子供の頃にはわからなかった稲荷寿司の美味しさが、ようやくわかって色んな稲荷寿司を食べてる。
デュエル場に激音が響き渡る。それと同時に佐藤先生のライフが消えていき、デュエルが終了したことのブザー音が会場に鳴り響った。
それを確認した僕は、額に流れた汗を拭いながら先生に近づいていた。
「先生、ありがとうございました。楽しいデュエルでした」
「いや、私の方こそ良いデュエルでした。まさか生徒に負けるとは思っていませんでした。驕りがあったのでしょう。私の方こそ、君に感謝したいくらいですよ」
軽く頭を下げた僕に先生は苦笑を滲ませながら応えている。
理屈ではなく直感に頼ったが故に勝てたデュエルのため、満点は上げられないのが残念だといいたげあった。
「さて、色々と負けたとはいえ教師として君に教授したいことがあるデュエルでしたがそれは後に置いておきます。それよりもおめでとうコナミくん。君は今日からオベリスクブルーの一員です」
「はい。もう、あまり長くはありませんけどね」
「それでも、君がブルー寮に上がる事実に変わりはありません。君のいう通り、卒業までもう長くはありませんが、だからこそ、楽しんでください。社会に出ると、学生のような生活は送れませんからね」
差し出された手を握り返す。先生の手からは賞賛と祝福、そして2度とは戻れない時間への羨望の気持ちがあった。
そしてブルー寮への昇格が先生の口から約束されたその瞬間、会場の周囲から無数の拍手が飛んできた。僕は聞き心地の良いその拍手に気を良くしながら応援してくれたみんなへと顔を上げる。
誰かを探すように視線を上方に巡らすと、青と黄色のみが見えていたはずの観客席に赤色が増えていることに僕は気づいた。
「十代くん、来てたんだ……」
青と黄色でひしめく中で、ポツンと異物のように小さな赤色が混じっている。青色の制服を着たレイちゃんの隣で拍手を鳴らす十代くんは小さくおめでとうと言っていた。聞こえないが、口元がそう言っているように見えた。
きっとレイちゃんに無理やり連れて来させられたなと僕は納得した僕は小さく笑い、祝福してくれる皆に向けて腕を上げたのだった──。
*
試験後、無事に合格した僕は愛理ちゃんと学園外のベンチで昼食を食べていた。途中で同じく昼食を食べに来たレイちゃんと彼女に連れられた代くんも一緒だった。
4人で食べるのは、よくあることだった。3年生に進級してからレイちゃんが愛理ちゃんに教わりながら十代くんにお弁当を作ってきてあげ、そして彼と僕はよく一緒にいるために食事を共にする。
それは異世界から帰ってきても変わらなかった。
愛理ちゃんがレイちゃんに料理を教え、十代くんに作る。寮に引き篭もりがちになった彼を連れ出したレイちゃんが僕たちを交えて食事する。
その頻度こそ減ったが、僕たち4人が集まることはよくある光景になっている。
「コナミ、おめでとう」
「ん?」
少し肌寒くなった空の下、お弁当に舌鼓を打っていると、隣に座っていた十代くんが話しかけてきた。彼は少し気怠気な雰囲気を滲ませながら僕のことを見ていた。
「ブルー寮だ」
「ああ、そのことね。うん、ありがとう」
端的に指摘しながらもう忘れちまったのかと苦笑する彼に肩をすくめながら答える。そしてポケットから取り出した小さなメモに書かれたブルー寮の欄に射線を引いた。
「それはなんです?」
「目標リストのメモ。僕が入学当初に決めてた在学中に達成しようと思ってたことが書かれてるんだ」
十代くんを挟んだ先に座っているレイちゃんが顔を乗り出してメモに視線を落としていた。僕は興味があるらしく見せてくれませんかと頼む彼女に射線を引いたメモを渡し、目標を見られるのはなんだか恥ずかしいなと空に視線を向けた。
「へえ、いろんな目標があったんですね。射線が引かれているのはもう達成したってことですか?」
「うん。そうだよ」
「じゃあ、あと一つなんですね。えーとあとひとつは…………あー」
「レイちゃん。その『あー』はどういう意味の『あー』なのかな」
「いえいえ、特別悪い意味では。学園一のデュエリストというのは十代様なので、難しいだろうなあと思って」
慌ててメモを返しながら手を左右に振るレイちゃんに、僕は半笑いで受け取る。
「これでも十代くんと並ぶデュエリストだって言われてるし、無理ではないでしょ」
「そうね。無理ではないと思うわ。完全に上回らないと一番とは認識されないでしょうから限りなく無理でしょうけど」
「愛理ちゃん……なかなかひどい」
