「ハァ──。ハァ──……アレイスター、俺の勝ちだ!」
「くふふ、どうやら、そのようですね。素晴らしい、私の最後を飾るにふさわしいデュエルでしたよ、三沢大地くん」
薄氷の上を歩くような紙一重の勝利。
一手でも読み違えれば負けていたのは俺の方だっただろう。
それでも勝利したのは俺。その事実に荒げた肩を落ち着けるために勝利の余韻を感じながらも深く息を吐き出した。
「アレイスター、お前は一体何がしたかったんだ。新世界の創造が望みなら、俺と戦う必要はなかったはずだ。隠れて、大賢者とコナミの戦いが終わるのを待てばよかっただろう」
それは、デュエルをしながら俺の中に芽生えていた疑問だった。
アレイスターと大賢者。2人がどういう関係性だったのかは知らないが、コナミが大賢者と戦うように道を通したことを鑑みるに、単純な部下という形ではなかったはずだ。
彼からはどこか……そう、熱量が感じられなかった。なんとしても計画を達成するというような情熱がなかった。
だからこそ、聞いておきたかった。この魔法使いは自らが生きてきた都市を、王を裏切り滅ぼした。そこまでしたというのに何故最後を大賢者に委ねるのか。
大賢者の方が強いから?
だとしても自身でコナミを討ち取る選択もあったはずなのだ。彼の実力で自信がないということもないはずだ。
「答えろアレイスター。お前は結局何がしたかったんだ」
「──美しいものが見たかった」
「……なに……美しいもの?」
「ええ、私はただ只管に、美しいものを見続けていたかったのですよ」
背を床に預けながら、とつとつと話し始めたアレイスター。
すでに敗北し、自身の終わりが近いことを悟っためかその声に力はなく、しかし満足そうでもあった。
「そのためなら何を捨てても痛くはなかった。敬愛する王も、生まれ育った都市も、私に魔術を指導してくれた師にも……」
「その美しいものとやらのために、いったいどれだけの命が失われたと思っている」
「ふふ、さて…ね。ただ一つ確信を持って言えることは私に悔いはないということですよ」
自然と眉間に皺がよるのを止められそうになかった。
理解できない価値観で語られる理不尽な行い。その結果必要がなかったであろう失われた命のことを思うと、彼らが不憫でならない。
「勇者くんの元へ行くのですか?」
「これ以上お前と話していても気分を害するばかりで得るものはなさそうなのでな」
「くく、そうですか。ですが、行くなら地下へと向ったほうがいいですよ」
「なに……地下?」
その一言は、コナミが戦っているであろう頂上へと向かおうとしていた俺の足を止めるに十分な内容だった。
「どういうことだ……地下に何があるというんだ」
「地下にはこの里で育った魔法使いたちが眠っています。大賢者様が新世界へと連れて行こうと決めていた彼の愛弟子たちが」
「なんだと!?」
「どうせ上へ行ったところでできることはないのです。なら、勇者くんの勝利を信じて地下へと向かった方がいい。そうは思いませんか?」
一瞬、視線を世界樹の頂上へと続く階段へと向けるが、その逡巡はすぐに終わりを告げた。俺は淡い光を纏い始めたアレイスターに視線を向けることもなく、来た道を振り返り降りていく。
コナミが勝利すること。それを信じ、今の自分にできることをするために。向かう先にこそ、自分の力を必要とする者がいると信じて………。
*
「──ハハハ、行きましたか……」
アレイスターは地下へと向かった理知深き青年を想う。実に強きデュエリストだったと。
(彼に世界の滅びについて伝えるべきであっただろうか……。この世界だけではない、彼の世界もまた、もうすぐそこまで滅びが迫っていることを……)
淡い光が自身を覆い、少しずつ死が迫っていることを感じながらそのわずかな時間で思索に耽る。そしてふと思いついたようにどうせならと、祭壇に背を預け、自身の魔術書を取り出し自身の半生を振り返るように魔術書を開く。
どう足掻いたとしても滅びは避けられない。そこから逃れるためには大賢者様が成そうとした何者にも干渉されない新たなる世界に移住するしかない。そう、彼らの中で結論は出ていた。
闇が世界を覆い尽くし、命あるものは皆須らく闇に消える。
彼の世界も私の世界も……そう、闇が総てを包み込む。12の次元、その総てを………。
逃れる場所などない。
抗う術などない。
蠢き始めた闇を止める方法など、皆目見当もつかなかった。
だから大賢者様も、あのような手段をとったのだ。
「──ふう。もう時間ですね。大賢者様と勇者くん、どちらが望みを叶えるのか。それだけが心残りですが、まあ、悪くない締めでしたね」
体を包む光が一層強くなったことで思索が中断される。
弟子と呼べる相手がいないアレイスターは開かれた魔術書の渡る宛のなさに一抹の寂寥感を感じるが、滅びを前に詮無いことと諦める。
そして自身の終わりがいよいよ間近に迫ったことで、最後にアレイスターは自分を魅せてくれた者たちについて想いを馳せた。
美しかった……。あの勇者と私たちが呼んだ少年も、ドリアードも、大賢者様も皆が皆、一様に美しい生き方をしていた。
自らの望みを叶えるため現実に、そして世界に抗っていた。だから通した。彼らの生き様を私のような者が阻むなどあってはならないと感じたから。
「困難に抗い、進み続ける姿こそが美しい──命のあるべき姿。王よ、貴方は滅びに抗うことを諦めてしまった。王……何故、立ち止まってしまったのですか…………ワタシは──………」
