「道長くんッ!!」
俺が堂本先輩の攻撃によりライフが0となり膝から崩れ落ちると同時にコナミ先輩たちが駆け込んできた。
倒れ込みながら後ろを見ると自分達を包んでいた結界が消えていた。
「うぁっ、道長くん………君は!」
「──ああ、コナミ先輩。見ててくれましたか、俺の、最期のデュエル」
消えいりそうな声で俺を抱えた先輩を見上げる。
そこには目の端に涙を浮かべ今にも彼の方が死んでしまうのではないかと思えるほどに悲痛な目をした先輩がいた。
そのすぐ後ろには三沢先輩とタニアが2人とも物憂げな顔で俺を見下ろしている。
「見たよ。すごく……すごく、いいデュエルだったッ」
「はは。それなら、よかったなぁ」
ぼたぼたと涙が落ちてくる。
堪えきれなくなった先輩が喉を震わせながら次から次へと溢れ出してくる涙が落ちてきていた。
それを暖かいなあと思いながらも、これから死ぬのかとその涙によってこれ以上ないほどの実感も合わせて与えられていた。
(死んだらどうなるんだろうか。怖いなぁ。でも……あーそうだ、その前に渡しておかないと……)
ボンヤリとまるで他人事のように死が迫っていることを受け止めながら、俺は先輩が目覚めたら渡そうと考えていたものを思い出した。
デュエルに敗北し、死が目前まで迫っているからだろうか。全身に力が入らない。
それでも、これだけは渡したい。その思いで腕を動かし、腰から取り出したのは薄い、プレゼント用の梱包がされた一つのカードケースだった。
「先輩、18歳の誕生日…おめでとうございます。少し、遅れましたけど、これ、プレゼントです。どうか、受け取ってください」
「プレ……ゼント」
コナミが溢れる涙をそのままに、目を大きく見開かせる。
「僕の、誕生日……」
呆然と呟くコナミに、柔らかく頷き震える手でカードケースを差し出す。
それを自分と同じくらい弱々しいコナミの手が受け取った。道長は、それに安堵の息を吐きながら光を纏い始めた自分に時間がないことを悟る。
(これが最期……伝えること……伝えないといけないこと……先輩にッ)
この、死に怯え、戦うことから逃げ出したいと心から思っている尊敬する先輩に伝えれることを必死に考える。
それは当たり前のように、ごく自然と、それが当然であるかのように浮かび上がってきた言葉だった。
それを死の恐怖で震えそうになる声で、自分を抱えるコナミの腕を掴みながら口にする。
「先輩、どうか迷わないでください。迷わない先輩はきっと、誰よりも強くなれますから。それでも怖い時は、仮面を被ってください」
「……仮面?」
「仮面は弱い自分を隠してくれる。強い自分に、誰よりも強いHEROに……先輩ならきっと──ッッッ!?」
その趣味から周囲に馴染めず、受け入れられなかった自分。
それを受け止めて、そんな自分でいいのだと教えてくれたHEROのような存在として憧れ、追ってきた先輩。
──突き進み続ける迷わない心。それこそが先輩の力。俺は、そう信じている。
力を振り絞り出した言葉。言うべきことを終えて、死を受け入れるように道長はそっと瞼を閉じる。
『──あんたってほんとバカよね。もうちょっと賢く生きれないわけ?』
異世界に出発する少し前に交わした呆れた視線を向ける春香の声が聞こえた。
『コナミ先輩が助けを求めてるかもしれないだろ』
『先輩たちに任せときなさいよ。あたしも残ることにしたんだし、あんた別に強いわけじゃないんだからさ』
『そうだけど、任せっきりなんて男らしくないじゃないか』
『はあ〜もう! まったく、じゃあ約束しなさい。絶対愛理先輩と、あとついでにコナミ先輩と帰ってくるって。そしたら特別にあたしがあんたの好きな──』
それは確かに交わした、帰ると言う約束。
もはや叶うことのない約束をした桜のピアスが似合う彼女。
これが走馬灯なのだろうか。幻視した彼女との最後のやり取りが霞のように消えてゆく。
「──ああ……春香……すまない。約束……まもれ……」
「道長くんッ!!」
光となって消える直前、確かに感じた。
砂漠に吹く風にあるはずのない春の香り。それは確かな桜の花の香りだった──。
*
「うっ……ああっ、あああああああッ!!」
光の粒子となって消えゆくそれを、コナミはそれを必死になって掻き集めようとした。
もうこれで幾度目になるのか、この世界における死の形。
覆しようのないその絶対の終わりを目にしたことで、僕の喉から張り裂けそうなほどの嗚咽が溢れ出る。
「はぁ……はぁ……ッ! 次は貴方よ。コナミちゃんッ!!」
道長くんを倒し、疲労を隠しもしない堂本くんが蹲り涙をこぼしている僕を睨みつけていた。
僕はそんな彼の声に惹かれるように強く睨み返しながら叫んだ。
「堂本くん……どうしてッ!」
「決まっているわ、願いのためよ。貴方を殺して、アタシは過去を清算するのよ!」
「そんな…そんな身勝手な理由で、道長くんを殺したのかッ!!」
怒りが込み上げてくる。
死の恐怖心なんて埃のように吹き飛ぶような怒りだ。
握りしめた爪が皮膚を裂いて血が滲むんでもそれをまるで痛いとも思わない。
目の前の友人であった敵を倒さなければ気が済まないッ!!
