出来がちょっとイマイチ。
アカデミアの多くの学生で賑わうブルー寮。その食堂の一角は喧騒とは真逆の静寂さで包まれていた。
その重苦しい空気に当てられないためか、いくつか机が空いていながらその周囲の席に座ろうとする者はいない。
食堂で食事を楽しむ誰もが、見て見ぬ振りをするようにその場に近づこうとする者はいなかった。
その丸机を取り囲むように座っているのは3人。窓に背を向け、暗い顔を見せているのは堂本工事くん。デュエルアカデミアの3年生であり、オベリスクブルーに在籍している僕の友人だ。
その彼と目を合わせないようにブスッとした顰めっ面を晒しているのは道長くん。同じくブルー寮に在籍する2年生の後輩。
そして、彼らに挟まれるようにして気まずい顔を見せているのが僕、晴れてブルー寮の制服を着るようになったコナミだ。
僕は視線を左右に彷徨わせ、テーブルの上に置かれたスパゲッティに手をつける。
学生食堂には似つかわしくない大変趣向を凝らした料理はすごく美味しい。美味しいはず……なのだが、空気に漂う気まずさ故にあまり美味しく感じ取ることはできない。
僕はその重苦しさに耐えきれず、ぎこちなく口を開いた。
「ねえ2人とも、そろそろ仲直りしようよ。道長くんもさ、堂本くんはもう謝ったんだから、ね」
「先輩、俺は実質的に一回堂本先輩に殺されてるんですけど」
「いや、まあ……うん。それは、わかるけどね。過去のことは水に流してって、できない? ……そうかあ、できないかあ」
口を尖らせ、僕とは反対の方向へ頬杖をついた道長くんに僕は小さく項垂れる。
殺されかけたというのは真実。
彼のいう通り、あの異世界で人間だけは死なないようにしてくれていたユベルの計らいがなければ、実際に彼は堂本くんにより死んでいた。
で、わけであるから、その怒りを収めろというのは難しいものだ。
いくら彼が反省し、謝っていたとしても、それを受け入れるかはまた別の問題だ。
しかし結果的に生きて返ってこれたわけであり、堂本くんもすごく反省しているのだ。
その点を鑑みて、もうそろそろ許してあげてもと思ってしまうのは、僕は勝利し殺されなかったためであろうか。
モグモグと含んだスパゲッティを噛み締めながらなんとかならないかなあと思案に耽る。
(どうにかして仲直りしてほしいんだけどなあ。そして前の気の置けない仲に戻って欲しい。
いつまでも2人がこうだと僕も気まずいし、なによりも道長くんはともかく僕と堂本くんは卒業が近い。面と会って話す機会もあまりないだろうから、卒業までになんとかしたいんだけどなあ)
色々あったが、せっかくの楽しかった学生生活なのだ。
その最後をこんな仲違いをしたままで終わりたくはない。
できれば道長くんには僕だけでなく堂本くんのことも笑って卒業を見送って欲しいのだ。
堂本くんの進路のこともある。
いつまでもこのような関係でいいはずがない。そう思うのは悪いことではないはず。彼らの共通の友人として、なんとかしなければ──。
(問題は、その上手い方法が思いつかないことなんだよなあ)
道長くんは……異世界での出来事がまだ尾を引いているため、憤りがまだまだ燻っている様子。彼を宥めるのは難しそう。
ならばと、左の方に座る堂本くんに意識を流す。
怒りが熱を帯びているのが見て取れる道長くんとは逆に、堂本くんは意気消沈。
目線を常に下に向けて死刑執行を待つ罪人のような絶望顔を見せている。
その様は側から見て哀れみを誘う。
気の毒なほどに落ち込んでいる彼がいる。
僕と同じように彼も食事をしており、大変美味しい魚のムニエルの料理をつついている。
が、この様子ではその味など舌に乗っていないだろう。
僕が無理に連れてこなければ、ここにはいなかったに違いない。
道長くんとは顔を合わせようともしなかっただろう。
彼は彼で、道長くんとは違う意味でその胸の内に重たい感情を抱いているのだ。
と、そうして悩む僕たちに近づいてくる二つの影があった。
「うっわっ! なんで辛気臭い空間なの。こんな空間でご飯食べてるとか、信じらんないわ」
「こんにちはコナミくん。隣、いい?」
渡りに船とはこのことだろうか。
2人を合わせたはいいが、その先の展開を思い描けず膠着していた僕たちの空気を切り裂く2人の女の子の声が僕の耳目を震わせた。
「愛理ちゃん! それに春香ちゃんも、どうしたの?」
そこにいたのは女子ブルー寮にいるはずの愛理ちゃんと後輩の春香ちゃんだった。
2人は揃ってお盆の上にそれぞれの昼食を乗せて僕たちを見下ろしている。
「ちょっとね。コナミくんに会いたくなったから来たの。一緒にご飯、食べましょ」
「ほら道長、隣開けなさい。アタシが座るから」
「ちょっ、まて、開けるから押すな!」
