就寝時に足元に置いていたクッションが起きた時枕になっていた不思議。寝ながら何があったんだろうか。
しんしんと、雪が降っていた。空一面に薄暗く立ち込めた雲が寒々しい景色を作り出すように、ゆっくりと。山頂の峰から見える山々に白い彩りを与えていた。
「少し、早かったかな」
小さなアウトドア用の椅子に座った藤次郎さんが微笑む。
まだ冬の佳境には遠い。視線の先にある白よりも茶色が目立つその光景にもっと遅ければ、綺麗な雪景色が見えただろうにと不満をこぼしている。
吐き出した瞬間に白く染まった息で手を温めながらコポコポと湯気を上げ始めたお湯に手を翳し、もう少しだなと呟いていた。
「ここにくるの、久しぶりですね」
「君を連れてきたのはこれで3度目か。一昨年はここでデュエルをしたね」
「ええ。そして去年は普通のキャンプを」
藤次郎さんの私有地でもあるこの山に登るのはこれが3度目であった。彼のいう通り、一昨年に彼からNEPTUNEを託されたのが1度目。そしてその時に約束した毎年こようという約束を果たすために去年は普通に二人でキャンプをした。
いずれも、雪の強い。冬の真っ只中のことであった。
今年は……少し早い。
寒さに身を凍えるようにその葉を散らせ、枯れ果てた木々の大群に降り積もる雪はない。チラホラと降る雪の結晶が例年通りのように山々を白く染めるのはまだ少し時間が必要そうである。
そこに生命の息遣いは感じない。誰もが皆、寒さに凍えないように長い眠りにでも入っているかのようであった。
何故初冬である今この山に登ることになったかというと、藤次郎さんに誘われたからというのもあるがそのきっかけを作ったのが僕だからであった。
ブルー寮への昇格が決まってから少し、部屋の移動など諸々の雑事が終わった僕は大切な、あることを話すために愛理ちゃんの父親である藤次郎さんに会えないかと電話をしたのだ。
電話ではダメなのかと聞かれたが、どうしても直接会って話がしたい。そう伝えたところ、それに快く了承してくれた藤次郎さんが、どうせならと早めの登山を行くことを提案し、今に至るというわけであった。
話をするだけなので、なにも山に登らなくてもよいのではとその時は思ったものだが、そのときの僕の様子が真剣な物であったためだからかもしれない。
電話先の藤次郎さんはどこか神妙な声色でそれに応えていたーー。
「さて、早速本題に入ってもよいのだが、その前にいくつか聞いておきたいことがあるんだが、いいかい?」
「はい。急いでるわけでもないので、なんでも聞いてください」
「そうだね。まず、ヘルカイザー……いや、今は丸藤くんか、彼の様子はどうだい。復帰できそうかい?」
「いえ、まだ無理かと。体の状態もそうですが、何より心の方が……」
僕は藤次郎さんの質問から、アカデミアで療養中の丸藤さんのことを思い出す。
丸藤さんは今、度重なる過酷なデュエルにより体を崩したためにアカデミアにある医療施設で療養しており、プロ活動を休業しているのだ。
彼は心臓の病による負担と、異世界でのユベルとの激しいデュエルによりその体を完全に崩してしまった。
さらに悪いことに丸藤さんはさらに、その心臓の病により死期を悟ってしまっていたのかユベルとのデュエルを自身の最期のデュエルと定め、その命を燃やし尽くすかのように全身全霊で戦い、それが最後の引き金となってしまったようだった。
デュエルに耐えられる体ではないこともそうだが、なにより燃え尽きてしまったような心の方が、デュエリストとしては重症具合は大きかった。あの人がもう一度デュエルの舞台に立つのは難しい。僕にはそう思えた。
「そうか。だとすると復帰の目処は立たないか」
「ええ。でも、希望がないわけではないです。保証はできませんが、うまくいけばまた、丸藤さんはプロとして上がれるかと思います」
「何かあてがあるのか? 君の力で病を治すとかかい?」
意外なほどに落ち込んだ様子のない僕の様子に訝しんだ藤次郎さんが少し考えながら聞いてくる。僕はそれに首を振って答えた。
「そんな都合のいい力は僕にはありませんよ。丸藤さんの病の方は無理をしなければこれ以上悪化することはありません。自然と良くなっていきます」
