デュエルが終わり、消沈した様子を見せる私を連れて、先生は元の空き教室へと戻ってきた。
部屋に戻り元の椅子に座った私たちは暫し言葉を交わすことはなく、室内は静まり返っていた。教室に掛けられた掛け時計の病身を刻む音がやけに大きく聞こえていた。
そんな気まずさも感じる静けさの中で、なんて言葉を出せば良いかわからなかった私はともかく、先生の方は恐らく気落ちしている私を気遣って何も話そうとしないだけなのだろう。
今は私の前にお茶を入れた紙コップを置いた後、静かに仕事であろう書類に何事かを書いている。
「先生は……デュエルがお嫌いなのですか……?」
その静かさに気まずさを感じたわけではないが、恐る恐る私は先生に話しかけた。
その私が出した質問にスムーズに動かして書類に記入していた指がピクリと止まり。逡巡するように目を私から逸らしながら口を開いた。
「何故……そう思ったか、聞いてもいいですか?」
「明確にそう思う理由があるわけではないんです。ただ、先生とデュエルして、スカーナイトを見て、それを扱う先生の姿を見ていたらそうなのかなって、間違っていたらすみません」
謝りながらも私は先生から目を話すことはなかった。デュエル後から普段通りに見えながらもその目の奥で気落ちしているように見える先生は、私以上に気持ちが沈んでいるように見えていた。
先生は現役時代のデッキを引退してから扱おうとせず、これまで死蔵していたこと。
そしてスカーナイトがあれほど傷つくほどにデュエルをしてきながら、それを大切に扱う先生の姿はまるで戦うことに疲れ果てた傷病者のようであったからだ。
「そうですか………水無月君はとても感受性が高いのかもしれませんね。私は……私にとって、これまでの人生で行った全てのデュエルは義務と責任によって行われたものでした」
「義務と責任……ですか……」
よくわからないといった表情を見せる私に先生は「フッ」と諦観したような薄い笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「水無月君、裕福な家庭で生まれたあなたには想像もつかないことかもしれませんが、世の中には今日の食事にも事欠くような貧窮した家庭も存在します。私はそんな家庭で生まれた1人でした……」
座りながら外の方角を見つめるその姿には哀愁が漂っていた。過去の幼かったころに思いを馳せているのか、目をつぶり懐かしむように先生は話し始めた。
「そんな家庭でしたが、幼い私がデュエルができたのは母が僅かなお金をやりくりして周囲の友人に憧れる私のためにほんの数パックだけ買ってくれたからでした。スカーナイトはその時に当てた思い出のカードであり、生涯のエースです。足りないカードは友人から貰ったり、誰かが捨てたカードを拾って補ったりしていましたね」
先生の過去の先端を聞いた私はわずかに瞠目しながら聞いていた。今日の食事にも事欠くほどに貧窮した家庭に生まれたと言う先生の言葉は俄かには理解しがたい内容であったからだ。
お金がなくて、カードが足りないから捨てられたカードや落ちていたカードでデッキを補う…………。確かに、私には想像もできない世界の話だ。
良くも悪くも、私はお金に不自由したことはない。だから、先生の境遇に同情はできても、共感はできないだろうと話し続ける先生を見ながら私は思っていた。
「私は……お金が欲しかった。家族を養うために、下の妹たちが金銭から進路に迷うことがないように。私にはお金が必要でした。そんな時、私に道を示してくれたのがプロデュエリストへの道でした──幸い、才能があったようでプロになること自体はそれほど難しくはありませんでした」
自らがプロへの道を進んだのはお金のためと語る先生は恥いるように言った。
「水無月君、私はね、いつだってデュエルを自分のためにしたことはないんだよ。家族のために、それが最も才能を活かせる道だったからと言うだけでした」
「家族のために………それは、立派なことだと思います。でも、それじゃあ先生はデュエルを楽しんだことは──」
「ないさッ! 私はデュエルを楽しいと思ったことは一度足りとてない! ………ふふっ、生徒に言っていい言葉ではないですがね。呑気にただデュエルを楽しんでいるのを見ると時折、仄暗いイラつきさえ覚えますよ」
「嫉妬でしかないとわかっているのですがね」と最後に付け加えて先生は黙ってしまった。