愛理ちゃんはそっと僕が開けたスペースに座り、春香ちゃんはまるで割り込むように道長くんを端に追いやり座る。
その結果、3人で丁度のサイズの丸机に無理に5人分の料理が並ぶことになった。
そうして生まれたのは男女5人がわずかな隙間を開いた状態で並び合う光景。
つまり、僕を挟んで近づこうとしていなかった道長くんと堂本くんが真横に並ぶという結果であった。
「お……おう。これは、グッジョブだよ愛理ちゃん」
「? グッジョブ?」
意図したわけではなかったのだろう。僕が向けた感謝に不思議そうに首を傾げている。
「それで、どうして一緒に食べに来たの?」
「さっき言ったでしょ? 会いたくなったからって。コナミくんたちの方こそ、随分と暗い雰囲気だったけど、何かあったの?」
「あーいや。うん。それがさ──」
僕はこの状況になっている原因を一つ一つ丁寧に説明していく。
それを聞く2人の様子は最初は怪訝そうに、そしてだんだんと眉根が寄って難しい顔になっていく。
隠す必要性も感じられないために堂本くんと道長くんにも当然聞かれている。が、気にせず話していく。
なんとか2人を仲直りさせられないかと。
そして全てを話し終えたとき愛理ちゃんは悲しそうな顔を、春香ちゃんは怒ったような顔をしていた。
「道長〜アンタねえ、男のくせにいつまでも根に持ってるんじゃないわよ。みっともない」
「みっともないって、お前なあ。逆の立場なら絶対許さないくせに」
「当たり前でしょ。何言ってんのよ」
「こ、こいつぅ……っ!」
「あんたが弱かったのが悪いんでしょうが。負けた奴がいつまでもぐちぐちと、情けないことしてるんじゃないわよ」
手厳しい、春香ちゃんの辛辣なまでの言葉。
慣れているであろう流石の道長くんも苛立ちを禁じ得ないようで、歯軋りしている。
睨み合い、あわや喧嘩へと発展しかねない2人を僕と愛理ちゃんで慌てて宥める。
堂本くんと道長くんの仲をとりもとうとしているのに、それが原因で道長くんと春香ちゃんが喧嘩なんてゴメンだ。
そこまで行かなかったことに胸を撫で下ろし、ほっと一息ついた。
何も問題は解決していないので、安心も何もないのだが……。
「道長くん、どうしても堂本くんのことを許せない?」
「愛理先輩……。心配してくれるお気持ちはありがたいのですが、こればかりは先輩のお言葉でも少し」
「難しいのね」
「……はい」
彼女は責めているわけではない。しかし愛理ちゃんに静かに問われた道長くんはそう感じたのか落ち込んだ様子を見せた。
それを見る彼女は少し考え込み、堂本くんの方へと視線を向ける。
堂本くんは変わらず暗い顔をしており、あまり料理にも手をつけれていないようである。
「堂本くんはそれでいいの? このままだと、ずっと道長くんと仲が悪いままよ?」
「アタシは別に……。全面的に悪いのはアタシだもの。許してもらえるとは思っていないわ」
これまでずっと僕たちの成り行きを暗い顔で見守るだけで、一言も発することのなかった堂本くん。
しかしその口調は重い。
後悔に満たされた声だった。彼は首を横に振り、諦めた様子でそれきり口を閉ざしてしまう。
話しかけた愛理ちゃんも、それを見て追求を諦めた様子。
この話の要点は結局、道長くんが許すかどうかでしかない。
堂本くんの心情が懺悔と後悔にある以上、謝罪も果たした彼にできることは正直あまりないのだ。
そうして沈黙が降りかけたところ、訝しむような顔をした春香ちゃんが道長くんを見ていることに気がついた。
「どうしたの春香ちゃん、そんなに道長くんを見つめて」
「うーん、いやね。道長、聞きたいんだけどアンタいったいなにが気に入らないわけ?」
「なにがって、普通殺されそうになった相手と仲良くするのはむずいだろう」
「そうね。そこに関しては全面的にアンタの側に立つわ。でも、アタシにはそれだけが理由なようには見えないのよねえ」
春香ちゃんのその指摘に目を丸くする。
てっきり僕には殺されそうになったことを許せないとだけ考えていたが、春香ちゃんにはそれ以外の理由があるように見えているようであった。
「春香ちゃん、どういうこと?」
「なんとなーく、アタシの勘ってだけなんだけどね。道長、アンタ本当に堂本先輩に殺されそうになったことが許せなくて、そんないじけてるわけ?」
続けて聞かれた問いかけに道長くんが閉口する。
「道長、言いなさい」
まるで命令するような強い言葉だった。
それに、道長くんの表情が歪む。
しかし即座に否定しない彼に、僕たちは他の原因があるのだと春香ちゃん同様確信する。
下を向いていた堂本くんも、道長くんに許してもらえない本当の理由が気になるよう。その目を彼に向けていた。
やがて春香ちゃんを忌々しそうに睨んでいた彼だが、根負けしたようなため息を吐き出しポツポツと話し始めた。
