デュエルを終えて城内は十代君たちの喜び声で溢れていた。対するカミューラは項垂れ沈黙している。城内を照らす決して明るいとは言えない光の中ではその胸中まで察することはできなかった。
そうして勝利した事実に胸の中で喜び噛みしめていると、項垂れ沈黙を保っていたカミューラから漏れ出るような深い怨みのこもった笑いが城内に響いてきた。
「ふ、ふふふ。ハハハハハ! デュエルはあなたの勝ち、私の望みは絶たれ、2度とは叶うことはない。だけど、その代償は重いわよ!!」
その言葉と同時に、カミューラの背後に佇んでいた幻魔の扉が重たい重厚音をたてながら開いた。それはまさしく、力の代償を敗者にもたらす審判の門であった。
「アヒャヒャヒャ!! 強大な力には代償が必要。この娘にはその代償になってもらうわっ!!」
『そうはさせないよ! エリアを連れて行かせたりなんてさせないッ!!』
「──アウス!?」
開かれた幻魔の扉。そこから飛び出てきた腕が愛理ちゃんの魂を抜き取らんとした瞬間、愛理ちゃんのデッキから飛び出してきたうっすらとその姿が見えるアウスがその腕を阻み遮った。
その姿は通常精霊の見えない翔くんや僕にも見えているようであり、僅かだが、実体を持った顕現であるようだった。
「コナミ! 僕の力じゃ、長くはエリアを守れない。早く、君の力で星の化身たる彼らの力を呼び出してくれ!!」
星の化身──ジ・アースとNeptune。その2体を呼び出す。恐らく、今アウスがしているように実体をもつ形で……。
──どうやって? 一瞬僕の脳内に駆け巡った疑問の声を胸元から輝きを放ちはじめた光が遮った。
『あなたの気持ちが強ければ、クリスタルはきっと力を貸してくれるわ』
「ーーそうか、わかったよ愛理ちゃん、僕が何をすべきなのか!!」
僕は光を放ち続けているクリスタルを天に掲げて祈りと共に叫んだ。重要なのは過程がもたらす結果ではなく、それを実行する存在へと祈りを捧げることであったからだと気づいたからだ。
「地球のヒーローよ! 水星の暴君よ! 僕の持てる全ての力を使って、あの扉を壊してくれッ!!!」
「なにィッ!!?」
僕の宣言と同時にクリスタルと僕の体から膨大な光が立ち昇り愛理ちゃんのデッキへと向かった。その光は見る見るうちに愛理ちゃんのデッキへと吸収されて行き、やがてよく知る2体のモンスターの形へと変貌を遂げていった。
「そんなっ!? モンスターが実体化したですって!!?」
それは僕の祈りに応えるように、光を宿したカードからジ・アースが、そしてNeptuneが愛理ちゃんを守るようにアウスの前に現れた。
ソリッドビジョンで見るような幻影ではない。確かな逞しい力と暴虐とも言える暴力性を秘めた存在感を放っていた。
「ジ・アース、Neptune、頼む。お前たちの力を貸してくれ!!」
彼らは一目、僕存在を目に移すと、すぐに僕の意思に応えるようにジ・アースはその胸のコアから細く、しかし強力な力がこもった光線が放たれ、Neptuneは手持ちの大きな鎌を素早く回転させながら扉に向かって振り下ろした。
「──なにィ!? 破壊、できない!?」
ジ・アースとNeptune。2体の攻撃は甲高い金属音を奏でながら確かに幻魔の扉にダメージを与え、ひび割れを引き起こすまで至っていた。
しかし、それは完全な破壊に至るほどではなかった。
「くっ、2体の力があんな扉を破壊できないほど弱いはずがない。僕の力では2体の力を全て引き出せていないのか!?」
2体を実体化させているのは僕の、ひいてはクリスタルの力によるものだ。
クリスタルには愛理ちゃんとアウス。2人分の力が宿っているが、逆に言えば2人分の力しかない。霊使いは全員で6体。つまり6分の2、モンスターの力を完全に引き出すには4体分の力が足りないんだ!
そう認識した瞬間、僕は漠然と感じていた不安の正体を知った。
ジ・アースとNeptune。この2体があれば幻魔の扉を破れる。そう確信できていたのに、それを信じ切ることができずにいた。
それは、2体の力を引き出せないと、それは今の僕ではできないのだと、無意識に感じていたからだったのか!?
