だろうと安心したように瞳を閉じた。
今この一瞬だけは命が狙われる恐怖も、愛理ちゃんがそばにいない寂しさも遠い出来事のように感じれた。
僕は意識が途絶える一瞬だけ、愛理ちゃんと三沢くんは大丈夫だろうかと彼らの身を案じたが、それもすぐに忘れ安息と忘我を与える眠りの渦に意識を沈めていくのだった。
*
深く濃い霧が立ち込めた森の中、樹洞で一人息を潜ませ眠りにつくコナミを見つめる複数の蝙蝠がいた。
両脚を木の枝に掴ませ、逆さに立った状態で自重を支えるその黒い蝙蝠は霧の中でも関係ないというようにその赤く光る二つの双眸でコナミの存在を捉えている。
やがて樹洞の中で身動き一つしなくなり、完全に意識の途絶えたことを確認した蝙蝠たちは自身の主に伝えるべく黒い翼を広げ霧の中を羽ばたかせていった。
*
「──消えた?」
「ええ、綺麗さっぱり。まぁ〜ったく後を掴めませんでしたよ」
コナミが眠りについたその頃、アレイスターは大賢者の館の一室にいた。大賢者に憮然と問い返された彼は大仰に肩をすくめながら彼の調べた情報で答えている。
森の中にある湖で見つけたと情報が届いていたが、その後すぐに勇者くんの反応が消えてなくなってしまった。まるで煙のようにそこにあるはずなのに見えなくなってしまったのだということを。
「最後にわかっていた場所の付近はどうなのだ。近くにいるのではないのか」
「それがですねえ、残念なことに妙な霧が立ち込めているようで、中々捜索は困難なようでして、恐らくはその霧が勇者くんを隠しているのでしょうが、いやはや、誰か我々の邪魔をするものでもいるのですかねえ」
やれやれ困ったものですよと首を左右に振りながら答えるアレイスターの様子には、その言葉とは裏腹に笑みが浮かべられており、本当に難儀しているか疑わしく見える。
召喚士としても魔術師としても優秀であり、異なる次元にすら干渉できる彼が霧がときで見失うとはとても大賢者には信じられないことであった。
例えその霧になんらかの魔術がかけられていたとしても、それを見破れないとは考えなかった。
しかし大賢者は敢えてそれを些事とみなしもう一人、コナミの居場所を探れる存在について聞くことにした。
「ドリアードはなんと言っている。わかるのだろう? 少年の行方が……」
「待っていればそのうちやってくるの一点張りです。今はもう、何処にいるかを言うつもりはないようですよ」
「フン、守ろうとでも言うのか。既にエリアではなかろうに」
鼻を鳴らし、嘲る大賢者にしかしアレイスターは楽しそうに目を細めながら彼女の元になった存在ついて思い出す。
恋と愛は個への執着だ。美しく、そして恐ろしい力を持っている。私や大賢者様には縁のないもの。
存在が変わってなお影響させる心の情動。それがどのような結果を生むか、興味が尽きませんね。
まっ、それはそうと対処を考えなくては。
このまま待つと言うのも私的には全然構わないのですが、大賢者様がどうするかは聞いておかなくては。
「存在が変わっても記憶は健在。彼が大切であった記憶が邪魔をしているのでしょうね。それで、どうします。ドリアードの言うようにこちらに来るまで待っていますか?」
「いや、こちらから出向く必要はない。ない……が、無駄に時間を浪費すると言うのも良くはないな。少年に力を蓄えさせるのも面倒だ」
ふむと顎に手を当てて考える仕草をする大賢者。
アレイスターは大賢者の前にある机に分厚い魔術書と共に置かれた10枚のカードに目を向ける。
そこに置かれているのはプラネットシリーズのカードたち。
今は微弱な力しか存在しないため本来の役目を果たせずにいるカードである。
木製の机の上には魔術書や実験に使うビーカーやらが置かれており、闇の魔道具の横に置かれたそのカードたちは持ち主の到来を待つように静かに伏せられていた。
(勇者くんは今エースカードを失っている。我々の脅威となるのは難しいでしょう。ですが、仲間を集められたら面倒。そんなところですかね)
大賢者の懸念しているコナミの力が蓄えること。その内容を予測したアレイスターが一冊の本を取り出す。
そこに書かれているのは12の次元に存在する精霊たちについて。それは彼が召喚士として呼び出す時に扱うリストでもあった。
「新しい刺客を呼び出してもいいのですが、勇者くんの居場所がわからないのでは如何ともし難いですからねー。やらないよりマシ程度に何体か呼び出しましょうか」
軽く頭をかきながら何体か使えそうな精霊を目に留めていく。
殺すことを目的に呼んだところで戦えないのでは意味がない。だから今必要なのは強さよりも捜索に秀でた精霊かなあと選んだ候補を大賢者に提案しようとしたその瞬間、大賢者が手を振りそれを断った。
「方針に変更はない。少年に手が出せんと言うならば、こちらの味方を増やしておくまでよ」
「味方? はて、私が呼ぶわけでもない相手でこちらに協力をしてくれそうなもの達と言えば……アマゾネスにでも手紙を出しますか? 報酬によっては動いてくれますが」
「いや、その必要はない。もっとよい相手がいる。その者に動いてもらうとしよう」
そんな相手がいただろうかと頭の中のリストを思い浮かべるアレイスターだが、大賢者が引き出しから取り出した水晶を見て動きを止めた。
悪辣と表現できる顔で大賢者が水晶に写したそれを見て、アレイスターの口元から笑みが消えていく。
そこに映し出されていたのは砂漠にぽつりと浮かぶ大きな学舎。無数の屍人のように徘徊する学生達に囲まれたアカデミアの姿であった。