「俺は……そうですね。たぶん、謝ってもらってますし、反省もしてるのはわかってるんです。だから、そのことが許せないわけじゃない」
「なら、何が許せないのよ」
道長くんが噤む。まるで判然としない考えを纏めていくように、宙を見上げ黙りこくっている。
そして意を決したように堂本くんを見据えながら叫んだ。
「俺が気に入らないのはっ! 勝者である堂本先輩が、顔を合わせるたびにいつまでも申し訳なさそうな顔をしているのが気に食わないんです!!」
彼は拳を握り締め、悔しそうにその手を震わせていた。
その顔には本当に苦々しい表情が浮かび上がっており、その糾弾からは彼の憤りの深さが伺えた。
「勝者なら、謝ったんなら、堂々としていて欲しいんです! 春香じゃないけど、負けたお前が悪いぐらいの。じゃないと、俺の方が惨めな気分になるじゃないですか」
「道長ちゃん……」
その様相に堂本くんが絶句していた。
僕もだが、まさかそのような理由が返ってくるとは思っていなかったのである。
様々な罵詈雑言が放たれても不思議ではなかった。だから、目の前の悔しそうな顔を見せるのが意外でならなかったのだ。
「あーくそ! こんなこと言いたくなかったのに………。堂本先輩、先輩は進路決まったんですかっ!」
「えっ、アタシの進路?」
「そうです。進路です。どうするんですか。進学ですか。それとも就職ですか?」
「服飾関係の仕事に就きたいから大学に進学するけど……」
唐突に聞かれた卒業後の進路。
呆けたまま戸惑い気味に堂本くんは答えた。
「進学ですか。先輩、なれるかどうかはわかりませんが、自分はコナミ先輩のようにプロになるつもりです。だから来年。卒業までにリベンジしに行きます。その時に逃げないでくださいね。叩きのめしますから、覚悟しておいてくださいっ!!」
まるで捨て台詞だと、僕は思った。
いや、まるでではなく、その通りだった。
道長くんは堂本くんに大喝するように叫び終わると、ドカドカと大股で足音を響かせながら食堂の外へと去っていく。
「やれやれ、最初っからそう言えばいいものを。愛理先輩、私ちょっと行きますね」
「ええ。道長くんをお願いね、春香ちゃん」
「はいっ!」
その後ろ姿を見ながら、料理を置いて春香ちゃんがその背を追う。
道長くんへの態度とはえらい違いだ。後に残されたのは、騒ぎに注目を浴びている僕たちと、残された昼食たちであった。
「コナミちゃん、アタシは許されたのかしら」
「うん。そうみたいだね。来年のリベンジ、ちゃんと受けてあげなよ」
「そうね……ええ……私は、本当にいい友人に恵まれてるわ……」
目尻に涙を浮かべた堂本くんが安堵したようにほうと力を抜いた。
これまで、ずっと張っていた気を抜いたように彼の口元には綺麗な笑みが浮かべられている。
これで、もう2人は大丈夫だろう。
残り短い学園生活。気まずい時間を過ごすこともない。
僕もまた彼と同じように体から力を抜いて、愛理ちゃんと笑い合う。
そして、今こそ言うべきなのではと思ったことを告げようと前のめりになった。
「ところで堂本くん。ここで一つ僕から報告があるんだけどさ」
「報告? なにかしら、今ならなんでも聞いてあげられるわよ」
溢れる涙を拭いながら微笑む彼にニンマリと口端をあげていく。
その手は隣に座る愛理ちゃんの肩を抱いており、抱き寄せた彼女と満面の笑みを見せる。
「えへへ。実はねえ、僕たち婚約したんだ。卒業後すぐかはわからないけど、そのうちに結婚するつもりだから、式が決まったら呼ぶね」
「……………………」
「おーい、堂本くーん。聞こえてる?」
涙を拭っていた彼が固まっていた。
まるで彼の時が止まってしまったように微動だにしない。
「堂本くん?」
「大丈夫?」
僕の言っていることが聞こえていなかったのだろうか。
心配になった僕と愛理ちゃんは同時に声をかけた。
と、その瞬間ぐわっと大口を開けた彼がガタッと椅子を倒しながら立ち上がり、絶叫した。
「けっ、結婚ですってエエエエエッッッ!!!?」
その叫びは食堂に響き渡り、扉を超えた外にまで轟いていた。
その発生源である彼からは感動の涙は一瞬で消し飛び、今は唖然とした表情のみを見せている。
「ほ、本当なの。コナミちゃん……」
「うん。もう愛理ちゃんのご両親からも許しをもらってね。だから──」
「私たち、結婚するの!」
「──!?」
声にならない叫びが堂本くんから、僕たちの宣言に耳を立てていたすべての生徒から奔る。
その日を境に僕たちが婚約し、結婚まで秒読みだと言う話題は颶風となって広がり、学園全体を驚愕の渦に巻き込んでいくのであった──。
こういう仲直り描写は必要かなと。最初はデュエルに繋げるつもりで書いてたんですけどね。そうはならなかったよ。