初心者粉眠くんのデュエル日誌   作:XX

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旅立ちの鐘が鳴る

 

 静かだった──。

 デュエルが終わり、決着のついたフィールドで僕も大賢者も一言も口を開くことはなく、世界樹に吹いてくる穏やかとなった風に身を任せていた。

 

 そこに流れる空気は涼やかではあれど勝利の喜びや感慨を得るよりも、不思議と奇妙な寂寥感に僕の心は囚われていた。そのため僕の顔に浮かぶ表情は笑みではなく引き締められ閉ざされた口元だった。

 

「──何故泣く……」

 

 気がつけば、僕の頬に流れるものがあった。

 

「わからない。貴方は敵で、僕の大切な友達を失う原因を作った人だ。だから、貴方が死ぬことを僕はまったく悲しいとは思わない。思わないはずなのに、どうしてだろう。胸が切なくなるんだ」

 

 込み上がってきた悲しみが僕のどこから表出してきたものなのかわからない。ただ、胸を割くような痛みだけがその悲しみが本物であることを教えている。

 

 ふと、その涙に触れた時に感じるものがあった。

 

 それは僕のではない、精霊の悲しみ。そう、これは愛理ちゃんの……そして大賢者を慕っていた霊使いたちの悲しみだった。

 

 僕はこの涙がどこからきているのかを悟り、物悲しくデッキに手を当てる。手のひらに伝わるカードたちの想いが僕に伝わり彼らの代わりに涙を流させていたのだ。

 

「みんな、貴方のことが大切に想っていた。僕は多くは知らないけれど、里の人だって……どうして……どうしてこんなやり方にしたんだッ!!」

 

 言ってくれれば、教えてくれれば協力だってした。

 

 世界が危険だから、異なる次元から襲われることのない世界を作りたいから助けてくれとでも言ってくれればプラネットたちと相談して新世界の創造に協力は惜しまなかった!

 

 命を奪い合うくらいならそうした!

 たとえ一度しかその機会が与えられないとしても、それを拒むことはなかった。なのに、殺し合うためにデュエルをして、その結果、誰1人として喜ぶもののいない結果になった。

 

 勝者はいない。

 ここに、勝者は1人としていなかった。

 

「ふはは、愚問だな。お前とてわかっていよう。お前が生きている限り、私の望みが叶うことはなかったとな」

「そんなことはッ!」

「………願いとはつまるところ奪い合いなのだ。お前の願いと私の願いは違う。異なる願いが叶えられることはない。星々がそれを許すことはないのだ」

「──ッ!!」

 

 否定のために開かれた口が閉口する。

 断固とした確信で紡がれた言葉には反論する余地を与えず、また、内心で僕自身どこかで理解していたことでもあるが故に強く出ることができなかった。

 

 仮に僕が太陽のプラネットカードを大賢者から与えられたとして、その結果揃った星のカードたちにお願いして彼らのための新世界の創造をしようとしても、きっとそれは失敗していただろう。

 

 彼らは僕の本当に作りたいと願う世界以外を作ることはない。誰かに頼まれたとか、誰かのためにとか、そういう僕の願望が含まれない世界は生まれないのだ。

 

 それがわかってしまったが故に、やるせなかった。

 

 この状況を作り出したのが大賢者が、そして彼を利用すると決めたプラネットカードたちでもあることが。そしてそれが僕のために拵えられたものであることも伝わってくるがために。

 

 なんのために、なんで聞かなくてももうわかる。僕に強くなって欲しかったからだ。デュエリストとしても、人としても強くなり、そして強くなった果ての願いを、理想郷を作り上げてほしいと彼らは考えたからだ。

 

 その過程で生まれる犠牲など鑑みることはなく、ただ僕のために……戦いの果てに生まれる願いのために……。

 

「いずれにせよ、我が計画は失敗に終わった。この世界も、我が里の子供たちも、すべては闇に還る。全ては無駄に終わったのだ」

「そんなことにはさせない! ユベルってやつが世界を滅ぼそうとしてるっていうならそれを止めてやるさ!!」

「無意味なことだ。お前にできることはせいぜいが世界を僅かな時延命させることだけだ。滅びを避けることはできん」

「ユベルって精霊はそんなに強いのか……だけどどんなに強い相手でも僕は──」

「いや……たとえユベルなどおらずとももうこの世界は………」

 

 大賢者の言葉が止まる。淡い光を放ち始めた体が彼の終わりを告げようとしていた。彼は諦観し、諦めたような瞳を世界へと向けていた。

 

