ワルキューレロマンツェ、よくあるハーレムもののアニメかと思ってたんだけど、予想外に面白いスポーツものしてて驚いてる。
「こ…こ…は……」
そこは老朽化が少し進んだ木造アパートだった。
空には青空が広がり、燦々と照りつける太陽が幅を利かせている。太陽に熱されたアスファルトが陽炎を生み、遠くからは常に聞こえている蝉の鳴き声が喧しいほどに響かせている。
堂本は、そんなアパートの前に立っていた。
懐かしい。
アタシがまだ幼い頃、引っ越す前の子供であった時に両親と弟と一緒に過ごした家だった。
アタシたちが住んでいた部屋はアパートの2階。4つ横並びにある部屋の奥まった場所にある。
何故ここにいるのか。そんな疑問は頭の片隅にやり、今はただ郷愁に身を任せるように2階に上がるための鉄筋性の錆びついた階段を恐る恐る上がっていく。
昔は気にもせず勢いよく上り下りをしていたものだが、その鉄筋性の階段は強く踏むと金属の反発音が大きく、勢いよく上り下りすると騒音に近い音をがなり立てていた。
そのため、近所迷惑ということもありよく親からゆっくり階段を降りなさいと怒られたものだった。
部屋の前まで来た。
銀色のドアノブに手を翳し、入って良いのかと迷う。
この場所がどう言った場所で、アタシがなぜここにいるのかわからない。覚えているのは直前にコナミちゃんによりライフがなくなりデュエルに敗北したことだけ。
「デュエルに敗北したアタシは死んだことになるはず。地獄にしては、随分と温いわね」
天国にいるなんて発想はない。
友達を殺し、弟を死に追いやった自分が天国などという優しい場所へ行けるはずがないと自覚していた。
躊躇いはあったが、その先にあるものへの誘惑は強く、ドアノブに手を置き回す。
ギギギと音が鳴りながらゆっくりと開いていくドアがまるで審判を告げる鐘のように感じた。
「──お帰りなさい。お兄ちゃん」
「──あっ」
扉が開いた先、家族で毎日を過ごしていた六畳間のリビングにいつも自分に引っ付てきていた弟である
「どうして……あなたは……誠路……よね」
「ボクがそれ以外の誰かに見えるの?」
「そう……よね。ええ、あなたは誠路よね」
信じられないものを見るような目でリビングの机の前に座る誠路を見つめる。
男として生まれながらその黒い髪を長く伸ばし、ぱっちりと開いた瞳は可愛らしくまだその幼さを示している。
そして男の子向けというよりは男女兼用、あるいは女の子でも着られるような水色を基調としたシャツは誠路が自分で選んだもの。
今でこそ誠路がなぜそう言った服装を好んでいたのかはわかっているが、当時のアタシはなんでこんな女っぽいものをと疑問に思っていた服装。
男性として生まれながら女のような感性を持って生まれた誠路がそこにいた。
「これは、夢なのかしら。それとも最期に見せてくれた幻?」
「どうなんだろう。ボクにもよくわかんないんだ。星のお兄ちゃんがボクとお兄ちゃんを話せるようにしてくれたみたいなんだけど」
「星のお兄ちゃん……?」
「うん、さっき戦ってたでしょ。あの人、星のお兄ちゃん」
「──」
誠路の言う『星のお兄ちゃん』。それに当てはまる人物は1人しかいない。星に選ばれ、今は持ってはいないが、強い力と運命を持った人。
「そう……コナミちゃんが、してくれたのね」
首肯する誠路につと微笑む。
身勝手な理由で襲ったアタシにこんな機会を与えてくれた友人に心から感謝する。そして、だからこそこの機会を逃してはならないと頭を下げた。
「誠路、ごめんなさい。あの時、貴方を拒絶していなければ貴方が死ぬことはなかった。不甲斐ない兄で本当に、ごめん」
「お兄ちゃん……」
「ずっと、ずっと謝りたかった。貴方が死んでから、後悔し続けた。あの時ちゃんと向かい合ってあげてればって」
あの時、誠路から相談された時、気持ち悪いなんて言わなければ、もっとちゃんとその気持ちに寄り添ってあげてたら。
きっと誠路は事故に遭わずに済んだ。
今も生きることができていたはず。
どれだけ後悔してもし足りない。懺悔を繰り返したとしても許されるはずがない。頭を床に擦り合わせ謝罪しながら、彼に謝罪を重ねる。
「だから友達を傷つけたの?」
「貴方の生きる未来を作ってあげたかった! 彼の、コナミちゃんの星の力があれば過去だって変えられる! だからッ!!」
「………でも、そんなの間違ってるよ」
「──ッ!」
唇を噛む。
誠路の攻め立てる視線が痛い。
わかっていた。そんなこと、誠路は望みはしないと。それでも、もしを望まずにはいられなかった。
「はぁ。お兄ちゃんはさ、普通に男として生きられたんだから、そうして生きればいいのに。ボクが女の子みたいに生まれたかったからってさ、自分が代わりになろうとして、それでお母さんたちを困らせて、その上友達と喧嘩なんて、間違ってばかりだよ」