「ふ、ふふふ。ざーんねんねえ! その2体で破壊しようと企んでいたんでしょうけど、失敗に終わったみたいね! あなたでは、彼女は守れない!!」
「カ、カミューラァッ!! ふざけるな、僕は愛理ちゃんを守ると約束したんだ! 頼む、扉を破壊してくれ!!」
僕は今も懸命に扉を破壊せんと攻撃し続ける2体に力を注ぎ込み続けた。そしてエネルギーを注いでいるためだろう。僕の膝から力が抜けて崩れ落ち、立つことすら叶わなくなった。
──守れないのか。
一向に変わらぬ状況と失われていく力に絶望の2文字が僕の心によぎった。その時、僕の絶望の闇から希望へと転ずるような力強い声が僕の耳に届いた。
「コナミ、諦めるにはまだ早いぜ!!」
「──ッ! 十代君!?」
瞬間、崩れ落ち、倒れ込みそうになった僕をいつのまにか隣に立っていた十代君が支えていた。
その顔には自信満々な不適な笑みがあり、諦めそうになった僕を勇気づけるかのように頼もしい笑みだった。
「十代君……だけど、これ以上、僕には力が……」
「へへ、ヒーローは最後まで諦めないもんだぜコナミ。来いッ! マイフェイバリットHERO フレイム・ウィングマン!!」
「フレイム・ウィングマン!? ……だけど、ただのソリッドビジョンじゃ、あの扉には……」
「いいや。奇跡は起こるぜ! ここには俺たちって言うヒーローがいるんだからな!!」
十代君が召喚したフレイム・ウイングマン、半透明に召喚されたそのモンスターはその瞬間まで確かに実態を持たないソリッドビジョンでしかなかった。しかしそこに十代君が首にかけていた瞳の形をした黄金の首飾りを掲げた瞬間、首飾りから溢れ出たまばゆいばかりの光が幻影であるフレイム・ウィングマンに実態を持つ体を与えた。
僕はその光景に希望と言う光を見た気がした。彼は、十代君はまさしくこの瞬間、僕と愛理ちゃんにとってのHEROになったのだとわかったのだ。
「いったい何が………その首飾り、まさか吹雪さんが持っていた──!」
「おう! 以前ちょっとあってな。吹雪さんが持っていたこれの半分を俺も持ってたんだ。それで、目覚めた吹雪さんが持って行けってさ。闇のアイテムらしく、闇の力には効果てきめんだぜ!」
闇のアイテム……そうか。いつ頃からか十代君が首に下げていた半分だけが欠けていた首飾り。そのもう半分を吹雪さんから譲り受けていたのか。
そして今、二つに欠けた力が一つとなることで、首飾りはその真価を発揮した。その力を持って十代君がフレイム・ウィングマンに実体を与えたのか。これなら、いけるかもしれない!
挫けそうになった僕の心に希望という光を十代君が灯してくれた。これに答えれないなら、僕は愛理ちゃんのパートナーとして相応しくない!
「十代君! これがラストチャンス!」
「おうよ! あの扉をぶっ壊そうぜコナミ! 行けぇ! フレイム・ウィングマン!! フレイム・シュートだァ!!!」
「ジ・アース、Neptune! フレイム・ウィングマンと共に僕たちに未来を開いてくれッ!!」
十代君と僕の掛け声と共に全身に炎を纏い扉へと突撃したフレイム・ウィングマン。それと同時にジ・アースとNeptuneもまた、最後の力を振り絞るように全身全霊の力を込めた一撃を幻魔の扉へと放った。
そして……2体の攻撃ではひび割れこそせど、形状を維持していた扉が3体のモンスターの連携攻撃により蜘蛛の巣が張られるように全体にヒビが行き渡り、遂にその時が来た──。
「はは、やった。幻魔の扉が……壊れていく」
「いよっしゃァ! やったなコナミ!!」
「ああ。本当に……よかった」
幻魔の扉はモンスターたちの度重なる攻撃に耐えきれず遂に粉々に破壊され、跡形もなくなっていった。
魂を狙われた愛理ちゃんもまた、傷一つ負うことなく無事なままだ。ただ、どうしても体力が吸われたせいかぐったりとした様子で彼女の元へと走って行った明日香さんたちに支えられながら何かを話している。
その顔を悲壮感はなく、疲れ果てながらも晴々とした表情だった。
「ぐっ、ごめん十代君。ちょっと……寝るね」
「コナミ!? ……わかった。あとは任せとけ、保健室まで連れてってやるからさ」
「はは、お願いするよ」
それを見たからだろう。安心したからか一気に疲れが体にきた僕は地の底に引き摺り込まれるような強い虚脱感と共に僕の意識は深い眠りの中へと消えた。
その一瞬、瞼が閉じる瞬間に嬉々として僕が愛理ちゃんを守れないことを喜んでいたカミューラが、不思議と僕のことを見ながら優しく微笑んでいたように見えたが、きっと、何かの間違いだろう──。
