デュエル前はあれほど天高く光を降ろしていた太陽が、今ではその帳を降ろしてコロッセオの中を朱く染めていた。その中で俺とタニアとのデュエルが終わった。
デュエルは俺の勝利……今のデュエルを俺の勝利と素直に受け取ってい良いのか、甚だ疑問だが、ともかく俺の勝利で終わった。
息を切らしながら、俺は考える。タニアが最後に伏せていたリバースカード。あれは本当にシフトチェンジだったのだろうか。それともあの言葉はただのブラフで本当は別のカードだったのだろうか。
答えのない問いがぐるぐると俺の頭の中を駆け回っていた。
その答えを知る唯一の人物。俺は前方に立っているタニアを見た。その顔には笑みが、どこか爽やかささえ感じる涼やかな笑みを浮かべながら満足したように笑っていた。
「タニア……俺は……」
「よい……よいデュエルだったぞ三沢。1人の戦士の門出を見た、誠によいデュエルであった。私は……満足だ」
タニアのその言葉に嘘は感じられなかった。その微笑みにも、その立ち姿にも、嘘や偽りがもたらす虚飾の感情は見受けられなかった。
だが、そう感じながらも俺は懇願するようにタニアに聞いた。聞かずにはいられなかった。
「教えてくれタニア。俺は、俺の実力で勝てたのか。それとも、手心を加えられたのか? 俺は本当に………お前を満足させられたのか!」
勝ったと言う実感がなかった。
自信の実力で勝てたと言う確信が欲しかった。タニアの言葉に偽りがあったなら、惚れた女に慈悲の心で勝利を譲られたなら、俺は立ち直れる気がしなかった。
「三沢大地よ。お前は私の何を見てきたのだ。デュエルを通し、私の何を知ったのだ。我々は全力でデュエルをし、そして勝者が決まった。それ以上、どんな答えが必要なのだ」
「──ッ!」
静かに紡がれたその言葉には明確な答えが存在しなかった。しかしそこには明確な拒絶の意志を込められた言葉であった。
俺にはその答えを教えるつもりはないと言う言葉であった。
「未熟者め。まだまだ未熟だお前は………。お前は戦士としての一歩を踏み出したに過ぎぬ。その答えは自身で見つけることだ。それがわからぬようでは一人前とは言えぬ。私の伴侶となるにはまだまだ未熟だ」
そう言い終えるとタニアは自らの首につけていた金色の瞳が彫られたチョーカーを外し、地面に落とした。するとタニアの体から光が立ち上り、その姿を変えた。
「タニア──その姿は………!?」
「ふふ、これが本当の私だ。人の姿は、闇のアイテムを使った偽りの姿にすぎぬ。強きデュエリストと戦うには人である必要があったからな」
その姿は虎であった。白い毛皮に、黒い柄の勇ましい虎であった。
「俺は………虎に惚れたのか………」
そのこぼれた言葉が聞こえてたのかどうかわからないが、虎の姿になった。いや、戻ったタニアはどこか愉快そうに笑いながら、背を向けコロッセオの出口へと歩き始めた。
「タニア、どこへ…………」
「帰るのさ。私のあるべき場所へとな。感謝するぞ、私の望みをかなえてくれたことをな──」
その言葉を最後に、タニアは光とともに去って行った。
もう会うことはないだろうという確信のこもった言葉と共に太陽と共に消えてしまった。
その堂々たる去り姿に俺は男女ではなく、1人の戦士として見惚れながら暫し立ち尽くして茫然自失していた。
色々と起こりすぎて、心が受け止めるのに時間がかかり過ぎて、自慢の頭が働いていなかった。
俺はタニアと言うデュエリストに惚れて、幾度も敗けて、最後の最後に勝利した。そして俺はタニアに戦士として認められた。俺の思いは通じたと思う。振られこそしたが、きっと、思いだけは通じたのだと思いたい。
「虎か………」
「いい女だったじゃないか」
「万丈目………」
いつの間にいたのか、観客席から降りてきていた万丈目は俺の肩に手を置いていた。その視線の先には今はもういないタニアがいた場所を見ており、その言葉が慰めからきた偽りの言葉ではなかったことを俺に教えていた。
「帰ろう三沢君。デュエルは終わったんだから」
「コナミ、そうだな。ああ、そうだな」
万丈目に続くようにコナミと他の皆も観客席から降りてきていた。空を見上げれば、デュエル前は明るかった空も、今では空の奥を見通せぬほどに暗かった。
