次に瞼を開いたとき、飛び込んできたのは一面の荒野だった。
大地は砂に埋もれ、そこそこにあったはずのモニュメントは地中に沈んでいる。
背後に佇んでいたはずの立派な校舎はところどころがひび割れ、老朽化し、全盛の頃を僅かに匂わせるしかない。
ダークネスの青い光に導かれた僕たちは既知でありながら、未知と表現する他ない場所へと移動していた。
「こ……ここは……!?」
「後ろにあるのはアカデミアか! だが違う。僕たちの知ってるアカデミアにしては……!!」
痛みすぎている!
使われなくなって数年。いや、数十年は経過しなければここまで痛むことはないだろう。
もしくは、戦場にでもならなければこれほど頑強に作られているはずの校舎がこのような有様になど……。
『ここは、汝らの知るアカデミアである』
「!」
世界に響き渡るようなダークネスの声。
押し潰してくるような重厚な響きには、受け入れ難い真実を伝えてくる。
曰く、荒廃したこの世界は人類がやがて至る未来の光景であると。
『汝らの語る通り。人はより良いとされる未来へと向かい生きる。しかしそれは同時に他者との衝突を招く。衝突は技術の進歩を進め、欲望の発露を促し、やがて世界が受け止めきれないほどに肥大した願いは破滅を招いた。汝らが足をつけるこの場所は、その人間が夢と希望に突き進んだ先にあるものなのだ』
ダークネスの言葉が染み込んでくるように、僕たちは遠く見えてくる光景に圧倒されていた。
荒廃した世界。朽ち果て、今にも倒れそうな建造物たち。そして、環境汚染によるものか、人も動物も、虫さえも存在できないような赤く染まった空。
ジャリと、ザラつく地面が靴底で鳴る。
踏みしめている砂地。それはまるで、人の目指した夢の名残のように儚い感触が返ってくる。
「これが……僕たちの未来……」
「ふざけるな! これが俺たちの未来だと。俺はこんな未来認めない!!」
『汝らが認めようと認めなかろうと。ここにあるのは真実。過分な願いを叶えようとした人間たちの成れの果て。多くの人間は力ある汝らとは違うのだ』
「くっ、だとしても……俺たちは敗けるにはいかない。いかないんだ! 俺のターン、ドロー!!」
あまりの光景にデュエルから奪われていた意識が戻る。
眼前に佇む2体の超強力モンスター、黎明の堕天使 ルシフェルと彼岸の巡礼者 ダンテ。
伽藍堂とされた僕らのフィールドに対して、その2体はあまりにも強大。まさしく絶体絶命の状況。
何もできず、ただ十代くんに祈ることしかできないことが歯痒い。
「俺は手札とデッキからE・HEROネクロダークマンとN・ブラック・パンサーを墓地へ送ることでEN-エンゲージ・ネオスペースを発動! デッキから融合を手札に加え、E・HERO ネオスを特殊召喚する!!」
《E・HERO ネオス》 攻撃力2500 守備力2000
『ネオス、汝のエースモンスター。しかしその攻撃力で我が──』
「焦るなよ。エンゲージ・ネオスペースはHEROを呼び出すことができる。しかしその召喚されたHEROがネオスだった場合、その攻撃力を1000ポイントアップする効果が発動する。つまり、ネオスの攻撃力は3500にアップする!!」
『ナニ!?』
《E・HERO ネオス》 攻撃力3500 守備力2000
十代くんの頼れるエース、ネオスの攻撃力が上がる。彼の体からはオレンジ色の燃えるような気炎が立ち昇り、十代くんに感化されたように鋭い眼差しで2体のモンスターを睨みつけている。
「ネオスで彼岸の巡礼者 ダンテを攻撃──ラス・オブ・ネオス!!」
突きつけられた現実に煩悶した、十代くんの怒りが込められた一撃。それはダンテに痛烈な打撃を与え、破壊し、巨大な爆発を引き起こした。
