だんだん寒くなってきたなあ。そろそろヒーター必要になってくるか?
デュエルが終わり、体の火照りも冬の寒さで落ち着いた頃、僕と藤次郎さんは元の椅子に座り遠くの山々を見つめていた。
その手にはお互いにもう一度淹れ直したコーヒーが注がれたカップが握られており、ゆらりゆらりと舞い散る雪のように穏やかな空気が漂っている。
椅子に座り直してしばらくは、その場に漂う空気に浸るようにお互いに口を開くことはなかった。それを破ったのは、藤次郎さんからであった。
「コーヒー、飲めるようになったんだね」
「えっ? あーそうですね。まだ、ブラックの美味しさってのはわかりませんけど」
手元のカップに注がれている黒い液体に目を落とす。
そこに黒以外の色はない。ミルクの乳白色も、砂糖の雪白のような甘味も入れ込まれてはいなかった。
「ふふ、砂糖やミルクをふんだんに入れた甘ったるいコーヒーではなくなったのだから、随分な成長だよ」
「そうですかね」
「そうだとも」
2人で小さく笑い合い、再びコーヒーに目を落とす。
あまり、成長したという実感はない。ズズズとコーヒーを含むと、やはり苦みが口いっぱいに広がり、美味しさというものはあまり感じ取れなかった。
やっぱり砂糖を入れないと美味しくないなと内心でぼやきながら、それでも飲めるようになったことは立派な進歩ではあるかなと呟く。
ブラックのコーヒーを飲めるようになったからと言って特段自慢できるようなことではないが、どこか大人になれたような気がして、その事実が少しだけ嬉しかったりもした。
「藤次郎さん、僕は愛理ちゃんと結婚します」
「ああ、君の力はもう、私を超えている。デュエルの腕がすべてではないが、今の君になら安心して愛理を任せられる。あの子を幸せにしてやってくれ」
「はい。お約束します」
深く下げられた頭に僕も誓うように頭を下げる。
立派な大人になれたとは言い難いこの身だが、力の限りを尽くして彼女と幸せになる。僕はこの日、彼女の父と、そして僕自身にそう誓いを立てた。
「しかし、なぜ今なんだい。まだ愛理も君も18歳。結婚できる年にはなったが、一般的には早すぎる年齢だ。なにか、急ぐ理由でもあるのかい? まさか愛理が急かしているとか……だとすると私の方から止めるが……」
「あーいや、愛理ちゃんに言われたとかそういうわけでは」
「ふむ、ならなぜだい。反対するわけではないが、プロとして活動し、生活が安定してからでもいいと思うのだが」
「それは──」
結婚を急ぐ訳。それを話そうとした時、自分と藤次郎さんしかいないはずの山頂に、第三者のリズムの良い拍手の音が聞こえてきた。
僕たちは驚いて音が聞こえてきた方向へと振り返る。そこには、1人の黒い男が立っていた。
「ご歓談中失礼させてもらうよ。私の名前はミスターT。トゥルーマン──真実を語る者と呼んでくれたまえ」
「ミスター……」
「T?」
自身を真実を語る者と呼んだ怪しげな男は口元に親しげにも感じられる朗らかな笑みを浮かべながら僕たちに近づいてきた。
目元を真っ黒なサングラスで隠し、オレンジ色の線が入った黒いライダースーツを着ている。
僕と藤次郎さんは目を合わせ、知り合いかと尋ね合うが、どうやらお互いにその男は見知らぬ他人であるようだった。
ミスターTは僕たちの隣に立ち、訝しんだ視線を向ける僕たちを置いていつの間にか存在していた小さな椅子に並ぶように座った。
その手には、僕たちが飲んでいたものと同じコーヒーが入ったカップが握られている。
「良い香りだ。こういう自然に囲まれて嗜むと、格別な味わいを感じられるというもの。君たちもそれを感じたくてここにいるのだろう」
「………ミスターTと言ったね。君はいったいどういう要件で私たちに話しかけてきたんだい。ここは私の私有地なのだが?」
「水無月藤次郎、そう警戒しなくてもいい。素性の知れぬ輩に注意を向けるのは誤りではないが、今日の私がここにきたのは君に会うためではないのでね」
そう言ったミスターTの視線は僕に向けられていた。
黒いサングラスの奥に隠れた目は見えない。しかし、そこに込められた意思の無機質さに僕はゾッとした寒気を背筋に感じた。
「……僕になにか?」
「こんにちは粉眠。いや、君にとってはコナミと呼んであげたほうが馴染み深くていいのかな」
「どちらでも。お好きな方で呼んでいただいて結構です」
「そうかね。ではコナミと呼ばせてもらおう。まずはおめでとう。君とその恋人との婚約を祝福させてもらうよ」
「はあ、ありがとうございます」
結婚のことを知っているということはいつから聞いていたのか、もしかしたら僕と藤次郎さんが山に登る前からついてきていたのかもしれない。祝いの言葉と一緒に差し出された手を握り、僕は軽く頭を下げる。
その明らかに怪しい風体のせいか、それともまるでコンピューターのようにさえ感じる無機質さからか、お祝いの言葉をかけられたいてもイマイチ喜ぶことができない。
僕は変わらず疑い深い視線をミスターTへと向け、その真意を暴こうとした。
「さて、私が君に会いにきた理由だが、君は遊城十代という少年と大変仲がよろしいと聞いているが、本当かね?」
「十代くんと?」
「そう、その遊城十代とだ」
「まあ、仲がいいかと聞かれたらそうだと言いますけど」
「ほう! そうかそうか。やはり話に聞いた通り君が一番彼について知っていそうだ。なら、彼の持つ異様な力についても知っているのかな?」
「!」
その質問に目を見開く。
このミスターTという男は、いったいどうやって十代くんの持つ力を知ったのか。