勝利した達成感と失恋による喪失感による一言では言い表せぬ感情を背負いながら、俺は背を押す皆と共にぼんやりとした意識の中で寮への道を歩き始めた。
コロッセオを出た時、ふと俺は振り返りその古き決闘場を見た。そこには今はもう主無きただの建築物があった。
「どうしたの、三沢君」
コナミが振り返り立ち止まった俺を不思議そうにしながら見ていた。俺はその時感じていたもの寂しさを何と言って伝えればよいかわからず「いや、何でもない」とだけ返し再び皆と共に寮への道を歩き出した。
振り返ったコロッセオはもうただの場所であった。惚れた女と出会い、デュエルを通し一人の戦士にしてもらった。恐らく、初恋と言っていい出会いであった。
一度振り返った後、寮に着くまで俺は最後まで振り返ることはなかった。
「はあ」
寮に着いた後、俺は部屋で一人溜息を吐いて黄昏ていた。心の鬱屈を晴らす方法がわからないでいた。オシリスレッドでわけもわからず意味のない行動をしていた時ほどではないが、今の俺はそうなってもおかしくない程に心が空虚で満たされていた。
失恋による傷をどうすればいいのだろうか。
そんなことを考えながら、数式をぼんやりとノートに書きながら気晴らしにもならない行動を只管にしていた。考えれば考えるほど、思考は袋小路に入るように答えはでなかった。
あれほどに夢中になれた数式もデッキの改造も、今はもう色あせてつまらなく感じていた。
他の者たちはこんな時どう心の整理をつけていたのだろう。失恋による傷など、世にありふれたものだろう。俺だけが感じるような希少なものではない。
俺はもう一息、ため息を吐いて椅子の背もたれに体を預け全力で脱力をした。
何度も言うが、俺の今感じている悩みなど、世にありふれた話だ。人類の歴史上という壮大な観点から見ても、数えきれないほどに存在しただろう。書物などの物語上でも悲恋として題材として扱われる場合もあるくらいだ。それほどに、この失恋による処理しようもない感情は不思議なものではないのだ。
「──時間が解決してくれる」
シーリングライトが照らす天井を見上げながら、俺はぽつりとつぶやいた。それはよく言われる失恋したものへの常套句であった。
その言葉は即効薬にはならないが、世の多くの者たちが知る言葉だけあって、恐らく人間という生き物のおよそ全ての存在の心の傷を癒す確実な特効薬ではあった。
傷がいえるまでの間、耐えるしかないと言う観点を除いて、その言葉は確かな希望であり、いずれ普段通りになると言う残酷なまでの慰めの言葉であった。
あれほど熱く燃え上がるような感情も、時が経てば冷めて消えてしまう。常に着火剤を追加せねば火は燃え続けないのと同じ。
恋と言うものは恋愛相手との思いが成就しなければ、冷めて消えてしまうものなのだと、俺は冷静な頭で計算し心では無情なものだと感じ三度目のため息を吐かずにはいられなかった。
「どうすればよかったのだろうか。いや、相手が虎であった時点で、失恋は確定していたも同然ではないのか? ではなんだったのだ俺の恋心は…………」
益体もないことを口から溢しながら、仕方なかったと、失恋は決まっていたことなのだと、心の傷を塞ごうと俺は無意識のうちに苦慮していたのだろう。
そんな言葉が次から次へと飛び出していた。
そんなことをして、眠気がやってくるまで時間が過ぎるのを無駄に待っていると、ふと、ドアが開く音がした。
そこにはコナミが、十代が、万丈目が。この件に関わった皆が女性である明日香君を除いて部屋に入ってきた。
「どうしたお前たち。何か用か?」
俺は回らない頭で何の用で来たのだろうと考え、心ではどうでもいいかと気だるげにしながら聞いた。
コナミたちはそんな俺に対して特に反応することなく、その手に多くの料理やジュースをもって勝手に机を広げてそれぞれ居座った。
やれ座る場所はここじゃないだ、料理はそこに置こうと言ってがやがやと騒ぎ始めた皆によってあれほど静寂が支配していた部屋が一転して明るい部屋へと変わっていた。
「いや、何だお前ら急に入ってきて。何故料理を広げているんだ………」
「三沢君が落ち込んで夕飯も食べてないって聞いたからさ。それならってことで皆を呼んでパーティをしようと思ってね。お疲れ様っていうパーティをさ」
「お、お前ら、俺が傷ついているって知っているだろう。なら、少し一人にしてくれても…………」
