闇夜を祓う膨大な太陽の光がカミューラを横たわらせていた。
対面に立つコナミと対照的なその姿は勝者と敗者を別つ明確な境界線の証。
太陽に灼かれた吸血鬼が死に行かんとする姿であった。
「ふふ、太陽に灼かれて死ぬ。実にらしい最期じゃない」
デュエルが終わったためにその威光の残滓を周囲に漂わせながら消えてゆく太陽の化身。太陽の化身が消えた後、直ぐに夜の闇が台頭し始め再び暗い吸血鬼の時間に戻す。
しかし吸血鬼の貴婦人であるカミューラは上体を起こさない。周囲に残る熱気に顔を顰めながら忌々しいものを見る目つきでコナミのことを見ていた。
「カミューラ、最期に一つ聞いておきたい。僕を助けたり愛理ちゃんを連れていったり貴方は結局何がしたかったんですか。人を憎んでいる貴方だ。善意で僕を助けたわけじゃないんでしょう?」
コナミはデュエルの途中からしていた憐れみの情が込められた視線をしている。それは不愉快な視線であり、しかしその傲慢さが人間らしいともカミューラは感じていた。
「フッフッフッ、よくわかってるじゃない。私の目的は吸血鬼一族の再興。そのためにアンタの星のカードを手に入れ新しい……私たちのための世界を作ろうとした。それ以上の理由が必要かしら?」
「いや、それだけで十分だよ。さようなら、カミューラ。目的があっても、助けてくれたことは感謝してる」
「ハンッ、アンタからの感謝など要らないわよ。虫唾が走る、さっさと何処へなりとも消えなさい」
倒れた私を横切り扉の前にコナミが進む。
彼を迎え入れるように、閉ざされていた扉が開きその大口で彼が奥へ進むことを許していた。
と、コナミがその奥へ進もうと一歩を踏み出しかけたその瞬間、彼が振り返り私の肩に手を置いた。
その手からは黒く滲み出た闇が噴き出している。
「なにを……っ!?」
「警戒しなくてもいいよ。これが最期だから、貴方に助けられた恩を返すだけ。僕が勝手にすることだ」
コナミのいう通り、それは闇を纏ってこそいたが不吉な気配はない。寧ろ安心するような優しい想いが込められた力のように感じた。
だからと言って不愉快に感じないというわけではなく、何をしようとしているのかの内容に関わらず、怒気を抱かずにはいられなかった。
その怒気故なのか、それとも自分たちを滅ぼした人間への最期の不満を言うためか、特別助けようとしているわけではないようだったが私の肩から手を離し扉の奥へ消えようとするその背中に呪詛を吐いた。
「吸血鬼の居場所など、もうこの世のどこにもありはしない。人間に敗けた私たちには滅びる以外の道は残されてはいなかった。この世界はもう、アンタたち人間の時代よ。好きに生きて、欲を貪って、そして滅びなさい。向こう側から嗤って見ててあげるわ」
返事はなかった。
私の言葉を聞き終えたコナミはユベルとやらと一緒に扉の奥へ進んだ愛理を追って行ったのだ。
身体を包む倦怠感と終わりを示す光の泡を吹き飛ばすように大きく息を吐く。最期に一杯と思いグラスを取り出そうとして、砂地に無惨に散りばめられた姿を晒しているワインを見てその手を止めた。
2年前、コナミに敗れてからと言うもの、生きる意味を見出すこともできず、無聊を慰めるように世界を見て回った。
何処を回っても人、人、人。一族が滅び、眠りにつく前と比べて気色の悪いほどにその数を増やした人の群れが世界を席巻していた。
そこに自分たちの生きる場所などなく、一縷の希望を託して探した同族の生き残りなど見つかるはずもなく、一族再興の夢は遠い夢物語のように儚いものとして諦めていた。
そうして、人の世界となった場所で生きる気にもならず逃げるように異なる次元世界へと渡ってきていたのだ。
その折に偶然にもコナミの持つ星のカードが自らの望む世界を作り出せると知り、コナミを助けた。カードを自分のものにするために。
望む世界の創造。
それはまさしく諦観と絶望に身を窶していたカミューラにとっては天啓のような話し。そのために、これが最後とコナミと覚悟を決めてデュエルをしかけたが、それも失敗に終わった。
いや、これを失敗と言って良いのかどうか。
果たして自分は本当に新世界などというものを求めていたのかどうか。少しだけ気になったが、もはやどうでもよいことであった。