「はは、そうね。本当にダメな兄だわ」
今はもう慣れたこの口調も、全ては罪悪感から逃れるために始めたこと。弟がなりたかったもの、女に近づくことで少しでもその気持ちに、自分のした罪に向き合える。そんな風に考えてしまった。
今思えば、なんと間違いだらけの人生だったのだろう。
愚かなアタシは罪悪感から逃れる方法ばかり考えて、贖罪の機会を求め続けてしまった。
沢山の人を困らせてしまった。
挙げ句の果てに後輩を殺して、友達を殺そうとして、返り討ちにあって死ぬ。何一つとして成し遂げらずに終わる。なんと愚かで馬鹿馬鹿しい人生だ。
「アタシは貴方が死んだ時、その原因がアタシにあることを親に言えなかったわ。怖くて、責められることが怖くて逃げてしまった」
「うん、知ってる。ずっと1人で泣いてたもんね」
「許されたかった。許されたくて、でもそんな自分が嫌いだった!」
「わかってるよ。隣にずっといたんだからさ。だから、もういいよ」
床につけていた顔を上げる。
気がつけば溢れていた涙によって滲んだ視界で誠路を見る。
弟は微笑んでいた。聖女のような優しい笑みで、アタシの懺悔を聞いて、それを許していた。
「誠路……」
「もういいよ。これ以上謝られてもボクの方が辛くなっちゃう。だから、許すよ、お兄ちゃん」
「──」
言葉が出なかった。せり上がってきた涙がさらに溢れてくる。
アタシが落ち着くまで、誠路はそれを静かに見守ってくれていた。
「………蝉が鳴いてるね」
「ええ、煩くて喧しくて、あの日もこんな風にうるさかったわね」
とめどなく溢れていた涙が止み、部屋を静かさが支配した頃、誠路が窓を見上げた。
気がつけば、外からは蝉の声が耳喧しく聞こえてくる。
この部屋に入ってから唐突に止み、まったく届くことのなかった蝉の声。
弟が死んでからずっと煩いくらいに耳元で鳴り響いていたあの声が、今はどこか暖かく感じる。
ああ、今はあの頃と同じ夏だったのかと胸が震えた。
「──そろそろだね」
それに感化されたように、誠路が立ち上がり窓へと近づく。
「もう、お別れかしら」
「うん、もう行かないと。ずっと待ってもらってたから、お兄ちゃんは……」
「ふふ、アタシは一緒には行けないわ。ちゃんと、罰は受けないと」
アタシのいく先と誠路のいく先は違う。
天国と地獄。
アタシはちゃんと地獄で償わないといけない。
それが、愚かなアタシが歩んだ道の辿る先にあるものなのだから。
「じゃあ、またね」
「ええ、また……」
窓を開けた誠路とは反対側にあるドアへと向かう。ここを開ければさようなら。もう会うことはない。
それでもアタシは晴れやかな心で、まるで明日会うことが決まっているような笑顔でその扉を開いた。
──生まれ変われたら、また会いましょうね。
心と心で交わされた再会の言葉。
アタシたちは家族だから、また、暑い夏できっと会える。
アタシの長い、あまりにも長かった夏は蝉の鳴き声と共に過ぎて行った──。
*
「さようなら、堂本くん」
天へと昇る光の粒子。
それは紛れもなく、堂本くんが散らした命の光だった。
込み上げてきた涙を拭い、その前途を祈る。
僕にできたのはずっと彼のそばで見守っていた家族と最期に話す時間を与えてあげることだけだった。
それでよかったのか、彼が救われたのか、正直わからない。
でも、握り締めたデッキの勇気の天使ヴィクトリカが教えてくれる。これでよかったのだと……。
「堂本……。コナミ、これからどうする。十代たちと合流するか」
散って行った光に黙祷を捧げていた三沢くんが話しかけてくる。
悲しいのは三沢くんも同じだろうに、それでも毅然と僕に問いかけてくる姿は有り難く、僕も気持ちを切り替えこれからのことを考えた。
「十代くんたちが今どうなっているのかは心配だけど、僕は僕のすべきことをするよ」
「お前のすべきこと?」
「前に三沢くんは言ったよね。優先順位を考えろって、だから僕は決めたよ。僕は愛理ちゃんを助ける。彼女のことだけを考えて行動する」
「それはつまり、十代たちとは合流しないということか?」
「うん。僕はこのまま大賢者のところへ行く。行って愛理ちゃんを取り戻す!」
純粋に、助ける可能性を上げると言う意味では十代くんたちと合流するのが正しいのかもしれない。三沢くんはそうして欲しいのだろう。僕の選択に少しだけ異を唱えたい気持ちが顔に現れていた。
それでも、十代くんたちの力は借りない。
愛理ちゃんは僕の手で取り戻す。大賢者は僕の運命の前に現れた壁なのだと、今はわかる。
だから僕が、僕の手で彼女を取り戻す。
そうして愛理ちゃんを取り戻してこそ、僕の未来が切り開かれるとそう感じるから。