「アタシは邪魔をするなと、そう言ったわ。それでも退かなかったのは彼よ!」
「〜〜〜ッ! 許さないッ!!」
僕の中にドス黒い感情がこみ上げてくる。
それは倒せと、目の前の敵を殺せと囁いて僕の全身に力を漲らせ、僕の中の闇を噴出させた。
「僕とデュエルしろッ! 道長くんの仇をとってやるッッッ!!」
「望むところよ。今ここで貴方を殺して、願いを叶えるわッ!」
一触即発。
体から噴き出た闇が僕に力を与えてくれている。
今なら何が相手でも、勝てそうだと思えるほどに、強大な闇が僕に力と戦う意思を助長していた。
「やめろコナミ!」
それを後ろから三沢くんの声が引き止めた。
「止めないでよ三沢くんっ! 堂本くんはここでッ!」
「冷静になれ! それに堂本、その疲労した身体でコナミとやり合うつもりか! 戦うなら明日にしろ!!」
デュエルディスクを広げ今にもデュエルを始めようとしていた僕を後ろから三沢くんが羽交い絞めにして止めていた。
「くっ……ふぅ………そうね、惜しいけどここは引かせてもらおうかしら。明日、同じ時間にまたくるわ」
「逃げるなァッ!」
中央に置かれた紅い石を拾い上げ、堂本くんが去っていく。
体を捩りながらそれを追おうとするが三沢くんはそれを許さない。
結局その日僕は叫ぶばかりで何をすることもできなかった。
*
「ゔっ…おぇっ!!」
日が暮れ落ちて闇に包まれた砂漠。
人工的な光がない砂漠は夜の星々の光を遮ることはない。
満天の星空は大地に両手をついて腹の中身を吐き出すみっともないアタシの姿を映していた。
「はぁ……はぁ……。道長ちゃん……ごめんなさい」
内容物を吐き出しながら懺悔をする。
デュエルによる疲労よりも精神的な面での疲労の方がより大きな痛みを与えていた。
友人を、後輩を殺した。
自分の願いのために……。
「それは…許されることではないわ。それでも……叶えたい願いがあるのよ」
胃液で汚れた口内をオアシスの水で洗い流す。
すでに賽は投げられた。
自ら選んだ道で、更なる罪を重ねこの身を地獄へと誘う。
明日はコナミちゃんとの決戦。
それが終われば私の願いが叶う。かつて犯した過ちを、その罪を贖うことができる。
「わかってるわ。これが正しくないなんてこと。こんなことしても、あの子は喜ばないってことも。それでも……それであの子が救われるなら……アタシは……」
夜空を見上げ更なる決意と共にその瞳の奥に暗い炎を宿す。
明日、もしコナミちゃんではなく、彼を守ろうとする誰かが相手なら、そいつも倒そう。
コナミちゃんを殺せるまで、どれほどの血潮をこの大地に吸わせても構わない。
この身朽ち果てるまで、アタシはもう止まらない。
例え選んだ道が悪意と血で舗装された地獄への道だったとしても……。
「…………蝉の声が…………煩いわね…………」
犯した罪。ある夏の日から絶えることのない蝉の声が大きく、より深く砂漠の静寂を破り堂本の耳に鳴り響いていた──。
*
「僕が戦う」
堂本くんが去り、テントの前で焚き火を囲みながら鎮痛な面持ちを見せる三沢くんたちの前で僕ははっきりと言った。
「道長くんが死んだのは僕の責任だ。僕が、僕が弱くなければ、死ぬことはなかった!」
そうだ。僕が戦っていれば、少なくとも道長くんが死ぬことはなかったんだ。
死ぬのが怖くて、みんなに守られてテントで眠っていたなんてそんなの言い訳にもならない。
僕は、僕が許せないッ!