 彼にはもう、僕の言葉など届かないのだろう。自分に勝った僕でも勝ち目がないほどユベルが恐ろしい力を持っているからなのかどうか、僕にはわからないが大賢者には滅びゆく世界が見えているようだった。

 

「少年、最後にひとつ忠告しておこう。今のうちに大切なものたちを連れて星々の力で新世界に逃げることだ。決して交わらぬ、完全なる世界に……全ての終わりは近い。終焉の序曲は既に奏でられ始め、終曲へと向かっている」

「……-? それは、ユベルという精霊のためか?」

「ふっ、生きていれば時期にわかる。何者も、それから目を背けることはできないのだからな」

 

 それは本当に大賢者なりの僕への忠告なのだろう。わからぬ子供を諭すように、その声には優しさが含まれていた。この世界にいるものたちをと言わないことがその証明でもあった。

 

「たとえどれほどの危険が迫ってるとしても、僕は逃げないよ。みんなが救われる道を選ぶために、僕は最後まで戦う。大切な人だけなんて選ばない」

「ふははっ! そうか……実に……愚かだな……まったく……愚かだ……」

 

 いよいよもって強く光り輝いた大賢者が世界へと溶けていく。溢れ出す涙は止めどきを知らずそのままに、僕はその終わりを見届ける。

 

 カードたちの悲しみがそうさせるのか、忘我するように大賢者の光は僕に哀切を極めさせ、暫しの間僕は立ち尽くしその光が完全に消え去ってもなお、その場から離れることはなかった。

 

 そうして涙も悲嘆に暮れた胸の痛みも落ち着いた頃、僕は手に収まる10枚のカードを見る。僕の手には大賢者に奪われていたプラネットカードが全て揃っていた。

 

「──なッ!」

 

 それを目に映した時、カードたちが一斉に光を放ち始めた。その強い光に思わず腕を顔の前に置いて影を作ろうとするが、強くなる光は瞬く間に僕の意識をその輝きの中へと引き摺り込んでいくのだった。

 

「──コナミッ!?」

 

 意識が途絶えるその寸前、遠くから叫ぶような三沢くんの声がした──。

 

 

 

 

 堕ちてゆく──。

 どこまでも、どこまでも、底のない闇の中へ…………いや、違う。

 

 僕を包み込んでいた闇を払う。

 そして瞳を開いた先にある星の海を見つめる。

 ここはそう、どこまでも優しく受け止めてくれる大宇宙の水面だった。

 

 僕はガラスのように透き通る水面に立つ。

 上にも下にも星々が煌めき、その美しさには翳りがない見惚れるほどの光景だ。1人で見るにはあまりにも勿体ない、いつか愛理ちゃんに見せてあげたいと心から思えるくらいに美しい場所だった。

 

 しかし、僕の視線はすぐにその美の景観から遠くの太陽へと向く。

 そこには燦然と輝く黄金の太陽を背にした『The supremacy SUN』が、太陽の化身がそこにいた。

 

 そして彼に続く道を作っているかのように他の惑星とそれを司るプラネットモンスターたちが左右に立ち並び僕のことを待っていた。

 

 太陽は荘厳な響きの音色と共に語りかけてくる。

 

『創造を──今こそ世界の創生を果たす時。汝の望みうる世界を形作ろう』

 

 彼らは待っていた。

 僕の望みを、それを形造るその時を。それを──僕は一切の迷いもなく首を横に振り断った。

 

「みんなが僕のためにその力を使おうとしてくれているのはわかる。世界の危機が迫っている中、間に合わなくなる前に僕を逃がそうとしてくれているのも。だけど、もう少しだけ待って欲しいんだ」

『よいのか? 機を逃せば汝の願いはおろか、全てが滅びへと向かうぞ』

「いいんだ。たとえその結果僕がどうなったとしても……僕は最後まで戦う。それにその力の使い道はもう、決めている」

『なれば、我らは汝の選択に従おう。我ら一同、汝が魂朽ち果てるまで共にあり、その魂の輝きを照らさん』

「ありがとう──」

 

 世界が光に溶けていく。

 星々の煌めきがその輝きを強くして宇宙を白く、光差す目覚めへと誘っていく。

 

 その優しい光による意識の浮上に身を任せる。惑星たちは目覚めゆく僕を見守りながらその時を待ち、近く訪れる創造に備えるようにそっとその瞳を閉ざすのであった。

 

 

 

 