「──知らない天井だ」
カミューラとの闇のデュエル。そして幻魔の扉との対決。あれからどれくらいたったのか、起き上がれない程に消耗したらしくスムーズに身動きが取れず眠っていたらしい僕がそこで目を覚ました。
気怠すぎて動けない体の代わりに顔だけを動かして確認すると周囲は暗く、半端に開いたカーテンから差し込む月明かりからかろうじて見える白い天井と薬品の匂いからそこが保健室らしき場所で、どうやら夜だろうとわかる状態であった。
「──愛理ちゃん」
ふと、周囲の情報を読み取っているとベットで横になっている僕の手を握る形で深い眠りについているらしい愛理ちゃんがベットの横で椅子に座っていた。
その様子はまるで美しい女神のようで、夜の月明かりに照らされた長く青い髪色が一切の汚れを知らぬ海のように澄んだ輝きを放っていた。
僕は暫しその寝顔に見惚れ、呆けていた。寝起きの回らない頭であったことも大きいだろう。僕の思考の全てはその幻想的な光景を記憶することに費やされていた。
その光景に見惚れていた僕は魔が差したのだろう。触れるべきではないその情景に少しでも近づきたいと思い、愛理ちゃんに握られていない方の腕で、その頬に触れようとした。
「──無粋な真似はよしなさい。女の寝顔はそうマジマジと見るものではないわ」
僕の手が愛理ちゃんに触れようとした瞬間、ベットから少しばかり離れた場所から聞こえた声に胡乱であった思考と共に今日一日聞きなれたその声の主の方に意識が一気に向いた。
「…………カミューラ。いたんですか」
「ええいたわよ。いてよかったわ、おかげで野蛮なサルがそこで眠る可憐な女の子を襲うことから守れたんだから」
僕が何とか顔を向けた方向、保健室の隅の方に柱に寄りかかる形でカミューラが立っていた。
その姿はデュエル前と同じ、傷ついた様子もなく五体満足なようだった。…………不覚にも、元が美しい女性であるからだが、窓から入る風に髪を靡かせ涼んでいるその姿に一瞬見惚れてしまったのは内緒だ。
「なんでここにいるんです。まさか愛理ちゃんに何かするつもりじゃ…………」
「安心なさい。その子にもお前にも、危害なんて加えないわ。ここにいるのはそうね、事後確認とお前がその子に不埒な真似をしないか見張るためよ」
壁に寄りかかる体勢から僕のそば………と言うより愛理ちゃんのそばに立って髪を撫でる姿に敵意は感じられず、本当に様子を見ていただけらしかった。
「美しい子ね。剝製にして飾りたいくらいだわ」
「そんな感想を抱く人が愛理ちゃんに近づかないでくれます。気が気じゃないので」
「さっきも言ったけど、お前達に危害を加えるつもりなんてないわ。ただ、美しいものは永遠であって欲しいだけよ」
優しくなでるその手つきは永遠足りえない僕たち人間を憐れむように優しく、そして悲し気であった。きっと、吸血鬼というからには人間よりはるかに長く、そしてその美貌を損なうことのない生を全うできるのだろう。
愛理ちゃんを優しく彼女には僕たち人間はあまりに儚く、弱弱しく映るのかもしれない。
「あなたはどうして幻魔の扉まで使用して勝とうとしたんですか。あんなカードがなくても、十分強いでしょうに」
「それをお前に話す必要があって?」
「興味があるんです。話したくないと言うならそれで構いません。用が終わったなら帰ってもらっても。ただ、勝者の特権として、聞かせて欲しいだけですよ」
僕は何故カミューラが禁止級のカードまで使って勝とうとするのか疑問であった。そして、魂を奪うような行為をしながら、今目の前で優しく愛理ちゃんを撫でているカミューラの姿が不思議でならなかった。
その一生を奪いかねないことをしながら、これは僕の見間違いかもしれないが、どうして意識を失う瞬間優しく微笑んでいたのかを知りたかったのだ。
「……私たちヴァンパイア族はかつて繁栄と栄華を極めていたわ。天高き場所に城を築き、誇り高く、そして孤高に生きていた」
カミューラは僕の勝者の特権と言う言葉に不快そうに眉をひそめたが、どうやら話してくれるつもりはあるようで、嫌そうな顔をしながらも吸血鬼として生きてきた過去を話し始めた。
今は無き過去であるからだろう。その瞳には悲しみと怒りが籠っており、ともすれば何処か愛おしいものを見るような眼をその赤い瞳に宿していた。
「しかし人間どもは孤高に生きていた私たちをモンスターと呼び、その存在すら許さなかった。そして一族は滅び、私だけが生き残った──」
話し始めたカミューラの語りは端的であり、また、あまりに被害者意識の強い単一的側面の強すぎる話であった。さらには原因となる詳細も大きく省かれていた。