アレイスターが光となり霧散する。
言葉は最後まで紡がれることなく、空に消えていく。
跡には、彼の研鑽の証であり確かにそこで彼が生きていた事実を物語る魔術書のみがその場にポツンと取り残されたように祭壇の上に鎮座しているのであった──。
*
ところ変わり世界樹の頂上。
地表よりも遥かに天に近いこの大樹の頂上には燦然と輝く太陽による熱が一際身体を焼いてくる。
しかしその標高の高さ故か、暑いとは感じなかった。吹き荒ぶ風は強く、太陽により熱くなった体を一瞬にして冷やしてくる。寧ろ寒いまであった。
その世界樹の頭頂、平面に切り取られたような広い幹の上に紫色のローブで全身を覆った巨人──大賢者が立っていた。
「大賢者……決着をつけに来たぞ!」
眠っていたのか、その顔を俯かせていた大賢者が顔を上げる。
「来たか、少年………」
鋭い眼光。精霊は見た目通りの年齢なのかは定かではないが、枯れ木のように老いさらばえながらもその目の鋭さは僕の胸を射抜き、重たい威圧感を与えてくる。
その威圧にぐっと堪え、真っ直ぐに立ちながら僕もお返しのように睨み返した。
「ほう、すでに恐怖は超えたと見える。なるほど、ここにくるだけの資格はあるというわけだな」
そんな僕の様子に感心したような声をあげる。大賢者は、自身とのデュエルの後、コナミの胸の内に拭えぬ恐怖が宿っていたことを知っていた。それに怯えていたことも。
その指摘に改めて自身の体調を確認する。体の震えはない。一度殺された相手に怯え、惨めに遁走するような姿になる可能性はあった。それに比するだけの恐怖を感じてもいる。
だがそれ以上に僕の怒りが、使命感が、そして僕を突き動かす義憤と闘争心が彼の前から引くことを許さなかった。
「ドリアードは倒したようだな」
「愛理ちゃんと霊使いの皆んなは取り戻した。新世界の創造はドリアードがいないと成立しない。貴方の計画は失敗だ!」
大賢者は新世界を維持する柱としてドリアードの存在が必要だと言っていた。だがそのドリアードはもういない。愛理ちゃんと霊使いに別れた以上、彼の計画は失敗に終わるということだ。
そう突きつけた僕を嘲笑うように大賢者は一笑に付して否定した。
「浅慮だな。何故私がお前とドリアードが戦うことを許していたと思っている。その結果が如何様なものとなろうともそれが我が計画に支障をきたすことはないからだ。我が計画を止めれるのはデュエルのみ。さあ、己が腕に全てを委ね私に挑んでくるがいい!」
物理的な圧力さえ感じるほどに強烈な敵意が吹き荒れた風と共に降りかかる。圧されそうになる心に喝を入れ、これが最後と覚悟を決める。
右腕に装着されたデュエルディスクに差し込まれたカードたちが勇気を与えてくれるように仄かな熱さを与えてくれていた。
そしてデュエルを始めようとする直前、僕は透き通るような青空を見上げた。恐らく最も宇宙と星々に近しいこの世界樹の頂上に僕はいる。
遠くの海を越え森を渡り運ばれてくる風の息吹。
必ず生きて愛理ちゃんとの未来を掴む。
突き刺さる敵意と殺意の狭間で飽和した闘志と生存への意志が僕の五体にこれまでにないほどの力を与え、眼前に立つ大賢者にも敗けない敵意をもってディスクを構える。
それが、デュエル開始の合図となった。
「「デュエル!!」」
星が齎す最後の試練、僕の運命に惹起された超えるべき戦いが始まった──。
*
コナミと大賢者とのデュエルが始まった頃、ドリアードから戻った愛理が背中を壁にもたれかかせたまま休んでいた。
ぐったりとした体の四肢には力が入ることはなく、その目にもまた、立ちあがろうとする意思は感じられない。はらりと垂れた青い髪が顔にかかるがそれを払うこともなく、愛理は静かに、まるで眠るように体を休ませている。
そんな彼女は悲嘆に暮れ、悲しんでいた。
ある種、信仰にも近いほどに信頼していた大賢者に裏切られ、自分が利用されていただけだったことに。そして、結果的に愛するコナミを危険に晒してしまったことに。
その傷心は深く、回復していく身体を認識しつつもそれに反比例するように心が死んでいくような感覚を味わっていた。
自身の中にいる愛理のこともあり、自分は存在しない方が良いのではないか。そんな自己否定にまで陥るほど。
途中、アレイスターを下した三沢くんが自分に何かを語り変えていた気もするが覚えてはいない。それに漫然と頷いたことだけは認識していたが、その内容に気を配る気力は存在しなかった。
そうして何をする気力も湧かずにいた彼女の前に、紅いドレスを着た麗人が姿を現した──カミューラだ。
タニアと協力してアレイスターの召喚していたマシンナーズと戦っていた彼女だが、マシンナーズの数を減ったことと、尚且つコナミが愛理を助け出したことを察したことでタニアを置いて世界樹を上がってきたのだ。
「あの小僧は無事に貴方を助け出したようね。エリア、いえ、ここは愛理と呼んだ方がいいのかしら」
「あなたは……」
「よかったら、貴方を連れていってあげましょうか?」
どこへ……とは聞かなかった。
聞くほどの気力もなかったが、何よりもその必要性を感じなかったからだ。
自身に差した人影にゆっくりと顔を上げた愛理に言葉を投げかけカミューラは手を差し伸べる。
僅かに硬直し、悩むように瞳を揺らしたが、それもすぐに消える。愛理は緩慢な動きでその手を取り、立ち上がった。
そして人知れず、カミューラと共に世界樹から姿を消すのだった──。