「──もう行くのかコナミ」

「うん、あんまりゆっくりもしてられないからね」

 

 コナミが大賢者との死闘に勝利してから数刻が経ったていた。

 

 その疲労からか意識を落としたコナミが目覚めるまで三沢はアレイスターの言葉通り地下に──彼らの魔法であろうが──眠りについていた里の魔法使いたちをタニアに手伝ってもらいながら介抱していた。

 

 そして今、コナミは世界樹からいなくなった愛理くんとカミューラを1人で追おうと、目を覚ました里の魔法使いたちに用意してもらった音速ダックの前に立ち、俺と別れの挨拶をしていた。

 

「コナミ、1人で大丈夫なのか? やはり俺も一緒に行ったほうが……」

「ううん、僕は大丈夫だよ。もう、1人でも進んでいける。僕のことより三沢くんは魔法使いのみんなのことをお願いしたいんだ。僕なんかよりよっぽど彼らには君の助けが必要だと思うから」

 

 流石に1人で追うのは危険と思い俺も同行しようかと提案したがそれはやんわりと断られる結果となった。

 それでも食い下がろうと口を開きかけたが、コナミの目を見たことで思い止まった。

 

 強い、とても強い目だった。

 迷いのない、真っ直ぐと自分の進むべき道を見据えた澄んだ瞳。

 それはとても強く、まだコナミには助けが必要だなどと考えていた俺の甘さを一蹴させるほどに強く逞ましい瞳をしていた。

 

「三沢くん、今までありがとう。子供の頃から君には沢山助けられたし、迷惑も沢山。だから、ありがとう。それだけは最後に言っておきたかったんだ」

「まるで………今生の別れのようことを言うんだな」

「そう……だね。うん、そうかもしれない。でも、大丈夫だよ。僕は僕の責任を果たしに行く。正しいと信じる道を進むだけだから」

 

 それの何が大丈夫なんだと言いたくなったが、やめた。

 迷いのなくなったこいつを止めることなど、到底叶わないと理解したために。

 だからこそ、今のこいつには俺から言おう。再会の言葉を。

 

「コナミ、その責任とやらを果たしたらちゃんと愛理くんと2人で無事を知らせに来い。お前たちの結婚式で友人代表としてお前の馬鹿げた過去を大勢の人に暴露するのが俺の夢でもあるんだからな」

「えぇ、ひどいなあ」

「それが嫌なら、ちゃんと帰ってきて俺を止めることだな」

 

 軽口が終わる。

 一方的な再会を求める言葉にどれほどの効果があるのか、コナミは音速ダックに跨った。

 

「それじゃあ行くよ。じゃあね、三沢くん。タニアにもよろしく言っておいてよ」

「ああ、またな」

 

 返事はなかった。

 前を見据え、一番大切な人だけを求めて走り始めたその背に迷いはない。一度として振り返ることなくあっという間に遠ざかっていく。

 

 強く成長したと一抹の寂しさを感じながら暮れ始めた太陽に黄昏ていると後ろから歩いてきたタニアが隣に立った。

 

「コナミは行ったか……」

「ああ。愛理くんを追って出発したよ」

「そうか。心配か?」

 

 その問いかけに俺は少しだけ考える仕草をして、そして否定した。

 

「……いや、あいつはもう子供じゃない。俺の助けは必要ないさ」

「そうだな、目を覚ましたあいつはよい目をしていた。覚悟を決めた戦士の目だ」

 

 そのタニアの評に無言で頷き応える。

 あいつが何を見据えているのか、俺にはわからない。きっと俺には見えない何かがあいつには見えているのだろう。

 

 それが倒すべき相手であるのか、それとも救うべき愛しい女性であるのか。願うなら後者であってほしいものだと心から思う。

 

「さあ、いくぞ三沢。まだまだ私たちの力を必要とする者は多い」

「ああ、俺もすぐに」

 

 わずかに後ろ髪を引かれる気持ちを振り切りタニアを追い精霊たちの待つ世界樹へと向かう。

 

 コナミが選択したように、俺もまた自分のすべきことを成そう。

 助けを必要とする精霊たちの力となる。それがこの世界に来て見つけた俺の成したいこと。

 

 奪い見捨てた命に釣り合う以上のことをするために、俺もまた前を見据えて歩き出す。互いに進むべき道を定めた俺たちの歩みは強く凛然としている。

 

 それぞれの影は惑うことなく、暮れ淀んだ空に消えてゆくのだった。

 

 




異世界編、第3章ー結。
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