異世界編、第3章。
愛理ちゃんを助けに大賢者と再び戦うことを決意した明くる朝。
勢いに任せて行こうとした僕を引き止め日が昇ってから移動しようと提案した三沢くんとタニアに従い、太陽が昇り視界が開けるまで待った朝だった。
吹き突ける風は強く、今日の戦いを予見しているかのように激しい。
眠気覚ましに三沢くんが持ってきてくれていた苦いコーヒーが舌を痺れさせる。しかし、そんなことも気にならない程に、今の僕の闘志は高まっていた。
「さてコナミ、大賢者の元へと向かうことが決まったのはいいとして…………だ。それはどれくらいの距離があるんだ? それによって水や食料の準備も変わってくるんだが」
僕と同じように眠気覚ましのコーヒーを飲んでいた三沢くんが聞いてくる。
タニアと共にバックの中の食料品などを用意してくれていた彼としては、あまり時間がかかるようなら相応の準備をしていきたいと言うことなのだろう。
だがそれは無用な心配であった。
「大丈夫。そう時間はかからないよ。というか、行こうと思えばすぐにでも到着できる」
「それはどういうことだ。それほど近くに大賢者とやらがいると言うのか?」
タニアもまた、戦いが近いと言うことで体をほぐしている。
僕はそんな彼女の疑問に首を振り答え、そして掌から闇を噴出させた。
「それはっ!?」
「………ふむ、道長が倒された時にも出していたな。一体それはなんだ、危険な香りはせんが」
「これは僕の中に宿っているプラネットシリーズの皆の力だよ。大賢者が10枚の星のカードが集まっているにも拘らず僕を殺そうとしているのはその力の大半が今、僕の中にあるからなんだ」
道長くんが倒され、堂本くんへの怒りと憎しみが増した時に現れた闇。
最初、それが何かわからず、堂本くんとの戦いのこともあって気にしなかったが、彼との戦いの経ることで知ることができた。
本来僕に特別な力など存在しない。
十代くんのような強い闇の力とやらが僕にもあるのかと思ったが、自身の内側に潜んでいた力に意識を集中させてみるとそれが違うことがわかった。
これは僕の力ではない。道長くんの時はただ僕の強い感情に端を発して漏れ出てきたものだ。
とても強大な力、僕だけではコントロールしてうまく活用することは難しいだろう。
堂本くんの時や、これまでプラネットモンスターたちの力を使用するときもあくまで彼らやヴィクトリカに協力してもらうことでその力を発動することができていた。
あくまで僕は彼らに選ばれただけで、特別な力など持ちえない普通の人間ということだ。
だが、それでも力は力だ。この身に宿るみんなの力を扱うことで遠く離れた場所に存在している大賢者の元へと時間をかけずに行くことができる。そう、僕は確信している。
「それで、そのアンタの力でどうしようと言うんだい。居場所がわかるだけかい」
探るように目を細めたカミューラが僕の掌から立ち昇る闇を見つめている。伝承にある通り、吸血鬼は夜行性なのか、窄められた瞼は大分眠たそうだった。
「いや、僕の中にあるMARSの力を使う」
腕を前に伸ばす。
その先の空間に強く意思を飛ばし遠く離れたMARSと繋がるように意識を集中させていく。すると僕の身体から出ていた闇が一つの形をとるように誰もいない空間へと伸ばされていった。
それは真円を描くように闇が外枠となり、この砂漠と異なる場所を繋がるゲートのようなものとなった。そのゲートの中心には渦を巻くように赤い焔が照り付けている。
「ここを通れば、大賢者の元へと行ける。MARSの力は空間を移動する力だから、どんなに遠く離れていても、場所さえわかっていれば行くことができる」
「なるほど、ここを通ったらどこに出るんだ。いきなり大賢者の前に出ることになるのか?」
「ううん。流石にそれは無理みたい。妙な結界みたいなのがあるようで、ちょっと離れた、三沢くんも行った魔法使い族の里辺りに出ると思う」
MARSのカードがある場所に直接繋ごうとしたが、バリアーに挟まれたように弾かれるような感触が返ってきた。