空き教室内に時計の針が動く音だけが流れていくのが聞こえた。それが、先生の取り戻せない時を刻むようで切ない気持ちを私にも与えた。
やがて、その沈黙に耐え切れなくなった私がさらにその先を知るべく沈黙を切った。
「先生は何故教師になったのですか? デュエルがお嫌いだと言うのでしたら、デュエルとは無関係な職に就くことも選択だったと思いますが」
「後進の育成に励むべきだと感じたからですよ。プロにまで至った力を無為にしたくはないと言う理由もありますが、一番はそれです」
後進を育てるため…………その言葉に続けて先生は言った…………。
「現役時、少しでも多くのお金を要した私は通常のプロのおよそ10倍のデュエルをして、お金を稼ぎました。ですがそんなことを続けていれば無理が来るのは必然。私は体を壊し、貴重なタイトルマッチで現チャンプであるDDとのデュエルで倒れてしまった。そこで引退をすることになった私を誘ってくれたのが鮫島校長です」
『今度、デュエルアカデミアというデュエリストを育成する学園が作られます。まだ引退後の活動を決められていないのなら、あなたのプロとしての経験をデェエルアカデミアで未来ある若者に奮ってくれませんか』
「天啓だと思いました。救いだと言ってもいい。私はもう、心からデェエルを楽しむことはできない。そんな私が子供たちに教える………なんて素晴らしいことだろうか──デュエルを身銭を稼ぐための道具として生きてきた私には過ぎた使命であると………!」
話していく中で、だんだんと興奮したように話し続ける先生を見て、私は思った。ああ、なんとなくわかってしまった。どうしてこの人の授業はあんなに詰まらないのかが………と。
熱意もある、実力もある。長く詰み上げた経験すらある。そんな人の授業が普通つまらなくなるはずがないのに………。
佐藤先生はこれまで義務と責任感によってのみ生きてきた。それ以外の生き方ができないのだ。
だから、そんな生き方で手に入れたものしか教えられない。
デュエルを愛し、楽しむこのアカデミアの生徒の心とは真逆の在り方。それゆえに生徒たちの心がわからない………寄り添えない。
生徒と教師で心の在り方とデュエルの向き合い方が乖離しているのだ。
だから生徒が詰まらないと、この授業ではダメなのだと悟ることもできない。
この私の前にいる、生きることにすら疲れ果てたと言っても不思議に感じない雰囲気を感じる先生は、あの傷だらけのスカーナイトと同じ。
誰かが言ってあげないといけない。終わらせてあげないといけないのだ。それが残酷な仕打ちだとしても──。
私は閉ざしたくなる口を先生のためだという意思でねじ伏せて、重々しく口を開いた。
「先生………私は………ッ。私は、先生の授業が嫌いです」
「なッ!? 水無月君、なにをッ!」
突然私が意を決したようにまっすぐと先生を見ながら告げた言葉に先生は驚きながら立ち上がった。
「先生の授業は画一的で、古臭くて、何よりもつまらない。そんな先生の授業が私は………いえ、皆嫌っています」
先生は私がなぜそんなこと言うのかわからないように驚愕した様子で見続けて何も反応を返さない。
私は驚愕しながらも黙して聞いている先生にさらにつづけた。
「十代君やコナミ君がどうして授業中居眠りをするかわかりますか。少しでも考えたことがありますか? 私や明日香さん、それ以外にも優等生と見られている生徒からすら不評を受けていると、聞いたことはありませんか? ………先生、私はあなたの授業が嫌いです」
口をパクパクと開閉しながら、どう反応するべきか考えている様子の先生がグっと感情を押し殺した様子で口を開いた。
「すみません。授業が詰まらないのは私の不徳の致すところですね。教師として実力不足を感じずにはいられません。もっと頑張るべきなのでしょうね」
目を伏せて椅子に座りなおした先生はしおらしくそう言って、反省した様子を見せている。
でも、それじゃあダメなのだ。もっと頑張るでは、同じ失敗を繰り返すだけだ。
追い打ちをかけるようで気が引けるが、中途半端にしてはさらに傷つくだけだと信じ、私はさらに言葉を重ねた。
「先生、私も他の多くの生徒もデュエルが大好きなんです。先生のように義務と責任からしてはいないんです。もっと頑張ると言いますが、たぶん、先生がどれだけ頑張ったとしても今の私たちが求めるような授業は得られません」