それよりも考えただけで向っ腹が立つ話だが、多くの同胞たちと同じように、私もまた人間に敗れて死ぬ。そのことの方が彼女にとっては重要であった。
「皆と同じ死に方ができる。そこだけはまあ、悪くないかもしれないわね」
人の世界となり、同族の繁栄も夢のまた夢へと消えた今、これ以上を生きるのは彼女にとって苦痛でしかない。
半ばやけになっている部分もある。しかし、それは紛れもなく彼女の本心だった。
光がいよいよ強くなる。
人のような脆弱な存在とは違い、高い生命力と命を持つ吸血鬼もこの世界の理からは逃れられない。
死が目前まで迫り、長い命の終わりがカミューラを迎えたその時だった。
死を受け入れようと瞳を閉ざそうとした彼女の頬にそっと触れる者がいた。優しく、淡いその存在は多くの仲間達と一緒にカミューラを見守っている。
「──ああっ! 迎えにきてくれたのね……アナタ──!」
この世界に散った多くの命と同様にカミューラの身体が光の粒子となって消えていく。しかしその間際に浮かべた彼女の顔には、確かな安らぎと喜びが浮かんでいた──。
*
その頃、ヨハンの肉体を乗っ取ったユベルに連れられた愛理はユベル城と名付けられた白い円筒状の城の頂上にいた。
彼女の瞳は閉ざされ、深い眠りについていることがわかる。
ユベルはそんな彼女を城の玉座にそっと座らせ、目覚めの時を愉しみにしていた。
愛理の体から立ち昇る白い光は自分の内に宿るものと同じ性質の力を持っている。その光が、愛理の本当の願いを叶えるために中にいるもう一人の人間の魂である愛理に力を与えていることも把握していた。
「さてと、これであとは目覚めの時を待つだけだね。どちらが勝つかはわからないけれど……ふふ、キミが勝ってくれるとボクとしても嬉しいんだけどねえ」
自らを縛る鎖。
理性という、真の愛を手にするにはあまりにも枷となるそれを壊せるかどうか。それが勝敗を別つ鍵となるだろう。
愛理がその枷を打ち破ることを願いヨハンの体をもつユベルは薄く笑った。
「こいつらもキミの目覚めを待ち望んでいる。待っているよ愛理」
ユベルが腰のケースに入ったデッキに手を添える。
そのケースからは今か今かと彼女の目覚めを待ち侘びる世界さえ滅ぼせるほどの強大な力を持つ3枚のカードが入っていた。
「ん?」
巨人でも座るのかと思えるような玉座の肘掛けに腰掛け愛理を見ていたユベルの眉が寄る。
城の階下に近づいている気配があった。それはユベルが待ち望んでいる相手。遊城十代の気配であった。
「愛理、ボクは少し出てくるよ。十代を迎えてあげないといけないからね。ボクたちの願いのために、超融合を手に入れる。君の待ち人も近づいていることだし、準備は万端にしておかなくちゃね」
玉座の肘掛けから降りたユベルが円筒の底へと向かう。
ユベルが階下へと去り、静寂がその場を支配する。1人、玉座にて深い眠りにつく愛理の邪魔をするものはそこには存在しなかった。
*
そこは深い水底の中心。
生命の息吹の感じられない深い深い光のささない深海であった。
その深い海の底で愛理はもう1人の自分と向かい合っていた。
目の前に立つのは自分と瓜二つの容姿をした水無月愛理。
違いがあるとすれば自分は鮮やかで清廉さを感じる青い長髪をしているのに対し、眼前に佇む彼女の髪は白。極小の混じりもない純白さで神聖さを感じさせる髪をしていた。
「久しぶりねエリア。アナタとこうして話すのは一年振りくらいかしら」
白い髪をした愛理が口を開く。
対する青い髪をしたエリアと呼ばれた少女は目を見張りながら相手を見つめている。
「愛理……どうしてあなたが……」
「それは私が起きていることへの疑問? それともエリアがここにいることへの質問かしら」
戸惑うエリアに目を細めながら質問で返す愛理に動揺はない。
彼女にはエリアがここにいることに対する疑問はないようだった。
「ふふふ、ねえエリア、私はコナミくんのことが好き。だ〜い好き。貴方の中で眠っている間も私は貴方を通して彼を見ていたわ。優しくて強くてカッコよくて、ちょっと女の子にだらしないのが玉に瑕だけど、それも可愛げのある範囲。嫌いになるほどじゃないわ」