まず間違いなくプラネットモンスターたちのカードを大賢者が持っていると考えれば、直接その場所に繋がってくれると言うのがベストな結果だったのだけど、流石にそれは無理なようだった。
やはりそうこちらに都合よくはいってくれない。
「よし、ならば準備が出来次第向かうとしよう。アレイスターは召喚士だ。マシンナーズ等を召喚して抵抗する可能性がある。各々、準備を怠らないようにな」
大賢者の元へと行く算段もまとまり、それぞれが準備のためその場を離れる。僕もまた道長くんが遺してくれたカードを手に、デッキの最終調整を行うのだった──。
*
ところ変わり世界樹。
大賢者たちの火災をものともせず、変わらずその巨大な大樹は世界を睥睨しその峻厳とした姿を見せていた。
その幹の中央、ぽっかりと空いた燦然と輝く太陽の光さえ遮断した闇の中で大賢者は座っていた。
力なく項垂れ、生気と呼べるものを感じさせない姿は側から見れば命が終えた体格の良い老人のようにさえ見える。
いや、ようにではなく。ほとんど死んでいるような状態であった。
人よりも遥かに長い時を生きれる精霊も、永遠の命までは持ってはいない。人間同様、死が近くなれば肉体の自由は効かなくなり、思考も窄んで行く。
その命の理からは叡智深き大賢者も例外ではなく、逃れることはできない。年々自由の効かなくなる体に苦心した大賢者は星のカードを手にした後、日の大半を光の届かない大樹の幹の中で仮死状態に近くすることでその命を延命させていた。
「──まだ生きておられますか大賢者様」
暗闇の中に響いたアレイスターの声。
死人のように閉じていた大賢者の瞳がゆっくりと開かれた。
「なにか……あったか?」
嗄れた声で応える大賢者にはやはり生気は感じられない。
僅かな体力であっても消費しないように、最低限の生命活動しか許してはいない活力のない姿であった。
「ここに勇者くんが来るようですよ。ドリアードは勇者くんとやり合うつもりのようですが、どうされます。私としては好きにさせようと思っているのですが」
僅かな逡巡が大賢者を巡る。
ドリアードがあの少年に敗北した場合計画が破綻する可能性について考えるが、すぐにそれは思考の中で否定された。
コナミの目的がエリアの奪還である以上、ドリアードが死ぬことはない。
そのために、大賢者はドリアードの思うようにさせる選択をした。もし敗北し、再び霊使いに別れようとも自分がいる限り破綻することはないと知っているがために。
「よい。あの娘の思うようにさせよ」
「ふふ、ではそのように。しかし、大丈夫ですか大賢者様。勇者くんがドリアードに勝った場合、貴方が戦うことになるのですが、やれるので?」
「問題ない。まだ…時間は残されている」
嘘ではなかった。すでに死が首元まで這い上がっているのを感じながらも、その絶大な魔力を行使することであと一度のデュエルならば耐え切る確信が大賢者には存在していた。
「偉大なる魔法使いである大賢者様でも寿命には勝てませんか」
光の届かない暗闇の中でも大賢者の様子から彼の時がもう多くは残されていないことがわかる。アレイスターは心配ではなく確認の意味で聞いた。
「如何なるものにも終わりはある。大切なのはそれまでに何を遺せるかだ」
「そうして遺すものが新世界ですか。貴方の最後の大事業。魔法使いたちのための世界。いやはや、脱帽ですよ。その献身の精神には畏敬の念を抱かずにはいられませんよ」
暗闇の中で、アレイスターの偽りのない尊敬の言葉が届く。
大賢者の半生は魔術の研鑽と後進の育成に費やされてきたと言っていい。新世界の創造はそんな大賢者の最期の大仕事だった。後進たちのため、未来に生まれる魔法使いたちのために安心して魔術の研鑽を積める世界を遺す。
そのためならば如何なる犠牲も手段も問わない。その覚悟で推し進めてきた計画だった。
しかしそれももう時期終わる。新世界の創世を自らの生涯の集大成。その結とし、あとは新世界へと渡らせた里の魔法使いたちに後を託すつもりであった。
常人からは生まれない。その大賢者の名に相応しい偉大な精神にこそ、アレイスターは敬意を示していた。
「それでは大賢者様、私はそろそろ行きます。勇者一向を盛大に出迎えてあげないといけませんからね」
