カミューラとの戦いから暫したち、僕は愛理ちゃんや十代君たちと共にオシリスレッドの食堂の入り口前で屯していた。
周囲にはいつもの見慣れた七星門の鍵を守る仲間たちがいた。
その中で一人だけ、オシリスレッドの食堂でジュースを仰ぐように、本来辛みとうまみを付けるための調味料であるタバスコを放心したように仰ぎながら飲む友人がいた。
それはラーイエローの制服を着た、好青年という言葉は彼のためにあるとしばしば僕は感じるほどに真面目な友人である三沢大地の姿であった。
「ひどいな………」
「うん。本当にひどい」
その姿を遠巻きに眺めていた僕らの中の一人である、万丈目君があまりに無残な姿に声を漏らした。そして、僕もそれに同意した。
他の皆も、概ね似たような感想を抱いていたようで、その言葉を否定するものはいなかった。
「デュエルに敗けてショックなのはわかるけどよ。なんで三沢はあんな風になってるんだ?」
「十代のアニキ、それ本当にわからないんすか?」
「何がだ…………?」
その冷静さの欠片もない姿を見た十代君が、原因はわかっても理由のわからない三沢の変化に戸惑いながら首を傾げていた。
「恋とは………時に人を狂わせるものなんだよ十代君」
「恋~~? ………えーっ!? 三沢の奴、まさかあのタニアってやつに恋したのか!?」
三沢君の変化の原因。それは七星門を狙うセブンスターズの一人であるアマゾネスの戦士──タニアとのデュエルによるものだった。正確には、デュエルを通して恋し、そして振られたことによるものだったが………。
いずれにせよ、今の三沢君が腑抜けてしまっていることには疑いようのない状態であった。
「さて、どうする。三沢のことは正直、時間が解決してくれるのを待つしかないだろう。俺たちの声も届きそうにないしな。問題は次にあのタニアと誰が戦うのかだが………」
万丈目君が三沢君の様子から「こりゃ打つ手なしだな」と言って、目下現状の問題となっているタニアについての話題へとシフトさせた。一理ある万丈目君に少し見た後、僕は横目で三沢君の様子を流し見た。
失恋か………恋によってできた傷はそうそう治せるものではない。まして他人が介入してどうこうできる問題でもないだろう。せいぜいが自棄酒に付き合うぐらいか。まあ、お酒は飲めないから、ジュースに限るけど………。
だから、時間が解決してくれるのを待つというのは一般論的にも正解だと思うし、それが一番穏便に済む選択だとわかるんだけど、僕としては、もう一つの選択を取りたかった。
「うーん、万丈目君。僕としてはもう一度、三沢君に立ち上がってもらって、タニアって人と戦ってほしいなあと思ってるんだけど」
「はぁ? 貴様正気か? あの状態の三沢が勝てるわけないだろう。まして一両日中戦って一度も勝てなかった相手だぞ?」
「そうよ。それに戦ってもらうと言っても、鍵を奪われたあの三沢君と戦う動機が相手にはないわ」
僕としては何とか三沢君に立ち上がってもう一度タニアと再戦してほしかったが、万丈目君と明日香さんは僕の希望には反対らしい。いや、言葉にはしていないが、他のメンバーも十代君以外は否定派だった。
十代君はデュエルそのものが好きだから、それができるなら肯定も否定もしないって感じだった。
僕はそのみんなの反応にやっぱり反対されるかあと思いながら、何とか認めてもらう方法はないかとため息を吐いた。
「コナミ君、どうして三沢君にもう一度戦って欲しいのさ。僕には三沢君が戦っても意味がないと思うんだけど、君がそう言うからには何か理由があるんだよね」
「翔君、そうだね。あのタニアって人は最初対戦相手に三沢君を指名しただろう? つまり、外見や性格的には好みだったはずなんだよ」
「あーそうだったね。確かにデュエル中も三沢っちって呼んで猛烈にアプローチをかけてたもんね」
そう。翔君の言う通り、三沢君はあのタニアって人にとって恋の相手としてはドストライクなはずなんだ。デュエル中も熱烈なまでに求めていたし、三沢君もその押しの強さに絆され惚れてしまったのだろう。
ただ、それでも最終的に振られてしまったのは、きっとデュエルそのものに問題があったからだろうと僕は推測している。そうでなければ、あの状況で逆に振られる意味が分からない。もしくは恋するのはいいが、恋されるのは嫌なタイプか。そんな性悪な女性には見えなかったからこの線はあまり考えたくはないがね。