僕と十代くんはアカデミアの双璧と、噂されている。対等なライバル関係として、学園生たちに認識されており、その状態から1番になろうとするなら彼女のいう通り、決定的な実力差で勝利を掴まないと無理なのだ。
そしてそれを叶えることは彼女たちの考え通り、かなり望み薄だった。僕自身、半ば諦めている目標であるため、彼女たちに無理じゃないかと目されていても、それほどは気にならない。
まあ、十代くんが1番だって言葉には否定させてもらうけれどね。
「十代様、十代様はなにかこれって目標はあったりするんですか? 卒業までにしたいこととか」
「んぅ? 俺か…….俺は別にそういうのは……ないかな」
「……そうなんですか。なんだか寂しいですね」
宙を見上げながら興味なさげに答えた十代くんに、レイちゃんは気落ちしたように肩を落とす。叶えたい目標があれば、彼が以前のような快活さを取り戻せるのではと考えたのかもしれない。
今のレイちゃんは恋心を叶えることよりも、十代くんに以前のような元気さを取り戻して欲しいと願っているように見えた。なんとも健気で、優しい子だとその様子を見た僕は思う。
愛理ちゃんも似たようなことを感じているのか、彼女を優しい目で見ており、反面、十代くんには厳しい視線を送っていた。
「まあ、目標はいいとしてもよ。そんなことよりも、十代くんは真っ先に考えないといけないことがあると私は思うんだけど……そこのところわかってるのかしら?」
「真っ先に……」
「考えないといけないことですか?」
意地悪そうな目つきに変わった愛理ちゃんに、僕とレイちゃんは疑問の目を向ける。十代くんは、触れられたくない話題なのか気まず気に明後日の方向を向いて箸を咥えていた。
「進路よ。し・ん・ろ! コナミくんはプロになることが決まってるからいいとして、十代くんはまだ何にも決まってないじゃない。万丈目くんや明日香さん。翔くんたちも自分の卒業後についてしっかり考えて行動してるのに、日がな一日中ゴロゴロと、あなたどうするつもりなのよ!」
矢継ぎ早に、まるで母親に詰められているような詰問に十代くんは苦虫を噛み潰したように渋い表情へと顔を変化させて明後日の方へと顔を向けた。
僕としては十代くんの進路は彼の問題だから好きにさせれば良いのではと思うんだけど、愛理ちゃんからすれば友人であるから一人がフラフラとしているのは心配で許せないのだろう。
彼女の剣幕に押されたように、十代くんは冷や汗をかきながら口を開いた。
「俺のことはいいだろ。ちゃんと考えてるって。それにそういう愛理はどうするつもりだよ」
「私のことはいいのよ。お父さんの会社で働きながらマネージャー業を学ぶって決まってるんだから。それより十代くん、あなた考えてるっていうけれど、それって退学するからいいって意味じゃないでしょうね」
「えっ!?」
「退学……ですか?」
彼女の、その思いがけない言葉に僕とレイちゃんの心が止まる。それに対する十代くんは暗い顔で黙り込んでいた。
「反論しないってことはやっぱり、そんなことを考えてたのね」
「……よくわかったな。誰にも言ってなかったはずなんだが」
「どうせこれまで起こった事件の責任が自分にあるとでも考えてるんでしょ。帰ってきてからの様子を見てればなんとなくわかるわ。バカなこと考えてるんだろうなあって」
食事も忘れ、驚いた僕たちは十代くんのことを見ていた。それほどに、退学しようとしていたということが衝撃であったからだ。先に意識を取り戻したのはレイちゃんだった。
「十代様! 退学するって、本当ですか!?」
「レイ……これまで学園で起こった様々な事件。その多くは俺の中にある強い闇の力に惹きつけられてのことだ。俺は、ここにいない方がいいんだ」
「そんな……そんなこと……」
「悪いな。弁当、美味かったぜ」
色々なことを悟ったような、諦観した雰囲気を漂わせる十代くんは立ち上がり、立ち去ろうとする。その背には多くを経験したことで、頼もしくありながらも、淋しい、孤独を背負う覚悟を決めた男の姿があった。
レイちゃんはその後ろ姿に何も言えずにいるようだった。僕もまた、彼女と同じように、何を言えばいいのかと悩み、引き止めることができずにいた。
このまま立ち去らせていいはずがない。
そう思いながらもその決意の固さを感じさせる彼に動けずにいる僕たちの中でただ1人、その一切をくだらないと一蹴する人物がいた。
そう、立ち去ろうとする彼の肩を愛理ちゃんは後ろから力強く掴み強引に引き留めていたのだ。
「待ちなさい。なにそれっぽいこと言って逃げようとしているの。まだ話は終わってないわよ」
「いや…………ここは立ち去らせろよ! いいだろ別にっ! 今の完全にそういう雰囲気だったろ!」
