初心者粉眠くんのデュエル日誌   作:XX

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今月はここまでになります。次話は、まだ未定です。


婚約

 雪が舞う山頂にデュエルディスクが閉まる音が鳴る。ミスターTのライフが消え、ライフが消えたのと連動するようにまるで黒いガスようにミスターTはその姿を黒い霧のように変貌させていく。

 

『フッフッフッ。やはりだなコナミ。君もまた、遊城十代と並び我々にとって大きな壁となる存在のようだ。だが、問題はない。またいずれ会おう!』

 

 ミスターTの恨めしさを感じない声が山頂に木霊する。靡いた風が闇色のミスターTであったものを遠く彼方へと押し流していった。

 僕はそれを険しい表情で見送り、後ろで観戦していた藤次郎さんの方へと振り向いた。

 

「コナミくん、彼がいったい何者であるか、わかったかい」

「いえ、わかりませんでした。デュエルをすることで何か見出せるかとも思ったのですが。残念ながら」

「そうか。仕方ない。……そう気を落とすな。あの男はまた君の前に現れると言っていた。その正体を探る機会は訪れるさ」

 

 首を振り、肩を落とした僕を気遣うように藤次郎さんは明るく振る舞っている。それを見て自身の不肖を恥じるように苦笑して返し、もう一度、ミスターTの消えていった方角へと視線を向けた。

 

(ミスターT、とても深い……闇そのものが人の形をとったような男だった。世界で、アカデミアでなにが起こっているのか……近く、十代くんと連絡をとらないといけないな)

 

 ミスターTが十代くんと交戦したらしきことを言っていたことを思い出す。彼の目的はわからないが、少なくとも十代くんが良しとしないものであることは確かだ。

 

 ユベルと一つになった彼は、人に仇をなす、そういう気配に敏感になっている。ミスターTが齎すものがよくないものであると見抜いたのだろう。

 

 僕はすぐにでも連絡を取りたい気持ちを抑えて首を横に回す。

 回った先には、時間が経ったことで冷たくなったカップが寂しく残されていた──。

 

 

 

 

「──あら、早かったのね。もう戻ってきたの?」

「お帰りなさい。コナミくん、お父さん」

 

 ログハウス。そのドアを開けると、暖房で温められた室内の空気と可憐な女性の二重奏が僕と藤次郎さんを迎えた。

 その声に惹かれるように、中へ入ると冬の寒さを寄せ付けない暖かなリビングに、愛理ちゃんとそのお母さんが見えた。

 

 艶やかな青い髪を生やした彼女たちはリビングの中央に置かれたダイニングテーブルの前で向かい合うように椅子に座り、優雅に果実が沢山乗ったケーキを食べている。

 

 2人は予想よりもずっと早く帰ってきた僕たちに僅かに驚いた表情を見せて、僕たちの分を用意するように皿を出し、冷蔵庫を開けた。

 

「少し、予想外の珍客があってね。いつもより早く帰ってきたのさ」

「雪も少なくてあまり景観もよくなかったしね。天気も荒れそうだったから、藤次郎さんと山を降りてきたんだよ」

 

 四つ足の椅子に腰掛け、気を抜くように大きく息を吐き出す。 

 

 山を登るのもそうだけど、降りるのにもより大きな体力を必要とする。その上、結婚の許しをもらうために常以上の緊張感と2度のデュエルにより、僕は正直今すぐ眠りたいぐらいには疲れていた。

 

「ケーキ、食べるでしょ?」

「うん。ありがとう愛理ちゃん」

 

 机の上に置かれた美味しそうなケーキ。フォークを手にしてそれを食べようと手を伸ばす。ケーキの先をフォークで切り、それを口に含もうと開いたが、強い視線を感じ手を止めた。

 

 視線を感じ、隣を見ると、ご機嫌な様子の愛理ちゃんと、その対面に座っている彼女のお母さんが僕をじっと見つめていた。

 

「えっと、なんでしょう」

「んー? コナミくん、そのまま食べてていいわよ。見てるだけだから」

「そうよ。私たちは見てるだけ。美味しいケーキを用意したんだから。ねえ、アナタ」

「ああ、そうだな。有名店から取り寄せた特製のケーキだ。コナミくんも食べるといい。美味しいぞ」

「はあ。まあ、それじゃあいただきますけど……」

 

 僕の前に座った藤次郎さんはもうケーキを食べ始めていた。僕はそれを横目で見て、気まずいなあと思いながらケーキを口に運ぶ。その瞬間、口いっぱいに広がった甘いクリームと噛んだ瞬間に弾けた果実の果汁が調和し、見られている気まずさも吹き飛ぶ幸福感に包まれた。

 

 流石は有名店から取り寄せたと言ったところか。そのケーキの美味しさは僕の食べてきた凡百のケーキなど足元にも及ばない美味しさで、ミスターTにより内心に芽生えた不安を刹那に消し去っていった。

 