「そうか。だが、無理に付き合う必要はないのだぞ」
「いえいえ、計画も大詰め。貴方の計画に賛同した1人として、最後まで付き合いますとも。それでは、今生の別れとなるやもしれませんので、貴方の終わりが良い最期であることを祈っておりますよ」
頭を深く下げたアレイスターが大樹の幹の中から去っていく。
下げられた頭には彼の確かな敬意と別れの気持ちが込められていた。
アレイスターの姿が消えしばらく経ち、にわかに外から騒がしい音が響き始めていた。アレイスターが言っていた通り、少年がエリアを救いに私を倒しにきたのだろうと悟る。
それを聞き、おそらく自分の元まであの少年は来るだろうと予感した大賢者もまた、その重たい腰を上げ立ち上がり世界樹の頂上で彼の到来を待つべく、外へと歩き始めるのであった。
*
MARSの力によるゲートを抜けた先、僕たちが辿り着いたのは焼失し、以前の魔法使いたちの生活住居も黄金に輝く森も見る影もなくなってしまった魔法使い族の里の入り口であった。
「ひどいな」
「うん、前に大賢者とデュエルした時は必死で周りの状況とか燃えてるってことしかわからなかったけど、これはひどい」
そこには何も残ってはいなかった。
あるのは燃え尽きて炭となった木々と魔法使いたちが住んでいたなという名残を感じさせる住居だった形跡のみ。
後はもう全てが灰とかしていた魔法使い族の里であった。
「だが、一つだけ残ってるものがある」
「あれか……」
「うん。世界樹、この里の中心に位置していた神木だ」
その大樹を見上げる。
あれだけの大火災。里が燃え、その全てを焼き尽くしてなおその威容をまるで損なっていない魔法使いたちにとっての御神木。
以前見た時は美しさと神聖さを感じさせた世界樹も、この惨劇の跡にあってはむしろ異様でさえあった。
「無駄話をしている余裕があって? ここはもう敵陣なのでしょう。ならさっさと先に進んだほうがいいんじゃない?」
「私もカミューラに同意だ。見たところ、あの大木に大賢者とやらがいるのだろう。なら、急いだほうがいい。敵に私たちが来たのが気づかれたら面倒だ」
世界樹を見上げたままどこか感慨深く話していた僕たちにタニアとカミューラは前を歩き急かしてくる。
確かに観光に来たのでもこの里の状況を確認しに来たわけでもない。彼女たちの言う通りここは敵地。先を急ぐべきであった。
「そうだね。2人の言う通り、行こうか三沢くん」
「ああ」
短く答える三沢くんと彼女たちの後ろをついていくように世界樹を目指す。
道中は不自然なほどに静かだった。
何もないのが逆に不安を掻き立ててくる。
しかし、何もないはずがなかった。
世界樹の前まで来た時、前を歩いていたカミューラとタニアが立ち止まりデュエルディスクを広げたのだ。
「囲まれているわね」
「ああ。既に大勢の敵に囲まれている。逃げ場はないと見ていいな」
「なに!?」
「囲まれてるって、何処に!!」
2人の様子に驚き慌てて周囲を確認する。
荒れ放題であった里の中心は本来広範囲を見渡すのに邪魔をするであろう建物はすでにないために見晴らしがよく、そこにいる者たちを確認することができた。
ガチャガチャと大樹の影から、里の奥の方からその足音をが鳴り立てながら大勢のマシンナーズたちが僕たち4人を包囲しようと向かってきていた。
「マシンナーズ!」
「ワラワラと、このままだと囲まれるわね。どうするの、全部倒す?」
「いや、それは現実的ではあるまい。仕方ない。ここは私が引き受けよう。3人は先に大樹へ向かえ」
タニアが僕たちの壁になるように一歩前に出る。
「タニア、しかしお前1人でこの数は……」
「フッ、私はアマゾネスの戦士。数の差などで怯むほどやわな鍛え方はしていない。三沢、お前はコナミについてやれ。そいつはまだ1人で立ってはいられん」
未熟者を見るように僕に視線を向けてくるのが少し不満だが、それに否を唱えれるほど、僕はまだ大人になれてはいなかった。彼女の価値観で言うなら戦士と表現したほうが適切だろう。