「…………」
もしかしたら先生もわかっていたのかもしれない。わかっていた上で、現実から目を逸らし続けてきたのだろう。
鎮痛した様子でまるで断罪を受けるように顔を伏せた先生を見ながら私は思った。
きっと、先生は誰かに罰してほしかったのかもしれない。或いは、言ってほしかったのかもしれない。そんなことはもうやめなさいと。
──どうしてスカーナイトがこうなるまで戦い続けたんだ。
──どうして皆と同じようにデュエルを愛することができないのだ。
──どうして私はこのような生き方しか選べなかったんだ。
──どうして…………。
無数にあるどうしてと言う疑問。その現実がもたらした結果に追い詰められた先生はとても小さく、幼く私は見えた。
実際はわからない。ただ、私が先生を見てそう感じただけだから。
でも、私がそう感じたならきっとそれが真実だ。少なくとも今ここにいる私にとっては………。
「私たちはデュエルを愛しています。アカデミアの多くの先生はデュエルが好きで、それを教えるのが好きで教職に就いたのだと思います。全員がそうだとは言いませんけど、少なくとも嫌いだと言う先生はいないと思います」
佐藤先生を除いてという言葉はつけなかった。言わずとも伝わると感じたから。
アカデミアには多くの先生がいるが、元の性格から好まれない先生はいても、デュエルそのものを嫌っていると感じる先生など私は他に知らなかった。
きっと、先生の授業が不評なのは授業内容だけではない。そのデュエルを嫌う心が、生徒にも伝わっているのだ。そうでなければ、面白いかはともかく、真っ当な授業が多くの生徒から疎まれるような結果になるはずなどないのだ。
「それならば、私はどうすれば…………」
「もっと生徒と向き合ってください。生徒だけではありません、あなたが愛しているカード、スカーナイトとも。そうすれば、デュエルを愛することは難しくても、生徒がどんな授業を求めているかはわかるはずです」
スカーナイトの体に刻まれた傷のように、傷ついた心を癒す術を私は知らない。考えてもわからない。
何十年と続けてきた義務と責任感からくる生き方を変える方法などもっとわからない。
それは先生自身で見つけていくしかないことだ。
「私に………それができるでしょうか」
「わかりません。ですが、これだけは言えます。デュエルは義務でするものではありません! たとえ立場や責任と言うものがあったとしても、その根底には愛があるはずなんです!」
立ち上がりながら強く言う私に先生は何も言わない。いや、もしかしたら何も言えなのかもしれない。
どちらにせよ、先生は私と目を合わせることはなく、私の言葉に対して何を語ることもなかった。
「先生、色々と勝手なことを言いましたが私が言いたいことはこれで終わりです。好き勝手言ってすみませんでした」
私は最後に頭を下げて謝罪しながら教室の出口へと向かった。
結局、私の目標やしたいことと言った悩みではなく先生の苦悩を聞く形で終わってしまったけれど、これでよかったのかもしれない。
私の悩みは言ってしまえば先生ほど深刻でも重大な問題でもないのだから。
これで少しでも授業や先生の生き方が良い方向に向かえば今日私が佐藤先生と話したことにも意味が出るだろう。
「水無月君、最後に………出て行く前に私の話を聞いてくれませんか。君の相談に私なりの答えを伝えます」
そうして出て行こうとドアに手をかけた私を後ろから聞こえてきた先生の力のこもっていない呼び止める声が止めさせた。
「プロの世界は厳しい。人々の期待と希望を背負って戦うデュエリストは常に孤独です。そして、時に人々から心無い言葉を投げかけられる時もあるでしょう。──水無月君、君が彼の力になりたいというのなら、どうか、彼の帰る場所になってあげて欲しい」
椅子に座りながら伏せていた目を上げてまるで祈るように紡がれた言葉は黄金のような輝かしい金言となって私の胸に響いた。
「特別な何かをしてあげる必要はないのです。ただそこにいて寄り添ってくれれば。………それだけでいいのです。それでも何かをしてあげたいのでしたら、美味しいご飯を作ってあげてください。きっと、それだけで十分すぎるほどにコナミ君も戦っていけるはずですから」
それはきっと佐藤先生が欲しかったもので、得られなかったものなのかもしれない。