「しかしコナミよ。お前は取り戻すというが、居場所はわかっているのか。私たちは奇跡的にお前と会えたが、大賢者とやらの居場所となると……」
「大丈夫。愛理ちゃんと僕の心は繋がっている。だからドリアードが、大賢者がいる場所はわかる」
「心が繋がっているですって?」
カミューラが眉を顰めている。僕たちから少し離れた場所で成り行きを見守っていた彼女だが、今は懐疑的な視線を向けて近づいてきていた。
それを横目に胸に意識を集中させる。
これまで気にしてこなかったし、気づくこともなかったけれど、愛理ちゃんを思うと、なんとなくその居場所が伝わってくる。
──私はここにいると。
「うん、今ならわかる。きっと愛理はこういう時のために、大賢者と戦うために僕に道標として繋げてくれたんだって」
そして、ドリアードになった愛理ちゃんを助けるために。
愛理は未来を予知する水星のカードを持っていた。だからきっと愛理ちゃんがドリアードにされることも知っていたんだ。
そのために助ける可能性を残してくれていたんだと僕は思う。
「なるほど、敵の居場所はわかるということだな。いいだろう。私も力を貸そう」
「タニア、いいの?」
「うむ、勿論だ。このタニア、友が戦場に向かおうというのに、1人残る軟弱者ではないぞ」
「俺もだコナミ。お前1人ではどうにも心配でならん。愛理くんを助けるこの戦い。俺も参加させてもらうぞ」
「うん。ありがとう、三沢くん」
タニアが、そして三沢くんも共に戦う意志を表明してくれた。
そして最後に全員がカミューラへと視線を移す。
あくまで人間の敵という立場を崩すことのない彼女だが、どうするのだろうかと。
「ふんっ、正直勝手にしなさいと言いたいところだけど、あの子には縁があるからね。今回だけお前の味方をしてやろうじゃないか」
不承不承、嫌々ながらも愛理ちゃんを救うためならとカミューラも共に戦ってくれるようだった。
「うん、行こうっ! 愛理ちゃんを助けにっ!!」
*
「来るのですね……コナミ……」
コナミがドリアードの居場所を探ると同時に、ドリアードの方もコナミがついに自分の元へと来る決心がついたことを感じ取っていた。
深い太陽すら呑み込んでいくような闇のなかで小さな星々が瞬いている。真紅に輝く月が大樹の上にいるドリアードと世界を赤く照らし出している。
そして、彼の心に連動したように、私の目には陰りを見せていた星々の明かりはその輝きを取り戻し、今は一層強くその光量を増していた。
自身とコナミの心のつながりが彼の状況を伝えている。
かつて自分がまだ人として活動していたころの友人2人が消えてしまったことも彼女には伝わっていた。
「アレイスター、聞こえていますか」
『はいはい、お姫様。何かございましたか?』
魔術による通信。
多少離れていても対象の魔術師と連絡を取ることのできる所謂電波の要らない通信方法だ。魔術師の通信は電波の代わりに魔力の波長を相手に送りそれを受け取った相手が応えることで成立する。
アレイスターは私の通信にすぐに出た。
普段はよくよくわからない実験をしてやかましい音をがなり立てている彼の周囲だが、通信から聞こえる音は静かで静寂を保っている。今は実験室とは違う場所にいるのかもしれない。
アレイスターがからかい交じりにお姫様呼びをしてきたが、相手にするつもりもなく要件を告げる。
「迎撃の準備をしておきなさい。コナミがここにやってきます」
『…………ほう?』
反応は僅かな遅れと共にやってきた。
「そう時間はかからないでしょう。早ければ明日にでも来ます。コナミの相手は私がしますので、彼の取り巻きの梅雨払いをあなたにお願いします」
『くくく、ええ、わかりました。すべてはお姫様の仰せの通りに』
含み笑いをしながら面白くなってきたと聞こえてきたアレイスターとの通信が切れる。
これで、彼はすぐに機械兵なりなんなりを召喚して準備をしてくれるでしょう。
彼は大賢者の協力者ではあるが、彼の世界創造の計画をどこか道楽として楽しんでいる節がある。真剣味に欠けているような、大賢者とはまた別の目的で動いているような節があった。
だから、私が頼めば私自身が戦うことを大賢者が好まなかったとしても、彼がその場を設置してくれるだろうと踏んでいた。そしてその通りに、彼はすんなりと私の願いを引き受けていれた。
計画が失敗に終わるならそれはそれで………といった具合に考えているのかも知れない。
「コナミ、早く来なさい。私はここで待っていますよ…………」
流された命に意味を求めるように、ドリアードは待ち望む。
自身の生まれた意味を、新世界の柱となるべく生まれた。それが本当に自分がここにいる意味なのかを。
自身を手に入れるのは勇者か大賢者か。
答えを求めるように、ドリアードはその蒼い双眸に強い意思を宿していた。
異世界編、第2章ー結。