 その美味しさに目を見開き、たまらず二口目を運ぶ。疲労も重なってのことであろうが、まるで幼児が夢中になって頬張るように、僕は目の前に差し出されたケーキを次々と口へと運んでいく。

 

 そんな僕を2人の女性は、楽しそうに見守っていた。

 

「──ふう。美味しかった。こんなに美味しいケーキ、食べたことないぐらいに」

「ふふ。それはよかったわ。アナタたちのせっかくの記念日だもの。とびっきりのものを用意させたんだから。これで美味しくなかったら詐欺だわ」

 

 藤次郎さんの奥さんが微笑んで答えた。僕は感謝を述べながら、彼女にどのタイミングで愛理ちゃんとの結婚の話について切り出そうかと悩む。記念日という言葉からしても、すでに知っているのは明白だが、一応の形として話さないわけにはいかない。

 

 僕は少しばかり悩み、そしてニコニコと常にないほどの上機嫌の笑顔を浮かべている愛理ちゃんの姿にタイミングを測るというのも意味はないかと、ケーキの多幸感で緩んだ気持ちを引き締め、対面に座る愛理ちゃんのお母さんの方へと顔を向けた。

 

「ごほん。もう愛理ちゃんから聞いてらっしゃると思うのですが、卒業後僕は彼女と結婚したいと考えています。本日はそのお許しを頂きたくお会いした所存で……えーつまり、お母さん、愛理ちゃんとの結婚を許してはいただけませんでしょうか!」

 

 机に両手を置いて勢いよく頭を下げる。

 

 2人の様子からしてたぶん大丈夫だろうと予想するのは容易であり、悪い結果にはならないだろうと確信していながら、僕の心臓はバクバクと激しい振動をかき鳴らしている。

 

 9割ほど良い結果が見えているからと言って緊張しないなんてことはない。ケーキの糖分も相まってカラカラに乾き切った口を固く閉ざし、僕は裁判官の判決を待つ当事者のような気持ちで返答を待った。

 

 そして、ややもして愛理ちゃんとは違う。しかし似通った声をしたお母さんの声が僕の頭を上げさせた。

 

「コナミくん、頭をあげてください。愛理との結婚の是非についてですが、その前に聞いておきたいことがあります。夫がもう聞いているかもしれませんが、私の方からも聞かせてもらいます」

「はい。なんでしょうか」

 

 緊張を孕みながらゆっくりと頭を上げる。愛理ちゃんの様子からすんなりと了承してくれるかなと少し期待していた僕としては、想定外に厳しい顔へと変わっている彼女のお母さんに息を呑んでその質問を待った。

 

「結婚についてですが、なぜ今なの? 籍を入れるのは卒業後とのことだけど、あまりにも早計な判断です。まだ社会に出たわけではない貴方たちが結婚という形に関係を進めたがる訳。それに納得できない限り、私から許可は出せません」

 

 それは山頂で藤次郎さんにも聞かれたことであった。結婚を逸る理由。山頂ではミスターTのこともあり話す機を逸したそれを、今聞かれたのだ。

 

 僕は一呼吸置いて、頭の中で言葉を整理しながら答え始めた。

 

「僕が愛理ちゃんとの結婚を卒業後と決めたのには、勿論理由があります」

「理由?」

「はい。それはある種の予感のようなもので、確たる証拠を出せるものではないのですが、世界に再び大きな危険が迫っている。そんな予感があったからです」

 

 朗々話す僕に、藤次郎さんとその奥さんは困惑の色を隠せないでいる。愛理ちゃんは事前に聞いていたために落ち着き払って紅茶を嗜んでいるが、初めて聞く2人はそのようにはいかないだろう。

 

 世界に危険が迫っているかもしれないから結婚したいなどと突然言われても、中々承服はし難いもの。その反応は想像通りのものであった。

 

「以前、異世界で大賢者という精霊と話した時、気になることを言っていたのです。いずれすべてのものは闇に還る。そのようなことを」

「……よくわからないんだけれど、それがどう結婚と結びつくのかしら?」

「ふむ。闇……か」

 

 首を傾げるお母さんと違い、藤次郎さんは思うところがあるのか顎に手を当て考え込んでいる。恐らく、その脳裏に写っているのは山頂に現れた黒いスーツを着たミスターTであろう。

 

 僕もまたミスターTを目にしたことで、不可解なまでに朧げな予感のみで突き動かされていた自身に確信を得ることができていた。

 

「きっと、これから起こるであろう事件は想像を絶するような危険なものとなる。そんな予感が、確信があるのです。そして、正直な気持ちを言うなら、結婚そのものは別に卒業後じゃなくてもいいのです。事件が解決さえすれば、数年後でも。いつでも……」

「いつでもいいと言うのなら、なぜ学生である今結婚の話をしにきたの? 君の言う事件が起こるとしても、それとこれとは」

「──証が欲しいと思ったのです」

「……証?」

 