死地に向かう覚悟、大切なもののために命を賭けて戦い続けること。それはきっとこの戦いを乗り越えた時、僕は手にすることができるのではないかと、そう感じていた。
「タニア、ありがとう。ここは任せるよ!」
「ああ、任された。さっさと行って大賢者とやらを倒して来い」
三沢くんと目配せして世界樹へと駆け出す。
背後から迫ってくるマシンナーズを止めるため、タニアと……そしてカミューラが僕たちの背中を守っていた。
「カミューラ、お前は行かなくていいのか?」
「貴方1人では荷が重いかと思ってねえ。中の連中の相手はあいつらがするべきことよ」
「確かにそうだな。しかし、私1人では荷が重いとは言ってくれる。足手纏いになるなよ」
「ふふふ、お互いにねえ」
自分たちを取り囲む無数のマシンナーズ。彼らに不敵な笑みを向ける2人の心には敗北の2文字は存在しなかった。
*
世界樹の頂上、そこが僕たちの目指す場所だった。
プラネットカードはそこにあるとカードたちが教えてくれていた。
世界樹を登る。その手段として木登りをする必要があるのかと考えたが、世界樹の前まで来た時、まるで僕たちがくることを待っていたように世界樹の中へと引き込まれた。
「これって……」
「上に連れて行ってくれるようだな」
世界樹の中に引き込まれた僕たちは巨大なシャボン玉のようなものに包まれながら上昇していた。内部は一定の温度が保たれているのか温かく、浮遊感こそ感じさせるものの不快感は感じない。
その上昇に身を任せるがまま、頂上まで連れて行ってくれるのかと期待したのだが、巨大な世界樹の頂上まであと少しと言うところで一つの広い空間に止まった。
そこは木目調の天井と壁に囲まれたアーチ状の大部屋だった。世界樹の外円と比べれば狭いが、小さな体育館ほどの広さがある。その大部屋の奥に豪奢なドレスに身を着飾ったドリアードが立っていた。
「あれは……!」
「愛理ちゃん……!」
「いいえ違います。今の私は精霊神后ドリアードですよ。水無月愛理は私を構成する一部に過ぎません。誤解なきよう」
美しい声だった。透き通るような、まるで彼女に身を委ねたくなるようなメゾソプラノの声が明瞭に響いてくる。
その視線は僕にのみ向けられており、その奥に戦う意思があることが見えている。
僕は彼女がなぜここに1人でいるのかを悟った。
「ドリアードだったな。君はここに1人なのか? アレイスターと大賢者は何処にいる」
「三沢大地ですか。アレイスターならこの先を登ればいるでしょう。大賢者は頂上に、用があるなら貴方は先に行ってもいいですよ」
ドリアードが背後を指す。そこには上階へ続く階段があり、三沢くんだけなら通すと言っていた。
「いや、その先は愛理くんを助けてからにさせてもらおう」
「うん。ドリアード、君が僕に何を求めているのかはわかる。受けるよ、デュエルだ」
ディスクを構え、デュエルの準備をする。
彼女と目を合わせたときに確信したこと。それはデュエルなしでは愛理ちゃんを助けることは叶わないだろうことだった。
「良いのですね、敗者は死ぬ。私と貴方、どちらが勝利しても貴方の望み通りにはなりませんよ」
「いや、そうはならないよ。僕も君も死なない。ドリアード、僕は君の中にいる愛理ちゃんを、そして霊使いのみんなを助ける!」
断固とした意思で否定する。
この世界に来て沢山の命が失われる光景を見た。楽しかったデュエルで命が失われるところも、友人をこの手で失うことになったのも。
だからこそ、一番大切なものだけは取りこぼさない。デュエルを通して、愛理ちゃんたちを助けてみせる!
「ならば示してみなさい。貴方に私を手にする資格があるのかどうか。その力で、意思で、2人で生きる未来を掴み取ってみなさい!」
彼女の周囲の光が集まるようにして、ドリアードの腕にデュエルディスクが現れた。それを見た三沢くんが少し離れ、成り行きを見守る姿勢をとる。
「コナミ、お前ならできる。デュエルで愛理くんを助けてみせるんだ」
「うん。やってみせる!」
意識を集中するために大きく呼吸をする。そして瞳を開き対面に立つ彼女だけをみて僕は声を張り上げた。
「「デュエル!!」」