状況についていけないエリアを置いて、愛理は海底をゆらりと歩きながら話す。彼女が歩くたびに起こる水中の揺れがエリアの心の動揺を表しているようにも見える。
その揺れは愛理が話すたびに海底の奥深くへと広がっていく。
奥へ奥へと、よりエリアの心に浸透するように愛理の言葉は紡がれていく。
「なにが……言いたいの……?」
「うふふ、わかってるくせに。ねえエリア、コナミくんを私に頂戴」
「──なっ!?」
「いいでしょ? だって本来この身体の持ち主は私のはずなんだし。それに、貴方がいなかったら私が彼と恋をしていたんだから」
無理のある理屈だった。
私がいなければそもそも愛理がコナミくんと出会うことなどなかった。いや、それ以前のものとして生まれることすらなかった。
だから自分がいなければその位置には彼女がいたという理屈は通らない。通らない……が、面と向かってそれを否定することをすぐにはできなかった。
彼女の身体を奪っているという負い目がそうさせた。
「そっそれは……、でもっ!」
「ダメかしら。彼を私に盗られるのが怖い?」
「──ッ!」
追撃の言葉にくぐもった声が上がる。それでも、到底受け入れられない言葉であるがゆえに、申し訳程度の抵抗を試みる。
「仮に貴方に体を返したとしてもコナミくんは貴方を愛することはないわっ!」
「そうかしら、一年や二年なら確かにそうかもしれないけれど、人生は長いわ。数年もあれば揺らいでしまうのが人の心というもの。私はあなたを通して色々見てきたからわかるわ。彼の心は手に入るって」
言葉が出ない。
愛理には私さえいなくなればコナミくんを手に入るという自信と確信がある。それが如実に伝わってくる口調だった。
「それに最後に眠る前にキスもしてくれたわけだし、脈がないわけじゃないと思うの。あれは恋心というよりも私への同情や憐憫が占めていたけど、大丈夫、すぐに恋に発展できるわ。貴方と違って彼に抱かれるのを躊躇う私じゃないしね」
「──っ!!」
それを聞いた瞬間、頭に血が上るのを感じた。
そんな真似は許さないとドス黒い嫉妬と怒りが込められた言葉で愛理を制そうとしたが、次いで放たれた内容にそれは喉元で止まることになった。
「ねえエリア。あなた気づいてる? 今、私たちはどちらが体の主導権を握るかの瀬戸際に来てるってことを」
「え?」
「私が目を覚ましたのはそれができるようになった証。あの木が十分に育った証拠なの」
愛理が指差す方、深海でその幹を伸ばした巨木が降り注ぐ光に枝を伸ばしている。それは私の内に植えられた種が育った証。
若木であったはずのそれは成木へと成長を遂げており、今や私の心という器から飛び出さんとしている。
いや、もう僅かな刺激でもあれば実際にそれが行われる。そういう嫌な確信があった。
そうなれば、もうその進行を止められない。私と愛理の立場は逆転し、コナミくんの側に立つのは彼女になる。
そして私は、2人の睦言を見守るだけの存在になる……。
「私はもう、あなたを追い出せる。エリア、体を失ったあと、貴方は彼が死ぬまでの間彼の心を繋ぎ止めれると本気で思ってる?」
「そっ、そんなの……ダメよっ!!」
「そう、ダメなのね。だったら、奪い取るしかないわよね。私も彼が欲しいんだから」
「!?」
「私に身体を開け渡してくれるなら何もしないであげるけど、どうする?」
心が据わる。
到底許すことのできない未来を語る愛理を否定するために、私はデュエルディスクを構えた。
その姿に、本来の身体の持ち主は人間である愛理なのだから返してあげないと……なんていう悩みは消えている。
あるのはただ一つ。惚れた男を取られたくないという恐怖心からくる闘争心であった。
「そんなの……認めない。コナミくんを渡すなんてことできないっ!」
「ふふ、交渉決裂ね。なら、戦いましょう。勝った方が彼と、そして体の主導権を手に入れる。そういうデュエルよ」
眼前の愛理の腕にディスクディスクが生まれる。
海底の水が集まって生まれたそれには私のデッキとは異なるカードたちが差し込まれている。
そしてそれが生まれたことが開戦の合図となり、私と愛理の最初で最後となるデュエルが始まった──。
「「デュエル!!」」