ドリアードが膝をついていた。
その体からは金色の粒子が巻き上がりその存在を保っているエネルギーが飛散されていく。ぐらりとその上体が前に崩れ落ちるのを僕の腕が受け止めた。
「ドリアード……」
「ああ──……貴方の勝利です。やはり、貴方は強いですねコナミ……」
僕の腕に支えられ、立ち上がる力さえないほどにぐったりとしたドリアードが消えいりそうな声で称賛の言葉を紡ぐ。
今にも消えてしまっても不思議ではない。そんな状態でありながらその美しさには微塵も翳りを見せていない。その瞳には真っ直ぐと僕が写り、片時も視線を外さないでいる。
「コナミ……もっとよく顔を見せてください。私が私でいられるうちに、私を手にするものの顔を見ておきたいのです」
僕の顔に向かって伸ばされた手を取る。
その蒼い瞳に僕がより写るように顔を近づけていく。そして水晶のように透き通った瞳に僕自身が反射して見えるほどに近づいたとき、ドリアードに笑みが生まれていた。
彼女の体の崩壊は止められない。
僕の内に宿る力でもそれを防ぐことは叶わない。仮にそれができたとしてもしなかっただろうが、儚く散ろうとしている彼女を見ると胸が苦しくなりなんとかしたいと思ってしまう。
それでも僕は愛理ちゃんを、そして霊使いたちを取り戻すと決めたために、その終わりを見届けようとしていた。
「ドリアード、君はここで終わってしまうのかもしれない。でも、君は元に戻るだけだ。愛理ちゃんも、霊使いの皆んなも僕の大切な仲間だから、お別れじゃない。ずっと一緒だ」
「仲間……そう…ですね。私たちはずっと一緒に戦えるのですね」
「うん。これからはずっと一緒だ。もう、離しはしない」
目の端に涙さえ浮かべて満足そうに微笑む彼女に答える。
愛理ちゃんも、そして霊使いの皆んなも僕のデッキにはなくてはならない存在だ。これまでも、そしてこれからも大切な仲間として一緒に沢山のデュエリストと戦っていくんだ。
みんなに分かれたらドリアードとしての意識がどうなるのかはわからない。それでも彼女の心の一部がみんなの中にきっと残るはず。だから、これが永遠の別れになることはない。
「ふふ、離さないですか。コナミ、それはまだ早いですよ。水無月愛理の──エリアの不安はまだここにあります。そして、貴方が戦わなければならない本当の敵も」
胸に手を置き告げる僕の本当の敵。
大賢者……そして……もう一人……………。
「わかってる。僕が戦わないといけない本当の敵が誰なのか。それを超えない限り、愛理ちゃんとの未来は築けないことも」
「ならば、私から言うことはありませんね。望む未来が欲しいのなら、覚悟を持って進みなさい。いつまでも、子供ではいられないのですから」
ドリアードが潤ませていた瞳を閉じる。
淡い光を放っていた体がより強く、鮮明な光となり彼女の身体が四散していく。
幾度も幾度も見た命の終わりを告げる光。だけど、これは真の意味での死を教える光ではない。ドリアードとしての生は終わり、元の、霊使いの皆んなに戻る光であった。
*
「──逝ったか……」
ドリアードが敗北し、消えたことを世界樹の頂上にいる大賢者は察知していた。しかし大賢者に慌てる様子はない。
全て承知の上でドリアードが戦うことを赦したのだから、その結果元の形に戻ったとしても彼の計画が揺らぐことはなく、憤然とする必要がなかった。
もう一つ、コナミたちによって計画が破綻しそうになっていることに怒りを感じないのは純粋にそれだけの精神的な余裕がなかったからとも言える。その命が尽きかけている彼に、怒りに震えるだけの余力はなかったのだ。
「これも、お前たちの筋書き通りか……?」
大賢者の視線が世界樹の頂上の端に置かれた机に注がれる。
その机の上に置かれた10枚のカード。
それは彼がコナミから奪い取ったプラネットカードたちであり、そのカードたちはコナミがくることを待ち侘びるかのようにそれぞれが光を灯していた。
大賢者は見通していた。彼ら星のカードはそれぞれが自身の担い手となるコナミに試練を課していたことを。そして、おそらく最後の試練として自分が用意されたのであろうことを。