彼の持つ闇の力、そして精霊としての力を知るものは少ない。だというのにそれを探りにきたらしい男に、僕はいっそう深い警戒心を抱いていく。
「その反応、知っているようだね。よければ、ぜひ私に教えて欲しいのだが」
「見ず知らずのあなたに彼について教えろと言われましても。素直に教えると思っているのですか」
「ふむ、確かにそうだ。では、どのようにすれば信用してもらえるのかな?」
藤次郎さんと視線を交わして考える。
理由はわからないが、ミスターTという、偽名としか思えない名前を言った男は十代くんの力を知っている。そして、その正体を探るためにわざわざ僕に会いにきた。
アカデミアから離れたタイミングで来たのは十代くんに邪魔されないためか。それとも偶然か。いずれにしても、真っ当な理由ではないだろう。僕は慎重に考えながら尋ねた。
「なぜ十代くんを探っているのか。彼について知って、それでどうするつもりなのか。そして、どうやって彼の力について知ったのか。まずそれを教えてもらわないと」
「なに、少し前に彼に手痛い洗礼を受けたものでね。彼についてはその時に知ったのだよ。どうやら君も、彼に負けず劣らず異様な力を持っているようだがね」
「なに!?」
ミスターTの視線は僕の、そして僕の内に宿るプラネットたちの力を見通しているかのように真っ直ぐに向けられている。僕は驚愕と共に身構え、全身に強い力を漲らせた。
不審な行動を一つでもすれば、デュエルを挟むまでもなくプラネットたちの力を借りて制圧するつもりであった。
そんな僕にミスターTはまるで動じることはなく、緩やかな動作で足を組んでその視線を宙へと投げた。まるで、そこにあるナニカを見つめるように。
「わかるのだよ。私にはね。君たちのような人の枠組みから外れた力を持つ………異端者が」
その言葉は僕とここにはいない十代くんに向けられた言葉であるとすぐにわかった。
ことさら強調して紡がれた『異端者』という言葉。確かにそう表現することもできるのかもしれないと、あっさりと受け入れられるほどにスルリと胸にその言葉は入ってきた。
異世界での出来事。超融合により交わった僕と愛理ちゃん、そして十代くんとユベルは人並みを大きく超えた力を手にしている。そういう存在へと超融合により進化としたと言ってもいいのかもしれない。
少なくとも、融合以前のような純粋な人間なのかと問われると、返答に窮してしまうぐらいには疑問の余地が残るのは確かであった。
「人の娘の恋人を異端者とは言ってくれるね。君が何者かはわからないがそれ以上言うのなら──」
「藤次郎さん、待ってください。この男、もう少し」
「コナミくん?」
特段、ミスターTの異端者という表現が気に障ったわけではない。僕も愛理ちゃんも、十代くんも生きている。その事実に変わりはなく、一緒にいられるなら自身が人間であるかどうかなど些細な問題でしかないとわかっているからだ。
だから不愉快だと言わんばかりにミスターTに食ってかかろうとした藤次郎さんを止めたのは、この男の異質さが普通の人である藤次郎さんが相手をするのは危険だと判断したからだった。
そして、瞳に強い力を込めてその正体を、魂を観測しようとした。その瞬間──。
「──ッ!?」
僕の目に入ってきたのはその全容を把握することなど不可能と思える巨大な闇そのものであった。一人の人間が抱えていられるはずのないほどの、膨大な──。
(なんだコイツ……これは……この、底の見えない闇は……人間なのか!?)
ありえないと、僕の直感は叫んでいた。
人間がこんな闇を抱えて存在できるはずがないと僕は目の前の人の形をしたナニカを鋭い視線で射抜く。
「違う。あなたは……人間ではないな!!」
「ほう、その目。まるで小さな宇宙を宿しているようではないか。興味深い……が、危険だな。我々にとっての障害だ。排除対象足り得るよ、君は」
組んでいた足を解き、コーヒーを飲み干したミスターTが立ち上がる。その全身から敵意が伝わってきていた。
「僕にとっても、あなたが何者なのか、俄然興味が湧いてきました。そして、まず間違いなく、あなたが敵であるということも今わかった!」
「フフフ。ならば、我々が行うことは一つだな」
「ああ、受けて立つ!!」
こちらに強い敵意を見せ始めたミスターTに立ち向かうために、僕はデュエルディスクを展開させた。
ミスターTの腕にも、まるで粘性の液体が変化するように黒いライダースーツが変化し、その腕に黒いデュエルディスクを広げられた。
「コナミくん、この男はいったい……」
「わかりません。ですが、危険な男であることだけは確かです。下がっていてください。僕が相手をします」
一度引き留めてからその様子を見守っていた藤次郎さんがミスターTの正体が掴めたのかと寄ってくる。僕は後で話しますと短く伝えてデュエルに影響のない範囲まで下がってもらうように彼を見た。
「うむ、気をつけなさい。あのミスターTという男、なにやら普通ではない。どんなデュエルをしてくるか」
「はい。わかっています」
藤次郎さんも僕の様子からミスターTが人間とは大きく異なる存在であると察したのか、僕に油断しないようにと忠告をして離れていった。
「準備はいいようだね。では、始めよう」
それを見たミスターTが仄かな笑みを浮かべてディスクを前に掲げた。僕もまた、腕のディスクを構える。それが、デュエル開始の合図となった。
「「デュエル!!」」
藤次郎に続いてミスターT。4期の敵はミスターTがいっぱいだあ。この小説では流石にしないけどな!
ミスターTのデュエルは十代へのガチ戦法とオブライエンの精神攻撃がスゴイ印象深い。正直あれこれと手を尽くしてくるから面白くて好きなキャラ。