「……なぜそんなことがわかる。原因不明の病。そう診断書で出ているはずだが」
「丸藤さんを襲っていた病はあの人の持つサイバー・ダークというカードによるものだからです。だから、デュエルから離れれば自然と治っていきます」
「サイバー・ダーク……君は、彼の病がサイバー流における裏デッキとかいうあのカードによるものだというのか?」
驚きに目を見開いた藤次郎さんにコクリと首を振り、説明する。丸藤さんは強い力を求めサイバー流において禁忌の力とされるサイバー・ダークというカードを手に入れていた。
それは常でも十分なほどに強い丸藤さんに、より強大な力を与えたが、同時に彼を苦しめることにもなっていた。強大な力には代償が伴うとでもいうように、サイバー・ダークはそれを扱う丸藤さんの命に負担をかけていったのだ。
その原因は……わかっている。あの人と話し、その状態を僕の目で見たことでなぜカードがそのようなことをしているのか。それを把握することができたのだ。
だが、僕はその原因を丸藤さんに伝えてはいない。それを知り、伝える役目は僕ではないとわかったから。
「今、翔くんが頑張っているみたいだと十代くんから聞いたんです。リスペクトの精神を引き継いだ彼ならきっと、立ち上がるために必要なことを丸藤さんに伝えることができるはずです」
「翔くん……たしか、丸藤くんの弟さんだったか」
「はい」
「そうか。なら、その子に任せるとしよう。丸藤くんがプロの世界に戻って来れることを祈っておくかな」
静かな空気が流れる山頂に水が沸騰した音が起こる。それを見た藤次郎さんはいつものように慣れた動作でコーヒーを2杯、銀色のマグカップに注いだ。
「愛理は、元気そうかい?」
「ええ、大丈夫です。異世界での出来事がありましたけど、元気にしてますよ。さっきまで一緒にいたんですからわかってると思ってたんですが」
「はは! そうだね。しかし一応、君の口から聞いておこうかと思ってね。親としては空元気ではないか心配せずにはいられないのさ」
藤次郎さんから受け取ったカップから一口飲みながら山の麓に建てられたログハウスにいる愛理ちゃんのことを思う。
一昨年、去年とキャンプには来なかった彼女だが今年は僕と藤次郎さんと一緒に山の麓まで一緒にきていた。彼女は山頂までは来なかったが、彼女のお母さんと一緒にキャンプ場にいて、団欒を楽しんでいることだろう。
数ヶ月もの間、異世界へと飛ばされ行方知れずとなっていた僕たちだ。無事に帰ってきたとしても、親としては心配でならないのだろう。アカデミアと共に多くの生徒が帰ってきたというのに十代くん含め、僕たちだけが帰って来なかったこともその気持ちに拍車をかけているようだ。
再開した直後はこんな事件が数年間に渡り幾度も起こっている学園を無理やり辞めさせようと一悶着あったぐらいだった。その時は結局、怒った愛理ちゃんにより渋々といった様子で退学は流れたが、気持ちではあと数ヶ月という期間でもいさせたくはないようであった。
僕はそんな心配が残っている藤次郎さんを安心させるように一言、「大丈夫ですよ」と、もう一度言った。
「ところで、今日藤次郎さんにお話をする時間をいただいたことなんですが──」
「あーっと! それより聞いたよコナミくん。君、ブルー寮に上がったんだってね!」
「えっ? ええ、まあ、はい」
「いやーおめでとう。やはりプロになる以上、プロフィールにもアカデミア最高寮であるオベリスクブルーで卒業したとあった方が箔がつくからね。卒業前に入れてよかったよ」
「あ、はあ。ありがとうございます」
食い気味に僕の話を切って話し出した藤次郎さんに面くらったように返事をする。僕は困惑しながら日常的な会話を推し進めようとする藤次郎さんを見て、もしかしてと思った。
「あの、もしかしてなんですけど、僕が今日藤次郎さんをお呼びした理由。知ってます?」
「──……いや?」
一瞬の沈黙の後の不自然なまでのにこやかな返事。それは知っている人の反応であった。山頂に奇妙な沈黙が流れる。僕は大きくため息を吐きながら項垂れた。
「なんで知ってるんですか。まだ愛理ちゃんにしか話した覚えはないんですけど」