「しかし、そううまく行くとは思わぬことだ。私にも望みはある。夢がある。そのために長き時を費やしてきたのだ。あのような少年に我が計画を阻まれてなるものか」
破滅の近づく世界。
大賢者は厭世とした感情で滅びつつある世界を見つめ、時期に来るであろうコナミを返り討ちにすべく太陽のカードを手に取るのだった。
*
ドリアードが消え、後に残されていたのは眠りについている傷ひとつない愛理ちゃんと5枚の霊使いのカード。
意識のない愛理ちゃんを置いて先に進むわけにも行かず、かといって連れていくには危険であると、三沢くんと話していたが、すぐに彼女が目を覚ましたことで、その話は中断された。
「愛理ちゃん! よかった。目を覚ましたんだね」
「コナミくん……ここは……そう…なのね。あれは夢じゃなかったのね」
薄らと目を覚ました彼女は倦怠感を身に滲ませながら壁に背を預け呟く。
どうやら自分がドリアードになっている間のことは夢として見ていたらしかった。まだ意識がはっきりとしていないためか、拙い言葉だったが、今がどう言う状況かはわかっているようであった。
「愛理ちゃん、僕はこれから大賢者を倒しにいく。何があるかわからないからここで待っていて欲しいんだ」
「大賢者様……」
「君が大賢者のことを大切に思っていることはわかってる。でも、僕は行くよ。あの人とは決着をつけないといけないから」
「ううん、わかってるわ。全部見てたから、でも、できるなら大賢者様を許してあげて。あの人も、きっとしたくてしたわけじゃないから」
「……ごめん。約束はできない。それがどんな理由でも、君たちを犠牲にしようとしたことを僕は許せない。だから、行こう。三沢くん」
「──あっ」
まだ何かいいたそうにしている愛理ちゃんを置いて僕は三沢くんに声をかけて先に進む。
後ろから拙く伸ばされた手に後ろ髪を引かれないよう強く前を向き僕は三沢くんを連れてさらなる上階へ階段を登った。
「──いいのか」
「何が」
「愛理くんともっと話してもよかったんだぞ。心配だろう」
階段を駆け上がりながら三沢くんが話しかけてくる。その顔には愛理ちゃんというより、僕の気持ちを察し斟酌しているようだった。
「いいんだ。僕がやるべきことは愛理ちゃんのそばにいることじゃない。だから、いいんだ」
戻りたい気持ちは当然ある。
今からでも引き返して愛理ちゃんを抱きしめてそばにいてあげたい。
でも、それは今の僕がやるべきことではない。それを誰より僕が理解していた。
「コナミ……強くなったな」
駆け上がっていた足を止める。
そして三沢くんに振り向き僕は首を振った。
「まだまだだよ。まだ、僕はなんの責任も果たせてないんだ。強くなったなんて言えないよ」
「……責任?」
「失ったもののために、これから歩む未来のために、僕は僕の役目を果たす。大賢者を倒して未来を掴む。それが僕が果たすべき役目で、責任だ」
道長くん、堂本くん。そして、たくさんの精霊たち……。
失ったもののことを考えると、まだ何も果たしていない僕は胸を張って彼らに向き合うことはできない。幸せな未来を目指すとはとても言えない。
大賢者を倒し、この悲しみを積み上げ続けるばかりの計画を止めた時、きっと僕は愛理ちゃんと生きる未来を選択する資格を得られるんだ。そう、僕は信じている。
「なら、必ず勝たないとな。勝って彼女を迎えに行ってやれ。あまり待たせてやるんじゃないぞ」
「うん。さあ、頂上はもうちょっとだ。行こう」
止まっていた足を早める。
最初のシャボン玉のようなもので随分上まで上げてもらったからもうそろそろついてもいい頃合いなのだが、その前にまた一つの大部屋に辿り着いた。
そこはドリアードと戦った部屋と違い、奇妙なほどに薄暗かった。さらに上階へと続いているであろう階段の前には巨大な祭壇のようなものが建てられており、その左右には祭壇を挟むように青白い篝火が焚かれている。
その祭壇の前に、アレイスターさんが待ち侘びていたように座っていた。
「ようこそ、勇者くん、そして三沢くん。君たちが来るのを待っていましたよ」