「つまり、貴様はまだチャンスはあるはずだから頑張ればなんとか恋が成就するのではと思っているというわけだ」
「気持ちはわかるけど、鍵の方はどうするわけ? 本人のやる気の方も問題だけど、鍵がないとデュエルそのものが成立しないわよ? なにせ彼女は鍵を求めてこの島に来ているわけだし」
「明日香さん、それは僕の鍵を代わりに渡すよ。言い出しっぺだからね。三沢君のやる気に関しては………どうしたものかなあ」
三沢君を正気に戻し、もう一度立ち向かわせる方法。これがとんと思い浮かばなかった。三沢君はほぼ1日中タニアと戦っていた。そして1度も勝てなかったと言っていたことから、彼の中では敗北という図式が既に組み上がってしまっていることだろう。
僕は食堂で、タバスコに飽き足らずとうとうソースまで直飲みするようになっている三沢君を見ながら、僕の望みを叶えることの困難さを予感していた。
…………が、結論から言うと、そこまで苦労はしなかった。それは僕や明日香さん。万丈目君と言った多少なりとも恋についての知識や心情を慮って配慮できる人ではなく、それについてまるで理解できないでいる十代君の説得によって可能となった。
彼は僕たちがどうしようかと捻りながら話し合っていると、1人ずんずんと僕たちの話を無視して食堂に入っていき、三沢君に話しかけた。
「なあ三沢っち。コナミたちと話してたんだけど、もう一度タニアとデュエルしに行かねえか」
「十代………無理だ。俺では彼女を満足させれない。もう一度デュエルなんてできない」
「おいおいどうしちまったんだよ。らしくないなあ、もしかしてビビッちまったのか?」
十代はどうにも煮え切らない態度の三沢君に腹を立てながらも、何とか説得しようとしているのか、煽るような言葉で聞いている。
「そうじゃない。俺は彼女のデュエルに魅せられしまったんだ。あの潔く、真っ直ぐな心が体現したようなデュエル。今の俺では、彼女を満足させれない。それが悔しくて、戦おうとは思えないんだ」
食堂の入り口で見守る僕はそう言って俯く三沢君に何も言えなかった。諦めるなと一言告げるのは簡単だったろうが、その言葉で到底三沢君の心が動いてくれるとも思えなかったのだ。
俯く三沢君に他の皆も言葉が出ないのか、食堂を沈黙が支配した。しかし、彼だけはどうやら違う感想を抱いたようだった。なぜなら、沈鬱にな空気が漂う中、十代君だけはワクワクと言った言葉が似あう表情を浮かべていたからだった。
「すっ~~げぇな! あのタニアって女。そんなすげえデュエリストなのかよ! く~~ッ俺も戦ってみたいぜ! じゃあ、絶対もう一度戦わないとな三沢!!」
物音ひとつしなかった空間、それを壊したのは十代君の喜びと羨望の声だった。その声は大きく、そして部屋中に響き渡るような人の心に直接届ける声のように僕は聞こえた。
「お、おい十代。俺の話を聞いていたのか。俺はもう………」
「何言ってんだよ三沢! そんなすげえデュエリストと戦えたんだぜ! これを喜ばなくてどーすんだよ。俺はお前が羨ましいぜ。そんな風に思える奴とデュエルできるのなんてそうないぜ。だからよ、ぜってえお前の手でタニアを満足させてやらねえとな!!」
「十代…………」
三沢君は予想外の反応を示している十代君に動揺しながら心が揺れ動いているように僕には見えた。十代君の言葉は三沢君の心に届いているのだ。しかしそれでもあと一歩、もう一押し必要なように見えた。
だから僕は十代君に並び友達として三沢君の恋路の、そしてデュエリストとしての背を押す言葉を言うことにした。
「三沢君、僕の持論なんだけどね。恋は駆け引きというけれど、僕は魂のぶつかり合いだと思っている。互いの魂をぶつけ合い繫がり、そして惹かれ合う。それが恋だ。デュエルも同じ、お互いの全てを込めたデッキを手に、自分が何者なのかを伝える。恋とデュエルは同じなんだよ!」
「コナミ…………恋とデュエルは同じ…………」
恋もデュエルも、己の魂と意思を込めてぶつかっていく。その結果上手くいかないときもあるけれど、だからと言ってぶつかることをやめたらそれこそ可能性の可の字すらなくなってしまう!