「いいわけないでしょ。雰囲気で流して許されるのは子供だけよ。今は大人の話をしているのよ」
「お前は俺の母親かよ」
「違うわ。でも友達よ。将来のことを何も考えていない情けない選択をしようとしている友人がいたら、引っ叩いてでも止めるのが私よ」
悪態をつき、拗ねるように愛理ちゃんを見た十代くんだが、やがて根負けしたように再びベンチに腰を下ろした。そんな彼を見つめる彼女の視線は冷たい。
その様子を見た僕は何をいうべきかを思考をまとめるために一度大きく深呼吸し、彼のいう危険性について考えた。そして、僕の考えを纏めてから彼をの方を向いた。
「十代くん。1人で全部を背負い込もうとする必要はないんだよ。ユベルのときも、破滅の光の時も一緒に戦ったじゃないか。君がいることで事件が起こるのだとしても、その時はまた協力して解決すればいい。そうじゃない?」
「コナミ、お前はそういうがみんなを巻き込むかもしれないんだぜ。それを考えたら俺はとても……」
「その時は思いっきり巻き込んじゃえばいいのよ。あなた1人が危険な目に遭うことをよしとする薄情な友達は、あなたのそばにはいないはずよ。そうでしょ?」
「うん。そうだよ十代くん。もっと皆んなを信じてあげようよ」
「はい! 私は十代様が遠くにいっちゃうの嫌です! もし、退学なんかしたら必ず追いかけちゃいます。なので、退学なんてしないでください!!」
「レイ……おまえ……」
十代くんの心が揺れていた。僕たちの説得と、なによりレイちゃんの追いかけるという言葉に決心が鈍っているようだった。後一押し、そう見えた。
「十代くんがいくら1人になろうとしても、追いかけられたんじゃ意味ないよねー」
「ええ。自分1人で全部背負えばいいなんて考える勘違いさんは結局、その人を大切に思う人たちを傷つけちゃうのよね。いい迷惑よ」
「はい。いい迷惑です! もし危険だっていうなら、ちゃんと私を守ってください!」
「お、お前らな……レイも、腕を離せ。逃げやしないから」
ギュッと十代くんの腕を引き寄せ胸に抱き寄せたレイちゃんに苦笑する彼は困ったようにため息を吐き、降参だと片手を上げた。
「わかったよ。退学はなしだ。それでいいんだろ?」
「ええ、それでいいのよ。レイちゃん、その手を離しちゃダメよ。十代くんは放っとくと自己完結して相談もなしでどっかいっちゃうんだから」
「はい、愛理先輩! ちゃんと掴んでおきます!」
十代くんの返事に満足した様子で頷いた愛理ちゃんと安心する僕たち。
話の渦中にいる十代くんは絶対離さないというように掴んでいるレイちゃんの腕に言いしれぬ予感を感じていた。
それは主に自身の将来についての予感であった。なにか選択を間違えてしまったような、うまく言えない予感。十代はその善いとも悪いとも言えない予感に困ったような笑みを浮かべるのが精一杯であった。
「でも愛理ちゃん、十代くんの進路は確かに気になるけど、それ以前の問題があるよね、主に卒業って問題が」
「ゲッ、コナミ、お前この状況でそれは──」
「そうだったわね。あなたはまずその問題があったわね。レイちゃん、十代くんは何がダメなんだっけ」
「はい。十代様は成績もそうだけどなにより授業の出席日数が問題だとクロノス先生が言ってましたよ」
「そう。出席日数ね」
静かに視線を向けられた十代くんの額に冷や汗が浮かび始める。十代くんについて恐らく誰よりも心配を向けていたレイちゃんは先生たちから色々と話を聞いていたようだった。
「十代くん、今から先生のところに行きましょう。正確にあとどれくらい必要なのか聞かないといけないわ」
「そ、それくらい俺一人で聞きに行けるぜ。お前たちまで来なくても」
「そうはいかないよ。大切な友達の危機なんだから、ねえレイちゃん」
「はい。さっ、十代様、一緒に行きましょう。私がついててあげますから」
「〜〜〜っ! ……はぁ。いい友達がいて幸せだよ。まったく……」
ガックリと肩を落とした彼の様子に笑い声が生まれた。皮肉を言いながら悪い気はしていない十代くんの口元にも笑みが浮かび上がっている。それは久々に見た彼の笑顔であった。
空は快晴。
本格的な冬が近づきつつある空気は冷たく、寒気が迫っている。
卒業まて半年。異世界から帰ってきた僕たちの学園生活はまだ始まったばかりであった──。
4期の十代のイメージがイマイチ掴めない。あとこの作品における4期の十代のメンタルは比較的マイルドになってる想定です。一応、コナミや愛理がそばにいましたのでアニメほど擦れてはない想定です。