《ダークネス》 残 LP 2550
「よし! 流石十代くんだ。ダンテを倒した!」
『ヌゥ…だが、汝が彼岸の巡礼者 ダンテを倒したことで効果が発動する。汝の手札を1枚ランダムに墓地へ送る』
「なら、速攻魔法 ジェネレーションコネクトを発動! お互いのライフポイントの差分以下の攻撃力を持つネオスペーシアンであるN・グランモールをこのターンのみ効果を無効にしてデッキから特殊召喚する!!」
『だが、手札は捨ててもらう』
《E・グランモール》 攻撃力900 守備力300
十代くんの手札が墓地へ送られるのを横目で見ながら彼が召喚した半分に裂いたドリルを肩に下げた土竜を見る。
グランモール、戦闘を行うことで自分と相手を手札に戻せる十代くんの持つネオスペーシアンの中でも特に強力な効果を持つモンスター。
だけどこのターンは効果を扱えない。ルシフェルを手札に戻すことは不可能。
コンタクト融合でルシフェルを手札にという手もあるが、3体もの堕天使を要求したこの手の超大型モンスターに効果が効くかどうか。通らなかった場合を考えると難しい選択だ。
コンタクト融合したネオスがデッキに戻らないためのフィールド魔法、ネオスペースが手札にあれば、なんとか守備表示にして守りを固める線もある。
あるけれど、十代くんが手札を見ながら動かないあたりコンタクト融合は望み薄だろう。あるならばとっくに使っているはず。
次のダークネスのターン、ルシフェルの攻撃に対しなんらかの対策札がなければ僕たちの負けは決まる。まさか何も考えずに攻撃したなんてことはないはず。どうするつもりだ十代くん!
「俺にできることはない。これでターンエンドだ」
「十代くん!?」
『フハハ! デュエルを諦めたか、遊城十代。伏せカードがなければ、ネオスも、汝らのライフも守れまい。よかろう、すぐに終わらせてやろう。我のターン、ドロー』
くっ、半ば予想していた展開ではあるけれど、本当に伏せカードもコンタクト融合もしないなんて……!
これでは僕たちは負けてしまう。
みんなの未来が……闇に……!!
「コナミ落ち着け。大丈夫だ。俺を信じろ」
「!」
ハッと、かけられた声に横を見る。
そこには冷静な瞳を向ける十代くんの姿があった。
『汝らの命もここまでだ。ルシフェルでネオスを攻撃!!』
12枚もの黒い翼を羽ばたかせ宙に浮かび上がったルシフェルから鏡のように煌めく剣が振り下ろされる。
真っ二つにされたネオスとデュエルに敗北した僕らの姿を一瞬幻視する。
しかし、目を塞ぎたくなる未来を幻視し強張る僕の目の前で、その幻を否定する光景が広がった。
ネオスは生きていた。極限まで鍛えられた剣技で断ち切られようとしていたネオスは鋭利な鎧を着た武士のようなモンスターによって守られていたのだ。
『ナニ!? ネオスを守った!?』
「あのモンスターは、ネクロガードナー!?」
墓地から除外することでモンスターの攻撃を無効にすることができるモンスター。
彼が墓地に眠っていたからあんなにも冷静にターンを終えていたのか。
「ふっ、甘いぜダークネス。俺はお前が攻撃を宣言した瞬間、墓地のネクロガードナーの効果を発動させた。ルシフェルの攻撃は無効だ。ダンテの効果は使うべきではなかったな」
『ヌゥッ!! 我はカードを1枚伏せてターンを終える!』
思いもよらない守りに悔しげな雰囲気を滲ませるダークネス。
その胸中にはどこまでも足掻いてくる僕たちへの憤りも込められているようにも見える。
意思はなくとも、思い通りにいかないことへの怒りは感じるのかと、どこか他人事のように感じる僕がいた。
「落ち着いたか?」
「……十代くん」
「俺がデュエルを諦めるわけがないだろ。こんな光景を見せられて勘が鈍ったのか?」