「そう、だから諦めちゃいけない。恋もデュエルも諦めた方が敗けるんだ。僕は愛理ちゃんにアプローチするとき、空回りも恥も沢山、た~~っくさんかいたけど、諦めなかったから思いは通じたんだよ」
「そうだぜ三沢。今回勝てなかったって言うなら、もっと強くなればいいんだ。お前なら、それができると俺は信じてるぜ」
「コナミ、十代、俺は………俺に、できるだろうか」
三沢君は僕と十代君の言葉にだいぶ揺らいでいるようで、心が前向きになりかけていた。あとは、僕たちだけじゃない。ここにいるみんなの言葉があれば…………。
僕は十代君と目配せして、共に食堂の後ろで見守っていた皆に目を向けて、最後に必要であろうことを頼んだ。
「ふん、できるかじゃない。やるんだよ三沢。力なら貸してやる。この万丈目サンダーがな!」
「そうよ。私たちがついてるわ。あのタニアって人に最高のデュエルをさせてあげましょう!」
「うん、僕もどこまで力になれるかわからないけど、頑張るよ!」
「万丈目、明日香君、翔…………! ふふ、そうだな。こんなところで諦めるなど、俺らしくないな!!」
食堂でずっと塞ぎ語んでいた三沢君が勢いよく立ち上がった。それは彼の再起の音を告げる祝音であった。
「そうと決まれば、特訓だね!」
「おうっ、ぜってえ勝とうぜ三沢!!」
「ああ! 次こそ必ず、タニアを満足させるデュエルをして見せる!!」
一念発起。再び戦うことを決心した三沢君が自信をもって戦えるようになるために、僕たちは日夜特訓をした。
時に代わる代わるデュエルをし、時にデッキ構築を全員で考え、時に体力づくりのために山を駆け抜けた。
そうして幾日かが経ち、タニア自身の痺れも切らしているだろうと思えてきたとき、三沢君の準備が完成した。その顔にはこれ以上はないと思えるほどの自信が、全身からは必ず勝つと言う気力が漲っていた。
三沢君とタニアの決戦の地、その場所には古代ローマの闘技場を思わせるコロッセオが建っていた。それは本来この学園には建っていない不自然な建築物。
この建物はタニアが自らの決戦場として、デュエルで敗北した生徒たちを使い作らせたものであった。
そのコロッセオの入り口に、仁王立ちをして勇ましくアマゾネスの戦士であるタニアは立っていた。褐色の肌に鍛え上げられた肉体。その眼光は鋭く、気を抜けば気圧されそうになるほどに力強いものだった。
「待っていたぞ鍵を守る戦士たちよ。手紙を貰ってから幾日。この日が来るのを今か今かとな!」
「待たせたなタニア。俺が相手だ!」
「貴様は…………私は冗談が嫌いだ。三沢、私を満足させられない貴様に用はない。もっと強い奴を出せ!!」
僕たちの前に出た三沢君に対し、タニアは怒ったように首を左右に振りながら切り捨て僕たちを見た。この反応は予想で来ていたことだけど、かなり手厳しい。
始めに三沢君と戦った時は乙女力全開で三沢君を堕としにかかっていたのに、今では眼中にないものとして扱っている。
タニア、彼女をその気にさせなければそもそものデュエルができない……が、それは余人が出る幕ではない。これから行われるすべては三沢君が主役なのだから──。
「タニア、たしかに俺はお前を満足させられるデュエリストではなかった。それを口惜しく、そして腹立たしく思っている」
「………そうだ。貴様では私は満足できなかった。私は強いデュエリストを求めているのだ」
「そうだろう。俺ではダメだった。…………だが! 昨日よりは今日。今日よりは明日。俺は強くなった!! 仲間たちの思いを胸に、俺は必ずお前に勝つッ!! タニア、受けてもらうぞこのデュエル!!!」
デュエルディスクを胸の前に掲げて勇ましく勝負を挑む三沢君の姿に恐れはない。積み上げてきた経験によって築かれた自信と覇気のある言葉だった。僕たちは皆その勇ましい姿に頷き、特訓の成果を見た。
「ほう。確かに、以前の腑抜けた貴様ではないようだな。………いいだろう、そのデュエルもう一度だけ受けてやる。ただし、それでダメなら二度とその面を私に見せるな!」
「ああ、それでいい。お前に負けたら、俺はもう二度と顔を出さん。デュエルからも足を洗ってやる」
「よろしい。ならばその挑戦受けてやろう。来るがいい!」
タニアは僕たちに背を向け、コロッセオの内部へと歩いて行った。その背に僅かな期待が乗っていた。そしてすぐに僕たちも三沢君を先頭にコロッセオの内部へと入っていった。
「コナミ、すまないな」
「鍵のこと? いいよ、僕は君を信じてるからね。万が一負けても、恨みはしないさ」
「ああ、勝ってくる」
そうしてタニアを追って入ったコロッセオの内部、そこはまさしく闘技場。戦士と戦士が命と誇りを賭けて戦うに相応しい場所であった。
強いて言えば、長く広い観客席。よく整地され綺麗に作られたその場所には僕たち以外の見物人はおらず、その広さに比べて人の数の少なさから少々もの寂しさを感じるものであった。
また、タニアの性格ゆえであるかもしれないが、そのコロッセオは装飾などの飾り気のない、戦うためだけに作られた場所。よく言えば無駄のない、悪く言えば遊び心が感じられない殺風景な場所であった。
その広い観客席に僕たちに座り、眼下で今にも行われようとしている三沢君たちを見た。コロッセオのデュエル場で立ち会う二人に不安や恐れはない。剣闘士のごとき闘志を燃やしていた。
「準備はよいな三沢。これが私とお前の命運を別つ最後のデュエルだ」
「ああ。俺の全身全霊をもって、お前に今度こそ応えて見せよう!!」
「その意気込みは認めよう。来いッ!!」
「行くぞッ!!」
そして二人の掛け声とともに三沢君の恋路がかかった最後のデュエルが始まった──。
「「デュエル!!」」
このデュエルは彼に担当してもらいたかった。十代には悪いけど、これは三沢君の恋のお話なのです。