「コナミ……だが、戦えるのか。相手は堂本だぞ。それに今のお前は……」
「わかってる。正直、今でもデュエルをするのは怖い。考えただけで震えてくるんだ。でも、ここで逃げちゃ、ダメなんだ。ここで逃げたら、僕は本当の意味で戦えなくなってしまう。それが、わかるんだ」
道長くんから渡されたカードケース。
そこにあるカードたちを見ながら震える手をもう一つの手で抑える。
このカードたちは使えない。
道長くんも、友達と殺し合うために渡したカードではない。きっとこれは、彼の言った通りの……そう、強いHEROになれた僕が使うべきカードたちだから。
「コナミ、佐藤道長はお前に生きてほしくて戦った。死ににいくのならあいつの死を無駄にすることになる。半端な覚悟で戦うべきではないぞ」
「私は賛成だけどねえ。くふふ、人間同士が勝手に殺し合うんだ。これほど面白い見せ物はないよ」
ギロリとタニアがカミューラを睨む。
カミューラはタニアと三沢くんたちが来たことで僕のそばから離れていたが、堂本くんとの騒動を機に戻ってきていた。
彼女は死の恐怖に怯えながらも戦おうとする僕を愉快そうに嗤っている。
人間嫌いの吸血鬼だ。
自分が何をせずとも人間が友人でありながら望みのために殺し合う姿が面白くて仕方がないのだろう。
「彼が最後に願った強い僕。仮面を被ってでも、迷わない僕になってみせるよ」
堂本くんにどんな事情があるのかはわからない。
三沢くんが言うには、大賢者かその手に連なる魔法使いによって何かを唆されているらしいけれど、だからと言って道長くんを殺したことを許すことはできない。
今の僕にどこまでできるのかわからないけれど、もしかしたら道長くんの意思を、その覚悟を汚すことになるかもしれないけれど、ここで逃げたら僕は一生後悔する気がする。
死ぬ時はせめて、信じた夢に恥じない姿で死んでいきたい。
キングオブデュエリスト。
せめてその夢に負けない、カッコいい自分の姿で……。
見上げた星は常に変わらない美しさで僕たちを見守ってくれている。
焚き火が火の粉を天へと連れていく。
それはまるで光となり亡くなった道長くんの魂のようでもあり、あの夜空から見守っていてほしいと星に願う。
そんな僕たちの頭上を一筋の星が流れていった──。
*
その気配に閉じていた瞼を開く。
「──堂本くん」
昨日と同じ時間帯。
今日の空模様は宵闇が少し早く、昨日よりも薄暗く少し肌寒い。紫色に染まった空が綺麗な日だった。
「コナミちゃん」
僕は僕の思っていた以上に落ち着いて彼を見ることができていた。
その姿を見たら、また昨日のような怒りが噴出すると思っていたのだけれど、心臓のリズムも、流れる血潮が激流になるような熱さもない。
心に生まれた憎しみという闇でさえ、今は凪いだように静かだった。
「今日でさよならだ」
「ええ、今日でお別れよ」
腕が震え始める。
それはこれまで感じた死への恐怖心か、それとも胸の内で燻り猛る時を待っている怒りによるものか。
後ろで見守る三沢くんたちの息を呑む声が聞こえる。
やるべきことは決まっていた。
デュエルして勝利する。
そのこれまで数えきれないほどにしてきたことを、今日もする。
ただし、その結果僕か、堂本くんが死ぬ。
そういうデュエルを、これから僕はする。
僕の意思でする。
「僕は生きる。道長くんがくれたこの命を精一杯生きて見せる。そのために、君を殺す!」
「ふふ、そう。でも、アタシが勝つわ。譲れないものがあるのよ。そのために、あなたを殺す!!」
太陽が傾いた砂漠に一迅の風が流れる。
お互いの殺意が、敵意が膨れ上がっていく。
それが極みにまで高まった時、どちらかが最期となる僕たちのデュエルが始まった。
「「デュエル!!」」