僕たちを歓迎するように立ち上がり大仰に腕を広げるアレイスターさん。その腕の動きに連動するように壁面にも配置されていた篝火に火が灯されていく。
「アレイスターさん、僕は大賢者に用があります。あなたにも思うところありますが、僕の目的はあなたではありません。そこを通してもらえませんか」
それは半ば無理だろうと思いながらもしたお願いだった。アレイスターさんも敵ではあるが、僕が倒すべき敵は大賢者だ。無駄に死人を増やしたいわけではない。
だから退いてくれるなら倒しはしないという意味合いで聞いて見たのだが、予想に反しアレイスターさんは道を開けるように半身を階段側に向けて僕に先に進むよう促した。
「構いませんよ。勇者くん、大賢者様は君をお待ちだ。先に進むといい。だが……」
チラとアレイスターさんの視線が三沢くんへと向かう。
「俺は通さない。そう言うことだな」
「話が早くて助かりますね。ええ三沢くん、ここまで来てただ見守ると言うのも面白くはないでしょう。君の相手は私がしてさしあげますよ」
「それは有り難くもない申し出だな。コナミ、先に行け。彼の相手は俺がする」
「わかった。気をつけて!」
*
アレイスターが開けた祭壇の道を抜けて階段を登っていくコナミを見送る。通すという言葉通りその邪魔をしないアレイスターもまた微笑みを崩すことなくコナミが自分の横を走り去る姿を見送っていた。
以前のコナミなら、ここに俺一人残すことに多少なりとも心配な気配を残したり一緒に戦うなどとごねたりしそうなものだったが、迷うことなく突き進むことを選べるようになったことは紛れもない成長した証であった。
タニアはまだコナミには俺の支えが必要だと考えていたようだが、そうではない。あいつはもう1人で立つことができるのだ。
たとえ誰1人として仲間がいなかったとしても自分のなすべきことのために、一番大切な人である愛理くんのために立ち上がることができる。そのように、信じられる頼りになる背中をしていた。
「さて、彼も行きましたし早速デュエル……と、行きたいところですが一つ話をしませんか三沢くん」
「話……?」
コナミを見送り、その背に心配する必要もなくなったことで俺も負けてられんなと意気込み始めた俺に向き直ったアレイスターが話を振ってきた。
それは今からデュエルをすると意識を向けていた俺の意表を突くような形となり、眉根を上げることになった。
「ええ。私の見たところ、君は大変聡明だ。このままデュエルして、はいさよならというのは寂しいというものでしょう」
「今ここで貴方と話して得るものがあると?」
「さて、それは君次第でしょうね。なにか聞きたいことがあるのなら答えてあげますよ。一つだけなんでも答えてあげましょう」
「ならば俺が知りたいことは一つだ。堂本の前に現れた魔法使いとは誰のことだ」
堂本にいらん知識を与え、コナミと堂本を争わせた魔法使い。それが大賢者ならばコナミに任せるだけ。だが、それ以外にいるというなら、それがこの目の前の召喚師だというならば…俺はそれが知りたかった。
その返答はなかった。ただ、口元を歪めただけ。それだけで返答としては十分だった。
「そうか……アレイスター、俺はお前を許さん」
「くくく、許さないですか。しかしそれは筋違いではありませんか? 確かに彼の望みが叶う方法を伝えはしましたが、それを選んだのは彼自身の意思ですよ?」
「詐欺師のセリフだな。相手が選んだことだから自分は悪くはないと。そんな馬鹿げた理屈、俺は認めんッ!」
怒りの発露をするようにデュエルディスクが展開される。もはや言葉は不要。目の前の敵を倒し、堂本の弔いとする。それだけが今の俺の望みだった。
「そうですか、では仕方ありませんね。始めましょうか、私たちの最初で最後のデュエルを!!」
「望むところだッ!!」
白いローブの内から取り出したデュエルディスクを腕に装着され、アレイスターに闘志が宿る。飄々とした雰囲気は何処かへと消え去り、口元には凄みを感じさせる微笑が浮かんでいた。
「「デュエル!!」」