「いや、その……ね。愛理が妻にすごく嬉しそうに電話しててね。あーこれは来るものがついに来たかあと。察したんだよ」
困ったように頬をかく藤次郎さんに僕はもう一度大きなため息を吐いた。
「そうですか……愛理ちゃん、お母さんに連絡しちゃったんですね。僕の方から話すと言ったんですけど」
「仕方ないさ。よほど嬉しかったんだろう。私には内緒のようだったが、電話先での君の様子から見ても話の内容を察するのは難しくなかった。こちらも心構えができた分、よかったとすら言えたよ」
「できれば、奥さんにもご一緒に伝えたかったんですけど」
「妻には愛理がもう伝えているよ。改めて話す必要もないさ。今は結果待ちだろうね」
愛理ちゃんが伝えているか……。
そうなんだろうなあ。
礼儀としてはそれでも伝えるのが筋だろうし、そうするつもりだけど、できれば黙っておいて欲しかったなあ。
「この山に誘ったのは、なぜですか?」
「大切な話だ。家で聞く選択もあったが、ここで聞きたいと思ってしまってね。迷惑だったかい?」
「いえ。それが藤次郎さんの希望なら、それが1番いいと思います」
想像していた机を挟んでご両親に、とは随分と違う形になったがやることは変わらない。僕はコーヒーの入ったカップをおいて真剣な表情に顔を変えて藤次郎さんに向き合う。
そんな僕に合わせるように藤次郎さんも居住まいを正し、表情は重苦しさを感じるほどに真剣なものへと変化している。それに向き合う僕の顔もこれ以上ないほどに真面目な顔となっており、全身に奔る緊張をまるで隠せていなかった。
ひどい緊張からか、コーヒーで潤したはずの喉がやけに乾くのを感じる。そして一呼吸おきながら一世一代の勝負の時とつっかえることのないように注意して僕は固く閉じたがっている口を開いた。
「藤次郎さん。今日、僕が藤次郎さんをお呼びしたのはただ一つ。愛理ちゃんとの結婚の許しを貰うためです。藤次郎さん、愛理ちゃんと僕は結婚します」
「──」
それは意外なほどにすんなりと口に出せたとその一瞬思った。口に出すまでは胃が潰れるのではと思えるほどの緊張に包まれていたため上手く話せるか心配だったが、話し始めてからは自分でも驚くほどに綺麗に言葉にすることができたのだ。
それは覚悟がなしたことだったのかも知れなかった。まだ18になったばかり。進路が決まっているとはいえ結婚は早すぎると、反対されるのは容易に想像できることだった。
だが、それを加味した上でどれほど反対されようと、否定されようと必ず認めてもらう。そう決心した上での今日だからかも知れなかった。
それを聞いた藤次郎さんはまるでこの一瞬を噛み締めるように雪の舞い散る空を見上げている。その視線の先には灰色に満ちた雲が広がっており、藤次郎さんと、そして僕の中にある不安を表しているようである。
「いくつか聞きたいことはあるんだが、しかし結婚します……か。断言するんだね。まだ、許しを与えてはいないというのに」
「はい。しないっていう選択はないですから。だから藤次郎さん、僕は──」
空を見上げながら話し始めた藤次郎さんの口調は重たい。彼は続けて話そうとした僕に手を向けて、それを遮った。
「コナミくん、私たちデュエリストは百の言葉より一度のデュエルの方がよほど気持ちが伝わるというものだ。愛理が欲しいのなら、私に勝ってみなさい」
「!!」
山に登る前からそのつもりだったのか、藤次郎さんはバックからデュエルディスクを取り出した。
こちらに向ける藤次郎さんの目は鋭く尖り、その目の奥からは大切なものを守り抜こうとする殺気さえ見える。
僕は一瞬、その気迫に気圧されたように固まり、そして奪っていくという気持ちを込めて立ち上がった。
「そうですね。では、あなたに勝つことで愛理ちゃんをもらっていきます!!」
それ以上の会話はなかった。
デュエルに支障が出ない距離まで離れ、大地を踏み締める。護る者と奪う者。初冬の寒空など消し飛ぶほどの闘気が僕たちの間に広がった。
「「デュエル!!」」
4期の話って悩みますね。卒業後の進路がメインになるとしても、原作キャラについては書く必要ないくらい原作が完成してるんですよね。だから何書こうってなります。