「ふーヒヤヒヤしたよ。でも、そうかもしれないね。どうやら思っていた以上に動揺してたみたいだ」
「ダークネスが何を見せてこようと、俺たちは自分たちを信じてみんなの未来を取り戻すんだ」
まったく、十代くんの言う通りだ。
荒れ果てた世界。それを真実と見せられたからといって、それがなんだと言うのか。
「まだどうすればいいのかわからないけど、この世界をダークネスの世界になんてさせられない。僕のターン、ドロー!!」
引いたカードを一目見て、視界を閉ざす。
知らず知らずのうちに揺れ動いていた心を沈めていく。
己が何者で、今何をすべきなのか。
それのみを意識するように心の内に広がる宇宙へと旅出させていく。
そうして瞳を開いた時、そこに荒廃した世界は存在しなかった。
「僕は手札からゴラ・タートルを攻撃表示で召喚!」
《ゴラ・タートル》 攻撃力1100 守備力1100
僕の場にのっそりと召喚された黄色くて可愛らしい亀、ゴラ・タートル。
世界を救う戦いであるとわかっているのかいないのか、のほほんと後ろに顔を向けて僕を見上げるその目に恐れも緊張もない。呑気なその視線に元気付けられるようでさえある。
「──よし。いくぞダークネス! 僕は手札から魔法カード 受け継がれる力を発動! ゴラ・タートルを墓地へ送ることで、その攻撃力をネオスに与える!!」
ゴラ・タートルが光の粒子となってネオスへと吸収されていく。
それにより上がった攻撃力は対面で神の如く佇むルシフェルを僅かながらも超えていた。
《E・HERO ネオス》 攻撃力4600 守備力2000
『4600だと!?』
「さあ、ルシフェルを守って見せるんだな。守れるものならば!
僕はグランモールで黎明の堕天使ルシフェルを攻撃──この瞬間、グランモールの効果を発動! バトルするお互いのモンスターを手札に戻す!!」
グランモールが両肩に装着したドリルを頭を覆い隠すように変形させる。
モグラらしく、大地を穿ち、一心不乱に掘り進んだ先のルシフェルへと向かっていく。そして、彼が大地から顔を出しルシフェルへとドリルを向けたその瞬間。
『そうはさせぬ! 我はリバースカード 現世離れを発動! 汝のグランモールを墓地へ送り、代わりに遊城十代、汝の墓地にあるクレイ・チャージをセットする!』
「チィ! だが、この攻撃は防げない! ネオスでルシフェルを攻撃する!!」
『ヌォオオオ!!』
《ダークネス》 残 LP 1950
苦悶の声と共に爆炎がフィールドに広がる。ダンテに続き、ダークネスが操る巨大なモンスター、ルシフェルが破壊されたことによるもの。
いける。ダークネスがどれほど強力なモンスターを従えようと十代くんと協力することで突破できる。そう確信できた。そして、それは人類もまた同じなのだとも。
「ダークネス、あなたがどんな真実を突きつけようと僕たちはそれを超えていく。人にはその力がある!」
「たとえ1人1人の力は弱くても、俺たちは助け合うことで信じる明日を掴むことができるんだ。俺たちはそれを知っている!」
『そう信じることができるのは汝らが強いからだ。力あるものに、弱きものの絶望を知ることはできないのだ』
ルシフェルもダンテも倒れ、お互いのライフも尽きかけてきた。そろそろこのデュエルも佳境に近づいてきただろうか。
まだ、みんなをダークネスの世界から取り戻すきっかけは見つからない。本当にそんなことができるのかと疑ってしまいそうになる程に、その道は朧げで不確かだ。
何か取っ掛かりのようなものが一つあればいい。
それがあればきっと……。
闇はまだ世界を覆い続け光が差し込む兆しさえ見せない。
人々の絶望は、世界を覆うほどに深く、広がり続けていた──。