 視線を机の上に落とし、静かに頷く。

 漠然とした──今は確信の持てる不安。そのどうしようもないほどに抗い難い不安に立ち向かうため、僕が欲したのは彼女との確かな未来へのつながりだった。

 

「帰るべき、確かな場所が欲しかったんです。家族とか、家とか、そういうものではなくて、なんていうか……将来を一緒に生きてくれる人の場所が、欲しいと思ったんです……それが結婚なのではと。すいません。上手く言えなくて」

 

 とつとつとした説明に沈黙が返ってくる。静まり返った室内に居た堪れなくなり、しかし立ち上がり出ていくわけにもいかず、縮こまる。

 

 昔と比べ、幾分か成長したと自信を持っていても、愛理ちゃんというパートナーを背負っていける。その信用をしてもらうには程遠い。自立した生活を送れていない自分が恨めしい。

 

 あと数年、彼女よりも生まれてくるのが早ければ。そう思わずにはいられなかった。

 

「わかっていることでしょうけど、夫婦になると言うのは恋人になることと同じではないわ。大きな責任を伴う判断よ。アナタたちはそれを理解した上ですると決めたのね?」

 

 隣に座る彼女と一度視線を交わし、2人で頷く。

 アカデミアの夜半の湖で彼女に気持ちを告げたその時から何度も愛理ちゃんと聞いた。いいのかと。僕でいいのかと……。

 

 その度に彼女は太陽のような笑顔で言った。

 

 コナミくんと生きるのが私の夢なのよと──。

 

「愛理、アナタは彼の理由に納得してるのね?」

「うん。お母さん、私はそれが彼の進む道の支えになるっていうなら喜んで結婚するつもりよ。今すぐでもいいわ」

 

 ニコッと、曇りのない笑顔で答える彼女は本当に幸せそうで、それに勇気を与えられたように僕の心にも力が湧き上がってくるようである。

 そんな僕たちの様子を順繰りに見る愛理ちゃんのお母さんは藤次郎さんと視線を合わして一度、瞳を閉じた。

 

 

 

 

「まさか、あんな曖昧な理由で許してもらえるとは思わなかったよ」

「しばらくは婚約って形だけどね」

「それでも、僕たちの好きなタイミングで籍を入れていいって言われたのは驚いたよ」

 

 ログハウスのリビングでの話し合いは、一応円満な形で終わった。

 僕は愛理ちゃんとの結婚を許され、将来的には彼女の家族の一員になる。そんな話し合いを終えた今は、ログハウスに割り当てられた一室で2人、静かな夜を過ごしていた。

 

 白く、柔らかなベットに腰掛けた僕は天井を見上げて、改めて思う。

 

「本当に、よくあんな理由で許してもらえたよ」

「もう、これで何度目? 結婚を許してもらえたこと、そんなに信じられない?」

「いやだってさあ」

 

 呆れたように苦笑する愛理ちゃんに僕は抗議するように口を窄める。逆の立場なら到底信じてもらえない理由だろう。

 

 危険なことが起こるかもしれないから心の支えとして結婚を許して欲しいとか、学生の身分でなにを世迷言を言ってるんだと一蹴されても可笑しくはない。

 

 それを許してもらえたのだ。驚くなという方が無理だ。次の瞬間にはドアを開けてやっぱり許しませんとか言われても不思議には思わない。しかし愛理ちゃんはそうは思わないようで、今でも不安な顔を覗かせている僕をクスクスと笑って見ている。

 

「私は大丈夫だって信じてたわよ?」

「なんで?」

「だってコナミくん、嘘は言わなかったじゃない」

 

 真っ直ぐに見つめられながら告げられたその言葉に眉が上がる。嘘を言わないなんて当たり前のことじゃないかと。

 

「お母さんが知りたかったのはとってつけたような理由じゃなくて、あなたの気持ち。偽らないことが大事だったのよ」

「そりゃ、嘘なんて言わないでしょ。あんな大事な話し合いでさ」

「だから、許してもらえたのよ」

 

 僕の隣に座る彼女はその隙間をなくすようにぴったりと僕と身体をくっつける。

 

「でも、これからは大人として扱うとも言われたわね」

「うん。卒業後は忙しくなるね。仕事は当然として、もう家には住めなくなるんだし」

「ええ。それにコナミくんのご両親にも挨拶しないといけないし、本当に忙しくなりそう。でも大丈夫よ、私たちなら」

「──そうだね」

 

 隣に座る愛しい彼女の温もりを感じながら窓の外から見える空を見上げる。

 

 空は闇に覆われたように星一つ、その姿を見せない。それは迫り来る不安の巨大さを表しているようにも感じ、僕は彼女の手を指を絡めるように握った。

 

 そしてすぐに柔らかく握り返された手の温もりに、彼女と歩む未来を守ろうと一層決心を固める。見つめあった僕たちは、今日という日を喜び合うようにそっとキスを交わしたのだった──。

 

 

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