「だから来たんだよ。ほれ三沢、美味いぜこの料理。食ってみろ、腹減ってるだろ?」
机の上に並べられた料理。その一つを取って俺に差し出す十代を見ながら、俺はあまり食欲はないんだがなと思いながら一口だけ食べてみた。
「…………美味いな」
「だろ。俺は恋愛のことはよくわかんねえけどさ。落ち込んだときは飯を食うに限るぜ!」
「そうだね。こういう時はパーッとご飯を食べて騒ぐのが一番だよ三沢君!」
コナミはそう言いながら料理を皆の皿へと盛っている。万丈目は自分のさらにもっと料理を盛れと文句を言いながらジュースを注ぎ、翔はどこから持ってきたのか、テレビへと家庭用のカラオケ機器を繋いでパーティの準備を着々と進めていた。
俺はその様子にほんのわずかな苛立ちを感じながらも、俺のためにしてくれていると言う気持ちはわかるため何も言えずにいた。
内心では余計なお世話だと言いたかったが、それを言う気力も湧かなかった。
だが、そんな気持ちがありながらしっかり俺の体は食事を必要としていたのか、大皿に乗った料理を一口食べた時からふつふつと食欲がわいてくるのを感じていた。
どれほど悲しくとも腹は減る。その事実に不満を感じながらも俺は湧き上がる食欲に逆らうことなく用意された料理にがっついた。
そこに礼儀も作法もなかった。悲しくて悲しくて、ただ只管に貪りついた。そんな俺の様子に皆は呆れているのか、それとも計画通りだと頷いているのかわからなかったが、そんなことを気にする心の余裕など今の俺にはなかった。頬を流れるナニカ、それを気にすることもできなかった。ただ、夢中で何かをしたかったのだ。
「はい三沢君、用意できたよ。周りの部屋の人や寮長には了承を貰ってるから、思いっきり歌って大丈夫だよ」
「翔…………すまない。それじゃあ──」
差し出されたマイクを片手に俺は歌った。思いつく限りの失恋ソングをこれでもかと歌い続けた。
そうして歌い続け何曲目になっただろう。流石に疲れを感じた俺はマイクを他のものに渡して料理をついばむことを再開した。
「──ふぅー。流石に歌い続けると疲れるな」
「でもいい歌いっぷりだったよ。すっきりしたんじゃない?」
「少しは……な。だが、まあいい気晴らしになったよ。あと、これは返す。ありがとうな」
俺は隣に座っていたコナミに借りていた鍵を返すことにした。もう俺には必要のないものであったし、タニアとのデュエルが終わった今、本来の持ち主に返すに早いに越したことはなかったからだ。
鍵を貰ったコナミは中学から首にかけていたクリスタルのネックレスと共に首に回して身につけた。
そのカギを見ながら、俺にはまだ荷が重かったのかもしれないと感じた。デュエリストとしての強さとは違う。人としての強さが足りなかったのかもしれないと、そう思った。
「まだまだだな。タニアの言う通り、まだまだ未熟だ俺は………一人前には程遠い」
「いいんじゃない、別に未熟でもさ。僕も三沢君も、大人には程遠いんだからさ」
「……俺は、早く大人になりたい。いつまでも子供でありたくはないな」
子供とは未熟の証明だ。自分で自分の道を決めれない。自分で自分の犯した行いの責任を取れない。一人前のデュエリスト。それ以上に今の俺は………大人になりたかった。
暗い影を落としていた俺の顔にコナミがジュースを注いだコップを掲げて渡してきた。
「三沢君、乾杯しようか」
「……それは、何についての乾杯だ?」
「そりゃあ、僕らの未来にさ。早く大人になれるといいねってさ」
「ふっ、大人にか、そうだな。まあ、少なくともお前よりは早く大人になるさ。いつかはわからんがな……乾杯」
「うん、乾杯」
俺とコナミはお酒の代わりに並々とジュースが注がれたコップを軽く触れ合わせ甲高い音を鳴らした。
失恋の傷はまだ癒えない。しかし時間が、そして俺のことを想ってくれる友たちがいてくれる。それが俺の心に微かな希望となって心に徐々に火を灯してくれていた。
部屋で飲んで騒いでいる皆と共に、俺は乾杯したジュースを飲み干し、再び溢れ出てきた涙を流しながらその口に笑みを浮かべて歌を歌った。
その日、夜は長く、俺の部屋にはいつまでも明かりが絶えることはなかった。
三沢君の恋路、完! 彼を主役にするならタニアとの話を抜かすことはできないわ。