そのため一方的すぎる話だと思ったが、それも仕方のないことと、僕は内心でのみ人間側の主張を想像という形で補うことにした。
決して、彼女の言葉の全てが正しくただの被害者であると見るには、不明瞭な点が多く、その時代に生きた人間の側にもそうする理由はあったとするために──。
「そして生き残った私は棺の中で長い眠りについた。その後は眠りを起こした人物に渡されたこの闇の力と共にヴァンパイア一族を復活させないかとね。まあ、ざっとこんなところかしらね。私は何がなんでも勝利して、一族を復活させたかった。その結果、人間がどうなろうが知ったことではないわ」
そこで口を閉ざしたカミューラに僕は何を言うべきか迷った。謝罪………というのも何か違う気がしたし、第一僕が謝る理由も考えられなかった。
どこまでいっても僕は人間で、彼女は吸血鬼。その種の側に立った考え方しかできないだろうからだ。
きっと、その時代に生きた人間は怖かったのだろう。共存をするには吸血鬼の力が強く、そして孤高に生きていたと言うからには吸血鬼側から歩み寄る気持ちもなかったであろうから──。
「謝りませんよ。確かに人間がしたあなた方吸血鬼への行いは残酷なものだったのでしょう。種の根絶までする必要はなかったのかもしれない。だけどそれは、所謂生存競争による淘汰。僕たち人間が勝ち、あなた方吸血鬼が敗けた。ただそれだけの話ですから」
「ふん、誰もお前の謝罪など求めていないわ。私は同族の再興と人間への復讐を果たしたかったが、それも夢に終わった………それだけの話よ」
最後に謝罪されたところでお前たちを許すことはないと吐き捨てるように言ったカミューラはそこで話は終わりだと、保健室の窓を全開にした。そこから出て行こうと言うのだろう。吸血鬼である彼女にはわざわざドアから出て行かなくても霧となって飛んでいけるのだから。
「これからどうするんですか。夢に破れたあなたはこれから…………」
「さあ、どうしましょうかね。行く当てなどないし、世界でも見て回りましょうか。まあ、いずれにせよ、お前には関係のないことだわ。………さようなら、お前は私の大っ嫌いな人間そのものだったわ。その娘、泣かすんじゃないわよ」
そうして、保健室の窓からカミューラは去って行った。霧となって消え行く彼女が愛理ちゃんへ向ける目は最後まで優しく、そして僕へと向ける双眸から憎しみと怒りが絶えることはなかった。
「結局、どうしてカミューラが愛理ちゃんが助かった時に笑っていたのかはわからず仕舞いだったなあ。まあ、本当に微笑んでいたのかもわからないんだけどさー」
もしかしたら、同情でもしていたのかもしれない。愛理ちゃんの魂が人間のものではないと悟って、僕と言う人間に殺されずに済んだことを、自分の過去に重ねて見ていたのかもしれない。
真相は闇の中だが、そう考えた方が僕としては気持ちがいい。
「いいじゃない。どんな理由でも、彼女がよかったと思ってくれたのなら」
「愛理ちゃん、起きてたんだね」
「ええ、おはようコナミ君」
カミューラが去ったとほぼ同時に、僕の隣から愛理ちゃんがその目を開けて僕を、それからカミューラが去って行った窓を見た。
「いつか、また会えるといいわね。いえ、会いたいわ私。その時は色々と話をしてみたい」
「愛理ちゃんはともかく、僕は無理だろうなあ。相当嫌われてそうだったし」
「ふふ、そうね。きっとまた酷いことになるわ。でも、やっぱり話したいわ。いつか………いつの日か…………」
そう告げる愛理ちゃんはカミューラが彼女に向けた目と同じ、優しさの籠った目を去って行った方へと向けていた。
愛理ちゃんがどうしてカミューラと話したいと思うのか、僕にはさっぱりわからなかった。精霊として、モンスターと呼ばれ迫害された吸血鬼である彼女に思うところがあるのか、それとも何故か愛理ちゃんに対してだけは優しかったことに理由があるのか………。
まあ理由はどうあれ、とにもかくにも鍵を守ることができた。愛理ちゃんも守れた。ついでにカミューラもひどい目に合うことはなかった。まさに万々歳。何も不満に思うことのない終わりだった。
なら……あの美しく酷い吸血鬼の今後を祈るのも、まあ、悪くはないのかもしれない。
僕たちは決して離すことのないように強く互いの手を握り、窓から覗く天高く見守る月を眺め続けた。
その胸に去って行った孤独な吸血鬼の幸せを願って──風は、どこまでも優しく吹いていた
カミューラの扱いどうしようかなあと思って、でもひどい目に合ってほしくもないので普通に去ってもらいました。