家族はいても、世界中を飛び回るプロデュエリストは早々会えない。そして、体に鞭打ってでも稼ごうとするほどに貧窮していたとするなら、先生にとって家族という存在は守る存在で、それ以上にはならなかったのかもしれない。
それでも、そんな人が教えてくれたアドバイスは曖昧であった私の生きる道に一つの回答を示してくれた。
「帰る場所……はい、先生ありがとうございます。私の目指す道が少し見えました」
「そうですか。それならよかったです」
力なく答える先生を置いて、私は教室を出た。最後に振り返り際に見た肩を落とした先生の姿に力はなかった……。
後日、私は先生のアドバイスを聞いた私はさっそく思いついたそれを実行すべくコナミ君の部屋のベットの上でそれを練習していた。
「いッッッッてぇぇぇええ!!? 待って待って待って愛理ちゃん!? ごめん待って力加減可笑しい──いッッたいからぁああ!?」
「ちょっと我慢してねコナミ君! これがいいツボらしいから!」
コナミ君がベットでうつぶせになった後ろで私は彼の足裏を力強く揉んでいた。より効果を上がるかもしれないのと中途半端にするのもよくないため精霊の力付きで………。
痛い痛いと叫ぶコナミ君はベットの上で身もだえながら枕を叩いている。
「なんでいきなりマッサージをぅおおおお!?」
「以前聞いたでしょ。私がこの学園でしたいことはないかって。だから先生のアドバイスをもとに考えたの。プロになったら体を酷使することになるみたいだから、マッサージを勉強して癒してあげようと思ってね」
「それならもう少し優しくしても………ッッッ!」
「泣き言は言わない! 痛いほど体を悪くしてる証だから、つまり効いてるってことよ!」
流石にマッサージについて詳しい先生は探してもいなかったから独学でしていくしかないけれど、コナミ君と言う被検体がいるから練習には事欠かない。
今は足の方から練習して最終的には全身を揉んで体調を万全にできるようにしてあげたいと思う。
「あっ、それだけじゃないのよ。栄養学も学んでいこうと思うの。やっぱり沢山ご飯を食べるだけじゃダメだもの。ふふ、知りたいことが沢山出来て楽しみだわ!」
「それは結構なことですッッッ!」
元から勉強が好きな私はマッサージと栄養学、それから派生して体と心の調子を整えるための学問を学んでいくことの目標ができてウキウキしていた。
「そこで見てる三沢君と堂本君。興味があるならやってあげるわよ! 私も沢山練習したいし!!」
「いやいい。俺は健康だ。愛理君のマッサージはまたの機会にさせてもらうよ」
「あたしも遠慮しておくわ。コナミちゃんを優先してあげてね」
部屋の外ではドアの隙間から何事かと心配になって覗いてきた三沢君や堂本君がいる。彼らは室内の様子を見て冷や汗を掻いていた。
コナミ君にばかり体験してもらうのも幅が出ないし、時には彼らにもしてあげようかと聞いたが、身を震わせながら早口で断られてしまった。
私はそれを残念に感じながら、道を示してくれた佐藤先生のことを思い出した。
あの相談後、少しの間気落ちしたように元気がなかったが、時間が経って心を持ち直したのか元の先生の状態に戻った。
そして元気が戻った先生だが、私の不評であると言う言葉が効いたのか、少しだけ授業がマシになった。
あくまでマシであって好評というわけではないし、デュエルそのものが嫌いと言うのは変わっていなさそうだったが、生徒の反応をより見て鑑みるようになったのだろう。
生徒から授業で改善してほしいアンケートなるものを実施してより良くしていこうと前向きに頑張っているようだ。
この分ならきっと、その内よい授業をしてくれるようになるだろう。もちろん私も真面目にアンケートは書いて生徒としての意見は出させてもらった。
私も先生からのアドバイスを貰ったものとして、その教えを無駄にするわけにはいかない。卒業時までにいくつかの資格を取ることを目標に頑張っていくつもりだ。
「コナミ君、これから沢山してあげるから、よろしくね!」
「お手柔らかにお願いしまァアアアアッッッす!!」
デュエルでも早々聞かない彼の本気の叫びが木霊する部屋の中、私は嬉々として彼の足つぼを押し続けるのだった。
何だか先生のカウンセリングになっちゃったぞ。本人が気づいていないだけで、佐藤先生は真面目にカウンセリング受けた方がいいメンタルしてたと思うので、話しの中心が先生になるのも仕方ないですよね。